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7-2 糸(2)
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それは、本当に偶然だった。
突然に遺品となってしまったブラウンのノートパソコン。
すばるの握るマウスに、光の糸が伸びるような感覚がした。薄いディスプレイから指先に絡まる見えない糸。すばるは胸がドキンとした。失った幾多のものへと続く糸に、すばるの心臓は早鐘をうつ。
家族全員を突然失って、だいぶ経った頃。すばるは兄であるなつかのパソコンの電源ボタンを押下した。
衝撃的な家族の最後を幾度となく夢の中で妄想して、すばるは精神的にも肉体的にも参っていた。
何かに縋りたい……。家族と繋がっていたい。切羽詰まったすばるは、ほとんど無意識に兄であるなっかのパソコンを触っていた。
大好きな、兄……だった。
年の離れた兄は、優しくてカッコ良くて頭もいい。すばるがなつかに甘えても、突き放すこともない。すばるの卓越したパソコンの技術も、なつかがすばるに仕込んだと言っても過言ではない。
「すばるの方が、うまいなぁ」
と、にこやかに笑うなつかの顔と頭を撫でる手のぬくもり。なつかに褒められたい、笑ってほしい一心だった、あの日以前を思い出す。暖かで、穏やかな思い出。それは、一人になったすばるの心の拠り所でもあったし、悲劇を思い出させる引き金にもなっていた。
兄の痕跡を辿り、懐かしみたい。いつも一緒にいたし、これからも一緒にいたかった。すばるはなつかの全てを欲して、残したノートパソコンの中に入り込んだ。
なつかのプログラミングスタイルには、独特の癖がある。なつかに教わったすばるのプログラムも、なつかとは異なる、自身で意識するほどの癖はあった。似て非なるプログラミングスタイル。一人になり、寂しさと恐怖をまぎらわせれるため。色々なプログラムを眺めている内にすばるは気付いた。
「これって……オレの?」
すばるが遊び半分で組んだワームのプログラムが、人気のオンラインゲームで増殖している。すばるは青ざめた。遊び半分で作った割には、かなり精度の高い二種類のワーム。犯罪にも容易に使用しかねない物なだけに、すばるは複製されることを恐れて、閑古鳥の鳴くサーバーに隠していたのだ。
すばるの手が無意識に動いて、オンラインゲームに増殖するワームの内部へ侵入した。ポップアップ画面が、侵入したワーム深部のプログラミングを流れるように表示する。
「違う……オレじゃない」
たまらず呟いた言葉が、すばるの安堵した息と一緒に漏れた。そして、湧き上がる違和感と恐怖。
もしかして、と。次から次へと浮上する疑問。生じた疑問が、まるでバラバラだったパズルのピースがピタリと嵌るように何一つ矛盾なく成立した。
完璧に成立したそれを、すばるは頭の中で片っ端から薙ぎ払う。〝自分ではない〟と。次々と乱立する証拠を潰せば潰すほど。すばるにある一つの可能性が浮上する。小さな可能性。決してあり得ないはずのその可能性は、あらゆる仮説の中でも一番しっくりときた。
「……まさか?」
自分でも信じられない。すばる自身が伸ばした糸が、意外な形で繋がる。
(この糸を断ち切っては……ならない)
直感、といってもいいほどに。すばるは握るマウスを素早く動かした。
どうせ、落ちるとこまで落ちている。一か八か。
すばるは眉間に力を込めて糸を握りしめた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「まさか……! それじゃ、すばるはブラッド・ダイアモンドにワザとハッキングをッ!?」
静かに語る市川にしてはめずらしく、声が大きく乱れた言葉。
海沿いの道を走るSUVが、エンジン音を小さくして停車した。同時に市川から発せられたそれは、一際大きく車内に響いていた。目を見開き、後部座席に身を乗り出す市川とは対照的に。ハンドルから手を離した緒方は、ルームミラーで遠野の表情を鋭く注視していた。
「すばるは、以前からブラッド・ダイアモンドの内部に通じている」
信じられない遠野の発言。市川も緒方も、言葉を失った。
何故もっと早く言ってくれなかったのか?
