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第一部 夫の生殺与奪の権利、いただきます

まずは収入源が必要です 4

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 三日後、ヴィオレーヌはルーファスに城のサロンに連れて行かれた。
 ルーファスが紹介してくれるという商人は男性なので、王宮には入れないからだ。

 連れて行かれたサロンには、ルーファスと同年齢くらいの、貴族らしい男性が座っていて、ヴィオレーヌは首をひねる。
 黄色が混ざったような茶色の髪で、黒ぶちの眼鏡の奥の瞳は赤茶色をしている。ルーファスと同じくらい背の高い青年だった。

 ルーファスに連れられてヴィオレーヌがサロンに入ると、青年が立ち上がって一礼する。

「ヴィオレーヌ、あいつはスチュアート・オークウッドだ。俺の友人で、オークウッド侯爵家の三男だが、戦争がはじまる少し前に商会を興して商人をしている。俺と同じ年だ」

 ルーファスと同じ年ということは、社交デビューして間もなくの十四、五の頃に商会を興したということにならないだろうか。

(ずいぶん思い切ったことをなさったのね)

 三男でも侯爵家の出なら、婿に欲しがる家も多いだろう。
 商人にならずとも貴族として生きていく道はあっただろうに。

「スチュワート、正妃のヴィオレーヌだ。モルディア国の第一王女で、マグドネル国王の養女になったから、マグドネル国の第二王女でもある」

 スチュワートが、黒ぶち眼鏡の奥の赤茶色の瞳を細めた。
 戦争を起こしたマグドネル国王の養女と聞くと思うところがあるだろう。
 しかし、視線が鋭くなったのは一瞬で、すぐにふわりと微笑む。商人らしく抜け目のない目はしているが、雰囲気は穏やかだ。
 ルーファスの隣のソファに腰を下ろすと、スチュワートもソファに座りなおす。
 ソファの間のローテーブルの上に、お菓子とお茶が用意された。

「ルーファスが嫁いで来たばかりの正妃殿下を紹介するなんて言うから何事かと思ったが、その様子だとうまくいっているのか」
「想像に任せる」

 ルーファスが答えると、スチュワートが苦笑を浮かべる。

「うまくいってなければ俺に紹介なんてしないだろう?」
「今日はそういう紹介じゃない。ポーションの話だ」

 誰に情報を抜かれるかわからなかったので、ルーファスはスチュワートを城に呼び出す際に、詳細を伝えていなかったらしい。
 ポーションという単語に、スチュワートが姿勢を正して視線を鋭くさせる。

「ポーションは相変わらずファーバー公爵の独占状態だ。仕入れろと言われても俺には無理だぞ」
「そうじゃない。ポーションの製造と販売の話だ。もし製造できる人間がいたら、販売に協力するかどうかが訊きたかった」
「それはつまり、ファーバー公爵に正面から喧嘩を吹っ掛けるってことか?」
「俺じゃなくてお前がな。オークウッド侯爵家の名前があれば、ファーバー公爵も横やりが入れにくいだろうと思ったんだが……」
「確かにまあ、うちの父上が生きている間は大丈夫だろうな」

 オークウッド侯爵は、現王――すなわちルーファスの父と従兄弟の関係らしい。
 国王の母がオークウッド侯爵の父の妹だったそうだ。
 ファーバー公爵と現王は母が違うので、ファーバー公爵とのつながりはないらしい。
 もっと言えば、その縁でオークウッド侯爵は宰相でもあるそうだ。さすがのファーバー公爵も王の従兄弟で宰相もあるオークウッド侯爵の息子の紹介には圧力がかけにくいらしい。

 スチュワートが悩んだのは一瞬だった。
 ニッと口端を持ち上げて、やや前のめりになる。

「もちろん乗るさ。こんなに面白い話はない。前々から横暴がすぎるファーバー公爵家には一泡吹かせてやりたかったからな。で、どうすればいい?」
「お前ならそういうと思っていた」

 ルーファスも悪い顔になると、両ひざの上に肘をついて前のめりの姿勢になった。
 そんな二人は悪だくみをしているようにしか見えず、ヴィオレーヌはあきれてしまう。
 仲がいいのだろうが、どちらの表情もいたずらっ子のそれだ。

 ルーファスとスチュワートがポーションの製造について話をしている間、ヴィオレーヌは出されていたティーカップを手に取った。
 こっそりと魔術で毒検知を行い、異常がないことを確認してから口をつける。
 お茶を飲んでお菓子を食べてまったりしていると、ようやく話が終わったらしい二人がヴィオレーヌに視線を向けた。

「ヴィオレーヌ、ポーションだがどのくらい作れる?」
「どのくらい、とは?」
「例えばだがひと月に百とか二百という単位で製造は可能か?」
「そのくらいであれば問題なく作れますよ。……ポーションを入れるための瓶があれば、ですけど」
「それはこちらで用意します」

 スチュワートがにこりと微笑む。

「価格設定ですが、最初はポーション一つにつき金貨一枚で販売しようと考えています」
「……金貨一枚ですか? 高くないですか?」

 モルディア国ではローポーション一本につき大銀貨一枚だった。つまりは十分の一の価格で販売されていたのである。金貨一枚はぼったくりもいいところだ。
 すると、ルーファスが肩をすくめた。

「高いと思うかもしれないが、仕方ないんだ。ファーバー公爵が価格を吊り上げたせいで、今、平均価格で金貨二枚で売られている。いきなり大銀貨数枚で売り出すわけにはいかない。品質を疑われても困るしな」
「金貨二枚⁉」

