最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

二章-2

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 襲いかかってきたコボルドの群れを討伐したあと、俺たちは夕暮れ前にザントという町に到着した。
 公爵たちは、町長の屋敷で泊まることになった。
 俺たちはいつも通り、町の宿や荷馬車での寝泊まりだ。皆はそれぞれ、手持ちの資金に準じた宿や、自分の馬車に別れていった。
 エリーさんは、俺の長剣を借りて、なにやら調べ物をするらしい。俺の長剣には、大昔の魔術師である、マルドーが憑依している。
 昼間はかなり大人しいし、夜になっても必要なこと以外は喋らないため、一緒にいても静かなものだが、エリーさんにとっては魔術について語れる数少ない相手となっている。
 だけど今回は、あのコボルドと戦った場所に漂っていた匂いについて、マルドーの知恵を借りたいらしい。
 それで暗殺者の手掛かりなどを掴む手掛かりが得られれば、公爵家と供に動いている俺や隊商の皆にとっての利になる。
 魔術関連についてはエリーさんとマルドーに任せるとして、俺には別の用件のために隊商の馬車列から離れた。
 こぢんまりとした市場から通りに出ると、俺は公爵が泊まる町長の家へと向かった。今後のことを相談したいのと、商人たちの安全を保障してもらうためだ。
 領主の屋敷などにくらべると、二回りほど小さな屋敷が見えてきた。石壁に囲まれているが、門は木製で、所々に苔などが広がっていた。
 庭に入れないためか、公爵たちの馬車は屋敷の外に並んでいた。だけど騎士たちも屋敷で泊まることになったのか、馬車の警備をしているのは町の衛兵のようだった。
 俺が町長の屋敷に近づくと、衛兵の一人が近寄ってきた。


「ここは町の町長であるグレイオ様の屋敷だ。見慣れない顔だが、ここになんの用だ?」


 衛兵が横柄なのは、どこでも同じだ。まあ、見知らぬ人間に対する対応としては、この世界じゃ普通なのかもしれないけど。
 俺は営業用の笑顔を浮かべながら、衛兵へと御辞儀をした。


「わたくしは、クラネス・カーターと申します。ここにお泊まりになられるミロス公爵様と行動を供にしている、隊商の長をしております。ミロス公爵様にお目通りをお願いしたく、参上いたしました」


「公爵様が商人ごときに、お会いになるはずがないだろう。わかったら、帰れ帰れ」


 シッシっと手を振られたけど、大人しく引き下がるつもりはない。
 営業用の笑顔を崩さないようにしながら、俺は衛兵へと告げた。


「引き返しても構いませんが、先ずは公爵様に確認をされるのをお勧めしますよ。そうでなければ、明日の朝くらいに、あなたの責任問題となると思いますよ」


「はぁ? ……まあ、いいだろう。なんの問題もなければ、タダじゃおかないからな」


 衛兵は俺を睨み付けてから、屋敷の中に入って行った。
 しばらくして戻って来た衛兵は、俺の前で直立すると、仰々しい敬礼をしてきた。


「クラネス・カーター様! ミロス公爵様が、お会いになられると仰有っておりました。屋敷の応接室まで、わたくしが御案内致します!」


 カクカクとした動きで、身体を約四十五度ずらした衛兵は、俺を屋敷へと促した。
 応接室に到着すると、衛兵はドアをノックして「クラネス・カーター様をお連れ致しました!」と、室内へと声をかけた。


「通してよいぞ」


「はっ!」


 ミロス公爵の声に返事をすると、衛兵は俺をドアの前へと促した。ドアノブへと手を伸ばしたところで、衛兵はへりくだった笑みで俺を見た。


「そ、それで……その、先ほどのことは……」


「ああ、ここまでの案内、ありがとうございました」


 俺からの礼で、先ほどのことはチャラになったと理解したらしい。安堵の笑みを浮かべながら、衛兵はドアを開けてくれた。


「失礼致します。ご休息中だったでしょうに、わたくしの訪問に応じて頂き、感謝しかございません」


「なにを言うか。貴殿には、コボルドや暗殺者から助けられた恩もある。これしきのこと、なんの苦にもならんさ」


 笑顔で両手を広げたミロス公爵は、俺を椅子に座るよう促した。
 勧められるまま椅子に座ると、ミロス公爵は脇に置いてあったゴブレットを手にした。


「おまえも飲むか?」


「いえ。まだ仕事も残っておりますので」


「そうか。ここのワインは、なかなかいけるぞ。それより、なにか話があって来たのだろう? ただの御機嫌伺いで来るような、おまえではあるまい」


「流石はミロス公爵様。その通りでございます。実は公爵様の馬車列と行動を共にすることで、ご相談が。隊商にいる商人たちの身の安全を、御考慮して下さいますようお願いに上がりました。
 町に到着したあとに相談を受けたのですが……わたくしの隊商に参加している商人たちから、不安の声があがっております。公爵様配下の騎士様などに護って頂けていること、商材を購入して頂けたこと――これらには、皆も感謝しております。ただやはり、荒事に遭遇する機会が増えるのではという不安が、彼らにはあるようです」


 俺の言葉を黙って聞いていたミロス公爵は、無言で話の続きを促した。
 俺は唇を少しだけ湿らせてから、慎重に言葉を選んだ。


「そこで商人たちを安心させるため、騎士様とは申しませんが、衛兵の三、四人ほどを隊商の警護に廻しては頂けないでしょうか? もちろん、無条件でとは申しません。公爵様の馬車の後方は、わたくしとフレディが、責任を以て御護りすると誓います」


