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長い物語の終わりはハッピーエンドで

第18話 背中合わせの光と闇【2】

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 広大な王宮の敷地に隣接する、聖竜騎士団の駐屯所。その兵舎の扉前にも、竜舎前にも赤い近衛の制服をきた兵士達が、監視の為に立っていた。
 「かったるいな」とおよそ近衛兵とは思えぬ言動を漏らした兵士は、金で雇われた侯爵の私兵だ。ヴィルタークの逮捕を指揮し、今、この駐屯地の監視をしている近衛副長も、侯爵の息が掛かった者で、ここはその手駒で固められていた。

「ここで突っ立って監視するのもなぁ。奴ら団長さんを押さえられて、大人しいもんだろう?」

 ヴィルタークは王宮に連れ去られて、一室に閉じこめられている状態だ。団員達も各自個室に、その飛竜達も主に従って大人しい。

「酒の一杯も飲みたいところだぜ」
「今日は殿下がいよいよ、聖女様に次代王と認められる儀式だ。振る舞い酒もあるだろう」
「お、あやかりたいね」

 そんな話しをしていると。空に大きな影がさした。見上げて彼らはぽかんと口を開けて、次に他の近衛兵達同様に叫んだ。

「飛竜だ!」
「白いぞ!二頭もいる!」
「あれは手配されてる王者の竜と女王の竜じゃないか!」

 地上の騒ぎなど意に介さず、ムスケルを背に乗せたギングが、そのホルンのような鳴き声を響かせる。

 Hoooooooooon!
 RuRuRuRuRuuuuuuuuuu!

 続けて、フルートのようなクーンの鳴き声。それに呼応するかのように、竜舎の扉が内側から破られて、飛竜達が飛び出してくる。

「竜が!」
「押さえろ!」

 近衛兵達があわてふためいているが、彼らに飛竜の扱いなどわかるわけもない。そして、飛竜達は次々と空へと舞う。兵舎へと。
 その兵舎の窓がぱたぱたと開け放たれて、自室から聖竜騎士が飛び出し、己の竜の背に乗った。

「王宮に向かったぞ!」

 「追い掛けろ!」とわめきちらす、近衛副長は知らなかった。
 魔導具の手紙の連絡は当然警戒していた。しかし、それよりももっと確実な、方法があったことをだ。
 聖竜騎士隊の兵舎へとはこびこまれる食事も、すべて点検されていた。しかし、まさかパンの中に短い手紙が仕込まれていたとはだ。
 そこには「明日の朝、王と女王のあとに続かれたし」と。
 それだけで聖竜騎士団員たちには、通じたのだ。ギングとクーンがやってくるのを合図に、我らが団長を救出せよ!と。

 王宮の大バルコニーへと飛び降りた、団員達に史朗と、そして、ギングの背から落っことされるようにすべったムスケルは、いたた……なんて声をあげているが、団員達の手によって立ち上がらせていた。

「ヴィルは、西の灰色の塔の最上階だ!」

 史朗の声に「参りましょう」と団員達が続く、ムスケルもまた彼らに両脇を抱えられたまま、引き摺られるように「おいおい、私は肉体労働は苦手なんだから、も少し丁寧に」なんて言っている。
 バルコニーから続く控えの間を出てすぐに、赤い制服の近衛兵どころか、深緑の制服の国軍の兵士も追い掛けてきた。
 それを西の塔へと向かい聖竜騎士団が駆ける。槍や剣を手に彼らの前に立ちはだかる者はいるが、しかし、それも見えないなにかに彼らは弾き飛ばされて床に転がる。
 聖竜騎士達が魔法攻撃したのではない。兵舎で謹慎させられていた彼らは当然、剣も取り上げられて丸腰だから、武器で傷つけた訳でも無い。

「さすが、攻撃はからっきしだけど、結界術だけは完璧だね。ムスケルさん」
「だから言い方が嫌みだぞ!シロ君!」

 ムスケルはあいかわらず、騎士団員たちに担がれるように運ばれている。なんだかちょっと扱いがぞんざいなような気がするが。
 史朗はといえば、少し駆けただけで息切れして、こちらも「失礼いたします!」と四角い顔のフィーアエックに、子供みたいに抱きかかえられていた。緊急の時だから、ここで男のプライドだなんだと、言ってる場合じゃない。
 西の塔へと、螺旋階段をぐるぐる昇るなか、下から「聖竜騎士団、足を止めろ!」と巌のような声が響く。

