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妖精王の遣い

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 雪で作られた城のように無垢な白色の城壁をした城の中は、過度な装飾のない品のいい作りをしていた。

 金と銀を混ぜたような色をした青年に抱きかかえられて城に到着したマリアベルは、まだ茫然としていた。

 それはそうだろう、まさか空を歩いて、宙に浮かんでいる城に来たなんて、現実だとは思えない。きっと夢を見ているのだ。そう思うのに、聞こえる音や肌に触れる感覚は非常にリアルで、マリアベルをさらに混乱させた。

(わたくし、もしかして死んだのかしら……?)

 そしてここは死後の世界で、彼はマリアベルを死後の世界に誘う、さしずめ死神と言ったところだろうか。そんなことを茫然とした頭で考えていると、突然頭上からクスリと笑い声が聞こええてきた。

「残念ながら、ここは死後の世界ではないよ」

 ハッとして顔をあげれば、タンザナイトのようなキラキラとした瞳をした彼が楽しそうに笑っていた。

 どうして考えていることがわかったのだろう――、マリアベルが首を傾げれば、彼はさらにおかしそうに笑った。

「声に出ていたよ、お姫様。やっぱり君は可愛らしいね」

 マリアベルは赤くなった。どうやら茫然とするあまり考えていたことが口に出ていたらしい。

 恥ずかしそうにうつむくマリアベルを抱えなおし、彼はすたすたと城を奥へと進んでいく。

 そして到着したのは、若草を思わせるような淡い緑色の壁紙が美しい部屋だった。広い部屋だ。マリアベルが自国の城で使っている部屋よりも広い。

 部屋につくと、彼はマリアベルをそっとソファの上に下ろした。寝そべってもなお余る広さのソファはふわふわで、座ると体が適度に沈む。ソファカバーも柔らかい手触りで、なんだかこのまま目を閉じれば眠ってしまいそうなほど心地よかった。

「ここは君のために作った部屋だよ。気に入ってくれた?」

 マリアベルの隣に腰を下ろした彼がそう言って、マリアベルはハッとした。

「わたくしのため? どういうこと?」

「そのままの意味だよ。君はこれからここで暮らすんだ。気に入らないところがあればなおすから教えてほしい」

 マリアベルは大きく目を見開いた。

「ここで暮らすって――、待って、ここはいったいどこ? あなたはさっき、死後の世界ではないと言ったわ。では、ここはどこなの? わたくしはさっきまで――、そう、ラーシェットの森にいたはずなのに……」

 そうだ。ラーシェットの樹海の中で光苔を採取していたのだ。それなのに目を覚ますと見たこともない世界。これが死後の世界でないと言うのならば、いったいここはどこなのだろう。

 もしかして、マリアベルは自分が感じるよりももっと長く気を失っていたのだろうか。そして、知らない国に攫われた? だが――

(ほかの国の城が空の中にあるなんて、聞いたこともないわ……)

 マリアベルはいっそ、このまま目を閉じて眠ってしまおうかと思った。空を歩くなんてありえないし、空の上に城が浮かんでいるなんて信じられない。そうすればこれは夢だろう。目を覚ました時、現実の世界に戻っているかもしれない。

 しかし彼はマリアベルの希望的な推測をあっさり打ち砕いた。

「ここは妖精の国だよ。僕の――冬の妖精王が治める、インゾナイト国。そしてここはスノードロップ城。これから君が暮らす場所だ」

「インゾナイト……、スノードロップ城……?」

 そんな国もそんな名前の城も聞いたことがない。しかしそれよりももっとマリアベルを愕然とさせたのは「妖精」という言葉だった。

「妖精の……国?」

「そうだよ。そして僕は、冬の妖精王だ」

「妖精王……?」

 驚きすぎて、思考がついて行かない。

 マリアベルはただぼんやりと冬の妖精王を見つめた。確かに、彼は普通の人ではない雰囲気がする。とがった耳もそう、透けるような白い肌に、髪の色も、不思議な光彩の瞳もそう。人ではないと言われれば、むしろすとんと納得できるような気がするが――、だがしかし、妖精と妖精の国という単語はすぐには理解できなかった。

「どうしてわたくし……、ここで暮らすの?」

 何より理解ができないのが、マリアベルがここで暮らすという彼の言葉だ。なぜいきなり、マリアベルはここで暮らすことになるのだろう。

 すると妖精王は、恭しくマリアベルの手を取って、微笑んだ。

「それは君が、僕の花嫁になる人だからだ。僕の名前はウィンラルド。これからよろしくね、僕の可愛い花嫁さん」

 マリアベルは、あまりの衝撃に呼吸を忘れた。
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