 そのような価格設定だと、平民ではなかなか手が出ないだろう。
 ローポーションは日常生活でも比較的よく使う薬だ。常備薬として一家に一つ二つ置いておく家も多い。そんなものに金貨二枚もの価値をつけるなんて正気とは思えなかった。
 軍でもよく使う薬なので、それを考えるとローポーションを仕入れるだけで国庫がかなり圧迫されていると思う。ポーションの仕入れで税金を使っていては、戦後の復興に回す金が減る。ルーファスがヴィオレーヌにゴーサインを出したわけだ。

「最初は金貨一枚で、だんだんと価格を下げて、最終的には大銀貨一枚まで持って行きたいとは思っています。ただ、すぐには価値を下げられないので、当面は一本当たり金貨一枚で販売することになるでしょう。薬草の負担もヴィオレーヌ様がなさるということなので、こちらとしては売値の三割――つまり当面は大銀貨三枚で取引させていただければ嬉しいのですが」
「それは構いませんけど……」

 正直言って、ローポーションなら薬草さえあれば一日に千本作ってもヴィオレーヌには余裕がある。作ったところで売れなければ意味がないのでそのような無茶な製造はしないけれど、逆に言えば簡単に作れるローポーションがそれほど儲かるとは思っていなかった。

(それなのに一本あたり金貨二枚で販売されているなんて……道理で)

 ヴィオレーヌはファーバー公爵の娘であるアラベラの装いを思い出した。
 側妃にも妃として予算が割り振られているが、戦後で困窮している状況を考えるとそれほど多額の予算が出されているわけではないだろう。アラベラの様子から察するに、予算以上の金を使っているのは間違いなく、それは実家からの仕送りで賄っていると思われた。ローポーション一つでそれだけぼったくっているなら、ファーバー公爵家はさぞ潤っているだろう。

(わたしに割り振られているはずの予算も、たぶん裏からアラベラの方に回されているんでしょうし)

 ルーファスの予想通り、ヴィオレーヌには予算が回ってこなかった。いや、表向きはヴィオレーヌにも予算が割かれていることになっているのだ。ただ、それがヴィオレーヌに入ってこないだけで。
 おかしいと声を上げて騒ぐこともできるが、今の段階でそれをするのは得策ではないとルーファスも言っていた。

 ただ、彼の方でヴィオレーヌの予算がどこに消えているのかは調べてくれると言っているので任せている。証拠を揃えておいて、いざというときの切り札として持っておいた方がいいらしい。

 しかし、ヴィオレーヌの予算が横流しできてしまうということは、王宮を管理している女官たちの多くもファーバー公爵家の息がかかっていると考えてよさそうだ。
 果たして王宮内にどれだけ敵がいるのか――

(殿下は、ファーバー公爵家の息がかかった人間をできるだけ少なくしたいみたいだから、わたしに彼らを何とかすることも期待しているんでしょうけど)

 他国から嫁いで来たばかりのヴィオレーヌに、無茶な期待をしてくれるものである。
 だが、これでルーファスたちがファーバー公爵や公爵家に対して強く出られない理由はわかった。
 派閥問題もあるだろうが、そこにローポーションも絡んでくると王太子や国王と言えどファーバー公爵には逆らえないだろう。

 軍に入れるローポーションをストップされては大変なことになる。訓練においても実践においても多用するポーションが入らなければ兵士や騎士たちの不満は膨れ上がるだろう。下手をすれば現王は引きずり降ろされて、王弟であるファーバー公爵が王になる未来もあるかもしれない。
 それならばファーバー公爵の機嫌を取っておいた方が、王家としてもダメージが少ないはずだ。

 戦争のせいもあるだろうが、ルウェルハスト国内もなかなか大変なことになっているようである。
 つくづく、モルディア国は平和な国なのだと思い知った。

(ルーファス殿下はわたしを使ってこの状況を打破したいわけね。……妻として嫁いだ以上、利用されるのは仕方ないか)

 そしてヴィオレーヌがルーファスに「使える人間」だと認識されればされるほど、モルディア国の平和が約束される。
 スチュワートから、最初の数か月はローポーションの製造はひと月に百本程度、様子を見て増やすようにすると言われて、ヴィオレーヌは頭の中でそろばんをはじいた。

(一本当たり大銀貨三枚の収入だから、百本で大銀貨三百枚。つまり金貨三十枚。うん、充分だわ)

 これで騎士二人の給料も出せるし、侍女を雇っても問題ない。
 あとは誰を侍女にするかだが――、と考えていると、スチュワートが目の前で急いで契約書を作成しながら、思い出したように顔を上げた。

「ヴィオレーヌ様、もしよければ、侍女としてうちの妹を推薦させてくれないでしょうか? 連絡手段として身内を入れておきたいんですが、王宮は男が入れないので……。もちろん、妹の賃金は不要です。こちらの都合ですから」
「それは、助かりますけど」

 ルウェルハスト国で信用できる人間を探すのは骨が折れそうだと思っていたところだ。兄の仕事が絡むなら、問題なく仕えてくれるだろう。
 ヴィオレーヌが頷くと、ルーファスがちょっぴり嫌そうな顔をした。

「ミランダか……。あいつも商売っ気が強いんだよな。侍女ができるのか?」

 どうやら、スチュワートの妹は、ミランダというらしい。



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