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1章 幼少期編 I
30.おからだよ
しおりを挟むお手伝いをしていた畑人たちは、お姫さまの入場と同時に頭を勢いよく下げた後、外に走って行ってしまった。
それについて誰も不思議そうな顔をしなかったので、きっと、身分の決まりとかそういうものがあるのだろう。
その場に残ったのは、先導してくれたチギラ料理人と、ランド職人長、そして見知らぬ15~20歳の3人の男性だ。
新顔の彼らはランド職人長と似た服を着ているから、先ほどチギラ料理人が言っていたお弟子さんたちだろう。
なんだか緊張の面持ちでビシッと直立して、自然体のランド職人長の横に並んでいる。
「「「セッサッ!」」」
解説しよう。
【セーレンサス=こんにちは】ごきげんようなど挨拶全般共通語。
「セッサッ」は若者のスラングで、日本においての「うっす」「ちっす」に該当する。
もっと砕けると「セーッス」……これはルベール兄さまに教わった。教えてくれたくせに、私が使うと唇を摘まむという理不尽な教育的指導を受けた。
面白くなかったけど、次のリボンくんの反応でルベール兄さまに感謝した。
「王女殿下に向かって略式を使うとは! 『セーレンサス』! やり直し!」
リボンくんが怒った。
「「「セェーンサッス」」」
「なまっている!『セーレンサス』!」
「「「セェーンサス!」」」
ちゃんと言えるまで許してもらえないみたいですよ。
「うははは、リボンさま。こいつらは後で叱っておきますんで、おふたりは豆乳の方へどうぞ」
「……ふぅ、そうしようか。それでは、姫さま……?」
うっ……
「…………、……っっぅ… ぷはーーーーーっ!」
こめーん!『千円札』に聞こえても耐えてたけど、ランド職人長の『リボンさま』はダメ~!
私にとってリボンはファンシーな響きなのよぅ。可愛いリボンちゃんキャラが殿呼びされてる感じなのよぅ。素面な男の人がリボンちゃんに対して「イエス・マム」している絵ずらなのよぅ。ウハハハハ!
────せっかくリボンくんが私をお姫さまとして立ててくれたのに、自分で台無しにしてしまった。
「兄君に叱っていただきますからね」
「う~。ごめんなしゃい」
「まぁ、旦那。まだ小ぃせ~んですから」
「あっしら、なっんも聞いてませんぜ」
「イボンさま」
いやーーーーーっ!
ニューフェイス3人組ぃ!
かばってくれるのは嬉しいが、今は何も言うなーっ!
ぐぬぅ(歯を食いしばっている)
「綴言は必要ですかな?」
シブメン!
また箱を抱えてるっ……っっ…しゅぅぅぅ…
「……だいじょうぶっ、ですよ。きょ…うは、なにをもってきて、くれたのですか?」
ふぅ、助かった。
リボンくんは……シブメンに黙礼してる。バレなかった。良かった。
「薬草課からガラス瓶を持ってきました。あぁ、ガラスは安いものではありませんが、あそこは今潤っていますからな。好きなだけ持って行っていいと課員たちが言っていました。私も同意見です」
やった、ガラス瓶ゲット!
ルベール兄さまから譲ってもらえるかも、と聞いて密かに待っていたのだ。大きいガラス瓶があれば天然酵母作りが始められるのだ。陶器でも作れなくはないけれど、中身が透けて見えると出来具合がわかりやすいのである。
「君たち、叩く作業なら外でやってくれるかな。ここはこれから調理で忙しくなる」
「「「へい!」」」
ニューフェイスたち、またね。
リボンくんに見えないように手を振ったら、ちょっとびっくりされたけど、みんな振り返してくれた。
「それで、今日は何を食べさせてくれるのかね?」
セーレンサス指導を横目に作業を進めていたチギラ料理人は、手元の鉢をシブメンに向ける。
「この乳みたいのが昨日大豆と水で分離させた豆乳です。これでマヨネーズを作って、こちらの搾りかすでも何か作るみたいですよ」
「チギラりょうりにん。しぼりかすは、やめましょう。もっと、おいしそうな、なまえにしてください」
「それは食べてからじゃないと何とも言えませんねぇ」
うむぅぅぅ。
見た目は、そうだな、アルベール兄さまだったら家畜の餌って言いそうなアレだけど……仕方がない。彼が言う通り食べてもらわないと始まらないな。
よし、始めましょう。
豆乳マヨネーズは順番を間違えなければ簡単にできます。
泡だて器を使って、豆乳・塩・甘液を混ぜたものに、油を加えて混ぜ、レモン汁を加えて混ぜ、クリーミーになったら、はい完成。
料理人の感想を聞いてみましょう。どうですか?
