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第一航空艦隊
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一九四四年六月一一日 テニアン島第一航空艦隊司令部
「長官! レーダー基地が敵編隊を探知しました」
「直ちに全力迎撃。各飛行場の機体を上げろ! 上空待機中の戦闘機には迎撃命令」
「了解!」
テニアン島に設けられた一航艦の司令部で小沢治三郎中将は命令した。
大本営直轄の第一航空艦隊司令長官に任命され、決戦海域とされたマリアナ方面へ進出して半年ほど。
雄作戦などで損耗を受けつつも陸軍の増援を含めて総数二千機に及ぶ大航空艦隊に仕上げた。
各島の電探網を通じて敵機を遠方より探知、迎撃する防空システムを構築している。
更に近年米軍が多用する黎明の奇襲攻撃、前日の夕方から我らの索敵範囲外より全力で移動。夜明け前に艦載機を発艦させ、夜明けと共に攻撃し奇襲する戦法。
これでタラワとクウェゼリンはやられた。
その二の舞を防ぐべく、夜明け前より戦闘機隊を上空で待機させ、地上でもエンジンを回して待機させている。
パイロットは飛行させないと腕が鈍っていく。日常の飛行訓練を警戒と共に行う一石二鳥の方法だ。
今回はそれが上手く機能している。
「三四三航空隊接敵しました。迎撃を開始します」
戦闘機部隊が敵機を見つけ迎撃を始めた。他の航空隊も出撃し迎撃を始める。
「敵機の数、なおも増大中」
「長官、硫黄島基地からも空襲の報告が入っています」
「被害はどうなっている?」
「損害は軽微なようです。滑走路を破壊されましたが、レーダーと電波誘導装置は無事です」
その報告に小沢は安堵した。
硫黄島はマリアナと本土の中間に位置する島で本土に待機している増援の中継地だ。
ここの電波誘導装置、電波灯台は強力で航空機の目印だ。
この装置のお陰で、空輸中の行方不明が大幅に減り、多少の雲が出ていても飛ぶことが出来る。お陰で輸送効率は高まり、今までの倍以上の航空機を運びながら行方不明となる航空機の数は減っている。
もし、この装置がなければ、何千機という航空機が戦闘では無く空輸で失われ、第一航空艦隊は編成できなかったし、出来たとしても定数充足は不可能だった。
戦前から日本の航空産業育成のために北山財閥が作り上げてきた航空路と誘導装置群に感謝だ。
「迎撃はどうなっている?」
「圧勝とはいきませんが優勢です。撃墜比率は一対二です」
報告に小沢は顔を顰めた。
本来ならば年頭に新型戦闘機の烈風が配備される予定だったが、発動機である誉の不調が続き、今年に入ってようやく量産開始。今は部隊の錬成中だ。
零戦三二型――通称零戦改が何とかしてくれている。
大出力の火星エンジンを搭載するために機体を一回り大きくした機体で後のF18ホーネットとスーパーホーネット、F16戦闘機 とF2支援戦闘機と同様、姿は同じだが大きくなり中身も別物の機体、零戦の新型後継機だ。
零戦の初出撃直後の昭和一六年初頭に開発が始まり、零戦の図面を応用したため年内に開発を終えて一七年初頭より量産開始。
ガダルカナル島で初出撃を迎え、米軍が投入した新型グラマン、F6Fヘルキャットを相手に互角に戦い以降苦しいソロモンの航空戦を支えた名機だ。
元の零戦のまま戦っていたら、確実に撃墜され劣勢に立たされていただろう。
もし零戦改がなければ損耗は大きくなり第三艦隊司令長官時代に艦載機を引き抜かれてソロモンに投入され損耗していた。
いや、第三艦隊自体もインド洋から引き離されソロモンに張り付けられてしまっただろう。
前年の戦果も無く、日本はより厳しい状況に置かれていたことは間違いない。
「長官、敵機の数が多いです。間もなく突破されます」
「そうか」
部下の報告を小沢は冷静に受け止めた。
だが、いくら優れた機体でも零戦改も配備されて二年が経過している。改良は進んでいるが、根本的な改造は最早不可能だろう。二〇〇〇馬力級のエンジンを搭載した新型機が欲しいが、その二〇〇〇馬力エンジンが実戦で使用できなければ無意味だ。
誉は製造が難しく、量産に不向きでしかも高性能の潤滑油と高オクタンのガソリンを必要としており、その高性能潤滑油と高オクタンガソリン今の日本では調達できない。
