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第二部 運命共同体の夫が、やたらと甘いです

病院視察と、これから 1

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 捕らえた残党兵の尋問は、遅々として進んでいないらしい。
 それを聞いて、なんとなくだが、彼らはマグドネル国でそれなりに訓練を受けたものではないかとヴィオレーヌは思った。
 戦時中は、一般人まで徴兵されて戦地に送られたが、訓練されていない一般人の兵士たちが尋問に口を閉ざしたままでいられるとは思わなかったからだ。

 ヴィオレーヌの予想通り、もし彼らがマグドネル国で一定階級以上にいた訓練を受けた騎士や兵士であるなら、今後も尋問は難航するだろう。
 同時に、口を割らないということは、背後に何者かがいると考えて間違いない。
 彼らは口をつぐみ、何者かをかばっているのだ。

(まあ、殿下はこうなることも想定済みだったみたいだけど)

 残党兵たちはダンスタブル辺境伯城の地下牢に収容されている。
 彼らが拠点にしていた森の中からは、天幕やポーションなどが運び出される手はずになっていて、明日にでもダンスタブル辺境伯軍が向かうらしい。
 マグドネル国の残党兵と戦い続けてきたダンスタブル辺境伯にも矜持があるだろうと、残党兵の尋問や拠点の物資の回収については、辺境伯に任せることにしたとルーファスが言った。
 何もかもを王太子に仕切られては、辺境伯もやりにくいだろう。

「支度はすんだか?」

 ゆえに、ヴィオレーヌとルーファスは辺境伯が残党兵の尋問をしている間、他のことをすることにした。
 今日は、病院に視察に向かう。
 ヴィオレーヌが行きたいと言ったのだが、こんなにあっさり許可が出るとは思わなかった。
 マグドネル国の残党兵に苦しめられていたダンスタブル辺境伯領の住人は、マグドネル国王の養女であるヴィオレーヌに思うところがあるだろう。
 それなのに、ルーファスがダンスタブル辺境伯に訊ねたところ、残党兵が捕らえられたから問題ないだろうとあっけらかんとした答えが返って来たらしい。

 曰く――、残党兵の討伐にヴィオレーヌが尽力したため、らしい。
 残党兵討伐にヴィオレーヌが向かったことはダンスタブル辺境伯城の城下町ではすでに知られていたそうだ。
 一年にもわたり煩わされていた残党兵の問題を解決したヴィオレーヌのことを悪く言うような領民はいないと、ダンスタブル辺境伯は胸を張った。

「終わりました」

 本日は戦いに行くのではないのでドレス姿だ。
 ただ、スカートが大きく広がったドレスは病院では邪魔になるだろうから、シンプルなマーメイドドレスである。
 マーメイドドレスは、生地がぴったりと体の線に寄り添うため、上半身から太もものあたりまではしっかりとラインがわかる。膝から下は魚の尾ひれのように、波打ちながら広がるデザインだ。
 貴族女性の多くが着るドレスは、コルセットでぎゅっと腰を締めて胸を持ち上げ、腰から下はたっぷり布を使った大きなスカート。さらにその下にパニエを何枚も履いてスカート部分を大きく広げるドレスを好む。
 しかしこれは、布を多く使い、さらにパニエを何枚も重ね着し、上半身はコルセットできつく縛るため、正直言って恐ろしく熱くて苦しくて動きにくい。
 ゆえに最近は、主に夏場ではあるが、シュミーズドレスというコルセットで体を締め付けず、パニエで膨らませもしないドレスが流行しはじめた。

 とはいえ、特に高位貴族女性は、そのドレスをはしたないだの品格がないだのと言って毛嫌いしているので、下位貴族を中心とした流行であるらしい。
 ヴィオレーヌはまったく気にならないし、楽がしたいのでシュミーズドレスを着たかったが、ミランダが首を縦に振らなかった。
 シュミーズドレスが嫌いなのではなく、完全に下級貴族の着るものという意識が定着した今、王太子妃がそれを着れば、嘲笑される元だというのだ。
 ヴィオレーヌが地盤を固め、誰も文句が付けられない状況であるならいざしらず、現段階では得策ではないという。

