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第一部 夫の生殺与奪の権利、いただきます

ダンスタブル家の次男 4

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「剣を弾き飛ばすか、戦闘不能状態にするか、相手に参ったと言わせれば勝ちだ」
「そのルールで構いません」

 まさか命のやり取りをするわけにもいかないので、ヴィオレーヌに否やはない。

(体格差が大きいから、正面で剣を受け止めるのは不利ね)

 魔術で身体強化を行えば問題ないが、正々堂々申し込まれた決闘に魔術を使う気はない。
 剣の勢いと重さを殺しながら攻撃をいなして、相手の隙を突くのが得策だろう。

「ヴィオレーヌ様、アルフレヒト様はお父上に似てとても体格のいい方ですが、あれでなかなか敏捷で、また体幹がおそろしくいいため、多少体勢を崩してもすぐに立て直してきます。ご注意ください」
「ありがとう、ジョージーナ」
「ヴィオレーヌ様、あんな脳筋、さっさと打ちのめしてポーション作りを再開しましょう。まったく、忌々しいったらありません」

 早くポーションを作って儲けたいミランダがチッと舌打ちする。
 ミランダがイラついているので、決闘の間はアルベルダにポーション作りを頼んでおいたのだが、それとこれとは話が別だと言いたそうだ。

「ミランダ、さっさと打ちのめすっていうけど、アルフレヒト様は結構強いのよ。そりゃあもちろん、ヴィオレーヌ様もお強いけど……」

 魔術使わないんでしょう、とルーシャが心配そうな顔をした。

 魔術を使わなければ、力では圧倒的にヴィオレーヌが不利だ。
 どれだけ鍛錬しても、全体的に細いヴィオレーヌではそれほど重たい攻撃は繰り出せない。ルーファスの剣を弾き飛ばしたときだって、あれは魔術で身体強化をしていたからできたことだ。
 だが、怒りに任せて受けた決闘で負けるなんて無様なことにはなりたくない。

 決闘場所に選ばれた中庭には、大勢の騎士や使用人たちが集まっていた。
 ダンスタブル辺境伯夫人の姿もあり、きゅっと胸の前で両手を握り締めてハラハラした様子である。

 ダンスタブル辺境伯領に同行してくれた第二騎士団団長カルヴィン・ファースはルーファスとともに外出しているので、決闘の審判は不在を任されていた副団長のバーナード・フォルクナーが務めることになった。
 胃の当たりを押さえながら「これ、団長が戻ったら拳骨どころじゃすまないかも……」としょんぼりと肩を落としているのが少々不憫だが、受けると言ってしまった以上止まらない。

「両者、前へ!」

 バーナードの号令で、ヴィオレーヌとアルフレヒトが前に出る。
 紫がかった銀色の髪を一つに束ね、体格が近いルーシャに借りた騎士服に身を包んだヴィオレーヌは、正面に剣を構えるアルフレヒトを見やりながら舌打ちしたくなった。
 隙がない。
 だが、ヴィオレーヌに剣の稽古をつけてくれた義祖父と比べれば、感じる威圧は半分以下だ。

(決闘で負けたなんて言ったら、おじいさまに笑われるわ)

 なにより、モルディア国を馬鹿にされて負けるわけにはいかないのだ。
 ピリッとした空気が両者を包み込む。
 バーナードがヴィオレーヌとアルフレヒトを交互に見やって、大きく息を吸った。そして――

「はじめ‼」

 号令とともに、ヴィオレーヌはタンッと地を蹴った。
 大きく跳躍し、頭上から全体重をかけた攻撃を落とす。
 しかし、アルフレヒトはヴィオレーヌの攻撃を簡単にいなして、そのまま横凪ぎに攻撃を入れてきた。
 くるりと空中で体勢を変えて攻撃をよけたヴィオレーヌは、着地とともに頭上から降って来た二撃目を、攻撃の力を殺すように流し、低い体勢から上に向かって剣を切り上げる。

 カンッ
 キンッ
 ガキッ

 何度か剣戟を交わし、ヴィオレーヌは後ろに大きく跳躍して一度距離を取る。

(さすがに重いわね……)

 できるだけ攻撃は流したつもりだが、いくつかは受ける羽目になった。そのせいで右手が軽く痺れている。
 これは、長引かせるだけ不利になる。
 相手も、ヴィオレーヌの攻撃を楽に受けているわけではない。
 アルフレヒトがヴィオレーヌの剣に慣れる前に勝負を決めてしまいたかった。

 アルフレヒトとヴィオレーヌの激しい剣の打ち合いに、いつの間にか周囲はシンと静まり返っている。

(……次で決める)

 剣を正面に構えて、ヴィオレーヌは大きく息を吸い込む。
 義祖父が、体格が大きく違う剣の使い手を相手にした時に有利だと教えてくれた技がある。
 この決闘は殺し合いではないので、義祖父の教えてくれた技のすべてを叩き込むわけにはいかないが、一手目で止めれば問題ない。

 アルフレヒトが、ヴィオレーヌと同じように正面に剣を構えたのを見た瞬間、ヴィオレーヌは駆けだした。

「ちょこまかと動き回るだけでは俺には勝てん‼」
「そうかしら?」

 叩きつけるように打ち下ろされた剣を寸前でかわし、剣の鍔を相手の剣の鍔に引っ掛ける。
 そのまま全体重をかけて斜め後方に振り抜いた。

「ぐあっ」

 手首が本来曲がらない方向へ曲げられそうになって、剣を握っているアルフレヒトの手の力が緩む。
 その隙を見逃さず、剣を後方に弾き飛ばしたヴィオレーヌは、そのまま剣を斬り返してアルフレヒトの首筋にぴたりと当てる。
 義祖父はそのまま頸動脈を斬れと言っていた技だが、さすがにここではそれはしない。

 首筋に当てられた剣に、アルフレヒトが茫然と目を見張った。

「しょ、勝負あり! そこまで‼」

 バーナードの号令が上がる。
 わあああっと周囲から大きな歓声が上がった。
 ヴィオレーヌが剣を引いても、アルフレヒトは茫然と立ち尽くしたままだ。

(負けたのがそんなにショックなのかしら?)

 決闘を申し込むくらいだ、剣の腕には自信があったのかもしれない。
 だが自業自得である。
 ヴィオレーヌは弾き飛ばされたアルフレヒトの剣を拾うと、彼のもとに持って行く。大きいだけあってかなり重たい剣だ。これを自在に振り回せていただけでも称賛に価する。

「どうぞ」
「あ、ああ……」

 剣を差し出すと、アルフレヒトがおずおずと剣を受け取り、鞘に納めた。

「ヴィオレーヌ様、お疲れ様です!」
「すばらしい勝負でした!」

 ジョージーナとルーシャが駆け寄ってきてタオルを渡してくれる。
 顔や首に流れる汗を拭いていると、突然、背後のアルフレヒトがその場に片膝を折った。
 何事かと思って振り返ると、父親譲りの鳶色の瞳をキラキラと輝かせて、こう宣ってきた。

「正妃殿、いえ、ヴィオレーヌ様‼ 好きです‼」

 しーん、とさっきまでうるさいくらいの歓声が上がっていた中庭が、びっくりするくらいに静まり返った。




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