「風味が違いますが、マヨネーズですね」
油を少し足すか……と調整が入ってからOKが出た。
泡だて器の先についた豆乳マヨネーズを小皿にこぼして、私たちにも味見ができるようにしてくれる。もちろんスプーンを手渡されてから。指で舐めるマネなんてしたら絶対リボンくんに叱られますからね。
はい、豆乳マヨネーズの味です。
「これがあの大豆で……姫さま、とても美味しいです」
リボンくんの感想は明らかにお世辞だ。
どうでもいい人にこれをされたらスンとなっちゃうけど、リボンくんだったら優しいなぁと思えちゃうところが不思議だ。
「王女殿下、このマヨネーズで何か作っていただきたい」
シブメンの言葉は想定内。
「はい、あのおから…じゃなくて、しぼりかすで、これからつくります」
「それは先ほどチギラに聞きました。それ以外をお願いします」
おぉ、これは想定外。おからに拒否反応を示された。
見た目? 見た目だね。
よござんす。おからフェアーを開催しましょう。
まずは今日の献立……1品しかないや。
ポテトサラダ風のおからサラダを作ります。
スライスした野菜を軽く塩もみしたものと、適当に切ったハム・おから・豆乳マヨネーズを混ぜるだけ。
野菜はキュウリ・玉ねぎ・人参的なのものと、茹でた枝豆も入れる。
最後の味の調整はいつものようにチギラ料理人におまかせだ。
◇…◇…◇
チギラ料理人がおからサラダ作りに取り掛かると、私たち3人は食堂へ移動した。
シブメンにお茶を用意し(リボンくんが)描きためた藁紙を並べ(リボンくんが)乾いてしまった墨を擦り(リボンくんが)私は電動泡だて器っぽい絵とミキサーっぽい絵を見せながら、なんだかんだとシブメンに説明した。
刃の形状は思い出す限りの種類を描いた。何をどう混ぜたいのか、切りたいのか、粉砕したいのか。無くても困らないけどチギラ料理人は一人しかいない。少しでも手間を省いて、彼には美味しいものをたくさん作ってもらいたいのだ。
「アルベール商会から魔導具課に開発の委託契約がされています。若いのがやる気になっているので試作品はすぐに仕上がるでしょう」
「わかいの?……ゼルドラまどうしちょうが、つくるのだと、おもっていました」
「私の専門は魔法構築なのです。遺憾ながら手先は巧くありません」
へぇ……ん? リボンくんが藁紙を片付け始めた。
「お待たせしました。できましたよ。あれが旨いなんて驚きです」
チギラ料理人が食器をお盆にのせてやってきた。
察知したのね。さすがリボンくん。
「わぁ、おいしそうです」
小鉢に盛られたおからサラダ……人参と枝豆の彩りが食欲をそそる。
惜しいのは和食器ではないところだ。よし、離宮用に作ってもらおう。箸も。
「ばんぶつにかんしゃを」
今日は私が音頭をとります。なんだか照れるね。
「これがあの大豆で……姫さま、とても美味しいです」
リボンくん、セリフがさっきと一緒ですよ。
でもお世辞じゃないことはわかるのです。美味しく食べてくれて良かった。
「ふむ。大豆の搾りかすに、大豆の若豆に、大豆の調味料。驚くべき組合せ」
マヨたまと同じですね。
うん、残さず食べてくれた。おからは大丈夫そう。
「チギラりょうりにん、とってもおいしいです。おかわりはありますか?」
「ありますよ。でも1回だけです。残しておかないと会長の機嫌が悪くなりますからね。昨日の枝豆も冷蔵庫に残っていなかったので、夜に来て食べたみたいですよ」
アルベール兄さまが枝豆を……どうやって食べたんだろう。鞘から出した豆を指で摘まんで口にポイッって放り込んでそう。それとも鞘から全部出してフォークで? クスクス。
「明日の分の豆乳と搾りかすはどうします?」
「そうですねぇ。とうにゅうはきヤギのちちと、おなじあつかいで、チギラりょうりにんに、おまかせします。しぼりかすは、なににまぜこんでもおいしいので、まよいます。ん~」
おからサラダをモグモグ食べながら明日食べたいもの(超重要)を考える。
スイーツには豆乳アイスクリーム(冷凍中)があるから、おかず系……焼き物、揚げ物……揚げ物って食べたことないな。
「なべにあぶらをたっぷりいれて、あたためてから、たべものをしずめて、ジュワ~」
「油で搾りかすを煮るんですか?」
うえっ、おからでそれはない。
しかし、そうか、揚げ物ないのか。
「あぶらは、たかいですか?」
「姫さまが気にするほどの金額ではないですよ。明日、壺で持ってきます」
チギラ料理人はニヤリと笑う。スイッチが入りましたね。
ささっとリボンくんがメモの準備を始めた。
明日は沢山ありますよ。
「どうぐもひつようになります」
網のお玉と、油切り……は作ってもらわないと。
ランド職人長を呼ぼうと口を開けたらリボンくんに止められた。
「姫さま、私が呼んできますから」
あぶない、あぶない。また叱られるところだった。
お姫さまは大きな声で人を呼んではいけないのだ。
◇…◇…◇
ミキサーの刃になろうとしている魔導具は、なんと魔導武器として使われているものだった。
手裏剣のように投げて落ちずに回転し続けるシロモノらしい。魔導操作で方向をコントロールできるというからドローンも作れちゃうんじゃないの? 藁紙に描いておくか。
もうひとつ。
職人長のお弟子さんたちが緊張していた理由は、お姫さまに初めて会うから……だそうだ。
自分んとこの会長が王子さまなのに? お姫さまに夢見ちゃうの?
どうやらアルベール兄さまが私のことを「小さい、小さい」と言っているらしい。
そりゃ、子供ですから小さいです。アルベール兄さまに他意はないと思いますが、聞かされたお弟子さんたちの想像力は逞しかったのでしょう。小鳥のように可愛らしい女の子と思ってしまったようだ。
そんな彼らに伝わった追加情報は、ミネバ副会長からもたらされた「叱ると小さくなる」である。
想像していた女の子はますます小さくなった。
とんでもなく儚いお姫さま像が誕生した瞬間だった……と、ルベール兄さまが面白おかしく教えてくれた。
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