相反する行動をとりながらも。市川と緒方の苛立つ感情は全く同じベクトルで、遠野へと向かっている。そんな感情をビリビリと受けながらも、遠野は表情を変えず。さらには、視線を窓の外に向けたままで口を開いた。
市川や緒方がそういうのも無理はない。保護対象としてのすばるの位置付けが、一気に犯罪組織の一員へと変化する。やもすれば、すばるの手に鉄の錠をかけなければならない状況にきているからだ。
「すばるは、ブラッド・ダイアモンドの頭・ステラを、随分前から知っていた。それだけだよ」
「じゃあ……何故」
掠れた声で、市川は遠野に詰め寄る。それでも遠野は、表情を変えず相変わらず外を眺めながら答えた。
「知っていたというだけで、帝都銀行以外の犯罪には手を染めていない」
「……」
遠野のはっきりと断言した言葉に、市川は肩の力を落として押しだまる。
「それに、ブラッド・ダイアモンドへのハッキングについては『本当に偶然だった』とすばるは言っている」
「……それを。遠野補佐は、信じるんですか?」
ルームミラーに視線を投げたまま、緒方が遠野に詰問する。遠野がルームミラー越しに、緒方に視線を向けた。意志の強い、はっきりとした光の宿る眼。虚偽を呟いているとは到底思えない遠野の眼差しに、緒方は負けじと視線をキツく返す。
「信じるも何も。すばるの言うことは、俺たちが持っている欠けたパズルの隙間を全て埋めてしまったからな」
遠野はすばるのパソコンが入った鞄にそっと手を置いた。
「捕まえた糸が絡まる前に、やるぞ」
遠野は強く言い放つと、SUVのドアを開けた。ジャリッと、数日で随分と草臥れた靴が地面を捉えると同時に。ふわっと。潮っ気を含んだ海風がと遠野を包み込む。
遠野は沈みゆく太陽に目を細めて呟いた。
「待ってろ、すばる。最善の方法を思いついたからな」
突然に遺品となってしまったブラウンのノートパソコン。
すばるの握るマウスに、光の糸が伸びるような感覚がした。薄いディスプレイから指先に絡まる見えない糸。すばるは胸がドキンとした。失った幾多のものへと続く糸に、すばるの心臓は早鐘をうつ。
家族全員を突然失って、だいぶ経った頃。すばるは兄であるなつかのパソコンの電源ボタンを押下した。
衝撃的な家族の最後を幾度となく夢の中で妄想して、すばるは精神的にも肉体的にも参っていた。
何かに縋りたい……。家族と繋がっていたい。切羽詰まったすばるは、ほとんど無意識に兄であるなっかのパソコンを触っていた。
大好きな、兄……だった。
年の離れた兄は、優しくてカッコ良くて頭もいい。すばるがなつかに甘えても、突き放すこともない。すばるの卓越したパソコンの技術も、なつかがすばるに仕込んだと言っても過言ではない。
「すばるの方が、うまいなぁ」
と、にこやかに笑うなつかの顔と頭を撫でる手のぬくもり。なつかに褒められたい、笑ってほしい一心だった、あの日以前を思い出す。暖かで、穏やかな思い出。それは、一人になったすばるの心の拠り所でもあったし、悲劇を思い出させる引き金にもなっていた。
兄の痕跡を辿り、懐かしみたい。いつも一緒にいたし、これからも一緒にいたかった。すばるはなつかの全てを欲して、残したノートパソコンの中に入り込んだ。
なつかのプログラミングスタイルには、独特の癖がある。なつかに教わったすばるのプログラムも、なつかとは異なる、自身で意識するほどの癖はあった。似て非なるプログラミングスタイル。一人になり、寂しさと恐怖をまぎらわせれるため。色々なプログラムを眺めている内にすばるは気付いた。
「これって……オレの?」
すばるが遊び半分で組んだワームのプログラムが、人気のオンラインゲームで増殖している。すばるは青ざめた。遊び半分で作った割には、かなり精度の高い二種類のワーム。犯罪にも容易に使用しかねない物なだけに、すばるは複製されることを恐れて、閑古鳥の鳴くサーバーに隠していたのだ。
