彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode1 私、みえるんです

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つばさを介抱する斗哉に、半ば同情の眼差しを

向けながら、秋山がボヤいた。

「まったく、どうしょうもないな、お前は。

すぐに鍵を持ってくるから、消毒だけして

帰りなさい」

つばさは、秋山の言葉にムッとしながらも、

素直に頭を下げた。元はと言えば、つばさがレポート

さえ忘れなければ、こんな事にもならなかったのだ。

どうしょもない、と言われても、どうしょもない。

秋山は鍵を手に戻ると、正門が閉まる前に帰るんだぞ、

と一言いい置いて、職員室の奥へ消えた。



「ちょっ…斗哉!!痛いってば」

職員室の前の廊下を曲がり、誰もいない保健室に

入ると、斗哉は手際よく傷口の洗浄と消毒を始めた。

生理食塩水をたっぷり染み込ませたガーゼで

傷口を拭うと、血に薄く染まった水が足首まで滴る。

「我慢しろって。ちゃんと傷口綺麗にしないと、

化膿するぞ」

ぎゃあぎゃあ騒ぐつばさに構わず、綺麗になった

傷口に消毒液を吹きかけ、特大サイズの救急バンを

ペタリと貼る。手当が終われば、利用者名簿にクラスと

名前、治療の理由なども書かなければならない。

つばさは、名簿にさらさらと記入をしている斗哉の

背中に、声をかけた。

「ありがと。斗哉」

「ん?」

記入を終えた斗哉が振り向く。何から何まで、

世話をかけっぱなしで、申し訳ない。つばさは、

丸い椅子に座ったままで、斗哉を見上げた。

「それと……さっきは、ごめんね」

「さっきって?」

斗哉がつばさの横に来て、机にもたれかかる。

つばさは、膝の救急バンを眺めながら言った。

「私、斗哉のこと突き飛ばして、逃げちゃったから……」

最後の方は消え入りそうな声で言って、つばさは

項垂れた。

「ああ、あれね。すげー薄情で、びっくりした」

くつくつ、と斗哉が肩を揺すって笑う。

つばさはバツが悪くてどうしていいかわからず、

ごめんってば、と泣きそうな顔で言った。

「別に、気にしてないよ。俺には、どんな怖い

ものが見えたのか、わからないからさ。

よっぽど怖かったんだろ?通路のガラスが

揺れたのも、その幽霊の仕業なんだろうし」

「うん。思い出すのも、まだ怖い。

もう、二度と見たくない。でも……」

つばさは、一度身震いして両腕を抱えた。

以前、見えてしまった時は、あんな風に

追いかけられることはなかった。それでも、

あの地下道から先に出てこなかったのは、

きっと、あの兵隊の魂が、あの場所に縛られて

いるからなんだろう、と、今になって思う。


もう、終戦から何十年も経つのに、生きていた

よりもずっと長い時間を、あの場所で彷徨って

いるのだ。もし、自分だったら……誰かに助けて

欲しいと、思うだろう。あの兵隊は、だから、

つばさを追いかけてきたのだろうか?

「何だか、可愛そう。ずっと、あの場所で

彷徨ってるなんて……」

ただ、逃げることしか出来なかった自分が、

今さら情けない。自分は九重澄子の、あの

霊能力を受け継いでいるのではなかったか?

止まっていた涙が、別の理由でまた流れて、

つばさは下を向いた。その時だった。不意に、

力強い腕がつばさの頭を引き寄せた。

ぐい、と、斗哉の胸に頭を押し付けられる。

あまりに驚いたからか、つばさの涙はきゅっ、

と引っ込んでしまった。

「ごめん。俺が、頼りにならなくて」

斗哉の澄んだ声が、振動となってつばさに

伝わる。昨夜の、指先の比ではない温もりが

頬から直に伝わって、心臓は爆発しそうだ。

「また、同じようなことがあっても、俺は

頼りにならないかもしれない。けど、お前が

痛い思いしないように、守ってやることは

出来るから。次からは、繋いだ手を離すなよ」

絶対に。と念を押すように言って、斗哉が腕の

中のつばさを覗き込んだ。
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