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お花畑脳の婚約者が「来世でも結婚する運命の人と結婚したいから別れてくれ」と言い出した
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セシルがカイルの家に嫁ぐと言えば、厄介払いできた父はご満悦だった。
ましてや持参金もいらず、キャロルの結婚祝いにたくさんの金が贈られたのだからなおさらである。
カイルは宣言通り、セシルの気持ちの整理ができるまでは夫婦生活を開始しないと言って、部屋まで別々にしてくれた。
のちのち父がいちゃもんをつけてこられないように、結婚誓約書にだけはサインをして、セシルはウォルト伯爵夫人と呼ばれるようになったことだけがくすぐったかった。
そんなある日のことだった。
ウォルト伯爵夫人となって三か月が経過したころ、突然。元婚約者のデビットが伯爵家へやって来た。
ちょうどカイルは仕事で留守にしている。カイルがいるときに出直してきてもらおうかとも思ったが、キャロルとの結婚についての話だったら聞いてかなければならないだろう。結婚して家を出たと言ってもセシルはキャロルの姉で、結婚式にも出席せねばならないから。
セシルを二人のキューピッド役として紹介するとふざけたことを言っていたデビットがどこまで本気なのかはわからないが、本当にそんな馬鹿なことをしたとしても、今はカイルという夫がいるから、笑いものにはならないだろう。勝手にすればいい。
セシルがそんなことを思いながら応接間に入ると、セシルの顔を見たデビットは大げさに手を広げてセシルに駆け寄った。抱き着かれそうになったので素早く横によけると、あからさまに傷ついた顔をされる。
「セシル、僕の天使!」
「……またそれ?」
よほど恋のキューピッド役をさせたいらしい。あきれていると、デビットがぎゅうっとセシルの手を握り締めた。
「会いたかったよ、セシル!」
「あーはいはい。それで、今日はどんなご用件? 結婚式の打ち合わせだとは思うけど、キャロルのことだから、大げさなパーティーを開くんでしょうね」
結婚式には付き合ってやるけど、パーティーまでは付き合いきれないわよと言えば、デビットが突然、うるうると瞳を潤わせた。
ぎょっとすると、突然ひしっと抱き着かれたので、ソファのクッションでその頭をぶん殴る。
「人妻に抱き着くなんてどういう了見よ、放しなさい」
人妻、という言葉に少々照れながら言えば、今度はデビットがその場に跪いた。
「セシル、僕の天使! 聞いてくれ!」
また今日はいつにもまして芝居がかっている。
聞きたくはないが何を言っても勝手に話しはじめるのだろうから黙っていると、デビットが胸ポケットにさしていた一輪の赤い薔薇の花をセシルに差し出した。
「僕は目が覚めた! 真実の愛はここにあったんだ! 僕は突然現れた魔女に幻覚を見させられていたんだよ! 僕には君しかいないんだ。君こそが僕の運命! 何度生まれ変わっても結ばれる運命の女性なんだ!」
「………………」
セシルは無言で、デビットの頭をもう一度クッションで殴りつけた。
「ねえ、頭大丈夫?」
殴られた頭ではなく、元からの花の詰まった中身が。
クッションで殴られたデビットは、殴られた頭を押さえて涙目でセシルを見上げる。
「セシル、怒っているんだね。無理もない。でも、僕だって大変だったんだよ。魔女にかけられた呪いは強力だった。解くのに三か月もかかってしまったんだからね!」
幻覚の次は呪いらしい。お花畑脳は今日も健在だ。
「呪いだか幻覚だかはどうでもいいけど、その魔女っていったい何なの?」
「魔女は魔女だよ! 君だってよく知っているだろう? 君の妹のキャロルさ!」
「は?」
「まさか天使と悪魔が一つ同じ屋根の下で生活していたなんて、僕もうかつだったよ! 君だってさぞ大変だったんだろう? 結婚したと偽ってウォルト伯爵家に逃げ込むほどに限界だったんだよね? でももう大丈夫! 僕は自分を取り戻した!」
「はあ?」
「さあ、これからは僕が守ってあげるからね! ああ、結婚式は一か月後だよ!」
「……その結婚式は、キャロルとあんたの結婚式じゃなかったかしら?」
「ああ! セシル! まだ怒っているの? でも君が怒るのは僕じゃない! 邪悪な魔法で僕の心を操った魔女キャロルだよ!」
(……これ、どこまで本気で言ってるの?)
