彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode1 私、みえるんです

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つばさは、斗哉の胸に顔を埋めたまま、頷いた。

膝の痛みと同じくらい胸が痛んで、顔が熱い。

とても、斗哉の顔を見ることなんて、できなかった。

しばらくの間、最終下校のチャイムが鳴り響くまで、

つばさは、斗哉の少し早い胸の鼓動を聴いていた。

「じゃあ、また」

「うん。ありがとう」

口数が少ないまま、斗哉に引きずられるように

して家に帰ってきたつばさは、家の中に入るなり、

玄関に背を預け、ふかーいため息をついた。



斗哉との付き合いは12年以上になるが、こんなに

緊張したのは初めてだ。いつだって、下手をすれば

男同士のような関係で、一緒にいて斗哉が男なのだと、

意識するようなこともなかった。斗哉の胸の温もりが

頬に残っていて、つばさは無意識に自分の頬に

触れた。まだ、心臓はいつもよりどきどきしている。

どうして、斗哉は自分を抱き寄せたりしたんだろうか?

つばさには斗哉の気持ちが、わからなかった。

「あんた、そんな所で何してんの?」

突然、キッチンから出てきた母親に思考を中断されて、

つばさは顔を上げた。そおっと靴を脱いで、家に上がる。

「ちょっと学校で転んじゃってさ。斗哉が家まで

送ってくれたんだぁ」

いたた、と顔を顰めながらそう言うと、母親も

つばさの膝を見て、あらヤダ、と顔を顰めた。

月子つきこ、つばさが怪我しちゃった

んだって。ちょっと診てやって~」

二階にいるらしい姉、月子を下から呼んだ母親の

腕を掴んで、つばさは首を振った。

「大丈夫だって。斗哉が手当してくれたから」

「でもあんた、血が滲んでるし。

それじゃお風呂入るの痛いでしょう?」

エプロンで手を拭きながら、ねぇ?と階段を

下りてきた姉に目を向ける。大学に通う姉、

月子は、長い髪を掻き上げながら

つばさの膝の前にしゃがんだ。

「あーあ、派手にやったね。つばさ。

まだ、防水フィルムあったかなぁ?

探してくるから、先に部屋行って待ってな」

そう言うと、姉は立ち上がって母親と共に、

リビングへ行った。

「いたた……」

ひょこ、ひょこ、と階段を上がり、机に鞄を置くと、

つばさはベッドに腰掛けて、血の滲んだ救急バン

を見た。ゆっくり歩いたとは言え、剥き出しの

コンクリートで擦った傷は、やはりズキズキと痛い。

今日は何とか、シャワーだけで済まそう。

そう思って、上半身をベッドに預けた時だった。

つばさの携帯が着信音を告げた。

誰だろう?よいしょ、と手を伸ばして鞄から

携帯を取り出せば、液晶画面には「斗哉」の

二文字が表示されている。


ん?何の用だ?

今さっき別れたばかりの斗哉の顔を思い出しながら、

つばさは電話に出た。

「なに?」

「ベランダ出られるか?」

「うん。ちょっと待って」

つばさは、電話を切ると、窓を開けベランダに出た。

と同時に、つばさの目の前に、何かの箱が飛んでくる。

「うわっ!」

つばさは、とっさに、その箱を受け止めた。

「それ。防水フィルム仕様のカットバンだから。

風呂入る時に使えば?」

「えっ?」

斗哉に言われて手の中を見れば、つばさの膝の

傷をすっぽり覆ってくれそうな、フィルム仕様の

カットバンがある。真新しい箱を眺めながら、

つばさは目を輝かせた。

「ありがとう、助かる!

よく、こんな大きなのあったね」

「防災リュックの中見てみたら、あったんだよ。

いざという時のために、母親が買っておいたんだろ。

返さなくていいから、しばらくそれ使ってな」

「うん。ありがと」

ついさっきまでの空気とは違う、いつも通りの斗哉との

やり取りに安堵しながら頷くと、斗哉は、それと、と

言葉を続けた。

「俺、今日は枕元に携帯置いて寝るからさ。もし、

怖くて寝られなかったら、いつでも電話しな。

夜中でも出てやるから」

「う、うん。わかった」

斗哉の声が、心なしか優しいものに変わった気がして、

つばさは喉がつかえてしまった。何だか、すごく大切に

されている気分だ。恋人でもないのに……
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