「もう少し、反攻が遅ければ……」
小沢は口にしたが無意味な話だった。
アメリカの国力は日本の十倍。
時間が経つにつれて戦力の差は大きくなり勝ち目は無くなる。
今のところ、マリアナの戦いは、日本が多少優勢を維持している。
これは、ミッドウェーの後、上手く立ち回ったのと対米開戦前の準備期間、支那事変での戦時体勢転換で日本の戦時体勢がアメリカより早かったためだ。
特に北山財閥によって量産された兵器類には助かっている。
財閥から送られてくる改夕雲型艦隊型駆逐艦妙風型と改秋月型防空駆逐艦満月型そして丁型駆逐艦松型の存在が大きい。
特殊鋼ではなく製造も加工も容易な高張力鋼と工作工数を減らす為の工夫が随所に盛り込まれたこれらの駆逐艦は大消耗戦となった本大戦において、戦力を補ってくれている。
通常建造開始から竣工まで一二~一三ヶ月かかるところが八~九ヶ月で完成するようになった。
それが大連や蔚山の北山の造船所で同時に数隻作られる。他の海軍工廠や民間の造船所でも建造されており毎月のように竣工している。
出来た当初こそ北山の屑鉄艦隊と呼んで受け取り拒否を主張していた勢力もいたがソロモンの消耗戦を迎えると急速にその声は無くなり、寧ろ更なる量産を求める声さえあった。
毎月建造される駆逐艦の増勢によってソロモンの消耗戦を耐えきり少ない損害で撤収できた。
インド洋で奇襲されたとき、これらの駆逐艦が手厚く護衛してくれなければ、自分の空母はやられていただろう。
全てはこれらの艦のお陰だ。
現在までの改秋月型の建造数は五〇隻、改夕雲型五〇隻、松型一〇〇隻だ。
しかし米軍はそれ以上の艦艇を量産している。艦隊駆逐艦フレッチャー級だけで一七五隻、他にも新型の駆逐艦が建造中だ。
更に海防艦に当たる護衛駆逐艦はそれ以上に多い。
「結局国力の差か」
遅らせれば日本の戦力は充実するがアメリカは更に充実し、戦力差は大きくなる。
今戦わなければ負けてしまう。
いや、決戦を今よりもっと前に行っておくべきでは無かったのか。
だめだ、決戦を行える場所が無いし、米軍が攻めてきてくれる保証はない。
今この時期にマリアナに来ると判っていたからこそ、そして日本の戦力が存分に発揮出来る場所だからこそ決戦に持ち込めた。
そのことが、日米の国力差を考えれば、どれほど幸運か小沢は理解していた。
「長官! レーダー基地が敵編隊を探知しました」
「直ちに全力迎撃。各飛行場の機体を上げろ! 上空待機中の戦闘機には迎撃命令」
「了解!」
テニアン島に設けられた一航艦の司令部で小沢治三郎中将は命令した。
大本営直轄の第一航空艦隊司令長官に任命され、決戦海域とされたマリアナ方面へ進出して半年ほど。
雄作戦などで損耗を受けつつも陸軍の増援を含めて総数二千機に及ぶ大航空艦隊に仕上げた。
各島の電探網を通じて敵機を遠方より探知、迎撃する防空システムを構築している。
更に近年米軍が多用する黎明の奇襲攻撃、前日の夕方から我らの索敵範囲外より全力で移動。夜明け前に艦載機を発艦させ、夜明けと共に攻撃し奇襲する戦法。
これでタラワとクウェゼリンはやられた。
その二の舞を防ぐべく、夜明け前より戦闘機隊を上空で待機させ、地上でもエンジンを回して待機させている。
パイロットは飛行させないと腕が鈍っていく。日常の飛行訓練を警戒と共に行う一石二鳥の方法だ。
今回はそれが上手く機能している。
「三四三航空隊接敵しました。迎撃を開始します」
戦闘機部隊が敵機を見つけ迎撃を始めた。他の航空隊も出撃し迎撃を始める。
「敵機の数、なおも増大中」
「長官、硫黄島基地からも空襲の報告が入っています」
「被害はどうなっている?」
「損害は軽微なようです。滑走路を破壊されましたが、レーダーと電波誘導装置は無事です」
その報告に小沢は安堵した。
硫黄島はマリアナと本土の中間に位置する島で本土に待機している増援の中継地だ。
ここの電波誘導装置、電波灯台は強力で航空機の目印だ。
この装置のお陰で、空輸中の行方不明が大幅に減り、多少の雲が出ていても飛ぶことが出来る。お陰で輸送効率は高まり、今までの倍以上の航空機を運びながら行方不明となる航空機の数は減っている。
もし、この装置がなければ、何千機という航空機が戦闘では無く空輸で失われ、第一航空艦隊は編成できなかったし、出来たとしても定数充足は不可能だった。
