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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
二章-3
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クラネスがマリオーネへの対応に難渋しているころ、エリーは荷馬車の中で霊体――つまりは幽霊のマルドーと話をしながら、魔道書を捲っていた。
燭台の灯りを頼りに、項目を探しながら魔道書を読み解いていく。しばらくして半分ほど読み終えたところで、エリーは澄んだ瞳を上げた。
「魔物を集めるという研究は、ここまでですか? 書物に記載のある内容を確かめた中では、実用化までは至ってないようですけれど」
〝そこに書いてある分までだな。それ以降で、なにか進展があったのかまでは……正直、わからん〟
鷹揚に肩を竦めてみせるマルドーは、エリーの開いた箇所を覗き見た。
〝材料には、肉や血、汗……そういった生物の部位や体液を使うとあるな。噂じゃあ、実験に使われた材料の殆どは、人間の血肉だったらしいな〟
「それは……本当なんですか?」
〝あくまで、噂だ。真偽の程は、俺も詳しくは知らん。だが材料はともかく、魔物を集めるという目的自体が不道徳ってことで、かなり批判はあったらしい。まあ、魔物を集めたところで、碌な結果にはならんだろうしな。当然っちゃあ、当然だな〟
「……正論だとは、思いますけれど」
マルドーが死霊術師でなければ、間違いなく正論だっただろう。魔物を呼び寄せるのと、他者の死霊――魂を操り、支配する魔術。
どちらが不道徳なのかは、個人の見解によって異なる――。
(……のかしら)
そんな疑問が思い浮かんだが、エリーは今は脇に置くことにした。
今は魔物を呼び寄せる香について調べるのが、最重要事項だ。
「あの香りは、血臭に似ていましたけれど、微かに鉄粉やキノコ類の匂いも混じっていました」
〝ほお……しかし、だな。それだけの情報で、あそこに漂っていた匂いを魔術的な香だと断定できたな。なにか、見たことでもあるのか?〟
「魔物を集める香というのは、見たことがありません。ただ、魔術的な薬品を造っている集団と会ったことがあるだけです。そのときは……他者の血を使って、寿命を延ばす研究をしていたようですが」
〝おいおい……碌な奴らじゃないな。大体だな。魔術で寿命を延ばすなんざ、外法もいいところだ。健全な肉体と精神を保てば、必然的に長生きできるってものだ。筋肉はすべてを解決するからな〟
むん、と霊体のマルドーが両腕の力こぶを作ったとき、メリィが荷馬車に入って来た。
「マルドー殿、それは魔術師が言うべき言葉ではない気がします」
〝そうか? 魔術師だって筋肉は必要だぞ? 健康、活力、そして強靱な身体がなければ、研究もままならん。よって、すべては筋肉から始まるんだ。理解できたか?〟
「……申し訳ありませんが、無理です」
マルドーに半目で答えてから、メリィはエリーに包みを差し出した。
「夕食です。近くの酒場で、パンや干し肉、乾燥果実を包んで貰いました」
「あら。ありがとう、メリィ」
「お嬢様……調べ物をするときに食事がおろそかになるのは、悪い癖ですよ」
「そうね。ごめんなさい」
エリーは苦笑しながら、堤を受け取る。
燭台の灯りに照らされた魔道書を覗き込んだメリィは、エリーとマルドーを交互に見た。
「それで、なにかわかりましたか?」
「まだ、そこまでは。ただ大昔から、魔物を呼び寄せる薬品の研究をしていた人はいたみたい。それが、あの人たちの祖先かもしれないわね」
「それは――いえ、それは考え過ぎです。こんな土地まで来て、あんな奴らが関わってくるなんて」
エリーとメリィの会話を聞いて、マルドーは口を曲げた。
〝なんだなんだ? 内密の話ってやつかい?〟
「いえ。大したことでは、ありませんから。ほら、先ほども言いましたでしょ? 寿命を延ばす薬を作っていた集団のことです」
〝ああ――なるほど〟
一応は納得したマルドーだったが、メリィは複雑そうな感情を押し殺した顔をした。
「お嬢様……」
「ごめんなさい。でも、このくらいなら問題はないわよ」
「そうでしょうけど……」
メリィは嘆息しながら、荷馬車の中で腰を降ろした。
「魔物を集める香を扱うなんて、確実に裏社会には流通していそうですね」
「裏社会……? ああ、盗賊さんとかゴロツキさんたちとか?」
「まあ、そんなところですね。暗殺者なんかにも、そういった品を卸している人たちがいるのでしょう。個人で作れる品ではありませんし」
〝なるほどな。それにしても、盗賊や暗殺者相手に商売をする連中か……接触するのは、ちょっと厄介だな〟
「……そうですね。裏社会に精通している人たちでないと、難しいでしょう」
マルドーの意見に同意したエリーは、そっと魔道書を閉じた。
包みを開けて食事を食べ始めたエリーに、マルドーは悩む素振りを見せながら話しかけた。
〝裏社会に精通した奴らは、ほかにもいないか? 例えば……貴族とか〟
マルドーの発言に、エリーは僅かに目を丸くした。
数秒ほど沈黙が降りたあと、ポンと手を合わせた。
「それでしたら、今はこの国の公爵様と行動を共にしておりますから……もしかしたら、ご存知かもしれませんわね」
〝そうだな。もう夜だから、話を聞くのは明日か〟
「そうなるでしょうね。公爵様への質問は、クラネスさんにお願いするのが、妥当でしょうね。きっと、快く引き受けて下さいますわ」
おっとりと微笑むエリーに、メリィは腰を浮かせた。
「なら、今すぐ呼んで来ま――」