「あの声はパウルス将軍だな、来るとは思っていたが、やっかいな御仁が……イテッ!」

 担がれ走られているために、舌を噛んだムスケルが、声をあげる。
 塔の最上階に辿り着いた史朗とムスケル、聖竜騎士団員。さらには追いついたパウルス将軍が、雪崩こむ。
 彼の姿はその奥の部屋にあった。そして、豪奢でありながら鉄格子のはまった扉の入り口には黒いローブにフードまで被った男が。その手から、巨大な火球を放つ。
 普段ならば、たとえ不意打ちでも、ヴィルタークは光の結界を張り、全身を焼くようなものでも防いだろう。

 だが、この西の灰色の塔の最上階は、そのような上級魔法が使える王族貴族を閉じこめておくための部屋だった。部屋には魔法を無効化する術が張られている。
 ヴィルの長身が爆発した火球の炎に包まれ「団長!」と団員達の叫びがあがる。
 だが、その長身は炎を割って飛び出していた、そして、扉の入り口に立つ黒いローブの魔術師の首を片手で締め上げて、昏倒させる。

「ヴィル!」

 倒れた魔術師から離れたヴィルに史朗は飛びついた。ヴィルタークもまた、そんな史朗を抱きしめ、涙がにじむ、まなじりに口づける。

「お前の“おまじない”が効いたぞ」

 ヴィルタークが首から提げた革紐をひっぱりあげれば、つけていた蒼い石は砕け散っていた。

「うん、念のためだったけどね」

 本当にお守りのつもりではあったのだ。一度限り有効の、あらゆる攻撃を跳ね返す結界。ヴィルタークならば、その一撃をしのげれば、反撃出来ると思ったから。
 その間に、床に伸びているフードの男の顔をムスケルがのぞき込んでいた。痩せた中年の男だが、ムスケルが口を開く。

「こいつはヴィルナー伯爵お抱えの魔術師だ。元は暗殺者まがいの……いや、今のは暗殺者そのものだな」

 「誰が寄こしたのか、考えるまでもないでしょう?」と、ムスケルは呆然としている、パウルス将軍を見る。

「まさか、宰相はこの騒ぎが収まったならば、ゼーゲブレヒト団長の謹慎を解くと……」
「それを本気にしていたので?いや、それよりもこの状況を見れば明らかだ。ヴィルタークが死んで一番利を得る者が誰か」

 ヴィルタークがジグムント大王の息子であることは、宮廷内では公然の秘密であり、問題がありすぎるトビアスより、彼を王にするべきだという声は大きかったのだから。
 今回、そのヴィルタークを推す貴族達が、ことごとく捕縛され地下牢に放り込まれ、そしてヴィルタークも拘束、こうして暗殺されかけたのだ。
 「宰相はどこだ?」とヴィルタークが訊ねる。それに団員の一人が「玉座の間に。今、聖女が次代王の神託しているはずです」と答える。
 「そうか」と答えたヴィルタークは、そのまま部屋を出て行くために大股で歩き出し、史朗にムスケル、団員達もあとに続こうとするが。

「待たれよ!」

 将軍が腰の剣を抜いて、ヴィルタークの顔に突きつける。

「玉座の間に行き、どうされるつもりか?トビアス殿下が皇太子であることは、変わらぬ!私の王家への忠義も!」

 「あの石頭、どこまで融通が利かないんだ」とムスケルがひたいに手を当てる。ヴィルタークはそんな将軍の半ば青ざめた顔をじっと見る。

「玉座などどうでもいい。誰が王になるかも、俺にとっては重要ではない。
 大切なのはこのアウレリアの未来であり、アウレリアの民だ。いらぬ動乱を起こし、無駄な血を流そうとした宰相の真意をたださねばならない。
 そこを退かれよ、将軍」

 パウルスは剣を降ろし、ヴィルタークはその横を通り過ぎていった。将軍が「ジグムント大王陛下……」とつぶやくのを、史朗は聞いた。
 将軍がヴィルタークの姿に誰を見たのかは明らかだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 白い列柱が並ぶ玉座の間。その黄金の玉座の前にて。

 白い古代風の簡素なドレスに花冠を頭にかぶったノリコは、自分の前に片膝をつくトビアスに、あなたが次代のアウレリア王であると告げた。
 そのとたん「アウレリア万歳!」「トビアス陛下万歳!」と気の早い声もあがる。詰めかけた王侯貴族の数は、いつもの朝の癒やしの恵みの儀式に詰めかけていた数の三分の二ほどになっていたが、ノリコは気付かなかった。当然、その当主が地下牢に投獄され、家族が屋敷で軟禁されていることも。