「……ふむ。なかなか、商人らしい申し出よな」


 ミロス公爵はゴブレットを置くと、短く息を吐いた。


「衛兵を配備するのは構わぬが、その代わりというのが、おまえとフレディだけというのは、公平さに欠けると思わぬか?」


「ほかの者を付けようにも……隊商には、ほかに人材がおりませぬ。雇った護衛兵のほかに、剣を持つ者はわたくしとフレディだけでございます」


「あの魔術師がいるではないか」


「……彼女は確かに魔術師でありますが、同時に商人でもあるのです。協力を要請すれば、手を貸してくれるとは思いますが……わたくしの立場で、強制はできません」


「なるほどな。であれば、つけられるのは二人だな。騎士が一人に、衛兵が一人だ。それでなんとか、商人たちを説得してみせよ」


 ミロス公爵の下命には、俺を試そうという意図が見え隠れしていた。
 なんのために――と思ったが、今はそれを追求できる場ではない。あくまでも俺は、公爵の馬車列に護って貰っている、隊商の長でしかないのだ。
 俺は椅子から立ち上がると、腰を直角近くまで曲げた。


「護衛の件、誠にありがとうございます。商人たちの説得をし、無事に旅を続けられるよう尽力いたします」


 少しばかり敗北感を覚えながら、俺は町長の屋敷を出た。
 護衛は付けて貰えたが、よりによって騎士か……傲慢な人じゃなきゃいいけど。俺も公爵を護衛しないといけなくなったし、なんか踏んだり蹴ったりだった気がする。
 門から出たとき、公爵家の馬車列の後方で、怒声や金属の鳴る音が聞こえてきた。
 物盗りでも出たか――と思って、俺は野次馬となった……んだけど。
 その光景を見た途端、俺は血の気が引いた。
 四人の衛兵に囲まれている、まだ幼い少年は――俺の従兄弟である、マリオーネだった。


「公爵様の馬車に忍び込むなど、言語道断!」


「幼いとはいえ、見逃すことはできぬ」


 跪いて覚えているマリオーネは、今にも引っ立てられそうだ。
 俺は大慌てで屋敷へと戻ると、再びミロス公爵への面会を求めた。



 ミロス公爵の助力もあって、マリオーネは解放された。
 今は俺の隊商に連れて行って、厨房馬車の中で食事をさせている。なにせ、城塞都市ムナールテスからずっと、食事はおろか水も飲んでいなかったらしい。
 カーターサンドでは、少し消化に悪いと思って、俺は麦粥を食べさせることにした。
 水で溶いた麦を干し肉と野菜を入れて煮込み、調味料は塩とニンニクを入れただけの代物だ。
 それでも空腹だったマリオーネは、上品に粥を啜りながらも、あっと言う間に三杯も平らげてしまった。


「クラネス兄さん、美味しかったです!」


「まあ、それは良かったよ。けど……なんで公爵の馬車に忍び込んだんだ?」


 俺の問いに、マリオーネは内緒話と言わんばかりに手招きしてきた。
 一歩分だけ近寄ると、マリオーネは俺の左腕を両手で掴みながら、耳に口を寄せた。


「お爺様と公爵様が、今回の旅でクラネス兄さんを王都まで連れて行って、お孫さんの近衛にする計画なんです」


 マリオーネからの情報は、まさに寝耳に水ってやつだ。
 なにか画策しているかも――程度には思っていたけど。まさか、そこまで考えていたなんて。
 今回、敵は暗殺者だけじゃななく、身内や味方にもいるようだ。
 厄介ごとが累積的に襲いかかってくる気がする――そんな憂鬱な気分になっていると、アリオナさんが厨房馬車に入って来た。


「クラネスくん。食事は終わったの?」


「マリオーネはね。俺はまだだよ」


 俺は立ち上がると、アリオナさんに小さく手を挙げた。


「でも、少し待って。マリオーネ、別の馬車で先に休んでてくれ。ユタさんに、世話をお願いしておくからさ。俺は今後のことを話しながら、飯を食べてくるから」


「……待って、クラネス兄さん。その……女の人と、一緒なんですか?」


「いやまあ、そうだけど……」


 俺の返答を聞いて、マリオーネは俺の手を掴んできた。


「僕も……僕も行きます」


 少しむくれたような顔で、マリオーネはそう言った。
 子ども連れってだけなら問題じゃないけど、その品の良い貴族らしい服装は拙い。悪目立ちするし、ほかの商人に「クラネス兄さん」というのを聞かれたら、説明というか言い訳を考えるのが大変だ。


「えっと……」


「僕も行きます」


 マリオーネの返答を聞きながら、なんでこうも厄介ごとが累積的にやって来るのかと、八つ当たりする神様はどれがいいか、考え始めていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

マリオーネ、無事(?)合流の回。おっさんとクラネスの会話が殆どで、華がない……。

馬車に隠れながら一日移動……中の人なら絶対に乗り物酔いで吐いてます。トイレの問題もありますけどね……そこは、こっそり――的なことをしたと。

実際、中世の城なんかでは、城の壁(にある穴)から尻を出して……という絵もありますし。マニアにはさ……今では考えられないですよね。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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