73 / 111
第五章:薄明の中で
72
しおりを挟む
肩を抱いたまま、ベッドに腰かける。
波打ち際を歩きながら、少し強い日差し
を浴びたせいか、体はそのままベッドに
沈んでしまいそうなほど、気怠かった。
しばらく、じっと身を寄せていると、
風呂が沸いたことを知らせるチャイムが
鳴った。けれど、その音が聞こえても、
僕は彼女の肩を離すことは出来なかった。
胸に顔を埋めていた弥凪が、僕を
見上げる。
その唇をそっと指でなぞり、伏せられ
た長い睫毛を見れば、もう、1秒も待つ
ことは出来なかった。
僕は彼女の唇を覆うように自分のそれを
重ねると、強く掻き抱くように、彼女の背
を抱いた。
深く押し付けられる唇を受け止めながら、
弥凪も僕の背にしがみつく。
薄く開いた唇を割って、舌を差し込めば、
彼女も応えるように、舌を絡ませてくれる。
微かに、重ねた唇から潮の味がする。
同じ場所で、同じ時間を過ごし、そうして、
僕たちのキスもまた、同じ味になってゆく。
長い長い口付けから唇を解放すると、
弥凪は照れたように微笑い、息を漏らした。
-----こつんと額を合わせる。
弥凪の透きとおるような肌から、艶やか
な黒髪から、ふわりと、海の香りがする。
不意に、僕は弥凪が心配になって、
訊いた。
(こわい?)
彼女は初めてなのだ。
だから、あの夜は、僕の腕からすり抜け
ていった。
頬に触れながら、揺れる髪先を弄びなが
ら、目を覗き込むと、弥凪は小さく首を
振った。そうして、おもむろに僕の手を
取った。手の平に文字が綴られる。
その言葉を読み取れば、
(変な声、出たらごめんね)
というひと言。
一瞬、意味がわからずに弥凪の目を見る
と、彼女は困ったように視線を一度外し、
もう一度文字を書いた。
(わたしの変な声、純に聞かれたく
なかった)
-----ああ、だからか。
僕はようやく、合点がいって、ゆるやかに
首を振った。彼女は知らなかったのだ。
どんなに、僕が“その声”を望んでいるか、
を。
たとえ、どんなに、その声が“彼女の理想”
から掛け離れたものだったとしても、僕に
とっては聞きたくて、聞きたくて、仕方が
なかった“声”なのだ。
「……馬鹿だな」
僕は慈しむように彼女の髪を撫でながら、
笑みを向けた。
「……本当に馬鹿だな」
もう一度そう言って、怯えてばかりの、
恋人の肩を抱いた。
-----どうすれば、伝わるだろう?
ただ、こうしているだけで胸が苦しく
なるほど、愛しているのだということを。
言葉で、手話で、手の平を滑る指で、
その想いを伝えきれないのなら……
波打ち際を歩きながら、少し強い日差し
を浴びたせいか、体はそのままベッドに
沈んでしまいそうなほど、気怠かった。
しばらく、じっと身を寄せていると、
風呂が沸いたことを知らせるチャイムが
鳴った。けれど、その音が聞こえても、
僕は彼女の肩を離すことは出来なかった。
胸に顔を埋めていた弥凪が、僕を
見上げる。
その唇をそっと指でなぞり、伏せられ
た長い睫毛を見れば、もう、1秒も待つ
ことは出来なかった。
僕は彼女の唇を覆うように自分のそれを
重ねると、強く掻き抱くように、彼女の背
を抱いた。
深く押し付けられる唇を受け止めながら、
弥凪も僕の背にしがみつく。
薄く開いた唇を割って、舌を差し込めば、
彼女も応えるように、舌を絡ませてくれる。
微かに、重ねた唇から潮の味がする。
同じ場所で、同じ時間を過ごし、そうして、
僕たちのキスもまた、同じ味になってゆく。
長い長い口付けから唇を解放すると、
弥凪は照れたように微笑い、息を漏らした。
-----こつんと額を合わせる。
弥凪の透きとおるような肌から、艶やか
な黒髪から、ふわりと、海の香りがする。
不意に、僕は弥凪が心配になって、
訊いた。
(こわい?)
彼女は初めてなのだ。
だから、あの夜は、僕の腕からすり抜け
ていった。
頬に触れながら、揺れる髪先を弄びなが
ら、目を覗き込むと、弥凪は小さく首を
振った。そうして、おもむろに僕の手を
取った。手の平に文字が綴られる。
その言葉を読み取れば、
(変な声、出たらごめんね)
というひと言。
一瞬、意味がわからずに弥凪の目を見る
と、彼女は困ったように視線を一度外し、
もう一度文字を書いた。
(わたしの変な声、純に聞かれたく
なかった)
-----ああ、だからか。
僕はようやく、合点がいって、ゆるやかに
首を振った。彼女は知らなかったのだ。
どんなに、僕が“その声”を望んでいるか、
を。
たとえ、どんなに、その声が“彼女の理想”
から掛け離れたものだったとしても、僕に
とっては聞きたくて、聞きたくて、仕方が
なかった“声”なのだ。
「……馬鹿だな」
僕は慈しむように彼女の髪を撫でながら、
笑みを向けた。
「……本当に馬鹿だな」
もう一度そう言って、怯えてばかりの、
恋人の肩を抱いた。
-----どうすれば、伝わるだろう?
ただ、こうしているだけで胸が苦しく
なるほど、愛しているのだということを。
言葉で、手話で、手の平を滑る指で、
その想いを伝えきれないのなら……
10
あなたにおすすめの小説
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる