彼にはみえない

橘 弥久莉

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episodeFinal 永遠のワンスモア

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キスをしてしまった。嵐と………



しかも、自分の躰は嵐のキスに、容易たやすく反応してしまった。

つばさは、ついさっき嵐に与えられた唇を思い出して、自らの唇をなぞった。

彼の唾液が渇いた唇は、潤いを失くしてわずかに乾燥している。それでも、

あの時、自分を好きだと言った唇は柔らかく、心地よかった。本当に。

だから、混乱してしまう。

不意打ちとは言え、どうして自分は嵐のキスを拒絶することが出来なかった

のか?斗哉が好きなのに。自分には、斗哉という恋人がいるのに……




「……どうしよう」

つばさは泣きそうな声で言って、テーブルに突っ伏した。ひんやりと冷たい

感触が、火照った顔を冷やしてくれる。まだ、胸の奥はどきどきしている。

あの後、嵐はつばさをバス停まで送ってくれた。数歩前を歩く背中は無口で、

どうしようもなく居心地は悪かったのだけど……

バス停についた別れ際、返事は急がないから、と言った嵐の眼差しは、

いつもと変わらないように見えた。




「……どうしよう」

その、嵐の顔を思い出して、つばさは頭を掻きむしる。明日から、どんな顔を

して嵐に会えばいいというのか?その前に……つばさは、やがて自分が迎える

であろう修羅場を想像して、ため息をついた。



もうすぐ斗哉が帰ってくる。



いま、自分がいるのは斗哉の部屋で、突っ伏しているのも斗哉の部屋の

テーブルだ。どうしてこんな時に、のこのこ恋人の部屋にやってきたのかと

訊かれれば、それはとしか答えようがない。いつも自室で待っている

はずのつばさがいなければ、まず、斗哉から連絡が来るだろう。どうしたのか?と。

そうして、斗哉の声を聴いた自分が、冷静に嘘を付けるとは思えない。

それは、斗哉を目の前にしても同じことで………

どっちにしろ、バレてしまうなら、いつも通りにこの部屋で待っていた方が

いいと思ったのだ。そう思ってここに居るのだけど……本心はやはり逃げて

しまいたい。




「あーー、どうしよう」

突っ伏したままで、3回目の「どうしよう」を口にした時だった。ひんやりと、

冷たい手が頬にあてられて、つばさは、ひゃっ、と声をあげた。肩を竦めて

振り返れば、いつの間にか斗哉が背後に立って自分を見下ろしている。

つばさは、驚きのあまり顎が外れそうになってしまった。

「何悩んでるんだよ。俺が帰ってきたのも気付かないで」

しゅる、と首に巻き付いたマフラーを抜き取りながら、斗哉が可笑しそうに笑う。

つばさは、落ち着かない様子で教科書やノートを広げると、えっと、あの、と、

しどろもどろになりながら言い訳を探した。

「こっ、ここが解らなくてどうしよう、って悩んでたんだ」

えへへ、とぎこちなく笑いながら教科書を指差す。その様子を視界の隅で捉え

ながら、斗哉は脱いだコートをハンガーにかけた。顔から笑みは消えている。

「ふうん。めずらしいな。お前が予習するなんて」

「へっ?予習?」

つばさは自分の指先に目をやった。しまった。自分が指差したページは、

まだ学校でやっていない単元だ。つばさは、どさ、と自分の隣に座った

斗哉から顔を逸らしながら、ぱらぱらと教科書をめくった。

「ま、間違えた。ここじゃなくて……そう。ここ」

うんうんと頷きつつ、演習問題を指差す。けれど、冷ややかな顔で

教科書を覗き込んだ斗哉は、コツンと拳でつばさの頭を小突いた。

「そこは先週やった所だろ。確か、わかるまで俺が教えてやったよな?」

「そ、そうでした……」

キッ、と斗哉に睨まれて、つばさは内心脱力する。蛇に睨まれた蛙とは、

こんな絶望的な気分なのだろうか?つばさは、実直すぎる自分の性格

を呪いながら、がくりと項垂れた。斗哉の腕が肩にかかる。

ぐい、と引き寄せられて、つばさの頭に斗哉の顎がのせられた。
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