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世界最強の魔女は普段はポンコツ
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カシリアは西が海、東を大陸に面している南北に細長い国だ。
そのため、南は一年を通して温暖だが、ブルテン山脈のある最北端は万年雪とも呼ばれる分厚い雪に覆われて、ブルテン山の麓はともかくとして、標高の高い頂のあたりの雪が消えたのは、数百年前の異常気象のときのただ一度きりと言われていた。
寒すぎて、誰もその地で生活をしたがらないブルテンは、人がいないから領主もおらず、国が管理していると言えば聞こえはいいが、要するに完全に放置されている手つかずの地域だった。
さて――
その誰も澄みたがらないブルテンの地のブルテン山の、分厚い雪に覆われた山頂付近に、雪に解けそうなほど真っ白い壁の家がポツンと建っている。誰も訪れたがらないその地にある家のことは、カシリア国で暮らす民であれば子供でも知っている有名な話だった。
曰く。
そこには数百年も前より、古代龍の心臓を食べたという世界最強の魔女が住んでいる。
まことしやかにささやかれるその噂であるが、誰もその真偽のほどを知らない。
誰も訪れないその地に、誰も見たことのない魔女が暮らす――、誰も真実を知らないからこそ、その噂には数々の尾ひれがくっついた。
――世界最強にして最恐の魔女はブルテン山の頂上で夜な夜な悪魔と取引をしている。
――魔女は大層な醜女の老婆で、若く美しい女に嫉妬して、夜な夜な若い女の血を湯のかわりに浴びている。
などなど、次から次へと、まるで怪談よろしく語られるものだから、そのうち言うことを聞かない子供への脅しとして使われるようになったり、夏の怪談話に使われたりして――、結果、カシリア国では国王に次いでその魔女は有名だった。
そんな魔女である。
ブルテン山に建つ白壁の家のリビングの中で突如、彼女はぱたりと倒れて。
「おなかすいたあああああ―――!」
床にかじりつきながら、そう叫んだ。
南北に長いカシリア国のちょうど中央にある王都リリビル。
歴代の王が好き勝手に改装しまくるせいでなんだかちょっぴり外観がおかしなことになっているカシリア城は朝から騒がしかった。
第一王子フランシスは起床時間よりも早くたたき起こされて、不機嫌オーラを前面に出しながら、城の会議室の扉を開けた。
「こんな日もまだ登らないような朝っぱらからいったい何の騒ぎですか」
フランシスは朝が弱い。
開口一番に文句を言った息子に、しかし王はおろおろしながら「一大事なのだ!」しか言わない。
フランシスは適当な椅子に腰を下ろして、机の上に突っ伏した。
「あー……、眠ぃ」
「フランシス! しゃきっとせんか! 今から宰相たちも来ると言うのに」
「するってーと、俺をたたき起こした犯人は宰相ですか」
「うむ。なんでも先ほど、巫女が恐ろしい予言をしたとかしなかったとか」
「どっちですか」
「とにかく何か恐ろしいことらしい」
なんだそりゃ。フランシスはイラっとする。そんな不確かな情報で朝早くにたたき起こされたというのか。納得いかない。
「だいたい巫女って……、八十をすぎたババァじゃないですか。いつまで巫女を名乗ってるつもりですか。あのしわくちゃの面の皮はどんだけ厚いんだ」
「こ、これ! 巫女カナリアは非常に優秀な――」
「カナリアって、あんなしわがれた声でわーわー言うババァのどこがカナリアなんですか。カナリアに失礼だろ」
「昔は大層な美女だったそうだぞ」
「あーそうですか。月日は残酷ですねぇ」
どうでもいいけれど、宰相早く来いよ、眠いんだよ、とフランシスは机に額をつけてため息をつく。
眠い眠いと文句をいう息子に、国王は注意をすることを諦めて天井を仰いだ。
フランシスは十九歳。仕事はできるし剣の腕もそこそこ、外見も王妃に似て麗しいと言うのに、その美点をすべて打ち消すほど口が悪い。
子供はのびのびと育てましょうと言う王妃の教育方針に従って十九年――、その教育方針は間違っていたのではないかと最近思う国王だ。
もっと早くに気がつけばよかった。そう――、フランシスが十歳の時に、巫女カナリアに「クソババア」と悪態をついたときに気がついていれば、もう少しその口の悪さも矯正できたかもしれないのに――、悔やまれる。
