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1章 幼少期編 I

29.豆乳だよ

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朝食を食べた後、迎えに来てくれたのは久しぶりのリボンくん。

アルベール兄さまの従者見習いから正式な従者に昇進したのですって。おめでとう。
でも忙しくなってエスコートの回数が減っちゃったから、少し淋しかったよ。

そういうことで今日の私はご機嫌なのだ。

リボンくんに美味しいものを食べてもらいたいな~。作るのは私じゃないけど~。



☆…☆…☆…☆…☆



つるんの木皮の蒸し器がフル回転しているすぐ横では、ランド職人長が豆乳作りの手伝いで混合具をポコンポコン。
チギラ料理人は豆乳を入れた分離具をグルグル。
軽くあいさつを交わして、私とリボンくんは食堂にルンルンルン♪

んふふ~。今日は冷やし茶を持参したのだ。
料理長に『たくさん』とお願いしたら一番大きな水差しに入れて持たせてくれたのです。運んだのはリボンくんだけど。

ふたりでお茶を飲みつつおしゃべりしたいところだけど、離宮での雑談は禁止。
食堂に入ったらすぐにてるてる坊主にされて、藁紙とご対面だ。
あれもこれも描いて知識チートを炸裂させましょうぞ。


──しかし私は今、お父さまとお母さまを描いている。
だって『クレヨン』を作ってもらったのです。お絵かきしたくなっても仕方ないと思うのです。

ク~レヨンは~、ロウとオイルを溶かして混ぜて~、顔料を入れてマゼマゼマゼ~、型に入れて~冷ませば~固まって~♪

世の画家が絵の具に使っている顔料と、ファンデーションの素材収集ついでに集めてもらった新顔料と、まとめてシブメンに鑑定してもらって安心安全のクレヨンが出来上がった。
12色である。藁紙を厚めに漉いた画用紙とのセット販売の企画も進行中である。ルベール兄さまの監修である。

クレヨンはさておき、新しい色素材を集め、研究チームを作り、化粧品開発に力を入れているのはアルベール商会だ。

薬膳料理とともにお母さまが顔になって進めるはずであったが、専門知識が必要過ぎて匙を投げ、開発後の宣伝活動だけ約束してアルベール商会に丸投げされたのだ。

そんなアルベール商会も当初は研究資金だけ用意し、どこに丸投げしようか思案してたのだが、意外な集団から面会の申し込みがあった。

宮廷画家団と宮廷医師団である。

画家たちの目的は毒素の無い新しい絵の具である。
彼らのいう事には、顔料の素材を採集する独自の専門集団を持っているのだが、活動資金が常に不足していて維持が難しくなっているそうなのだ。
そこに新たな色素材を求めている王子の噂である。
半分泣きつく形で協力を申し出て来たのだ。新素材の色の特性の研究を無償で請け負うからと……
アルベール兄さまは即決した。ドンッと金を積み上げた。黒かった。横でお菓子を食べていた私は全部見ていた。

一方、医師たちの目的は化粧品で、そもそも肌乾燥を防ぐ植物オイル、白粉、口紅など、皮膚に塗る美容品を世に提供しているのは彼らなのである。
元は肌の炎症を抑える塗り薬から始まったもので、処方薬と同じ扱いなのだそうだ。
それならば異世界の日焼け止めやファンデーションに興味を持つのもうなづける。

彼らは、アルベール兄さまの横でチギラ巻きを食べている私を見て、こう言った。

「■■■、■■■…………■■■■……■■■……………………」

アルベール兄さまが子供用に訳してくれた。

「塗り薬を塗ると日焼けしないのはなぜか……と聞かれている。私が答えるぞ」

アルベール兄さまには、なんとな~く、それっぽ~く説明してある。

アルベール兄さまがそれを大人用に訳すとこうなる。

「ある種の半透明の石を粉状にしたものを使う。クリームに混ぜて肌に塗ると、その石粉が肌を焼く原因を跳ね返すそうだ。クリームとは油と水を手早く混ぜると固まる……生クリームのような……緩い軟膏のようなものだと理解してくれ」

こちらの素材も画家たちが抱える採取団に、色素材と一緒に探すよう依頼している。
日焼け止めの研究は素材が届いてからである……が、アルベール兄さまはドンッと金を積み上げた。
先の説明でちょっとふれた、保湿クリームの開発を依頼したのだ。

アルベール兄さまは計画を立てている。
保湿クリームの次は日焼け止めクリーム。ファンデーションの次はBBクリーム。
……そこまで作れば母上も満足するだろう、とため息交じりに言った声を、私はジュースを飲みながら聞いていた。