「ああ、待って。もう夜ですし、明日の朝で構いませんわ。今はほら、二人だけの時間を……ね」
「ね、じゃありませんよ……。こういうことは、早いほうがいいんですよ、本当は」
そうは言いながら、メリィは荷馬車に座り直した。
クラネスとアリオナが仲睦まじい――一歩手前という感じから、少しでも前へ進んで欲しいというのは、《カーターの隊商》に所属する全員が願うところだ。
そんなとき、荷馬車の車体を叩く音がした。
「……お嬢さんがた、ちょっといいかい?」
馬車列の警備をしていたクレイシーが、ひょっこりと顔を荷馬車の中へ覗かせた。
エリーとメリィ、それにマルドーが振り返ると、クレイシーは指を隊商の先頭方向へと向けた。
「クラネスの旦那が、どこへ行ったか知らないか?」
「いいえ?」
「食事ではないのですか?」
エリーに次いで、メリィが答えた。時間的に、食事を摂っていても不思議ではない。
二人の回答に、クレイシーは頭を掻きながら溜息を吐いた。
「まあ、そーだよな。それじゃあ、ちょっと待ってみるか」
「……どうかなされたのですか?」
「いや、暗殺者の警戒はどうなってるんだ――ってさ。狙われているのは、公爵なんだろ? そっちの警護はいいのかとか聞きたくてよ」
「あら。クレイシーさんは、公爵様の警護が大切だと考えていらっしゃる?」
「そりゃまあ……なあ。上手くいけば、良い稼ぎ先になるかもしれねぇんだ。気にはなるだろ、普通」
クレイシーは腕を組みながら、二人に答えた。
「まあ、いいや。それじゃあ、邪魔したな――」
クレイシーが荷馬車を去ろうとしたとき、隊商に参加している数人の商人たちが、なにやら複雑な顔をしながら歩いて来た。
商人たちはエリーたちを見てなにかを言おうとしたが、すぐに目を逸らしてしまった。
そんな彼らの態度に、エリーとメリィは顔を見合わせた。なにか自分たちには言えないことがあるのか――そう思いはしても、聞き出そうとまではしなかった。
しかし、クレイシーは彼らの態度が気に入らなかったらしく、睨めながら行く手を遮った。
「なんだよ。俺たちに、なにか不満でもあるっていうのか? そーゆう態度が、気に入らねぇんだよ」
「……すまん。あんたたちがどうってわけじゃないんだ」
「ただ、あんたたちに言ったところで、わかるわけないと思っただけで……」
「はぁ。なんかはっきりしねぇな。もっとはっきりと言えよ」
クレイシーに凄まれ、商人たちは顔を見合わせながら口を開いた。
「……長のことなんだが。さっき、小さな子どもを連れて旅籠屋へ行ったんだが……その子の身なりは、どう考えても貴族なんだよ」
「もしかしたら、長は……」
商人の一人が、不安げに言った。
「この町の貴族との隠し子を作ってるんじゃ……とか」
「貴族の婿養子にでもなって、隊商を止める気なんじゃって……不安なんだ」
商人たちの返答に、クレイシーは目が点になり、エリーとメリィは怪訝な顔をした。
「あの、お待ち下さい。クラネスさんには、アリオナさんという恋人……みたいな女性がいますのよ? それで浮気をするような御方には、見えません」
「それはそうなんだがね。でもなあ、あんなの見ちゃったらな」
「だって、そうじゃなきゃ公爵家と一緒に行動するなんて、有り得ないだろ?」
「いや、しかしな……うう……ん」
クレイシーは腕を組みながらも、言い返す言葉が浮かばなかった。
「そんなことは、ねぇと思いたいが……ううむ」
クレイシーは悩み続けたが、反論できるだけの材料を見つけられなかった。
*
なんで、こんなことになってるんだろう。
俺とアリオナさんの二人で食事――のはずだったのに。今現在、俺たちのあいだには、マリオーネが座っている。
食事を済ませているマリオーネは、蒸留水を飲んでいる。公爵の馬車に忍び込んできたわりに、ポケットなどに小銭――金貨や銀貨ばかりだけど――を仕舞い込んできていた。
「あの……さ。マリオーネ。馬車で待ってても良かったんだけど」
「なにを言ってるんです。クラネス……さんに、悪い虫が付かないようにしてるだけではないですか」
「悪い虫って。アリオナさんは、そんな悪い人じゃないから」
マリオーネには、人前で「兄さん」と呼ばないように、ちゃんと言い含めてある。貴族と関わりがあると知られたら、これから隊商としてやりにくくなってしまう。
要するに、貴族の道楽のための隊商――という悪評が広まれば、《カーターの隊商》に参加しようという商人はいなくなってしまうだろう。
それだけは、なんとしても防がなくてはならない。
なんで貴族じゃない俺が、こんな悩みを抱えなくちゃいけないのか――ちょっと悲しくなっていたわけだけど。
このときの俺は、隊商に広まっていた噂のことなんか、これっぽちも知らなかったのである。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
裏社会に流通――というのは、創作物では良くある話ですが。実際、中世ヨーロッパが下地になっているファンタジーでは、流通自体が難しい気がします。どうやってるんでしょうね?
裏社会の組織があるなら、その組織内ですべて賄っているとするほうが、自然なのかな……とか。
魔術的な品の流通は、隊商とか使っているのかな? とか考えたところで、本作で使わないような設定かと我に返った次第。
話は変わりますが、悪い噂ほど広まるのは早いですよね。まあ、あれです。隠し子なんて噂、早々は出ないものですけどね。それはその、創作物ということで一つ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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