 ただ、これでやっと家に帰れるという安堵と不安が彼女の心を占めていた。不安なのは……本当に家に帰れるのか?いつ、女神様の奇跡が起こるのだろう?ということだけ。
 傍らで貴族達の歓声をうけるトビアスは上機嫌だ。ありったけの宝石を身につけ、毛皮のマントを翻した姿だ。腰に吊した剣も、宝石だらけで、剣としての機能をもつのかわからない。
 トビアスが横に立つノリコの手を取った。それはいつものことで、ノリコは教えられたとおり膝を軽く折って、貴婦人の挨拶をした。「聖女様万歳!」とあがる人々の声を上の空できく。

 いつ、元の世界に帰れるのだろうと。
 次の王様の名を告げれば、すぐに女神様が帰してくれるって、聞いていたのに……。

「皆にもう一つ良き知らせがある」

 トビアスがノリコの手を掲げ持ったまま、笑顔で告げる。
「ここにいる聖女ノリコを、我が第一王妃に迎える」
 「おお!」という歓声があがり「おめでとうございます!」と歓呼の声が響くが、思考を停止させたノリコには聞こえなかった。
 王妃?とは?そもそも十三の現代日本の少女には結婚など、まだ遠い遠い先の話だ。それでも王妃の意味はわかる。それは王様のお妃様だ。

「トビアス様、私はトビアス様が次の王さまだって、みんなに宣言したら、女神様がすぐに元の世界に返してくれるって」
「おお、悪いな。今朝、神官に新たな神託があってな。聖女であるそなたは、今後もこのアウレリアを守護するために、私の妃となるようにとのお告げだ」

 神託などない。元々、ノリコを家に帰す方法などないのだ。神官達もグルになってのトビアスのうそだ。
 彼女を王妃に迎えるのも、神官達の入れ知恵だった。乳臭いガキなどとごねるトビアスに、聖女の成長を待ってから正式な結婚をすればよいと。聖女が王妃ならば、さらに王権は強固になるとも。

「そんな……私は家に……いくら女神様だって……」

 ノリコのつぶやきは、周りで祝いの言葉をのべる貴族達の歓声にかき消えて、誰も耳を傾けない。トビアスもまた気付くことはない。

「かわいそうに、誰も彼もがうそをついて。お前を家に帰す方法など、初めから無かったのに」

 耳元でささやく声に、ノリコは振り返った。そこには鷹のような厳しい風貌の中年の男。たしか、宰相様だと紹介された。だが、この人とは朝の儀式で顔を合わせることはあれ、あまり話したことはない。

「うそ?」

 それよりも、絶望に染められようとしていたノリコの心には、今の言葉はさらに毒薬のように染み渡っていった。
 帰れないのに……。
 みんな、わたしを騙していた。

「そうだ。聖女であるお前が、この世界の者達は必要なのだ。家に帰すつもりなどない」
「そんな、わたし、帰りたい!帰りたいのに!」

 ノリコの叫びにようやく気付いて、トビアスが「ノリコ?」と振り返り、そして「大叔父上?」と呼びかける。少女の前に立つ、宰相ヴェルナーの姿を。

「いいや、お前は帰れない。なぜなら、この世界が離してくれないからだ。この世界を、この国を壊さなければ、女神アウレリアの呪いは解けない」

 ヴェルナーが少女の額に己の手ほどの大きさがある、赤くまがまがしく輝く宝石をかかげる。「あれは!」と声を上げたのは、宮廷魔術長のゲッケだ。

「闇の……血の魔宝石!」

 それは百年前、魔法帝国を名乗った国の凶悪な魔法兵器の元。多くの人間の血と命を対価として、生み出した、闇の魔術の結晶だ。
 宝石をかざされたとたん、ノリコの光を失った瞳は、ひたりとそれに魅入られたように動かなくなった。

