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世界最強の魔女は普段はポンコツ
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しゃりしゃりとリンゴをかじりながら、アメリアはどうしてかその場に両膝と両手をついてしまったフランシスを見やる。
自分が魔方陣で釣っておいてなんだが、変な男だ。ブルテン山の近くには誰も近寄りたがらないから、アメリアがほかの人間に会ったのはずいぶんと久しぶり。空腹でほとんど力尽きかけていたアメリアの魔法は、国全体に影響を及ぼすほどの力はない。つまりフランシスはブルテン地方のどこかにいたということになり――、どうしてそんなところにいたのかしらと不思議になる。
まあ、きっとお菓子をくれたから悪い人ではないに違いない。
知らない人にお菓子をもらってはいけない――という世の中の教訓を知らないアメリアは、自分の価値観でそう判断する。
食べ物をくれる人に悪い人はいない。
芯を残してリンゴをきれいに食べ終えたアメリアは、今度はニンジンを取って、ウサギのようにポリポリと食べはじめる。
フランシスはしばらく動かなかったが、やがて顔をあげると、妙に真剣な顔で口を開いた。
「アメリア、頼みがある。俺とつきあって―――ってお前何生でニンジンかじってるんだ!」
途中までとてもまじめな顔をしていたフランシスは、アメリアが生ニンジンをウサギよろしくぽりぽりと食べているのを見て叫んだ。
「えー? だって、生だったから」
「生だったから何なんだ! 生だったから生のまま食べるのかお前は!」
「うん。だって茹でるのめんどくさいし」
「じゃあそこの生肉も生のまま食べるのか!」
「さすがに、お肉とかお魚とかは焼くけど」
「野菜は」
「基本、生?」
「……。つーか、こんなに生肉とか生魚とかあったら痛むぞ」
「外に出しておけば勝手に凍るから保存はきくよー?」
「―――」
「で、さっき何か言いかけてたけど、何?」
ぽりぽりぽりぽり。
アメリアはニンジンをかじる。
フランシスは無言でつかつかとアメリアのそばまで歩いていくと、彼女の手から食べかけのニンジンをひったくった。
「ちょっとなにすんのよ!」
「キッチンはどこだ⁉」
「へ?」
「生で食うな腹を壊すと言ってるんだ!」
アメリアはフランシスの剣幕に気おされたようにコクリと頷き、「あっち」とキッチンのある方を指さした。
「どうして俺は魔女の家で料理をしているんだ……」
ぐつぐつとシチューを煮込みながら、我に返ったフランシスは頭を抱える。
「すごいねー。人ってシチュー作れるんだねー」
「人が作らなかったら誰が作るんだ」
「さあ?」
いい匂いのしてきたキッチンのテーブルで、ミカンを皮ごとかじっているアメリアは楽しそうだ。
だからなんで皮ごとかじるんだと思ったフランシスだったが、真面目に相手をしていると非常に疲れると判断して、突っ込みたいのをぐっと我慢していた。
「生の野菜とか焼いた魚とか肉以外のものを食べるのは久しぶりかもー。あ、お菓子は別」
「つーかよく食うなおい」
「え、ふつーでしょ?」
「ふつーなわけあるか! 貴族の女どもは鳥の餌ほどにしか食わねぇぞ」
「えー、信じられない。食べることをやめたら人生の楽しみなんてないじゃんねー?」
「……ほかにもあるだろ」
「たとえば?」
「たとえば……? たとえば、そうだな。体を動かしたり、本を読んだり、お前くらいの年の女なら、男とか? 音楽もそうだし、何かあるだろほかに」
「興味なーい」
ミカンの汁がついた手をなめてアメリアが答えるから、フランシスはハンカチを渡してやる。
ハンカチで手を拭いたアメリアがシチューはまだかと催促するので、フランシスは息を吐きだした。
(マジでこいつの腹はどうなってんだ。あんだけ食ってまだ入るのか)
からの木皿をスプーンで叩いて「はやくー」と騒ぎ出すから、フランシスは諦めて火を止める。本当はもう少し煮込みたかったが、こいつは待てない。絶対に。
フランシスは王子だが、簡単な料理なら作ることができる。理由は、母である王妃の趣味が料理だから。しかもそれがクソまずくて、出来上がったそれを食べさせられるから恐怖だった。だからフランシスは料理をしている母親の隣に立って、その補佐をするように見せかけてかわりに自分が料理をした。妻の料理の腕が壊滅的なのをよく知っている父はむしろそれを手放しで喜んで――、気がつけば普通に料理ができるようになっていたのである。
さらにシチューをよそって出してやると、にこにこ笑いながらそれを口に運ぶ。しかも大口で。
「おかわりー!」
「もうねぇよ」
大鍋で作ったはずのシチューはあっという間にからになって、アメリアのその驚異的な食欲にフランシスはぐったりと肩を落とした。
「それで、あんたなんでブルテンにいたの?」
腹が膨れて満足したらしいアメリアが訊いてくる。
王子のラブラブパワーで魔女っ子に世界を救ってもらいなされ――とかいうふざけた巫女のババァのセリフを思い出したフランシスは一瞬顔をしかめたが、諦めて口を開いた。