戦前から日本の航空産業育成のために北山財閥が作り上げてきた航空路と誘導装置群に感謝だ。
「迎撃はどうなっている?」
「圧勝とはいきませんが優勢です。撃墜比率は一対二です」
報告に小沢は顔を顰めた。
本来ならば年頭に新型戦闘機の烈風が配備される予定だったが、発動機である誉の不調が続き、今年に入ってようやく量産開始。今は部隊の錬成中だ。
零戦三二型――通称零戦改が何とかしてくれている。
大出力の火星エンジンを搭載するために機体を一回り大きくした機体で後のF18ホーネットとスーパーホーネット、F16戦闘機 とF2支援戦闘機と同様、姿は同じだが大きくなり中身も別物の機体、零戦の新型後継機だ。
零戦の初出撃直後の昭和一六年初頭に開発が始まり、零戦の図面を応用したため年内に開発を終えて一七年初頭より量産開始。
ガダルカナル島で初出撃を迎え、米軍が投入した新型グラマン、F6Fヘルキャットを相手に互角に戦い以降苦しいソロモンの航空戦を支えた名機だ。
元の零戦のまま戦っていたら、確実に撃墜され劣勢に立たされていただろう。
もし零戦改がなければ損耗は大きくなり第三艦隊司令長官時代に艦載機を引き抜かれてソロモンに投入され損耗していた。
いや、第三艦隊自体もインド洋から引き離されソロモンに張り付けられてしまっただろう。
前年の戦果も無く、日本はより厳しい状況に置かれていたことは間違いない。
「長官、敵機の数が多いです。間もなく突破されます」
「そうか」
部下の報告を小沢は冷静に受け止めた。
だが、いくら優れた機体でも零戦改も配備されて二年が経過している。改良は進んでいるが、根本的な改造は最早不可能だろう。二〇〇〇馬力級のエンジンを搭載した新型機が欲しいが、その二〇〇〇馬力エンジンが実戦で使用できなければ無意味だ。
誉は製造が難しく、量産に不向きでしかも高性能の潤滑油と高オクタンのガソリンを必要としており、その高性能潤滑油と高オクタンガソリン今の日本では調達できない。
「もう少し、反攻が遅ければ……」
小沢は口にしたが無意味な話だった。
アメリカの国力は日本の十倍。
時間が経つにつれて戦力の差は大きくなり勝ち目は無くなる。
今のところ、マリアナの戦いは、日本が多少優勢を維持している。
これは、ミッドウェーの後、上手く立ち回ったのと対米開戦前の準備期間、支那事変での戦時体勢転換で日本の戦時体勢がアメリカより早かったためだ。
特に北山財閥によって量産された兵器類には助かっている。
財閥から送られてくる改夕雲型艦隊型駆逐艦妙風型と改秋月型防空駆逐艦満月型そして丁型駆逐艦松型の存在が大きい。
特殊鋼ではなく製造も加工も容易な高張力鋼と工作工数を減らす為の工夫が随所に盛り込まれたこれらの駆逐艦は大消耗戦となった本大戦において、戦力を補ってくれている。
通常建造開始から竣工まで一二~一三ヶ月かかるところが八~九ヶ月で完成するようになった。
それが大連や蔚山の北山の造船所で同時に数隻作られる。他の海軍工廠や民間の造船所でも建造されており毎月のように竣工している。
出来た当初こそ北山の屑鉄艦隊と呼んで受け取り拒否を主張していた勢力もいたがソロモンの消耗戦を迎えると急速にその声は無くなり、寧ろ更なる量産を求める声さえあった。
毎月建造される駆逐艦の増勢によってソロモンの消耗戦を耐えきり少ない損害で撤収できた。
インド洋で奇襲されたとき、これらの駆逐艦が手厚く護衛してくれなければ、自分の空母はやられていただろう。
全てはこれらの艦のお陰だ。
現在までの改秋月型の建造数は五〇隻、改夕雲型五〇隻、松型一〇〇隻だ。
しかし米軍はそれ以上の艦艇を量産している。艦隊駆逐艦フレッチャー級だけで一七五隻、他にも新型の駆逐艦が建造中だ。
更に海防艦に当たる護衛駆逐艦はそれ以上に多い。
「結局国力の差か」
遅らせれば日本の戦力は充実するがアメリカは更に充実し、戦力差は大きくなる。
今戦わなければ負けてしまう。
いや、決戦を今よりもっと前に行っておくべきでは無かったのか。
だめだ、決戦を行える場所が無いし、米軍が攻めてきてくれる保証はない。
今この時期にマリアナに来ると判っていたからこそ、そして日本の戦力が存分に発揮出来る場所だからこそ決戦に持ち込めた。
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