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バッドエンド回避に奔走していたらラスボス(魔王)に捕まりました

プロローグ

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 すごくいい匂いがする。
 干したてのお布団の匂い。
 誰かが頭を撫でてくれている気がして、まるで猫にでもなった気分だ。

「ラフィ、まだ起きてくれないのか?」

 耳元で、心臓を揺さぶるような低いイケメンボイスが甘くささやく。
 誰だろう。王子様かな。
 今日の夢はなかなか悪くないですよ。
 ふへ、と夢現で笑って、わたし――ラフィ―リアはころりと寝返りを打ち、そして暖かい壁のような何かにコツンと鼻の頭をぶつけ、ぼんやりと薄目を開けた。

「起きたか?」

 さわさわとうなじのあたりを撫でられる。
 ふへへ、やっぱり猫の気分。どこの誰かはわからないが、なでなでスキルが高い――と、顔を上げたわたしは、視界に飛び込んできた銀色の瞳を持つイケメンに、一気に覚醒した。

 サラサラの長い黒髪。
 切れ長の、少しだけ青みがかって見える銀色の瞳。
 すっきりとした輪郭の中に配置されている顔のパーツは、神の御業としか思えない絶妙なバランスを持って配置されている。―――つまり、超超超イケメン。

 そんなイケメンが、シャツのボタン全開というけしからん格好でわたしの隣に寝そべって、わたしのうなじとか頭とかをなでなでしている。
 あわあわあわと震えるわたしに、目の前のイケメンが目を細めて小さく笑った。

「おはよう、ラフィ」
「ぴぎゃあああああああああ――――――‼ ラスボスでたあああああああああ‼」

 そしてわたしは気絶した。


     ☆


 幸か不幸か、わたしはこの世に生まれ落ちたときから「前世の記憶」と言うものを持っていた。

 それでも、この世界が何なのかに気づいていないときは幸せだった。
 わたしは貴族でもお金持ちのお嬢様ではなかったが、優しい両親から向けられる愛情を一身に受けてすくすくと成長し――このまま両親のように幸せな恋愛結婚をしたいなあと夢見ていた五歳のころ、それは突如として訪れた。

 わたしの目の前から、両親が突然いなくなった。
 魔物討伐で訪れていた騎士団と魔物との争いに巻き込まれて命を落としたのだ。
 絶望するわたしは親戚の家に引き取られたが、わたしを養う金がないという理由で、隣町の神殿に売り飛ばされた。
 各地にある神殿は、魔物討伐に訪れる騎士団の借りの住居のような扱いで、彼らの世話をする「巫女」が必要なのだ。

 ちょっといかがわしいようなにおいがプンプンするが、もちろんそれは気のせいではない。
 魔物討伐で騎士団が忙しく各地を巡りはじめて十数年。神聖で清らかなはずの神殿は、騎士団専用の娼館のような存在になり果てていた。
 最初は騎士たちの目に留まるかもしれないと若い女性がこぞってなりたがっていた巫女は、騎士たちがたわむれに手を付けるだけつけて打ち捨てるの現実を知って一気になり手がいなくなった。
 そこで神殿は、孤児や、生活に困窮している家から女の子を買い取るという暴挙に出始めたのである。

 引き取られた幼い子供は、年上の巫女から騎士たちの世話についてのノウハウを学ぶ――って、まじでこれ娼館じゃーん! 遊郭だよ遊郭!(そう、わたしの前世は日本人である)

 体は五歳児だが、前世二十歳で死んだわたしのこころはしっかり大人。
 まじでやばいところに売り飛ばされたじゃんか、と真っ青になったわたしは、神殿に掲げられている紋章を見てさらなる絶望に叩き落された。

 この紋章、見たことあるんですけど?
 ちょっと待って。幼いころに神殿に売られた「ラフィーリア」?

 前世腐女子だったわたしの記憶がまざまざと思い出される。

 もしかしなくてもここ、乙女ゲームの世界じゃないですか⁉

 しかも、とんでもなくクソゲーなのに妙な人気があった「オンリーワン~愛と戦争」の世界ですよ!

 がくがくぷるぷると震えるわたしの頭を、討伐から帰ってきた騎士の面々がわしわしと撫でまわしていく。
 子持ちの騎士たちもいるので、わたしのような幼い子供は、子供好きの騎士たちにすごく可愛がられる。お菓子をくれたり遊んでくれたりするから、騎士のお相手をさせられるようになる大人になるまでは意外と快適のようだが、今のわたしにはそんなことはどうでもいい。
 せっかくの金髪も騎士の雑な手によって鳥の巣のようにぼさぼさにされたが、これにもかまっている余裕はない。

 ……ここはまじでやばい世界だ。

「オンリーワン~愛と戦争」というカッコいいんだかダサいんだかわからないタイトルのゲームは、乙女ゲームにあるまじき超難易度のゲームである。だが、このゲームがクソゲーと言われるゆえんは、難易度だけではない。
 このゲームには、十一人の攻略対象が存在する。そしてその攻略対象一人につき、十通りのエンディングが用意されている。

