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長い物語の終わりはハッピーエンドで
第19話 巡る月 始まる物語【1】
しおりを挟む温かくて心地よくて、ふわりと浮き上がる意識の中。ああ、これは……と思っていたら、やっぱり目の前には、濃紺の瞳が自分を見つめていた。
「起きたか?」
ちょんと口づけられて、触れあう肌と肌に、ぽっと頬に熱がともった。その頬を大きな手が愛おしげに撫でる。心地よいと目を細めて、おかしい……と目を見開いた。
裸なのに、違和感がない。主に腰が。
「ここは……?」
天蓋のカーテンのおろされたベッドを見渡して「俺の部屋だ」と言われて、たしかに見覚えがあると思う。
「あれからどのぐらい?」
「丸一日以上寝ていた。俺もさっき起きたところだ」
丸一日と、さっき起きたにひっかかる。二人とも裸だけど史朗の身体に違和感はないし、これは本当に裸で抱きしめられていて寝ていただけ。
自分と同じくこの人も、丸一日気絶じゃなくて寝ていたということは。
「まさか、ヴィルも魔力切れ?」
そう訊ねると彼は決まり悪そうに苦笑して「そこまでは到ってない」と言う。
「お前をここまで運んで、疲れて一緒に寝たんだ」
「似たようなものじゃない」
よく考えなくたって、あのバケモノの攻撃を封じるために光の結界を聖竜騎士団全員で展開していたが、要はヴィルタークであった。そのうえに、自分の魔力補給までしてくれたうえに、最後はあのバケモノのあがきで、再び人格転移しようとしたところの残滓を、光球で打ち抜いていた。
そのうえに、ぐったりした史朗を、この侯爵家まで運んで、そのまま二人してベッドに倒れこんで当たり前だろう。
「なのに、僕にもまた魔力補給……」
裸なのはそういうことだ。肌と肌を触れあわせるだけでも、緩やかに効果はあるから、丸一日一緒に寝るほど疲れきっていたというに、自分を抱えて眠るなんてこの人は。
「温かくて抱き心地もよかったぞ」
「もう、そういう恥ずかしいことを……」
抗議のつもりでぺちぺち裸の胸板を叩く。今はもうすっかり元気みたいだし、自分も元気だからいいんだろう。
触れあった肌からは、力強い光の波動を感じる。本当にこの人は太陽みたいだ。触れあったところから、自分へと力が循環して……え?循環?
まじまじと、ぺちぺち、己の叩いた胸を見る。理想的な胸板だ。
「どうした?」
「いえ、おかげさまで元気になりました」
「そうか。なら、湯浴みにいくか」
「はい?」
小脇に抱えられて、そのまま、あの大きなお風呂に直行された。
少しのぼせた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
王宮だが、玉座の間は半壊。他にも色々被害が出たそうで、修復には一年以上は掛かりそうだとのこと。怪我人は多数でたが、死人が一人もなかったのは不思議というより、間一髪駆けつけた聖竜騎士団の結界にみんなが守られたおかげだ。
宰相の命令によって地下牢に捕縛されていた人々は全員釈放されたという。
あの玉座の間にいた、宰相の取り巻きの貴族や官僚達は、ほとんど全員長期療養が必要だというし。それに代わって、今回反乱の嫌疑がかけられた貴族達が、王国の政(まつりごと)を入れ替わりに動かすことになるらしいが、まあ、王宮の勢力図なんて、史朗の預かり知らぬことだ。
そして、玉座の間での出来事は、そのまま隠すことなく都の人々に公開されたという。
王宮の崩壊は、当然王都の人々も見ていたわけで、その上に空には暗雲とこの世の終わりのような稲光とあってはだ。
これだけ派手にやらかしては、ごまかしきれんでしょう。いっそ正直に公開したほうがいいと、居なくなってしまった宰相以下、長期療養となった補佐官や秘書官もなく、繰り上がりで代理みたいな形になった、うさんくさい参議が取り仕切ったとか。
それで、アウレリア王国どころか、もう一つの世界の危機に、女神アウレリアが召喚したのは聖女ではなく、異世界の賢者で、それが聖竜騎士団長と協力して、恐ろしき魔王を倒した……って、ある意味で正しいけど、ちょっと盛ってないか?
