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8話 自販機で推しと遭遇!
しおりを挟むレディースっぽい服を組み合わせるのが、オレの得意なファッションだ。羽織が肩からずり下がっているのも、計算のうち。夏はそのまま肩を剥き出しにできるけど、もう秋だしな。
それでも、ゆるっとした着こなしをすると、ファンの子が喜ぶ。
今から向かうのは、打ち合わせだけど、LiPの時もこんな感じだし、『ナナ』のイメージには合ってるから大丈夫だろう。
いちおうオシャレ好きで通ってるので、お気に入りのブレスレットとネックレスはそのままにして、伸びた髪を結ぶべきか迷う。
てか、ドラマの役、髪色がピンクって良いのか?
大学生だから、アリなのか……オファーのときも、髪色を変えてくれとかは、言われなかったしなぁ。
「まあ、いっか」
髪も結ばずに、そのまま行くことにする。
時計を確認すると、まだ数分しか経っていなかった。
これから、結城くんに会うんだよな……。
推しに会えるのはめちゃくちゃ嬉しいけど、初対面の挨拶は、絶対に失敗できない。
今度こそ、オレの方から挨拶して、良い印象を持ってもらうのだ!
それから、結城くんを含め、周りにもガチファンだと悟られないように、平常心で臨まないと。
「よし! コーヒー飲んで、気合い入れようっ」
ジッとしていられず、オレは財布を持って控室を出ると、廊下の曲がり角にある自販機へ向かう。
他のスタジオも撮影はないようで、がらんとしていた。
スタッフもいないなんて珍しいなと思いながら歩いていると、誰かが自販機の前に立っていた。
「えっ?」
思わず、足が止まる。
そのシルエットを見ただけで、息が止まるかと思った。
えぇぇッ! うそだろ!?
動揺しながら、その人物を凝視する。
高身長のすらりとした体型に黒い革ジャンと白いカットソー、黒のスキニーを合わせただけの、シンプルなコーデ。
あまりにも似合いすぎて「カッコイイ」以外の言葉が見つからない。
オレに気づいて振り向いた顔は、見惚れるほど端正な顔だった。
ゆ、ゆゆ結城くん!! なんでここに!?
驚きすぎて、言葉を失う。
この前すれ違った時は、吉良くんの背中に隠れてて、ちょっとしか顔を見なかったけど……いや、カッコよすぎだろ!?
ポーッと見惚れていると、結城くんは穏やかな顔でオレを見つめて、会釈した。
「おはようございます」
「っ! ぁっ、えと……お、おはよう、ございます……!」
あぁぁっ! また挨拶すんの忘れてた!
気を悪くしないかヒヤヒヤしたけど、結城くんは少し急いだ様子で自販機から飲み物を取ると、すぐ横に移動した。
「どうぞ」
「えっ!?」
あ、オレの為に急いでくれたのか!
結城くんの優しさに感動しながら、吸い寄せられるように自販機までの前に立った。
爽やかな香りがふわっと薫って、鼓動が跳ね上がる。
「七海くん」
急に横から名前を呼ばれて、ハッと振り向いた。
結城くんはまだそこにいて、微笑みながらオレを見ている。それどころかオレに顔を近づけ、内緒話をするように囁いた。
「七海くん、だよね?」
「は、はぃぃっ!」
とんでもない美声が鼓膜を震わせる。
何度もテレビで聞いているはずなのに、生の声は破壊力がすさまじかった。
「初めまして」
「ひゃぁっ! あ、あっ、その……!」
「この後、よろしくね」
動揺するあまり、首を縦に振るだけで精一杯だ。
てか、推しが! オレに話しかけてる!?
頭の中はパニックで、まともに返事も返せない。
挙動不審なオレを見かねたのか、結城くんは自販機に小銭を入れると、商品を指した。
「七海くんは、どれがいい?」
「っ!?」
「好きなの、選んで」
「ぁっ、飲み物……」
自販機に並ぶ缶を選ぶよう言われ、とっさに目に付いたミルクコーヒーを指さす。
「こ、これっ」
「ミルクコーヒー?」
「うんっ」
「冷たいのでいい?」
「大丈夫ですっ!」
勢いよく頷くと、結城くんが自販機のボタンを押した。
ガコンと缶が落ちる音がして、結城くんは屈んでミルクコーヒーを取ると、ハイ、と手渡してきた。
その一連の仕草すら、うっとりするほどカッコよかった。
「ぁ、ああありがとうっ!」
受け取る手が震えるし、変にどもってしまった。
でも結城くんは気にした様子もない。
「七海くんは、甘いの好きなんだ?」
「あっ、いや、た、たまに……」
適当に選んだとは、口が裂けても言えない。
でも、ミルクコーヒー好きになれば、嘘じゃなくなるし!
「そっか。じゃあ、また後で」
結城くんは微笑みを浮かべたまま、軽く会釈して自販機から離れる。
廊下を歩いて行く後ろ姿も、またカッコイイ。
「……ゆ、夢?」
でも右手に持ったミルクコーヒー缶は、幻じゃない。
あの結城くんが、オレに微笑んで、話しかけてくれたのだ。
「……やばすぎるッ!!」
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