 この時点で「多!」って感じだが、これもまあいい。
 問題はここからだ。

 その、キャラ一人一人に用意されている十通りのエンディングのうち、なんと、ハッピーエンドは一つだけしか存在しない。残りの九通りのエンディングはすべてバッドエンド、しかも全部ヒロインが死ぬというマジであり得ないゲームなのだ。

 ヒロイン死亡率九割! もっと言えばハッピーエンドを迎えるためには、作中に山のように出てくる選択肢は何一つ間違えられないし、ロールプレイングゲームのようにレベルも上げて行かなくてはならない。しかもしかも、ヒロインたちのレベルが上がればもれなくラスボスのレベルも上がると言うクソ設定!
 ハッピーエンドなんて百回プレイして一回出ればいいほどの超難易度。攻略本も存在するが、攻略本があっても攻略困難と言わしめた、マジで誰がこんなん欲しがるよ⁉ ってツッコミたいレベルのふざけたゲームなのだ。

 ……なのに逆にその難易度がウケて、評価は最低なのに売れまくった謎ゲーム。

 かくいう前世のわたしも、世界一高難易度の乙女ゲームと言う謳い文句につられて買った一人である。
 そのゲームの世界に、今わたしが存在している。

 しかも……しかも、だ!
 死亡率九割のヒロインとして、だ!
 死亡率九割ってことはほぼ確実に死ぬじゃんよ!
 頑張れば一割の確率で生き残れるかもよなんて楽観視できるわきゃねーだろ今ここ現実だもん!
 セーブとかできないんだよ!

 くらくらと眩暈を覚えて、ぱたりと倒れこんだわたしに、騎士たちが騒然となる。

「おじょーちゃん!」
「医者を呼べ!」
「どうした、腹でも痛いのか⁉」
「うわああああああああああん‼」

 倒れた幼女にパニックになる騎士たちの声を聞きながら、わたしは全力で泣いた。


     ☆


 さて、そのクソゲーの中に転生したわたしの目の前に、なぜラスボス魔王様がいるのでしょうか。

 わたしは必死になって記憶を呼び起こす。
 わたしことラフィーリアは、五歳の時から一生懸命考えた。
 この世界には魔王とその配下の魔物がいて、十四歳の時に「聖女」の力を顕現させたわたしは、国王陛下の命令でその聖なる力で魔物討伐に協力するように要請された。
 ここで聖女の力を顕現させないと、もれなく騎士相手の専属娼婦にされそうだったので、わたしはここは抵抗せずにゲーム通りの展開を迎えることにした。

 だが問題はここからだ。
 十一人いる攻略対象の誰かと恋愛関係に陥れば、もれなく「死亡率九割の世界へようこそー」である。

 つまりは、わたしは攻略対象の誰とも恋愛関係になってはいけない。

 さすがヒロインと言うか、攻略対象たちは最初からわたしに好意的で、ことあるごとに距離を縮めようとしてくるので、とにかくわたしは逃げまくった。これが結構大変だったが、ゲーム開始の十六歳になり、十七歳になっても、誰のストーリーもはじまらなかった。がんばった、わたし。

 このゲームはヒロインが十六歳の冬から、十八歳の誕生日を迎えるまで一年半の間の物語である。
 十八歳の誕生日にヒロインが死んでバッドエンド、もしくは生き残ってハッピーエンドのどちらかだ。
 だから十八歳の誕生日の日にわたしが生き残れば、死亡エンド回避と見ていいだろう。

 残り半年。だが、油断はできない。

 攻略対象を選ばずにゲームを勧めると、用意されているエンディングに「大団円エンド」というものが存在する。ラスボス(魔王)を討伐してみんなハッピー! となる展開のエンディングだ。

 しかしクソゲー。大団円エンドにもバッドエンドをいくつも用意しているのである。そしてやはり、バッドエンドはヒロインが死んで終わる。
 なんでそんなにヒロインを殺したいのゲーム制作者‼

 ということで、わたしは死亡エンド回避のために次の手段に打って出た。
 くり返すようだが、この世界には魔王とその配下の魔物が存在する。
 魔王と魔物は、ここよりずっと北にある大陸を支配していて、配下の魔物たちはふらふらと人の国にやってくる。
 魔物が人の世界に下りると瘴気を振りまき、人々に災厄をもたらすと言われている(わかりやすく言うと、病気が流行ったり、天変地異が起きたりとか、そんな感じらしい)。

 そのため、人々は魔物を恐れ、各国の国王たちは魔物討伐のために各地に騎士団を派遣していた。
 数十年に一度現れるという伝説の聖女は、聖なる力で魔物を消し去ることができ、しかも傷を癒すこともできると言われており、わたしが魔物の討伐に協力するように要請されたのはそのためである。

 さて、ここまではいい。
 重要なのはここからだ。
 聖女は攻略対象たちとともに魔物討伐へ向かう。
 ロールプレイングゲームの要素もあるこのゲームの世界では、魔物を倒して経験値を得、そしてレベルを上げていく。

