架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎

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フランクリン・ルーズベルト大統領

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 一九四四年六月一一日 ホワイトハウス

「フォレイジャー作戦が開始されました」
「うむ、これでチャーチルも少しは安堵するだろう」

 車椅子に座った男は満足そうに頷いた。
 ポリオの後遺症によって下半身が麻痺しているためだ。だが、車椅子の姿を見られることを非常に嫌っており、わざわざ訪問先の植木や立木をカムフラージュのために植え替えるなど神経質なまでに指示している程だ。
 車椅子姿を見せるのは親しい友人か側近に限られていた。
 そのため多くの国民は彼が車椅子であることを知らない。マスコミも積極的に知らない
 知ったとしても国民の支持は変わらないだろう。
 熱狂的な公約を掲げたからだ。

「しかし、宜しいのですか大統領? 作戦をこの時期に実施して、もう三ヶ月ほど遅らせれば更に戦力が充実しますが」

 補佐官に呼ばれた車椅子の男。
 第三二代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、とんでもないとばかりに首を振った。

「チャーチルが泣きついてきているからな。インドを速く取り返すために、日本の注意を太平洋に向けて欲しいとな」

 四二年後半から本格的に始まった日本軍のインド洋作戦により、四三年初頭にはセイロン島が占領され、その翌月にはモルディブ諸島、その年の中盤までにソコトラ島も占領された。
 これによりインドへの航路は寸断された。
 国王陛下の王冠に輝く最大の宝石と呼ばれたインド。そこからもたらされる資金と物資、兵員。そして中東の石油。
 肥沃な植民地との輸送路が止められた大英帝国は瀕死寸前の状態だ。
 日本に包囲されたインドを解放するために幾度となく大英帝国は艦隊を派遣していったが、強力な日本海軍の前に敗退を続けていた。
 アメリカとしても重要な同盟国である中華民国の為に援蒋ルートを確保したいが、太平洋方面とは別方向であり、イギリスのために自国民を危険に曝すことは避けたかった。

「やり過ぎはいけないな」

 寧ろ、ルーズベルトとしては日本がインド洋に戦力を張り付けていくれているほうが、アメリカの作戦遂行と戦後の秩序に役に立つと考えていた。
 最大の収入源であるインドを失ったイギリスはアメリカのレンドリース無しには国家の維持さえ出来なくなっている。
 レンドリースは戦中は無償だが、終結と同時に有償となる。ドイツとの戦争の為にその国力を全て、食料生産さえ軍需に傾けており、アメリカに頼っている状態だ。
 これを平時に戻すのに何年も掛かる。その間はアメリカの援助に頼るしかない。
 拒めば食料を持久できず国民が餓死する。
 しかしレンドリースを受け入れなければドイツの侵略で征服されてしまう。
 戦争に勝つため、レンドリースを受け入れたイギリスは借金によってアメリカに従属化するしか戦後生きる道は無い事を確定された。

「諸君、日本軍の健闘を祈って乾杯しようではないか」

 日本軍のインド洋作戦が始まった時、ルーズベルトが側近達に向かって言ったのも英国の収入源を日本が絶ち、アメリカの支援なしには生きられない国になったからだ。
 全てはアメリカが今後イギリスより優位に立つためだ。
 そして思い通りの展開に推移していることをルーズベルトは喜んでいた。

「しかし講和交渉を行わなくて宜しいのですか?」

 莫大な戦力を投入した作戦だが、予想される被害も大きい。
 その被害を避けるために日本帝国と講和するのは一つの選択肢だ。

「先にパールハーバーを仕掛けてきたのは連中だ。早期終結の為に無条件降伏が為されるまでやらなければならない。そのためにもマリアナ攻略は決定事項だ」

 不機嫌にルーズベルトは言った。
 ハルノートを国民に知らせず、戦艦メインの故事をもじってリメンバー・パールハーバーと叫んだため講和交渉など出来ない。
 また四三年のカサブランカ会談で枢軸国側に無条件降伏以外を求めないと宣言しており、事実上の公約と世間は見ていた。
 カサブランカに先立つ北アフリカ上陸作戦<トーチ>作戦においてヴィシー政府支配下へ上陸しやすいよう、ヴィシーフランス軍司令官ダルランと秘密裏に休戦交渉をしていた事が露見した。フランス国内のユダヤ人迫害に加担していたダルランとの交渉はファシズム勢力と妥協したとマスコミから激しく非難された。
 そのため、国民から非難されないようにルーズベルトは大衆受け、熱狂を呼び起こす過激な宣言――枢軸に対する無条件降伏要求を行う事となった。
 ルーズベルトはアピールに成功し、合衆国国民は熱狂した。
 そして未だに国民への受けが良いため、未だ撤回せずにいる。