「さあ、絶望からすべてを差し出せ!聖女の力によって、この国を滅ぼすのだ!」

 そのとたん、闇の閃光が玉座の間を包んだ。
 黄金の玉座は吹き飛び、列柱は折れて天井は崩れ、空が露わとなる。そこに青空はなく、見た事もない禍々しい暗雲が渦をまいて、赫い稲妻が走っていた。
 そして、ノリコの体は魔宝石とともに宙へと浮く。宰相の体はみるみる膨れ上がり、それは人の形でもなくなる。頭には捻れた無数の角が、身体は闇の固まりのごとくどす黒い炎となって、ただ赫く瞳孔のない目が禍々しく輝く。
 宙に浮いたノリコと赫い魔宝石は、そのバケモノの胸の中央に取り込まれている。バケモノはガガガ……と咆哮のような笑い声をあげた。

「これが聖女の力。なんと素晴らしい!」

 バケモノは悦びに身を震わせて、その身体から赫く禍々しい光を周囲にはなった。それは、百年前、都市を人々を焼き払った、魔宝石の閃光だ。
 だが、それは真白き光の魔法陣によって遮られる。
 玉座の間に駆けつけた、聖竜騎士達が、バケモノの周りを取り囲み、結界の魔法陣をずらりと並べ展開していた。その中心にヴィルタークがいる。

「おのれ、アウレリアの忌々しい竜使いどもよ!また、余の邪魔をするかぁ!」

 叫びとともに放たれる閃光は、結界にはばまれるが、しかし、あと、どれほど保つかはわからない。
 周辺に血を流して倒れている廷臣達が見えるが、その手当もしている場合ではない。生きているかどうかも。

「これはどういうことだ?」

 ムスケルが彼らしくもなく余裕がなく、傍らで腰を抜かしている宮廷魔術師長のゲッケに訊ねる。その後ろで同じく腰を抜かしているのは、トビアスだ。床にへたりこんだ無様な姿だが、ゲッケが張った結界で後ろの馬鹿殿下も守られたらしい。

「あ、あれは宰相だ!いきなり、闇の禁呪の魔宝石を取り出して、聖女に!」

 それに「すべて殺す、滅ぼす」とバケモノの禍々しい声を響く。

「おのれ、アウレリア王家、いまいましい聖女め!王家の血はすべて絶やす!なぜ、お前が生きている!」

 再び放たれた閃光は、真っ直ぐにヴィルタークへと向かう。が、それは彼の誰よりも大きな光の魔法陣にはじかれた。忌々しいとばかり、バケモノは咆哮をあげ、それに怯えたように、

「お、俺は王家の血などカケラも引いていないぞ!母が父上の愛妾となったときには、先の恋人の子が腹にあったことは、大叔父上もよく……」

 聞き捨てならないことを口走ったが、それも「黙れ!」とバケモノの咆哮にトビアスが肩をすくませる。

「憎きアウレリア人の血はすべて、魔宝石としてやる。お前のその淀んだ血でも、少しは力になるだろう。
 二つの世界を征服して、余が再び魔法皇帝として、世界に君臨するのだ!」

 「魔法皇帝って百年前の?いや、死んだはず」とのムスケルの言葉に史朗は「いいや」と答える。

「闇の魔法の人格転移を使えば、肉体は失っても、他者の心に棲むことが出来る」

 百年。おそらくは人の心の闇にてんてんと棲まいながら、魔法皇帝はアウレリア王国への復讐だけを考えていたのだろう。
 今やその心はその復讐とすべてへの破壊の衝動だけだ。長いあいだの妄執がそうならせたのか、死に際の妄執だけが転移したのか。

「……二つの世界の征服じゃなくて、破壊だろう。奴め、先の時空転移の再現を起こして、この王都と僕達の住んでいた街を吹っ飛ばすつもりだ」

 「は!?」とムスケルが聞き返す……というか、この場でまともに史朗と話せるのは彼しかいない。ヴィルターク達は、光の魔法陣で暴れるバケモノを押さえつけているが、本当に早くしないと保たない。

「あの時空転移がなったのは、アウレリア女神の気紛れじゃなかったのか?」
「それを術式展開して、元の世界に戻ろうとしたのが僕だ。賢者の魔法紋章があれば中途半端には可能なんだ」

 そう中途半端にだ。それによってあふれた魔力暴走によって、街二つが吹っ飛ぶが。
 奴の狙いはそれだろう。街二つ分の人の命。どれほどノリコと一緒に胸にある、あの赫くまがまがしい、魔宝石となるか。
 それこそ、二つの世界を蹂躙する魔王の誕生だ。