 では諦めて流行のドレスを着るのと肩を落としたヴィオレーヌだったが、にんまりと笑ったミランダがこのマーメイドドレスを取り出して見せたというわけだ。
 下位貴族の流行として定着しているシュミーズドレスは着せられないが、まだほとんど広まっていないタイプのドレスを身に着けるのは、逆に流行の最先端を追っていると見せることができるので問題ないという。

(というか、こんなドレス、いつ荷物に詰めていたんだか……)

 ヴィオレーヌを広告塔に使うと言っていた通り、ミランダは兄であるスチュワートを通していろいろなものを仕入れているようだ。
 小国の王女だったときには、はっきり言って流行はあまり気にしたことがなかった。
 のんびりした風土のモルディア国の社交界は、大国のように殺伐としていない。
 ドレスも着たいものが着られたし、もっと言えば、モルディア国の唯一の王女だったヴィオレーヌが着れば、それが流行の最先端だと認識された。

(今思えば、なんて恵まれた環境だったのかしら……)

 ドレス一つ取っても気を使わなくてはならない大国ルウェルハスト国の社交界とはどのようなものだろうか。想像するだけでぐったりしてくる。
 やれやれと息を吐きつつ、ヴィオレーヌは黙ったままの夫へ顔を向けた。
 ちょこんとスカートの裾を引っ張って、首を傾げる。

「似合いませんか?」

 ドレスは目が覚めるようなスカイブルーだ。
 装飾品は少なめに、首に小ぶりのネックレスをつけるだけにしている。
 紫が薄く入ったような銀色の髪のヴィオレーヌには、青系統のドレスがよく似合うとミランダが言ったから従ったのだが、さすがに派手だったろうか。
 今ならまだ時間があるので、着替えようかと考えていると、ルーファスがハッと息を呑んだ。

「いや! よく、似合っている。……ちょっと驚いただけだ」
「あまり見ないデザインですものね」
「そうじゃなくて……、その、そういうデザインは君によく似あうと思う。君はスタイルがいいからな」

 ルーファスの視線が上から下に落ちて、ヴィオレーヌはボッと赤くなった。
 ミランダがあきれ顔をして、ジョージーナが額を抑え、ルーシャが腰に手を当てる。

「殿下、女性の体のラインのことを口に出すのはマナー違反ですよ」
「そうなのか?」

 ルーシャに言われて、驚いたようにルーファスが目を見開く。

「似合うと言っただけだろう?」
「なんか言い方がいやらしいです」
「いやらし……」

 容赦ないルーシャに、ルーファスが狼狽える。

「お、俺は別に……」
「はいはい。殿下のそういうデリカシーのないところは昔から変わりませんから別にいいです。ヴィオレーヌ様、問題ないようですのでそのまま行きましょう」
「え、ええ……」

 ミランダが軽く手を叩いてルーシャとルーファスを止めて、ヴィオレーヌに白いショールをかけてくれた。王都では夏でも、ダンスタブル辺境伯領では秋くらいの気候なので、一枚羽織っていたほうがいいからだ。
 同行者はジョージーナとルーシャだけなので、ミランダは部屋でお留守番である。
 黒猫師匠も、視察に行くよりのんびり昼寝をしていたいと言ったのでお留守番だ。アルベルダは猫になってから非常に怠惰になった。猫の習性だろうか。

 行くぞ、と手を差し出されてルーファスの手を取る。
 きゅっと握られると、ヴィオレーヌの心臓がまたざわざわしはじめた。
 ルーファスに告白されてからというもの、心臓がおかしい。

 ヴィオレーヌの戸惑いに気づいているのかいないのか、ルーファスは優しくこちらを見下ろして、柔らかい笑みを浮かべた。



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