「その賢者って僕だよね?」
「お前以外誰がいるんだ?竜の賢者様?」
「なに、その竜の……って?」
「クーンの主はお前だろう?」
「ああ、そこまで特定されちゃっているんだ。いや、あの伯爵様が宣伝しまくったな」
史朗は遠い目をした。聖竜騎士団長と協力して魔王を倒した賢者様は、これまた聖竜騎士と強い関係のある女王竜の主でした。
それだけじゃなくて、自分はヴィルタークから、名誉騎士団員にもされていたっけ……と思い出す。
あの伯爵様に、今度会ったら、思いっきり魔力を込めたデコピンで吹っ飛ばしてやろうと、決意する。
トビアス殿下だが、ありったけの宝石と金貨を馬車に詰め込んで、王都から出て行く姿が目撃されたという。その後、さらに縁故をたよって国外に亡命したと発覚するのだが、その身柄については、うやむやにされた。放置ともいう。
自分はベルント王の子ではないとは、本人が玉座の間で口走っただけのことで、証拠はない。ことの真偽は彼の母と大叔父である元宰相が亡くなっているから、これまた確認が難しい。が、王族の血を引いていないのを本人もわかっていて“暫定”皇太子となっていたなら、これまた立派な反逆罪だ。
ようするに、彼の取り扱いはめんどくさ……難しいのだ。他国で、こちらになにか言ってくることなく、暮らしてくれるならならばそれでいい。
宰相に関しては、玉座の間崩壊の、唯一の死亡者とされた。彼が魔王と化したとすれば、その縁者への影響が大だからだ。ジグムント大王がその御代の最後で起こした大粛正を、ヴィルタークは望まなかった。
宰相がいつから魔法皇帝に取り込まれていたのかも、本人が亡き今は謎のままだ。いつから、アウレリア王国の滅亡を願っていたのかも。先々代ベルムント王の生来の病弱は、その呪いであったのか。先代フレデリック王の落馬も、ただの事故死であったのか……。
ノリコだが、気を失った彼女を半壊して混乱した王宮においておくわけにもいかず、この侯爵家預かりになっていた。たしかに王宮以外なら、他の貴族の家にも、まして教会にも預けるわけにはいかないし、ここになるだろう。
まる二日、こんこんと眠り続けた彼女が目覚めたと聞いて、史朗はヴィルタークと一緒にノリコを訪ねた。
世話をしているメイドの話だと、玉座で宰相がバケモノに変わってからのことを彼女はおぼえていないという。忘れていて逆によかった思う。バケモノに取り込まれて、自分の生まれた街を滅ぼしかけたなんて……だ。
史朗の顔を見るなり、ノリコはその瞳を潤ませた。
「佐藤さん、私達帰れないって……」
頬に涙をこぼす彼女に慰めるより、良い言葉があると史朗は口を開いた。
「いや、それは帰れるよ」
「え?」
「今日は無理だけど、三日待ってくれるかな?」
それぐらい時間があれば、人一人、時空転移できる魔力はたまるな……と史朗は算段する。
「ど、どうやってですか?だけど、みんな、私のことを騙していたって、帰る方法なんてないって……」
「あ、うん」
それは、君を引き留めるために彼らがうそをついていたんだとかなんとか……いや、大人達に騙されて酷く傷ついた少女に方便とはいえ、またうそをつくのは気が退けた。
だからといって、さて、ここでなんで帰れるのかって、今度は史朗が恥ずかしいというか。いや、泣く少女にそんなことに構っている場合か?と思うけれど。
「大丈夫だ、シロウは賢者だからな」
そこにヴィルタークが助け船?を出してくれた。いや、これ自分から言ったら一番恥ずかしい奴だと躊躇(ちゅうちょ)していたんだけど。
「賢者って、ええと、あの賢者ですか?」
