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妖精王の遣い

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「ウィンラルド様は冬の妖精王様なの」

 ユリウスの手の中からどうにか逃げ出した妖精――ビオラは、今度はメリーエルの肩の上にとまった。

 メリーエルは首をひねりながら、思わずルノディックの国王を見やった。

「ねえ王様、マリアベル姫の結婚相手はロマリエ王国のシュバリエ王子よね?」

 すると妖精の出現に茫然としていた国王は、ハッと我に返ったようにまばたきをくり返すと、何度も首を縦に振った。

「そうだ。姫の結婚相手はシュバリエ王子だ。断じて妖精などでは――」

 否定しかけた国王は、ふと何かを思い出したように言葉を切った。

 それから難しい顔で考え込み、「まさか……」とつぶやくと、みるみるうちに顔色を青くした。

「なんだかまた面倒ごとがありそうだな」

 うんざりした様子で言ったユリウスが足を高く組み、はあ、と長い息を吐く。

 国王は青い顔をしたままメリーエルの肩にとまる妖精を見て、それから額をおさえた。

「……実は昔一度だけ、妖精に会ったことがあるのだ。私はそのとき、ある約束をした」

「約束ですって?」

 国王はどうやら気が動転しているらしく、ルイーザに砂糖を多く入れたミルクティーを入れるように頼むと、ソファから立ち上がり、うろうろと部屋の中を歩き回りはじめた。

「昔、マリアベルが生まれたときのことだ――。生まれたときあの子はとても小さく、体が弱くて、医師には一度目の誕生日すら迎えることができないかもしれないと言われていた。そしてあの夜――、あの子が生後半年ほどたったときのことだった。普段から熱をよく出す子だったが、あの夜はひどかった。医師には次の朝まで持たないかもしれないと言われて、私も王妃もひどく取り乱していた。姫の息は、どんどんと小さくなっていくように見えて、私も王妃も、誰でもいいから助けてくれと強く願った」

 ルイーザがミルクティーを用意すると、まだ熱いにもかかわらず国王はそれを一気に飲み干して、続けた。

「そのとき奇跡が起こったのだ。私と王妃の目の前に、突然一人の青年が現れた。プラチナブロンドの、驚くほど美しい青年だった。そう――、ユリウスと言ったか、そこの君のように、息を呑むほどにな。彼は今にも息を引き取りそうな姫を見て、私たちに言った。『助けてほしいか』と」

 国王は歩き回るのをやめて、天井を見上げた。

「助けてほしいに決まっていた。私は彼に、姫を助けてくれるのならば、ほしいものは何でもやると言った。彼はわかったと言って、姫の額に手をかざした。すると姫の熱はあっという間に下がって、目をあけてきゃっきゃと笑いはじめた。私は王妃と手と手を取り合って喜んだが――、彼は去り際にこう言った。『礼は十八年後――そこの姫が十八になったころににもらい受ける』と」

「なるほどな。その妖精がウィンラルドで、礼は姫自身だった、と」

 ユリウスが何でもないことのようにあとを引き取ると、国王は両手で顔を覆った。

「そうとしか考えられない……」

「今の今まで忘れていた方もどうかしているな」

 ユリウスは立ち上がると、メリーエルの肩の上にとまっているビオラを掴んでぽいっと宙に投げた。

「ちょ、ちょっと何するのよ!」

 ビオラが慌てて羽をぱたぱたとはばたかせて抗議したが、ユリウスは素知らぬ顔で言った。

「俺には関係ないことだ。マリアベル姫がいないのなら、俺もメリーエルもここには用がない。お前たちはお前たちで勝手にすればいい」

 ユリウスはメリーエルの手を掴むと強引に立ち上がらせた。

「帰るぞ」

 メリーエルは自分のことを棚に上げて、ユリウスの場の空気を読めない相変わらずな自分勝手さにあきれたが、彼の言う通り、ここにいれば余計なことに巻き込まれかねない。

 国王にもビオラにも悪いが、もともとの目的が果たせない以上、国に戻ってシュバリエにも報告しなければならないだろう。

 国王はメリーエルたちをシュバリエの下に返してやることはできないと言っていたが、さすがにこうなってしまえば事情を隠し通せるものでもない。メリーエルたちがここに拘束されたからと言って、シュバリエやロマリエ王国の国王に知られるのは時間の問題だ。

 幸い、今、ルノディックの国王は混乱しているようだし、逃げ出すのならばこの機会しかないだろう。

(帰れないのは嫌だし。せっかく光苔を手に入れたんだから、実験したいし)

 なんだかんだと、メリーエルも自分勝手な性格をしているので、自身の利害を優先する。

(というか、ルノディック側の事情で破談になれば、シュバリエ王子的には万々歳ってところなのかしら?)

 いまいちあの王子が結婚したいのかしたくないのかがわからないが、「太っている女性が好き」という条件下で考えると、今回の縁談は破談になったほうが好都合だろう。

 マリアベル姫は妖精と結婚して、シュバリエ王子は自分の好きな外見の女性をまた探せばいい。

(なーんだ、丸く収まるじゃない)

 メリーエルの思考回路は基本的に単純な作りをしているので、彼女は万事うまく事が運んだらしいと納得した。

 そして、ユリウスとともにさっさと部屋を出て行こうとしたのだが――

「待ってくれ! 姫を妖精に差し出すわけにはいかん!」

 我に返った国王が慌てたようにメリーエルたちの進路を阻んだ。

 もちろんユリウスが「俺は知らん」というスタンスを崩すはずもなく、彼は国王を押しのけて部屋を出て行こうとしたのだが――、さすが国王というか人の上に立つ人間は人のことをよく理解しているらしい。

 国王は標的をメリーエルに定めて、こう言った。

「メリーエル、そなたは魔女だろう。手を貸してくれ。うまくいけば――そなたが望むものを何だって用意するぞ!」

 その言葉を聞いて、この国王は十八年前の妖精の約束で凝りていないのかとユリウスはあきれたが、隣でぱあっと顔を輝かせたメリーエルを見て肩を落とした。

「ユリウス! 手伝ってあげましょう!」

 くそったれ――、メリーエルの自称保護者ユリウスは心の中で悪態をついた。
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