9 / 84
9話 もったないなさすぎて、飲めない!
しおりを挟む今になって、カァッと全身が熱くなる。とんでもなく赤い顔をしているはずだ。
オレはダッシュで控室に戻ると、スマホを取り出すと夢中でボタンを連打する。
三コールの後に出たのは吉良くんだ。
「吉良くん、吉良くんっ!」
「おう、琉生。どうした?」
「オレ、オレね! 結城くんに会った!!」
「っ……声が大きいぞ、琉生!」
「ね、吉良くん、どーしよう!!」
「どうしようって……琉生、打ち合わせは今からだろ?」
「うんっ! 今から!」
「何だ、結城に会ったって。夢の話か?」
「夢じゃないって!! さっき! 自販機で!!」
なんて失礼なことを言うんだ!
いくら結城くんの夢を見たとしても、わざわざ吉良くんに電話するわけないだろ!
「琉生、興奮しすぎだ。落ち着け」
「ムリッ! だって『七海くん』って、結城くんが!!」
オレの名前を呼んでくれたんだ! しかも、あの美声で!
ずっと優しい笑顔で見つめてくれたし、ミルクコーヒーまで奢ってくれた。
「オレもう、家宝にする!」
片手に持ったままのミルクコーヒーを、ぎゅっと握りしめる。
一人で興奮しているオレに、吉良くんの呆れた声が聞こえた。
「お前が何を言ってるか、まったく分からないんだが」
「だから、いたんだって! 結城くんが!」
「そうか。偶然だったな」
「そうなんだよ! まさか自販機で会えるとか!」
「……」
「もうっ、すっごくすっごく、カッコよかった!! ちょーイケメンだった!!」
「良かったな」
「背もオレより高くて、すんげー綺麗な顔してて! モデルってすげーよなぁ。何着てもカンペキ!」
「はぁ……琉生、その話は明日聞いてやるから。とりあえず、打ち合わせ行け」
「打ち合わせっ……うん、打ち合わせ行ってくる!」
「クールダウンしてから行けよ。もう同じ用件で掛けてくるな」
「うんうん。じゃね、吉良くん」
ブツ、と通話を切る。
ひとしきり騒いだおかげで、だいぶ落ち着いてきた。
吉良くん、相手してくれてありがと。
心の中でお礼を言って、握りしめていたミルクコーヒーの缶をジッと見つめる。
「結城くんが、買ってくれたっ!」
改めて思い出すと、跳びはねたいくらいに嬉しい。
吉良くんには「家宝にする」と宣言したが、それくらい貴重で、大切なものだ。
もったいなさすぎて、飲めないよ!
でも、わざわざ買ってくれたのに飲まないのも、結城くんに申し訳ない気がする。
「よし、持って帰ろうっ」
すぐに結論がでないので、オレはミルクコーヒーをバッグの中にしまいこむ。
「へへへ~」
だらしなく顔が崩れている。
とても人様に見せられる顔じゃないが、これから打ち合わせだ。「七海琉生」のイメージを崩さないためにも、必死で頬をぐにぐに揉んで、元に戻す。
「打ち合わせには、平常心でいかないと!」
先ほどの結城くんとのやり取りを思い出すと、いても立ってもいられないほどソワソワする。が、そんなことでは共演者失格だ。
芝居どころかまともに話すら出来ないと思われたら、役を降ろされる可能性もある。
「そんな情けない降板はイヤだ!」
幸い、打ち合わせの前に結城くんと話すことができた。
狼狽えすぎて、ろくな対応ができなかったけど、結城くんは笑顔だったし、たぶん大丈夫……。
今度は、しっかり気を引き締めよう。
オレは気合いを入れて、打ち合わせの脳内シミュレーションを始めたのだった。
+ + +
主演の一人とはいえ、オレはデビューして三年目の若手アイドルだし、うちのグループ人気もそこそこだ。役者としての知名度も低いってことは自覚している。
打ち合わせには遅刻しないように、会議室へ向った。
十五分前に入室すると、半分くらい席が埋まっている。タイミング的にはちょうど良かったみたいだ。奥にあるホワイトボードを囲むように、席はコの字型に並べられている。
挨拶して中に入ると、プロデューサーから座席を指定される。いちおう主演なので、ホワイトボードが真正面にくる席だった。共演したことのある役者さんが近くの席に座っていたけど、それほど親しいわけでもないので、話しかけずに座っていた。
おしゃべりするよりも、これから始まるドラマの共演者とスタッフの顔をしっかり覚えるのが先だ。ひと通り、辺りを見渡してスタッフを確認する。
監督の葉山さんは四十代後半の女性で、銀縁メガネがよく似合う、インテリ系のOLといった感じだ。
ここ数年でヒットしたBLドラマの半分は、この人が監督した作品だった。演出家としても有名で、なかなかOKが出なくて撮影が長引くという噂があるので、ちょっとビビる。
監督の隣に座ってる、優雅なマダムみたいな女性が、どうやら脚本家らしい。監督と和やかにおしゃべりしている。
他のスタッフや役者の顔ぶれを見ているうちに、席が埋まってきた。
94
お気に入りに追加
351
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
天才有名音楽家少年は推し活中
翡翠飾
BL
小学生の頃から天才音楽家として有名で、世界を回って演奏していった美少年、秋谷奏汰。そんな彼の推しは、人気男性アイドルグループメンバー、一条佑哉。奏汰は海外から日本の佑哉の配信を欠かさず見て、スマチャもし、グッズも買い集め、演奏した各地で布教もした。
そんなある日、奏汰はやっとの思いで 望んでいた日本帰国を15歳で果たす。
けれどそれを嗅ぎ付けたテレビ局に是非番組に出てほしいと依頼され、天才少年としてテレビに映る。
すると、何とその番組にドッキリで一条佑哉が現れて?!!
天才美少年によるミステリアス人気アイドルへの、推し活BL。
※後半から学園ものです。
天然くんはエリート彼氏にメロメロに溺愛されています
氷魚(ひお)
BL
<現代BL小説/全年齢BL>
恋愛・結婚に性別は関係ない世界で
エリート彼氏×天然くんが紡いでいく
💖ピュアラブ💖ハッピーストーリー!
Kindle配信中の『エリート彼氏と天然くん』の大学生時のエピソードになります!
こちらの作品のみでもお楽しみ頂けます(^^)
♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡
進学で田舎から上京してきた五十鈴は、羊のキャラクター「プティクロシェット」が大のお気に入り。
バイト先で知り合った将が、同じキャンパスの先輩で、プティクロシェットが好きと分かり、すぐ仲良くなる。
夏前に将に告白され、付き合うことになった。
今日は将と、初めてアイスを食べに行くことになり…!?
♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡
ラブラブで甘々な二人のお話です💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる