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第一部 夫の生殺与奪の権利、いただきます

北へ 2

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 玄関前で馬車に積んだ荷物の最終チェックをしていると、見送りのために王妃ジークリンデが顔を出した。少し遅れてリアーナもやって来る。
 ジークリンデとリアーナと話していると、中から「殿下、わたくし心配ですわ」とやけに大きな声が響いてきた。
 玄関ホールを覗き込めば、こちらへ向かって来ようとしているルーファスの腕にまとわりついているアラベラが見えた。

「殿下が行かれる必要はないのではなくて? 聖女なんてもてはやされている方がいらっしゃるんですもの、あの方が一人で行けばいいではありませんか。ねえ?」
「陛下は俺に行くようにお命じになったんだ。俺が行かないでいいはずないだろう」
「あら、陛下にはわたくしが言って差し上げますわ。わたくしがお願いすれば陛下も考え直してくださるはずですもの」
(すごい自信ね)

 まるで国王を意のままに操れるとでも言いたげな言葉に、ジークリンデが少しだけ眉を寄せたのがわかった。けれど、アラベラを諫めるようなことはしない。本来であれば王妃の方が王太子の側妃より立場は上のはずなのだが、難しいところがあるのだろう。
 ルーファスも苛立っているようだが、まとわりつくアラベラを突き離せないでいる。
 王弟で、大きな派閥の長であり、さらにポーション事業を独占しているファーバー公爵家の娘を邪険に扱うわけにはいかないのだ。

(ポーション事業がファーバー公爵の独占でなくなれば、多少状況も変わるんでしょうけど)

 スチュワートが頑張っているが、すぐにどうこうできる問題でもない。
 せめてヴィオレーヌが敗戦国でも何でもない大国の姫であったなら多少は違っただろうが、残念ながら敗戦国の、しかも小国の王女である。個人的にやり返すことはできても、ファーバー公爵家そのものの頭を抑えつけられるような権力は持たない。

 アラベラにまとわりつかれながら玄関前に到着したルーファスが、いい加減離してくれとアラベラの腕を軽く叩く。
 しかしアラベラはルーファスの腕にまとわりついたままヴィオレーヌを見て、ふふん、と笑った。
 その仕草がなんとなくカチンと来たので、ヴィオレーヌはにっこりと微笑んで言ってやる。

「アラベラ様もご一緒に北へ向かわれますの? 残党兵と小競り合いが続いている場所ですもの、人では多い方がよろしいものね。ケガ人のお世話とかお仕事はたくさんあるでしょうから。一緒に来てくださるなら助かりますわ。ねえ、殿下?」

 すると、アラベラは表情を変えてルーファスの腕からパッと手を離した。

「な、何をおっしゃるのかしら? わたくしは王太子殿下の側妃ですもの、行けるはずがありませんわ」
「わたしは正妃ですけど」
「あなたのような人質同然の正妃と一緒にしないで‼ わたくしのお父様は王弟ですのよ! つまり、わたくしは王女同然なのです‼」

 王弟の娘が王女同然なはずはないのだが、アラベラは昔からそう言われて育ったのだろうか。
 自分の方が人質同然の妃より立場が上だと宣うアラベラの発言は、ヴィオレーヌだけでなくジークリンデをも攻撃する言葉だ。
 ジークリンデは何も言わないが、思うところは大きいだろう。
 そして、そんなジークリンデを母に持つルーファスにも、嫌悪を抱かせることはあっても、好意的に受け取られることはない言葉だ。

(頭の弱い方)

 自分が王女同然の公爵家の娘だというのならば、学ばなければならないことも多かっただろうに、なんて残念な女性だろう。
 身分の高い人間は、着飾って他者を攻撃して回るのが正解だとでも思っているのだろうか。

「母上、留守を頼みます」
「ええ――」
「お任せくださいませ、わたくしがしっかり留守を守りますわ‼」

 ジークリンデの言葉を遮って、アラベラがホホホ、と笑う。
 ルーファスはそれには答えず、さっさと馬車に乗り込んでしまった。
 この場に長居したくないのだろうと受け取って、ヴィオレーヌもジークリンデに向き直る。

「それではお義母様、行ってまいります」
「ええ。嫁いで来たばかりだというのに、すぐにお仕事をお願いしてごめんなさいね」
「構いません」

 にこりとジークリンデに微笑んだ後でリアーナに視線を向けると、彼女が大きく頷いてくれた。リアーナがジークリンデについていてくれるので安心だ。少なくとも彼女は、ジークリンデを軽んじたりはしない。
 ルーファスの待つ馬車に乗り込むと、外から騎士団長の号令が上がって、馬車がゆっくりと動き出す。

 帰るころには冬だろうか。それとも春だろうか。
 少なくとも、当分は戻って来られないだろう。
 馬車の窓からはジークリンデが手を振っているのが見える。

 なんとなくその様子が、モルディア国の義母の姿にかぶって、ヴィオレーヌはちょっとだけしんみりしてしまった。



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