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第一部 夫の生殺与奪の権利、いただきます

聖女の力 3

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 モルディア国の、聖女――

 カルヴィンが思わずと言ったようにつぶやいたとき、ルーファスも同じ言葉を思い描いていた。
 ヴィオレーヌの足元から広がった魔法陣は、信じられないくらいに美しく幻想的な光を放ち、まるで幻のように消えていった。
 光に包まれた兵士たちの傷は綺麗に癒えて、癒された彼ら自身が何が起こったのかを理解できていないように見える。

 それもそうだろう。
 中には手足が欠損していたものもいたというのに、欠損部分まで綺麗に回復しているのだ。

(神の奇跡……)

 聖魔術は、魔術と名がついているが魔術とは本質が異なるという。
 そして、魔術師自体数が少ないのだが、聖魔術を使えるものはその比ではなく、国に一人か二人いればいい方だ。
 ルウェルハスト国でも、王都の大聖堂にいる大司祭の一人が聖魔術を操れるが、今のところ彼以外で聖魔術を操れるものはいない。
 しかも――

(聖魔術とは、これほどまでのものだったか?)

 ルーファスも、大聖堂の大司祭が聖魔術を使うところを何度か見たことがあるが、欠損部位まで回復してしまうような力はなかったように思える。
 つまりは、ヴィオレーヌはルウェルハスト国の大司祭以上の使い手ということだ。

(いや待て。彼女は普通の魔術も使えたんだぞ。剣の腕もなかなかだった。そのうえ聖魔術だと? ……いったいどうなっている)

 ヴィオレーヌ本人は、聖女なんて言葉はモルディア国の国民が勝手に言っているだけだと言っていたけれど、これが聖女でなくて何だというのだ。

 モルディア国の聖女だという言葉をはじめてきいたとき、ルーファスは大袈裟なと嗤った。
 次に、モルディア国の兵士に死者が一人も出なかった事実を知り、何か秘密があるのだろうとは思ったが、やはり「聖女」という言葉には違和感を覚えた。
 さらにルーファスがヴィオレーヌをはじめて見たあの日、彼女は血みどろのドレスを着て剣を構えていた。
 あれは魔女や冥界の女神と見まがうような姿で、聖女とは程遠いものだった。

 しかし今目にした光景は、聖女以外の言葉では表現しようもない光景で――

(なるほど、モルディア国の兵士たちに死者が出なかったはずだ)

 かの国は、国民は、聖女に守られていたのだ。
 嫁いできたとはいえ、この十日間ずっと悪感情を向けていたルウェルハスト国の兵士にまでその慈悲を振りまくのだ、彼女が愛するモルディア国の国民は、その比ではなかろう。

(本当に、ますますお前がわからなくなる)

 血みどろの姿でルーファスに剣を突きつけたヴィオレーヌ。
 強い酒にむせて涙目になっていた年相応の少女に見えたヴィオレーヌ。
 そして、神々しいまでの美しさで兵士を癒した、ヴィオレーヌ。
 ルーファスはもしかしなくとも、とんでもない女性を妃に迎えてしまったのかもしれない。

「カルヴィン、今見たことは秘密だ。全員に口止めしておけ。……マグドネル国側に知られると厄介だ」
「御意」

 マグドネル国も馬鹿なものだ。
 知らなかったのだろうが、とんでもない女性をルウェルハスト国へ差し出したのだから。

(無価値に等しいマグドネル国の王女とは天と地以上の差だ。知れば悔しがるだろうが……同時に、かすめ取られる可能性もあるからな)

 やはり自国の王女と交換するなどと言い出せば面倒くさい。
 それに、ルーファスはもうヴィオレーヌを手放すつもりは毛頭なかった。
 心臓が縛られているという理由も一つだが――、こんなにもルーファスの興味を引き付けて離さない女性ははじめてだ。

(とはいえ、言いつけを守らずに馬車から飛び出したのは問題だな。今後のためにもしっかりと言い聞かせておく必要がある)

 この調子であちこちで暴走されてはルーファスが大変なのだ。
 夫としての矜持もある。
 ヴィオレーヌは確かに強いが、不死身というわけでもないのだ、己の身を労わることも教えておかなくてはなるまい。

 がしがしと己の金色の髪をかきながら、ルーファスはヴィオレーヌのいる馬車に向かって歩き出した。


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