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第六章:忍び寄るもの
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しおりを挟む「満くんのお母さんは、本当に愛情がない
のかな?……私には、そう思えないよ」
その言葉に、満の表情が止まるのがわかる。
満留はその反応に緊張しながらも、言葉を
続けた。
「だって、どうして救急車を呼んでくれな
かったんだって、もしものことがあったら
どうするんだって、怒ったんでしょう?その
気持ち、少しだけわかるよ。盲腸って治療が
遅れると命にかかわる病気だと思うし、初め
から救急車呼んでたら、もっと早く処置出来
たかも知れないって、思ったんじゃないかな」
「でも、婆ちゃんは何も悪くないよ。盲腸
か風邪かなんて、素人が判断できることじゃ
ないし、俺を必死におぶってくれた。おぶっ
て、すぐに病院に連れて行ってくれたんだ」
「うん、それはわかる。わかるんだけどね。
その場に居なかったお母さんの不安な気持ち
もわかるって言うか……。それに、満くんの
ことが本当に可愛くないなら、満くんがどう
なろうと心配なんてしないと思う。きっと、
お婆さんを責めてしまうことも、なかったと
思うの」
満がはっとしたように息を呑む。
どちらにも会ったことがなく、先入観のな
い満留だからわかる、家族の不協和音。
盲腸になった時、満はまだ子どもで、子ど
もだからこそ表面的なことしか見えないとい
う一面もある。それは仕方のないことで、満
が普段から世話をしてくれる祖母を妄信する
のもまた、仕方のないことだった。
だから、これから言うことはさらに満の心
を揺さぶり、傷つけてしまうことになるかも
知れない。それでもこのまま、『愛されてい
ない』という孤独を抱えたまま、満に生きて
欲しくはなかった。
満留はごくりと唾を呑むと、何かを考え込
んでいるらしい満に言った。
「……もしかしたらね、満くん」
満がゆっくりと満留に目を向ける。
二人の間の空気が、ピンと張りつめる。
満留は一度小さく息を吸うと、喉から言葉
を押し出した。
「お母さんは、傷ついているかも知れない。
だって、どんなに仕事が大事で、忙しくて、
満くんを育てる時間がなかったとしても、
母親であることを否定されたら……きっとす
ごく辛いよ。どんなに可愛くても、大切でも、
満くんにとってお婆さんは『お婆ちゃん』で、
お母さんはたった一人しかいないんだから。
もしかしたら、そういうのがお母さんの心を
閉ざすきっかけになってるんじゃないかな?
私の、憶測でしかないんだけど……」
満は否定しなかった。
否定できずに、つい、と目を逸らし、口を
引き結ぶ。おそらく、満の中にも何か引っか
かっていることがあるのだろう。
ずっと探していた答えを手繰り寄せるよう
な、そんな顔をして拳を握っていた。満留は
満の横顔を見つめながら、少し言い過ぎてし
まっただろうか?と、焦り始めた。
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