国王の嘆きをよそに、フランシスが机に額をつけたまま、うとうとと微睡みはじめたときだった。
「陛下ぁ! 大変ですぅ! 災厄が、数百年前の災厄が訪れますぞ―――!」
目を血走らせて唾を飛ばしながら、宰相が会議室の扉を蹴破った。
宰相の叫び声で微睡みの中からたたき起こされたフランシスは、いつもはクルンと上向きにカーブするように整えられている口ひげを、ハの字にたらした宰相を睨みつけた。
「宰相、うっさい。眠れないだろ」
「こ、これは殿下! 失礼を――、は! 眠ってはいけません! これは国の一大事ですぞ!」
「一大事一大事って、ババァの予言はあてになんねぇだろ。この前は高貴なる身に懐妊の予兆とかぬかしやがって母上が妊娠したのかとお祭り騒ぎになったあとに、懐妊は実は母上の飼っている猫のマーリーだったとかふざけた結果だったじゃねぇか」
その時のことを思い出したのか、国王の表情が曇った。
子供ができたと小躍りしていた国王は、実は妻ではなく猫の妊娠だったとわかったあとにショックのあまりに三日寝込んだ。苦い思い出だ。
「こ、今回は本当に災厄なのです!」
宰相は円卓の上に両手をついた。
「数百年前に大地を襲った災厄、それが今年訪れるとババァ――ごほんごほん! 巫女殿が予言なさったのですよ!」
うっかりババァと言ってしまった宰相は咳払いで誤魔化した。
数百年前の災厄――、それは、万年雪すらも溶かしてしまった異常気象だ。世界中の気温が上がり、草木は枯れ、動物は死に、飢饉や旱魃に襲われたとされている、魔の三年。
さすがにフランシスの表情が変わる。
「本当なのか? 冗談なら洒落になんねぇぞ」
「残念ながら本当でございます」
フランシスは大きく息を吐きだして父親を見やった。
国王はすっかり青い顔になって、狼狽えながら宰相に訊ねた。
「そ、それで巫女殿はほかに何か――、その、対処法のようなものは……」
災厄に対処法なんてあるわきゃねーだろ。フランシスが突っ込もうとしたその時。
「ございます」
「あんのかよ!」
宰相が真顔で頷いたから、フランシスは思わずそちらに突っ込んでしまった。
宰相は真顔のまま、ごほんと咳ばらいをしたのち、ちらりとフランシスを見て――
「王子のラブラブパワーで魔女っ子に世界を救ってもらいなされ――だそうです」
マジ死ね、ババァ。
そのため、南は一年を通して温暖だが、ブルテン山脈のある最北端は万年雪とも呼ばれる分厚い雪に覆われて、ブルテン山の麓はともかくとして、標高の高い頂のあたりの雪が消えたのは、数百年前の異常気象のときのただ一度きりと言われていた。
寒すぎて、誰もその地で生活をしたがらないブルテンは、人がいないから領主もおらず、国が管理していると言えば聞こえはいいが、要するに完全に放置されている手つかずの地域だった。
さて――
その誰も澄みたがらないブルテンの地のブルテン山の、分厚い雪に覆われた山頂付近に、雪に解けそうなほど真っ白い壁の家がポツンと建っている。誰も訪れたがらないその地にある家のことは、カシリア国で暮らす民であれば子供でも知っている有名な話だった。
曰く。
そこには数百年も前より、古代龍の心臓を食べたという世界最強の魔女が住んでいる。
まことしやかにささやかれるその噂であるが、誰もその真偽のほどを知らない。
誰も訪れないその地に、誰も見たことのない魔女が暮らす――、誰も真実を知らないからこそ、その噂には数々の尾ひれがくっついた。
――世界最強にして最恐の魔女はブルテン山の頂上で夜な夜な悪魔と取引をしている。
――魔女は大層な醜女の老婆で、若く美しい女に嫉妬して、夜な夜な若い女の血を湯のかわりに浴びている。
などなど、次から次へと、まるで怪談よろしく語られるものだから、そのうち言うことを聞かない子供への脅しとして使われるようになったり、夏の怪談話に使われたりして――、結果、カシリア国では国王に次いでその魔女は有名だった。
そんな魔女である。
ブルテン山に建つ白壁の家のリビングの中で突如、彼女はぱたりと倒れて。
「おなかすいたあああああ―――!」
床にかじりつきながら、そう叫んだ。
南北に長いカシリア国のちょうど中央にある王都リリビル。
歴代の王が好き勝手に改装しまくるせいでなんだかちょっぴり外観がおかしなことになっているカシリア城は朝から騒がしかった。
第一王子フランシスは起床時間よりも早くたたき起こされて、不機嫌オーラを前面に出しながら、城の会議室の扉を開けた。