すばるの手が無意識に動いて、オンラインゲームに増殖するワームの内部へ侵入した。ポップアップ画面が、侵入したワーム深部のプログラミングを流れるように表示する。
「違う……オレじゃない」
たまらず呟いた言葉が、すばるの安堵した息と一緒に漏れた。そして、湧き上がる違和感と恐怖。
もしかして、と。次から次へと浮上する疑問。生じた疑問が、まるでバラバラだったパズルのピースがピタリと嵌るように何一つ矛盾なく成立した。
完璧に成立したそれを、すばるは頭の中で片っ端から薙ぎ払う。〝自分ではない〟と。次々と乱立する証拠を潰せば潰すほど。すばるにある一つの可能性が浮上する。小さな可能性。決してあり得ないはずのその可能性は、あらゆる仮説の中でも一番しっくりときた。
「……まさか?」
自分でも信じられない。すばる自身が伸ばした糸が、意外な形で繋がる。
(この糸を断ち切っては……ならない)
直感、といってもいいほどに。すばるは握るマウスを素早く動かした。
どうせ、落ちるとこまで落ちている。一か八か。
すばるは眉間に力を込めて糸を握りしめた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「まさか……! それじゃ、すばるはブラッド・ダイアモンドにワザとハッキングをッ!?」
静かに語る市川にしてはめずらしく、声が大きく乱れた言葉。
海沿いの道を走るSUVが、エンジン音を小さくして停車した。同時に市川から発せられたそれは、一際大きく車内に響いていた。目を見開き、後部座席に身を乗り出す市川とは対照的に。ハンドルから手を離した緒方は、ルームミラーで遠野の表情を鋭く注視していた。
「すばるは、以前からブラッド・ダイアモンドの内部に通じている」
信じられない遠野の発言。市川も緒方も、言葉を失った。
何故もっと早く言ってくれなかったのか?
相反する行動をとりながらも。市川と緒方の苛立つ感情は全く同じベクトルで、遠野へと向かっている。そんな感情をビリビリと受けながらも、遠野は表情を変えず。さらには、視線を窓の外に向けたままで口を開いた。
市川や緒方がそういうのも無理はない。保護対象としてのすばるの位置付けが、一気に犯罪組織の一員へと変化する。やもすれば、すばるの手に鉄の錠をかけなければならない状況にきているからだ。
「すばるは、ブラッド・ダイアモンドの頭・ステラを、随分前から知っていた。それだけだよ」
「じゃあ……何故」
掠れた声で、市川は遠野に詰め寄る。それでも遠野は、表情を変えず相変わらず外を眺めながら答えた。
「知っていたというだけで、帝都銀行以外の犯罪には手を染めていない」
「……」
遠野のはっきりと断言した言葉に、市川は肩の力を落として押しだまる。
「それに、ブラッド・ダイアモンドへのハッキングについては『本当に偶然だった』とすばるは言っている」
「……それを。遠野補佐は、信じるんですか?」
ルームミラーに視線を投げたまま、緒方が遠野に詰問する。遠野がルームミラー越しに、緒方に視線を向けた。意志の強い、はっきりとした光の宿る眼。虚偽を呟いているとは到底思えない遠野の眼差しに、緒方は負けじと視線をキツく返す。
「信じるも何も。すばるの言うことは、俺たちが持っている欠けたパズルの隙間を全て埋めてしまったからな」
遠野はすばるのパソコンが入った鞄にそっと手を置いた。
「捕まえた糸が絡まる前に、やるぞ」
遠野は強く言い放つと、SUVのドアを開けた。ジャリッと、数日で随分と草臥れた靴が地面を捉えると同時に。ふわっと。潮っ気を含んだ海風がと遠野を包み込む。
遠野は沈みゆく太陽に目を細めて呟いた。
「待ってろ、すばる。最善の方法を思いついたからな」
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