短編集「異世界恋愛」

狭山ひびき

文字の大きさ
27 / 103
続・聖女は魔王に嫁ぎます!

しおりを挟む
 午後になってソファにジオルドと並んで座って本を開いていると、ジオルドが家庭教師として雇ってくれているルシルフ先生がやってきた。

 よく晴れた空のような色の髪をしたルシルフ先生は、その明るい髪の色とは全然違って、何事にもやる気がないというか――、「めんどくせー」が口癖の人。

 左にモノクルをつけて肩までの髪は一つに束ねて、欠伸をかみ殺しながらグスタヴに案内されて部屋に入ってきた。

 ジオルドと年が近いらしくて、何かと仲がいいみたいなんだけど、わたしに勉強を教えに来たときでさえ、暇さえあればソファに横になって眠っているのよね。

 実に三日ぶりにやってきたルシルフ先生は、わたしの隣に座っているジオルドに視線を投げたあとで、何を思ったのか、反対側のソファに座って、ミントにお茶とお菓子を要求し、何を言うわけでもなくのんびりと用意されたケーキを食べはじめた。

「何の本を読んでんだ?」

 もぐもぐとケーキを咀嚼しながらルシルフ先生が訊いてくる。

「これは龍族の本です。ほら、先生が今度、龍族について勉強しようって言っていたから」

「そんなこと言ったっけか?」

 ルシルフ先生が記憶を探るように視線を下に向ける。

 その様子を見て、ジオルドがため息をついた。

「雇ってやったんだから少しはしっかりしろよ」

「つってもな、別に俺が頼んだわけじゃねぇし。つーか、お前が教えりゃいいだろ」

 あー、それはやめた方がいいわ。

 ジオルドって頭はとってもいいみたいなんだけど、人に教えるのは向かないのよ。

 一を聞いて十を理解できるような人は、その二から十を教えるのは無理なのよ。たぶん。

 ルシルフ先生は「めんどくせー」と口癖をつぶやいてから、口に残っていたケーキを紅茶で洗い流した。

「龍族っつーのはな、気分屋で怒らせると面倒くさくて、なおかつ他の種族にかかわるのを特に嫌うから、山とか湖とかでひっそりと暮らしている陰湿な奴らのことだ」

 ……それ、信じていいの?

 わたしの手元にある本には、龍族は気高く崇高で、とても賢い種族だって書いてあるんだけど。

 そう言えば、ルシルフ先生はけっと笑った。

「そりゃそうだろ。その本を書いた奴は龍族だ。自分の種族を陰湿だのなんだのと書くわきゃねー。ま、とにかく、俺が言えることは龍族をみたら関わらずに回れ右してとにかく逃げろっつーことだな。以上」

 以上って――、龍族の授業、それで終わり⁉
 唖然とするわたしの横で、ジオルドが思い出したように口を開いた。

「龍族と言えば、百年ほど前に山を一つ吹き飛ばして龍族の長に封印された火龍がいたな」

 山を一つ吹き飛ばすって、それは比喩なのかしら? それとも本当なのかしら? 訊くのが恐ろしくてわたしはただ黙って二人の話に耳を傾ける。

 ルシルフ先生はモノクルを指先で押し上げた。

「あー、そういやぁそんなのもいたな。百年か。そろそろ封印も緩んできたし、あと二十年もすれば完全に解けるんじゃないか?」

「あの龍はお前の言う『陰湿』は当てはまらないだろう」

「陰湿じゃねーけど、あいつはめんどくせー」

 面倒くさがりのルシルフ先生にかかれば、たいていのことは「めんどくせー」になるんでしょうけどね。

 ルシルフ先生は食べかけていたケーキにフォークを刺して、大口を開けて残っていたケーキを一口で食べてしまった。

「とにかく、龍族には関わらねぇことだな」

 ケーキを食べ終えたルシルフ先生はごろんとソファに横になった。

 ……この人、今日はいったい何をしに来たのかしら?

 授業らしい授業をせずにケーキだけ食べて昼寝をはじめた「家庭教師」にわたしはあきれるしかない。

 わたしは龍族が書いたらしい手元の本に視線を落として、続きを読もうかどうしようか悩んで、結局ぱたんと閉じると、ミントが煎れてくれた紅茶に手を伸ばす。

 ルシルフ先生は寝ちゃったし、新しい本を取りに書庫に行くのは億劫だし、何をしようかしらって思っていると、「おつかい、帰った」という片言の言葉とともに九官鳥のクロがスーッと飛んできて肩にとまった。

 その足には、細く折りたたんだ小さな紙が結ばれている。

「アマリリス、お茶会する」

 クロが片方の翼を広げて言った。

 クロの足から髪をほどいて広げてみると、アマリリスの綺麗な文字で、お茶を飲みながらおしゃべりしない? と書いてある。

 日付は三日後。

 ジオルドを見ると、微笑んで頷いてくれたから、わたしはさっそく了承の返事を書いてクロの足に結び付けた。

「帰ったら、サクランボを所望する!」

 なるほど。おつかいのお駄賃はサクランボね。

 わかったわと頷くと、クロは首を大きく縦に振ってから、わたしの肩から飛び立っていった。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

処理中です...