「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第一章:幸せの配分

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 このままでは埒が明かない。雇ってもらえ
ないのであれば、いっそのこと自分で起業し
てしまえばいいのではないだろうか?
 そう思いあぐね、情報収集を始め
た時だった。父の知り合いから、就労移行支
援事業所を紹介され面接を受けた僕は、
障がいや引きこもりなど、さまざまな就労
困難を抱える人たちのサポートをする仕事に
就くこととなった。

 それから三年。視野は少しずつ狭まり、
いまやバレーボールほどの視界になっている
が、社会人の一員として充実した日々を送っ
ている。




-----200×年6月。


 その日、仕事を終えた僕は、いつものよう
に自転車で帰路についていた。夜盲の症状も
あって夜は視界が悪かったが、日の長いこの
時期は自転車で通勤することが多い。時計の
針が7時を過ぎるころになっても空は明るく、
少し湿った風を受けながらのんびり自転車を
走らせるのは、心地よかった。僕はぼんやり
と明日の仕事のことを考えながら、ペダルを
漕いでいた。

 大通りから住宅街へ入る。いつも通るその
道は、民家の敷地から覗く、ピンクや紫の
紫陽花あじさいを楽しむことが出来る。

 (そういえば、カタツムリって何処から
来るんだろう?)

 不意に、そんなことを考えながら紫陽花に
気を取られていた時だった。

 「!!!!」

 突然、電柱の影から女性の姿が現れ、僕は
咄嗟にブレーキを握った。が、一歩遅かった。
止まりきらなかった自転車は、僕の体ごと背後
から女性にぶつかり、転ばせてしまう。

 「うわっ!!」

 辛うじて地面に足をついた僕は、慌てて
自転車を降り、女性に駆け寄った。

 「ごめんなさい!すみません!お怪我は
ありませんか!?」

 明らかに、僕の不注意による事故だ。
 このところ、自転車事故による高額賠償
問題がニュースで取り沙汰されるようになり、
母親から気を付けるよう言われたばかりだっ
た。僕は大変なことをしてしまったのでは
ないか。その不安に、心臓をバクバクさせ
ながら、その人の顔を覗いた。女性が顔を
上げる。額の真ん中で分けられた黒髪は
艶やかで、卵型の輪郭を覆うようにきれい
に切りそろえられている。
 僕と同じか、いくつか年下の若い女性だ。
  その人は地面に座り込んだまま、じぃ、と
僕を見つめた。

 「あの、ちょっと余所見をしていて。本当に
ごめんなさい。怪我は……」

 動揺から額に汗を滲ませながら早口でそう
言った僕は、彼女の乱れた髪の隙間から見えた
“それ”に気付き、言葉を止めた。

 「あ、耳……」

 補聴器だ。彼女の左耳に補聴器の管が見える。
 職業柄、聴覚障がいを持つ人に接する機会が
多かったのですぐにわかった。僕はいくつか
覚えている簡単な手話を使い、話しかけた。
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