「災厄がくるんだと」
ラブラブパワーはこの際おいておこう。この女とラブラブ? 無理に決まっている。
「俺はその災厄から国を守ってもらうために来たんだ。世界最強の魔女――お前にね」
自分が魔方陣で釣っておいてなんだが、変な男だ。ブルテン山の近くには誰も近寄りたがらないから、アメリアがほかの人間に会ったのはずいぶんと久しぶり。空腹でほとんど力尽きかけていたアメリアの魔法は、国全体に影響を及ぼすほどの力はない。つまりフランシスはブルテン地方のどこかにいたということになり――、どうしてそんなところにいたのかしらと不思議になる。
まあ、きっとお菓子をくれたから悪い人ではないに違いない。
知らない人にお菓子をもらってはいけない――という世の中の教訓を知らないアメリアは、自分の価値観でそう判断する。
食べ物をくれる人に悪い人はいない。
芯を残してリンゴをきれいに食べ終えたアメリアは、今度はニンジンを取って、ウサギのようにポリポリと食べはじめる。
フランシスはしばらく動かなかったが、やがて顔をあげると、妙に真剣な顔で口を開いた。
「アメリア、頼みがある。俺とつきあって―――ってお前何生でニンジンかじってるんだ!」
途中までとてもまじめな顔をしていたフランシスは、アメリアが生ニンジンをウサギよろしくぽりぽりと食べているのを見て叫んだ。
「えー? だって、生だったから」
「生だったから何なんだ! 生だったから生のまま食べるのかお前は!」
「うん。だって茹でるのめんどくさいし」
「じゃあそこの生肉も生のまま食べるのか!」
「さすがに、お肉とかお魚とかは焼くけど」
「野菜は」
「基本、生?」
「……。つーか、こんなに生肉とか生魚とかあったら痛むぞ」
「外に出しておけば勝手に凍るから保存はきくよー?」
「―――」
「で、さっき何か言いかけてたけど、何?」
ぽりぽりぽりぽり。
アメリアはニンジンをかじる。
フランシスは無言でつかつかとアメリアのそばまで歩いていくと、彼女の手から食べかけのニンジンをひったくった。
「ちょっとなにすんのよ!」
「キッチンはどこだ⁉」
「へ?」
「生で食うな腹を壊すと言ってるんだ!」
アメリアはフランシスの剣幕に気おされたようにコクリと頷き、「あっち」とキッチンのある方を指さした。
「どうして俺は魔女の家で料理をしているんだ……」
ぐつぐつとシチューを煮込みながら、我に返ったフランシスは頭を抱える。
「すごいねー。人ってシチュー作れるんだねー」
「人が作らなかったら誰が作るんだ」
「さあ?」
いい匂いのしてきたキッチンのテーブルで、ミカンを皮ごとかじっているアメリアは楽しそうだ。
だからなんで皮ごとかじるんだと思ったフランシスだったが、真面目に相手をしていると非常に疲れると判断して、突っ込みたいのをぐっと我慢していた。
「生の野菜とか焼いた魚とか肉以外のものを食べるのは久しぶりかもー。あ、お菓子は別」
「つーかよく食うなおい」
「え、ふつーでしょ?」
「ふつーなわけあるか! 貴族の女どもは鳥の餌ほどにしか食わねぇぞ」
「えー、信じられない。食べることをやめたら人生の楽しみなんてないじゃんねー?」
「……ほかにもあるだろ」
「たとえば?」
「たとえば……? たとえば、そうだな。体を動かしたり、本を読んだり、お前くらいの年の女なら、男とか? 音楽もそうだし、何かあるだろほかに」
「興味なーい」
ミカンの汁がついた手をなめてアメリアが答えるから、フランシスはハンカチを渡してやる。
ハンカチで手を拭いたアメリアがシチューはまだかと催促するので、フランシスは息を吐きだした。
(マジでこいつの腹はどうなってんだ。あんだけ食ってまだ入るのか)
からの木皿をスプーンで叩いて「はやくー」と騒ぎ出すから、フランシスは諦めて火を止める。本当はもう少し煮込みたかったが、こいつは待てない。絶対に。
フランシスは王子だが、簡単な料理なら作ることができる。理由は、母である王妃の趣味が料理だから。しかもそれがクソまずくて、出来上がったそれを食べさせられるから恐怖だった。だからフランシスは料理をしている母親の隣に立って、その補佐をするように見せかけてかわりに自分が料理をした。妻の料理の腕が壊滅的なのをよく知っている父はむしろそれを手放しで喜んで――、気がつけば普通に料理ができるようになっていたのである。
さらにシチューをよそって出してやると、にこにこ笑いながらそれを口に運ぶ。しかも大口で。
「おかわりー!」
「もうねぇよ」
大鍋で作ったはずのシチューはあっという間にからになって、アメリアのその驚異的な食欲にフランシスはぐったりと肩を落とした。
「それで、あんたなんでブルテンにいたの?」
腹が膨れて満足したらしいアメリアが訊いてくる。
王子のラブラブパワーで魔女っ子に世界を救ってもらいなされ――とかいうふざけた巫女のババァのセリフを思い出したフランシスは一瞬顔をしかめたが、諦めて口を開いた。
「災厄がくるんだと」
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