「こんな日もまだ登らないような朝っぱらからいったい何の騒ぎですか」
フランシスは朝が弱い。
開口一番に文句を言った息子に、しかし王はおろおろしながら「一大事なのだ!」しか言わない。
フランシスは適当な椅子に腰を下ろして、机の上に突っ伏した。
「あー……、眠ぃ」
「フランシス! しゃきっとせんか! 今から宰相たちも来ると言うのに」
「するってーと、俺をたたき起こした犯人は宰相ですか」
「うむ。なんでも先ほど、巫女が恐ろしい予言をしたとかしなかったとか」
「どっちですか」
「とにかく何か恐ろしいことらしい」
なんだそりゃ。フランシスはイラっとする。そんな不確かな情報で朝早くにたたき起こされたというのか。納得いかない。
「だいたい巫女って……、八十をすぎたババァじゃないですか。いつまで巫女を名乗ってるつもりですか。あのしわくちゃの面の皮はどんだけ厚いんだ」
「こ、これ! 巫女カナリアは非常に優秀な――」
「カナリアって、あんなしわがれた声でわーわー言うババァのどこがカナリアなんですか。カナリアに失礼だろ」
「昔は大層な美女だったそうだぞ」
「あーそうですか。月日は残酷ですねぇ」
どうでもいいけれど、宰相早く来いよ、眠いんだよ、とフランシスは机に額をつけてため息をつく。
眠い眠いと文句をいう息子に、国王は注意をすることを諦めて天井を仰いだ。
フランシスは十九歳。仕事はできるし剣の腕もそこそこ、外見も王妃に似て麗しいと言うのに、その美点をすべて打ち消すほど口が悪い。
子供はのびのびと育てましょうと言う王妃の教育方針に従って十九年――、その教育方針は間違っていたのではないかと最近思う国王だ。
もっと早くに気がつけばよかった。そう――、フランシスが十歳の時に、巫女カナリアに「クソババア」と悪態をついたときに気がついていれば、もう少しその口の悪さも矯正できたかもしれないのに――、悔やまれる。
国王の嘆きをよそに、フランシスが机に額をつけたまま、うとうとと微睡みはじめたときだった。
「陛下ぁ! 大変ですぅ! 災厄が、数百年前の災厄が訪れますぞ―――!」
目を血走らせて唾を飛ばしながら、宰相が会議室の扉を蹴破った。
宰相の叫び声で微睡みの中からたたき起こされたフランシスは、いつもはクルンと上向きにカーブするように整えられている口ひげを、ハの字にたらした宰相を睨みつけた。
「宰相、うっさい。眠れないだろ」
「こ、これは殿下! 失礼を――、は! 眠ってはいけません! これは国の一大事ですぞ!」
「一大事一大事って、ババァの予言はあてになんねぇだろ。この前は高貴なる身に懐妊の予兆とかぬかしやがって母上が妊娠したのかとお祭り騒ぎになったあとに、懐妊は実は母上の飼っている猫のマーリーだったとかふざけた結果だったじゃねぇか」
その時のことを思い出したのか、国王の表情が曇った。
子供ができたと小躍りしていた国王は、実は妻ではなく猫の妊娠だったとわかったあとにショックのあまりに三日寝込んだ。苦い思い出だ。
「こ、今回は本当に災厄なのです!」
宰相は円卓の上に両手をついた。
「数百年前に大地を襲った災厄、それが今年訪れるとババァ――ごほんごほん! 巫女殿が予言なさったのですよ!」
うっかりババァと言ってしまった宰相は咳払いで誤魔化した。
数百年前の災厄――、それは、万年雪すらも溶かしてしまった異常気象だ。世界中の気温が上がり、草木は枯れ、動物は死に、飢饉や旱魃に襲われたとされている、魔の三年。
さすがにフランシスの表情が変わる。
「本当なのか? 冗談なら洒落になんねぇぞ」
「残念ながら本当でございます」
フランシスは大きく息を吐きだして父親を見やった。
国王はすっかり青い顔になって、狼狽えながら宰相に訊ねた。
「そ、それで巫女殿はほかに何か――、その、対処法のようなものは……」
災厄に対処法なんてあるわきゃねーだろ。フランシスが突っ込もうとしたその時。
「ございます」
「あんのかよ!」
宰相が真顔で頷いたから、フランシスは思わずそちらに突っ込んでしまった。
宰相は真顔のまま、ごほんと咳ばらいをしたのち、ちらりとフランシスを見て――
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マジ死ね、ババァ。
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