短編集「異世界恋愛」

狭山ひびき

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続・聖女は魔王に嫁ぎます!

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「なんなのよ、あの女!」

 ジオルドに城から追い出されたマルベルは、渡ることを禁止されている人間界の扉の前にいた。

 シェイラという聖女が失われたエスリール国は今、聖なる守りが失われて悪魔が自由に出入りすることができるが、ジオルドが治めている国の悪魔は原則人間界への出入りを禁止されていた。

 もっとも、許されていたとしても、マルベルは今日まで、人間界には興味はなかった。

 悪魔の男であれば嫁取りのために人間界へ出入りする者も多いが、魔族の女はより強い男を求める習性があり、自分よりも脆弱な人間を伴侶に選ぼうとするもの好きはそうそういない。
そのため、魔族の女が人間界で伴侶探しをすることはほとんどないのである。

 マルベルもその例には漏れなかったし、何より彼女の狙いは昔からジオルドであったから、もちろん人間界に用はなかった――のであるが。

(あの女、絶対追い出してやる!)

 ジオルドが気に入ったというシェイラという名の平凡な顔立ちをした女。あの女に、自分のどこが劣っていると言うのだ。

 マルベルはきれいに磨かれた爪の先を噛むと、硬く閉ざされている人間界への扉を睨みつける。

 聖女だか何だか知らないが、人間界にはシェイラの化けの皮の一枚や二枚くらいは落ちているはずだ。それを拾い集めてジオルドの前に持って行けば、考えを改めるかもしれない。

 マルベルは扉に絡みつくように這わされている太い鎖に手を伸ばした。

 下級な悪魔ならいざ知らず、悪魔伯爵の娘であるマルベルの力の前に、鎖はパリンという儚い音を立てて粉々に砕け散る。

 マルベルはゆっくりと開かれた扉の奥を見て、ニヤリと笑った。






「なんで開かないのよ!」

 宮殿の裏にある聖なる森。

 神の神殿とともに並んでいる通称「悪魔の城」の扉を揺らしながらマディーは金切り声をあげていた。

 押しても引いても、扉はガチャガチャと無機質な音を立てるだけで、ほんの少しも開かない。

 悪魔の生贄を選ぶと言われる「悪魔の城」。かつて幼かったシェイラはうっかりとこの城の扉を開けてしまい、悪魔の生贄となった。

 以来、五歳から十六歳までの十一年間を塔に閉じ込められてすごしたシェイラ。生贄の儀式の日に殺される運命の異母妹を嘲笑い続けたマディーは、自分よりも劣っている異母妹が優れた男と結婚したことが許せない。

 今やマディーは滅びを待つだけとなったと言っても過言ではない国の「価値のない姫」だ。自分よりも格下だと思っていた近隣の国の姫たちにまで憐れみや蔑みの視線を向けられるなんてプライドの高い彼女には耐えられない。

 何としてもこの扉をあけて、悪魔の生贄――もとい、魔王の花嫁にならなくては。そして、夫となった魔王に命じて、自分を蔑んだ近隣の国を滅ぼしてもらうのだ。

(わたしに逆らう無能どもなんて、いなくなってしまえばいいのよ!)

 そのためには何としてでもこの扉をこじ開けて、シェイラやアマリリスにかわって自分が魔王の妻に収まるべきだし、そもそも自分より劣っていたあの二人が選ばれて自分が選ばれないなんて何かの間違いに違いないのだ。

 皮の薄い手のひらが痛くなるまで扉を揺すり続けたマディーは、手の皮が剥ける前に手を放すと、ここで作戦を変えることにした。

 押しても引いてもダメなら、いっそ壊してしまえばいいのだ。

 兵士たちを連れてきて、力で破壊させればいい。

 ふと思いついたことだが、われながら名案だとマディーはほくそ笑む。

 そして踵を返しかけたマディーだったが、そこでぎくりと足を止めた。

 振り返った先に、一人の女が立っていたからだ。

 真っ赤な髪に、猫のような目をした、見たこともない女だ。

 マディーは、高位の貴族たちの娘の顔は大体覚えている。それなのに、見るからに仕立てのいいドレスに身を包んだこの女の顔に覚えがない。一度見たら忘れられないような強烈な印象の女だ。忘れたということはないだろう。

(誰かしら……?)

 反射的に警戒してしまったのは、女がまとう雰囲気だろうか?

 異様というか――、威圧的であり、思わずぞくりとするような独特の雰囲気を持っている。
 眉を寄せるマディーに、女はニィッと真っ赤な唇を持ち上げた。

「ふふ、思わない拾い物をしたわ」




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