話を現在に戻して、クレヨンを得た私はお絵かきが楽しくて、はあまり進んでいないのが現状だ。

それであっても付添人の紳士たちは、そんな私を咎めたことはないのだ。
付添人は半分子守り。遊んでもらっていたことに私は大人になってから気づくのであった。

「ねぇ、リボンくん。シャーベットはもうたべた?」
「とても美味しく頂きましたよ。レベの……メレンゲの入ったものでした」
「わたくしも、きのうたべました。おいしかったですね~」

体ごと傾けての『ね~』に、照れながら付き合ってくれるリボンくん。
うはっ、尊くて鼻血出そう。

「きょうも、もしかしたら、おまめのなにかが、できあがってくるかもしれません。たのしみです」

取りかかるのは豆乳アイスクリームから。
黄ヤギの乳が不足気味なので、新しいお菓子は豆乳で試作することになったのだ。

チギラ料理人はその前段階の、豆乳生クリーム用の脂肪分を分離させている。
もう黄ヤギの生クリームで何かと心得ているだろうから私は黙って待機するのみ。分離具も魔導具に……はっ、そうだ。ミキサー描かなきゃ。忘れてた。


◇…◇…◇


豆乳生クリームも黄ヤギの乳と同じで脂肪分の多い部分を使う。
冷やした豆乳脂肪、砂糖、バニラビーンズを泡だて器で混ぜて完成です。
動物性の生クリームに比べて固まりはゆるめなので、飾り絞りには向いていないのが残念なところ。

クリーミーにならなかったら氷水で冷やしながらやってみましょう。
駄目なら油を少しずつ加えながら混ぜる。それでも駄目ならレモン汁を入れて混ぜる。これでトロリとならないことはないはずだ。

んで、ここで注目! バニラビーンズ!
図鑑を見て興奮していた私の様子から、ルベール兄さまが気を利かせて手配してくれていたのだ! もうもう大好き!

バニラはティストームの南方にひっそりと自生していて、花は多少観賞用にはなっていたそうだけど、香料としては使われていないものだった。
今回は磨り潰したものを使うけどバニラエッセンスも作りますよ。バニラエッセンスは黍酒に漬けて数か月待てば出来上がります。黍酒を足していけばいいので、ひと瓶が一生ものになるのではないでしょうか。

これにはアルベール兄さまが『独占市場!』と息巻いていたけど、お菓子の香りですよ? そうは売れないでしょう……と笑ったら、ミネバ副会長までもが鼻息荒く首を振った。

そうか。香りはお金になるのか。だったら『シナモン』は?

シナモンはセイロンニッケイの木の皮だ。
花のつぼみが特徴的で、葉が縦線3本だけなのを覚えている。前世で昔は薬だったと聞いているから薬草課にあるかもしれない。今度ワーナー先生に聞いてみよう。


◇…◇…◇


工房の方から金づちで叩く音が聞こえてきた。
内皮の次の段階に入ったのね。順調順調。

実のところ、紙の製作も待ちの状態なのだ。
もうランド職人長のほうが詳しくなっているから、次の私の出番は本格道具を作る時かな?

おっ、叩く音の数が増えた。
聞き耳を立てると畑人たちを呼んで手伝ってもらっているようだ。これは思ったより早く出来上がるのではなかろうか。

泡だて器の音も重複して聞こえてきた。
凄い凄い。アイスクリームも今日食べられそう?

リボンくんに、そっと口元を拭ぬぐわれた。
よだれ、垂れてた?



豆乳アイスクリームは、豆乳、甘液、卵黄を泡だて器で混ぜて網で濾し、バニラビーンズを加えて火にかける。とろみがついたら火からおろして、冷やして、豆乳生クリームを加えて冷凍庫へ。固まり切る前に一度かき混ぜると口当たりがよくなります。



「姫さま、お待たせしました『豆乳マヨネーズ』と『搾りかす盛り』を作りましょう」

チギラ料理人、搾りかすとはあんまりな。
確かにおからは搾りかすだけど。最近似たようなこと言われたな………あぁ、家畜甘液。

「きょうは、おてつだいのひとが、たくさんきているのですか?」

どうも畑人以外も来ている感じがする。

「ランド職人長の弟子たちが来てるんですよ。自分の方も手伝ってもらいました。あ、会長の許可は出てますんで……あの、外に出した方がいいですか?」

これから厨房に行く私に、気を遣っている様子。

「だいじょうぶですよ。わたくしは、ひとみしり、いたしません…… みなさん、ごきげんよう」

リボンくんと手をつないで、お姫さまの入場です。
びっくりしちゃうのはお弟子さんたちの方ではないかしら。おほほほほ。

いかんっ! てるてるのままだった!

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