まさかすべて本気で言っているわけではあるまい。もしそうなら、今すぐにカウンセリングへ行くべきだ。セシルの手には負えない。
「えっと、よくわからないけど、とりあえずこれだけは言っておくわね。わたしはあんたとは結婚しないし、カイルとは正式に結婚誓約書にサインをしているの。悪いんだけど、お引き取りいただけないかしら?」
「どうしてそんな冷たいことを言うの!?」
「冷たい?」
「そうだよ、僕の天使。僕たちはあれほど愛し合った仲じゃないか!」
「…………そうだったかしら?」
思い返してみる限り、デビットと婚約していた三年間、彼と甘い恋人関係だった記憶はとんとない。なぜなら婚約してすぐにキャロルの邪魔が入るようになり、デビットはセシルよりもキャロルを気にかけているようだった。セシルとデビッドの間にはいつもキャロルがいた。いつしか、デビッドとキャロルが楽しそうに話をするのを遠目から見ているセシルの図が出来上がって、それが当たり前になっていたから、彼と二人で逢瀬を重ねた記憶は皆無と言っていいほどにない。
頭が痛くなってきたセシルが、デビットをどうやって追い返そうかと考えたときだった。
「さっきから聞いていれば、ずいぶん好き勝手なことを言っているじゃないか」
ガチャリと応接間の扉が開いて、振り返った先には、氷のように冷ややかな表情を浮かべたカイルの姿があった。
ましてや持参金もいらず、キャロルの結婚祝いにたくさんの金が贈られたのだからなおさらである。
カイルは宣言通り、セシルの気持ちの整理ができるまでは夫婦生活を開始しないと言って、部屋まで別々にしてくれた。
のちのち父がいちゃもんをつけてこられないように、結婚誓約書にだけはサインをして、セシルはウォルト伯爵夫人と呼ばれるようになったことだけがくすぐったかった。
そんなある日のことだった。
ウォルト伯爵夫人となって三か月が経過したころ、突然。元婚約者のデビットが伯爵家へやって来た。
ちょうどカイルは仕事で留守にしている。カイルがいるときに出直してきてもらおうかとも思ったが、キャロルとの結婚についての話だったら聞いてかなければならないだろう。結婚して家を出たと言ってもセシルはキャロルの姉で、結婚式にも出席せねばならないから。
セシルを二人のキューピッド役として紹介するとふざけたことを言っていたデビットがどこまで本気なのかはわからないが、本当にそんな馬鹿なことをしたとしても、今はカイルという夫がいるから、笑いものにはならないだろう。勝手にすればいい。
セシルがそんなことを思いながら応接間に入ると、セシルの顔を見たデビットは大げさに手を広げてセシルに駆け寄った。抱き着かれそうになったので素早く横によけると、あからさまに傷ついた顔をされる。
「セシル、僕の天使!」
「……またそれ?」
よほど恋のキューピッド役をさせたいらしい。あきれていると、デビットがぎゅうっとセシルの手を握り締めた。
「会いたかったよ、セシル!」
「あーはいはい。それで、今日はどんなご用件? 結婚式の打ち合わせだとは思うけど、キャロルのことだから、大げさなパーティーを開くんでしょうね」
結婚式には付き合ってやるけど、パーティーまでは付き合いきれないわよと言えば、デビットが突然、うるうると瞳を潤わせた。
ぎょっとすると、突然ひしっと抱き着かれたので、ソファのクッションでその頭をぶん殴る。
「人妻に抱き着くなんてどういう了見よ、放しなさい」
人妻、という言葉に少々照れながら言えば、今度はデビットがその場に跪いた。
「セシル、僕の天使! 聞いてくれ!」
また今日はいつにもまして芝居がかっている。
聞きたくはないが何を言っても勝手に話しはじめるのだろうから黙っていると、デビットが胸ポケットにさしていた一輪の赤い薔薇の花をセシルに差し出した。
「僕は目が覚めた! 真実の愛はここにあったんだ! 僕は突然現れた魔女に幻覚を見させられていたんだよ! 僕には君しかいないんだ。君こそが僕の運命! 何度生まれ変わっても結ばれる運命の女性なんだ!」
「………………」
セシルは無言で、デビットの頭をもう一度クッションで殴りつけた。
「ねえ、頭大丈夫?」
殴られた頭ではなく、元からの花の詰まった中身が。
クッションで殴られたデビットは、殴られた頭を押さえて涙目でセシルを見上げる。
「セシル、怒っているんだね。無理もない。でも、僕だって大変だったんだよ。魔女にかけられた呪いは強力だった。解くのに三か月もかかってしまったんだからね!」
幻覚の次は呪いらしい。お花畑脳は今日も健在だ。
「呪いだか幻覚だかはどうでもいいけど、その魔女っていったい何なの?」
「魔女は魔女だよ! 君だってよく知っているだろう? 君の妹のキャロルさ!」
「は?」
「まさか天使と悪魔が一つ同じ屋根の下で生活していたなんて、僕もうかつだったよ! 君だってさぞ大変だったんだろう? 結婚したと偽ってウォルト伯爵家に逃げ込むほどに限界だったんだよね? でももう大丈夫! 僕は自分を取り戻した!」
「はあ?」
「さあ、これからは僕が守ってあげるからね! ああ、結婚式は一か月後だよ!」
「……その結婚式は、キャロルとあんたの結婚式じゃなかったかしら?」
「ああ! セシル! まだ怒っているの? でも君が怒るのは僕じゃない! 邪悪な魔法で僕の心を操った魔女キャロルだよ!」
(……これ、どこまで本気で言ってるの?)
まさかすべて本気で言っているわけではあるまい。もしそうなら、今すぐにカウンセリングへ行くべきだ。セシルの手には負えない。
「えっと、よくわからないけど、とりあえずこれだけは言っておくわね。わたしはあんたとは結婚しないし、カイルとは正式に結婚誓約書にサインをしているの。悪いんだけど、お引き取りいただけないかしら?」
「どうしてそんな冷たいことを言うの!?」
「冷たい?」
「そうだよ、僕の天使。僕たちはあれほど愛し合った仲じゃないか!」
「…………そうだったかしら?」
思い返してみる限り、デビットと婚約していた三年間、彼と甘い恋人関係だった記憶はとんとない。なぜなら婚約してすぐにキャロルの邪魔が入るようになり、デビットはセシルよりもキャロルを気にかけているようだった。セシルとデビッドの間にはいつもキャロルがいた。いつしか、デビッドとキャロルが楽しそうに話をするのを遠目から見ているセシルの図が出来上がって、それが当たり前になっていたから、彼と二人で逢瀬を重ねた記憶は皆無と言っていいほどにない。
頭が痛くなってきたセシルが、デビットをどうやって追い返そうかと考えたときだった。
「さっきから聞いていれば、ずいぶん好き勝手なことを言っているじゃないか」
ガチャリと応接間の扉が開いて、振り返った先には、氷のように冷ややかな表情を浮かべたカイルの姿があった。
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