白狼 白起伝

松井暁彦

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銀の誓い

 九

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 恵文王けいぶんおうの頃からの宿将甘茂かんもが秦を去った。勇猛果敢に知略縦横ちりゃくじゅうおう。秦に欠くことはできない男だった。
 
 秦王嬴稷の近臣である、向寿こうじゅ公孫奭こうそんせきのつまらない讒言によって、失脚に追い込まれたのである。
 
 嬴稷の近臣―。即ち裏で糸を引いているのは、闇の女王である宣太后に他ならない。姉の壟断ろうだんは始まっている。甘茂を筆頭に、、先々王、先王の薫陶くんとうを受けた臣下達を悉く地方へと更迭している。

 既に昏い政争は始まっている。魏冄から肉を削ぐように、味方となり得るものを容赦なくこそぎ取っていく。今、唯一の味方といえる白起も、姉の掌の中にある。八方塞がりだった。底のない泥沼に引きずり込まれるような感覚に常時襲われている。秦王の外戚として、相応の爵位こそ与えられているものの、無力に等しい。実態のない爵位がより一層、己を惨めに思わせる。

 宮廷からの召喚命令もなく、ただ鬱々と日々が過ぎていく。それだけではない。姉は蟄居ちっきょする魏冄の館に、数日に一度、複数の女を送ってくる。一様に垢抜けた女であり、送られてくる女は的確に魏冄の好みを捉えていた。
 
 ろくと女―。姉はこの両方の武器で、魏冄を骨抜きし、無力化する魂胆らしい。武王が薨じてからというもの、女に心の底から欲情することはなかった。だが、今はあえて姉の掌の上で踊ってやってもいいという気分になっている。かつての弟は死んだ。そう思わせることで、水面下で動きやすくなる。
 魏冄は無理矢理に、自身の男の部分を鼓舞し、女を抱いた。毎夜、同衾どうきんする女は変わる。

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