ノリコの知識しては、映画やゲームなんかに出てくるものだろう。どんなのを想像しているかによるが、まあ、すごい魔法使いぐらいに思ってくれていればいい。
「そうだ、シロウはこちらへ召喚されたときに、自分の前世がこことは、また別の世界の賢者であることを思い出した。そのときの混乱で一時的に魔力を喪失していたが、今は取りもどしている。
だから、君を元の世界に転移させることは可能だ」
前世賢者でした……とか、史朗本人が言ったら、痛いし、ノリコも容易に信じなかっただろうが、ヴィルタークの口から出ると「すごいですね」なんて、あっさり信用してくれた。
さすが、聖竜騎士団長というべきか。いや、ヴィルタークがヴィルタークだからだろうなと思う。
そのあとはノリコをつれて侯爵邸の中を案内した。「前にヴィルタークさんのお家を見たいってお願いしたのが、かないました」と喜んでいたからよかった。屋敷や庭を巡りながら、聞いた話だと、王宮ではあてがわれたあのお姫様の部屋と、儀式などで外に出る以外、自由に歩き回れなかったというから、本人はそう感じなくとも、事実上の軟禁状態だったわけだ。
帰れるとわかって、はしゃぐ彼女の口から、トビアスがどうなったかと訊ねる言葉は出なかった。玉座の間で、彼女を王妃に迎えるなんて勝手に宣言されたうえに、大嘘をつかれていたことがわかったのだから、あのえせ王子様の幻影などすっかりとけたのだろう。こちらもあえて、触れることでもない。
夕食も一緒にとって、彼女は客間へと、そして、史朗はヴィルタークと各自の部屋に……と思ったけれど、手を引かれて彼の部屋に来ていた。振り返ったヴィルタークの真剣というより、苦しげな表情に史朗は息を呑む。
さきほどの夕食の席までは、ノリコも交えて談笑していたというのに。
「帰るのか?」
「え?」
顔の両脇に手をつかれて、あれこれいゆわる壁ドンって奴だと思う。
次の瞬間には抱きしめられて、肩口に顔を埋められた。
「帰るな、俺のそばにいてくれ」
「ヴィル?」
「勝手なことを言っているのはわかっている。お前にも、ノリコのように大切な両親や友人がいるだろう、それでも、俺は言わずには……」
「…………」
この自分よりはるかに大人の男がだ。すがるように抱きついて、きっと理性では言ってはいけないと思っていただろうに、それでも己の本当の気持ちを口にせずにいられなかったのだろう。
手を伸ばして己の肩口にうまる、男の頭を撫でる。
「僕ね、帰らないよ」
もう大分前に決意していたことだ。でも、こんな風に言われてしまったら、ますます帰れなくなった。
ここに居ろと言ってくれた。
「しかし、お前のご両親が」
「いないんだ」
顔をあげたヴィルタークに告げると息を呑む。史朗は淡々と告げる。
「事故で両親ともにね。遠い親族はいるけど、親しくはしてない。僕が突然消えたなら、さすがに気付けば捜索願いぐらいは出すだろうけど」
航空機事故だった。史朗に残ったのは両親と暮らしていたマンションに、彼らの保険金に航空会社からの賠償金。
悲しみはあったが、たんたんと暮らしていくしかなかった。通信制の大学の授業をオンラインで受けて、食事代わり菓子を食べて。コンビニでまた補給して。
「だから、僕にはあっちで待ってる人はいないんだ」
中学で引きこもりになったから、両親以外のつながりなんてない。今さら悲観的に考えるつもりもなかった。
だって、目の前で呆然としている男(ひと)と出会ったし。
「それとね、僕が賢者だった頃の話を聞いてほしい。長い長い話になると思うけど」
彼だけに聞いてほしいことがある。
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