「ノリコのなかには僕の光と闇の魔法紋章がある」
「光だけじゃなかったのか?闇なんて危ないもの!」

 そう、魔術師にとっても、闇の力は禁断の力だ。傾いて落ちれば己も地獄ならば、自身も災厄となる。
 今の魔法皇帝と名乗るバケモノのように。

「火、風、水、土の四大元素に、光と闇に叡智の冠が揃って、賢者となるんだ。賢者は己の心に闇を飼うが、それを制御するのが光の魔法紋章で光と闇とは一体なんだ」
「つまりは裏表ってことか!」
「そうだ!」
「そんな危険なものを、あの少女の中においておいたのか!」

 ムスケルが怒るのもわかる。たしかにこれは史朗の失態だ。
 しかし、光はともかく、闇の力などそうそう行使出来るものではない。まして、十三歳の少女がよほどの絶望にのみ込まれなければ。
 いや、それも予想できる。おおかた、ノリコに帰還のすべなどないと、そこの腰を抜かしたままの馬鹿殿下が口を滑られたのだろう。それも、今はバケモノと化した宰相の差し金か。
 だから、心を闇に閉ざしたノリコはひたすら帰りたいと願っている。実際バケモノの足下に、黒く渦をまいたいびつな魔法陣が展開しようとしている。帰還のための門だが、それが開けば双方の街が反動で吹っ飛ぶ。

「彼女から魔法紋章を取りもどす方法は?」
「いや、その必要はない。光と闇の紋章の力を相殺して消滅させる!」

 回収するには、あの化け物を倒してからになる。門が開くまでにそんな余裕ない。
 ならば紋章そのものを消滅させればいい。

「出来るのか?そんな」
「元々は僕のものだ!」

 術式を展開する。火と風、水と土の術式が球体の魔法陣としてうかびあがり、星がめぐるがごとく史朗の身体の周りを回る。そして、頭には冠の形に浮かび上がる叡智の紋章。
 「な、な、な、こいつ、魔力無しだったはず」なんて今さら、まぬけなことを抜かしているゲッケに、ムスケルがよく見ておけと宣言する。

「私達ではとうてい至れない、賢者の究極魔法だ!」

 「け、賢者!」なんてゲッケが素っ頓狂な声を上げているが、もう構わずにムスケルが史朗を見つめる。
 すべての魔法紋章には繋がりがある。四大元素と叡智の冠をもって、史朗は詠唱とともにノリコの中の光と闇の魔法紋章に干渉する。
 闇が光を覆い尽くし、漆黒になっている彼女の中の球を見つけた!
 バケモノ、いや、魔王もどきか。それが「ぐ……」とうめいて、今は目を閉じて意識を落としているノリコと違い、反応する。こちらの意図に気づいたのか、史朗に向かい、闇の閃光を飛ばすが、それはヴィルタークの光の魔法陣に阻まれる。
 長い詠唱をつづける史朗のひたいに汗が浮かぶ。

────足りないか?

 欠けているのは光と闇。せめて光だけでも……と思うが、そもそも光と闇は裏表なのだから、なげいてもしかたない。
 そして、魔力において光の紋章の力は大きい。実質、あれを取りもどせれば、この魔力不足も十分に補えるはずだった。

────仕方ないか。

 それを壊そうとしているのだ。火と風、水と土、そして叡智は我が手に、足りない力は。

────わが命をあがないに……。

 そう覚悟した瞬間に、後ろから抱きしめられた。温かな光、太陽そのもの。

「ヴィル……」
「俺の力、使えるか?」
「うん」

 抱きしめられて、片手の指を絡め取って握りしめられた。その触れあうすべてから、流れこんでくる光の奔流。闇をうち払う。
 それは史朗の叡智の冠から、ノリコの中にある光と闇の魔法紋章へと。闇に包まれた、光が強くなりその中から飛び出してくる。そして、光と闇はぶつかり合って、対消滅する。
 同時にノリコとともに魔物の胸に光っていた、赫い魔宝石も砕け散る。

「ぐぁ……力がぁ……力があ……」

 バケモノ、えせ魔王となりかけた暗黒の身体はみるみる崩れ去り、宙に浮かんでいたノリコの体も下に落ちたが、それは駆け寄った聖竜騎士団の一人に受けとめられた。

「コノママ…デハ……オワレナイ……マタ……ぐあっ!」

 その消滅しかけている身体から、小さな闇が飛び出てどこかに飛び去ろうとしたが、それはヴィルタークが掌底からはなった、光球によって消滅した。
 そして、それを見届けて、史朗はヴィルタークの腕の中で目を閉じた。意識を失ったのだ。





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