「第一私の海軍が負ける訳がないだろう」

 ルーズベルトは大統領になる前に海軍次官を務め、アメリカ海軍の拡大に尽力してきたため合衆国海軍に並々ならぬ愛着を、時に私物化の域にまで達する思いを抱いていた。
 ただ、両洋艦隊法、ヴィンソン法、そして戦時計画により開戦前より格段に戦力が増強されたアメリカ海軍は史上空前の規模である事は疑いようも無かった。
 緒戦こそ敗退したが、戦力が拡充して行くに従い、徐々に反攻して行った。
 開戦前の日本の勢力圏マリアナまでアメリカ軍が前進したのがその証拠だ。

「しかし、日本海軍の戦力も無視できないのでは?」

 補佐官は懸念を表明した。
 開戦前から中国と交戦状態で戦時体勢を構築していた上に、対米交渉を優位に進めるために開戦前から海軍戦力の増強を行ってきた帝国海軍の実力は確かだ。
 ミッドウェーで辛くも日本軍を撤退へ追い込んだ。
 最終的にはアメリカが勝ったが、粘り強い戦いを続け連合軍に多大な損害を与えたソロモン方面。
 そして未だに暴れ回るインド洋での日本海軍の猛威は連合国軍において戦慄を持って語られている。
 日本との単独講和を求める声がワシントンのみならず軍部から上がるのも無理は無かった。

「だとしても叩きつぶすだけだ。日本海軍を潰すのが今か後かの違いだけだ」

 ルーズベルトは頑なに言い切った。
 黄色人種への偏見を隠そうともしない人種差別主義者だ。でなければ、日系アメリカ人を砂漠の収容所へ送るなどという、ナチスがユダヤ人に対して行ったような行為を行うはずがない。
 そもそも失敗したニューディール政策をはぐらかすため、巨大な消費誘発政策、戦争を求めていた大統領だ。
 実際、改選によって膨大な軍需が生まれ供給過剰だったアメリカの産業は全力稼働を行い、経済は息を吹き返している。
 それどころか更に成長している。
 今更止める事はできない。

「国民が勝利を求めているのだ」

 ルーズベルトの言葉の国民が、ルーズベルト自身の意味であることを補佐官は理解していた。
 今年は大統領選挙であり、確実に勝利したい。もし敗北の知らせがもたらされたら戦時大統領としての資質に疑問符が付けられてしまう。
 だからなんとしても勝利が、派手な勝利が必要だった。

「忘れるな」

 大統領は真剣な眼差しで補佐官に言い聞かせた。

「勝利するのは連合国ではない。アメリカなのだ」

 地理的条件からアメリカが戦火に遭うことはない。
 これまで生産の中心だったヨーロッパは、この大戦で生産設備に大きな傷を負い、十数年にわたって生産力を低下させるだろう。
 大統領の言うとおり、最終的に勝つのは連合国では無くアメリカである。

「ですが、多大な犠牲を出す事になるのでは」

 だが、そのために国民が多大な犠牲を払って良いのであろうか、補佐官は疑問だった。
 ミッドウェーでは二隻の空母を沈められエンタープライズも命からがら逃れてきた。
 ソロモンの海ではガダルカナルを巡り双方が艦艇を繰り出して、沈め合っている。
 辛くもガダルカナルを奪回したが損害の大きさに、方針を転換し中部太平洋での反攻が行われたほどだ。
 しかし、タラワ攻略は上陸に成功したものの制圧まで予想以上に日数を費やすはめになった。
 今年に入ってから行われたクウェゼリンへの侵攻作戦は比較的順調に進みウォッゼに拠点を作り上げたが、直後に行われた日本海軍の反撃作戦によって海軍は多大な損害を受けた。
 確かに国力の差から戦力差は大きく開きつつあり、日本は追い詰められているように見えている。
 レポートによれば戦力差は開戦時は日本軍が開戦四ヶ月前から戦時体制に入っていたため、優位だった。しかし開戦後にアメリカは戦時体制へ移行し増産を開始。
 現在はほぼ対等な戦力を作り出している。
 だが、これまでの日本軍の戦い方を見る限り完全に下すにはまだ時間と多大な犠牲を出すと補佐官は考えていた。
 できれば後一年、日本との間に圧倒的な戦力差が生まれてから攻勢に出たかった。
 しかし、選挙を意識したルーズベルトに時間は無く攻撃を命令。
 その結果、準備不足で多大な犠牲が出ていたが、焦るルーズベルトはなおも作戦を強行している。

「マリアナは確実に占領するのだ。枢軸国は無条件降伏させなければならない。そのためにも日本の息の根を止めるべくB29の発進基地となるマリアナは早期に奪取しなければならない」

 大統領の決意は変わらなかった。 

「直ちに上陸作戦を実施せよ」
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