 だが、魔物を倒していくと、配下をたくさん殺されたことに魔王様(ラスボス)が怒り狂って、聖女を殺しにやってくる。
 この魔王様がくっそ強くて、ゲームの最初から最後までの選択肢をノーミスでクリアし、聖女がレベル百で覚える「大聖女の祈り」というスキルを習得してやっと勝てるか勝てないかというほどなのだ(習得しても確実に勝てるわけではないと言うのがまた腹立たしい)。

 ……でもね、よく考えてみてほしい。

 ゲームの世界でレベル百まで上げるのも何十時間もかかったのに、現実世界でレベル百とか無理でしょ? それ以前の時点で、現実世界だからレベルとかないし。自分が今どのくらい強いのとか、客観視できないわけよ。

 そのため、レベルを上げて襲いくる魔王に備えるって言うのは、むりげーってやつですよ。
 しかも運よく「大聖女の祈り」を習得していたとしても、勝率は五割にも満たない。
 わたしは、そんな危険な賭けはしたくない。

 で、考え抜いたわたしは、手っ取り早く「魔王を怒らせなきゃいーんじゃね?」という結論に至った。
 早い話、魔物を討伐するから魔王様がお怒りになるのである。
 魔物を討伐せず、隙を見てせっせと逃がしていたら、魔王様も怒らないはずだ。

 単純な思考回路の持ち主であるわたしは、自分の思いつきに悦に入った。

 魔王が出てこなければわたしも死なない。わたしって天才ー!

 思いついた時は小躍りしたいほどだったけれど、バカなわたしはこの作戦の落とし穴に気が付かなかった。

 そう――

 聖女がこそこそと魔物を逃して、騎士団とか国王様が黙っているはずがないのである!
 死亡エンドを回避するはずが、わたしは「国家反逆罪」という大変な重罪を背負わされることになった。
 本気で命を取りに来る騎士団の面々から逃げ続け、わたしはとうとう力尽きた――はずだった。

 ……それなのになんでわたしの目の前に魔王様(ラスボス)がいるんでしょうか⁉

 イケメン魔王様の姿を見た途端絶叫して気絶したわたしは今、ベッドの上に縮こまってがくがくぷるぷる震えている。
 ベッドの端っこで震えるわたしを、魔王様はボタン全開(まじでけしからん!)の黒シャツ姿でベッドに横になって頬杖をついて、面白そうに見つめていた。

「どうして端の方に逃げるんだ、我が妻よ」

 わがつま?
 わたしは思わず部屋中をきょろきょろと見渡した。
 恐怖に凍りついてまともな思考にないわたしは、ワガツマさんって人を探したのだが、寝室と思しき広い部屋の中にはわたしと魔王様以外の誰もいない。
 わたしがいつまでも震えながらきょろきょろしていたからだろうか。魔王様は緩慢な動作で起き上がり、ベッドの上を膝行してわたしのそばまで近づいて来た。

 ひぎゃあああああああ‼
 ラスボスが近づいて来たあ‼


 戦う?
 スキル?
 防御?
 逃げる?
 

 逃げる‼


 頭の中に出てくるワードがゲームのコマンドのようなのは突っ込まないでいただきたい!
 だってもう冷静ではいられない。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ殺される――‼

 わたしは咄嗟に後ろにずり下がって、

「ぴぎゃあ!」

 ベッドから落っこちた。
 カエルがつぶれたような声を上げて床の上にひっくり返ったわたしを、魔王様はベッドの上から見下ろしてあきれ顔。

「何をしている?」

 くぅ、イケメンボイス!
 違う‼

 魔王様のとんでもない美声にくらくらしそうになって、わたしは慌てて首を振る。

 怖いよう怖いよう怖いよう――‼
 わたしどうしてこんな目に合ってるの⁉

 助けて助けてと床の上をはいずっていると、魔王様が床の上に下りたって、無造作にわたしに手を伸ばしてくる。

「ぎゃああああああああ‼」
「頭でも打ったのか?」

 悲鳴を上げたわたしを、魔王様がひょいと抱え上げた。
 お姫様抱っこではなく、まるで荷物を持つかのような脇抱きだったのが余計に恐怖をあおる。

 これはあれですか?
 そこの窓からわたしを投げ捨てるつもりですか?
 ここは何階でしょう?
 たすけてええええええええ‼

 びええええええっと本気で泣きだしたわたしを、魔王様がベッドの上に降ろしてくれた。
 びーびー子供のように泣くわたしに、魔王様は困惑顔だ。

「ラフィ、そんなに痛かったのか? どこを打った?」

 打った? 打ったってなに? 銃ですか⁉ まさかの銃殺刑ですか⁉

 泣きじゃくるわたしの頭や肩を、魔王様がよしよしと撫でる。

「ラフィ、泣いてないで、どこが痛いのか教えてくれ」
「びやああああああああ‼」
「ラフィ」
「にぎゃあああああああ‼」
「……仕方ない」

 魔王様はそっと息をつくと、泣き叫ぶわたしをそっと引き寄せて。

「――――⁉」

 悲鳴ごと、整った唇でわたしの口を塞ぎにかかった。
 わたしは悲鳴も忘れてくわっと目を見開いて。


 死の接吻⁉


 またしても、気絶した。






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