40 / 184
1章 幼少期編 I
29.豆乳だよ
しおりを挟む朝食を食べた後、迎えに来てくれたのは久しぶりのリボンくん。
アルベール兄さまの従者見習いから正式な従者に昇進したのですって。おめでとう。
でも忙しくなってエスコートの回数が減っちゃったから、少し淋しかったよ。
そういうことで今日の私はご機嫌なのだ。
リボンくんに美味しいものを食べてもらいたいな~。作るのは私じゃないけど~。
☆…☆…☆…☆…☆
つるんの木皮の蒸し器がフル回転しているすぐ横では、ランド職人長が豆乳作りの手伝いで混合具をポコンポコン。
チギラ料理人は豆乳を入れた分離具をグルグル。
軽くあいさつを交わして、私とリボンくんは食堂にルンルンルン♪
んふふ~。今日は冷やし茶を持参したのだ。
料理長に『たくさん』とお願いしたら一番大きな水差しに入れて持たせてくれたのです。運んだのはリボンくんだけど。
ふたりでお茶を飲みつつおしゃべりしたいところだけど、離宮での雑談は禁止。
食堂に入ったらすぐにてるてる坊主にされて、藁紙とご対面だ。
あれもこれも描いて知識チートを炸裂させましょうぞ。
──しかし私は今、お父さまとお母さまを描いている。
だって『クレヨン』を作ってもらったのです。お絵かきしたくなっても仕方ないと思うのです。
ク~レヨンは~、ロウとオイルを溶かして混ぜて~、顔料を入れてマゼマゼマゼ~、型に入れて~冷ませば~固まって~♪
世の画家が絵の具に使っている顔料と、ファンデーションの素材収集ついでに集めてもらった新顔料と、まとめてシブメンに鑑定してもらって安心安全のクレヨンが出来上がった。
12色である。藁紙を厚めに漉いた画用紙とのセット販売の企画も進行中である。ルベール兄さまの監修である。
クレヨンはさておき、新しい色素材を集め、研究チームを作り、化粧品開発に力を入れているのはアルベール商会だ。
薬膳料理とともにお母さまが顔になって進めるはずであったが、専門知識が必要過ぎて匙を投げ、開発後の宣伝活動だけ約束してアルベール商会に丸投げされたのだ。
そんなアルベール商会も当初は研究資金だけ用意し、どこに丸投げしようか思案してたのだが、意外な集団から面会の申し込みがあった。
宮廷画家団と宮廷医師団である。
画家たちの目的は毒素の無い新しい絵の具である。
彼らのいう事には、顔料の素材を採集する独自の専門集団を持っているのだが、活動資金が常に不足していて維持が難しくなっているそうなのだ。
そこに新たな色素材を求めている王子の噂である。
半分泣きつく形で協力を申し出て来たのだ。新素材の色の特性の研究を無償で請け負うからと……
アルベール兄さまは即決した。ドンッと金を積み上げた。黒かった。横でお菓子を食べていた私は全部見ていた。
一方、医師たちの目的は化粧品で、そもそも肌乾燥を防ぐ植物オイル、白粉、口紅など、皮膚に塗る美容品を世に提供しているのは彼らなのである。
元は肌の炎症を抑える塗り薬から始まったもので、処方薬と同じ扱いなのだそうだ。
それならば異世界の日焼け止めやファンデーションに興味を持つのもうなづける。
彼らは、アルベール兄さまの横でチギラ巻きを食べている私を見て、こう言った。
「■■■、■■■…………■■■■……■■■……………………」
アルベール兄さまが子供用に訳してくれた。
「塗り薬を塗ると日焼けしないのはなぜか……と聞かれている。私が答えるぞ」
アルベール兄さまには、なんとな~く、それっぽ~く説明してある。
アルベール兄さまがそれを大人用に訳すとこうなる。
「ある種の半透明の石を粉状にしたものを使う。クリームに混ぜて肌に塗ると、その石粉が肌を焼く原因を跳ね返すそうだ。クリームとは油と水を手早く混ぜると固まる……生クリームのような……緩い軟膏のようなものだと理解してくれ」
こちらの素材も画家たちが抱える採取団に、色素材と一緒に探すよう依頼している。
日焼け止めの研究は素材が届いてからである……が、アルベール兄さまはドンッと金を積み上げた。
先の説明でちょっとふれた、保湿クリームの開発を依頼したのだ。
アルベール兄さまは計画を立てている。
保湿クリームの次は日焼け止めクリーム。ファンデーションの次はBBクリーム。
……そこまで作れば母上も満足するだろう、とため息交じりに言った声を、私はジュースを飲みながら聞いていた。
話を現在に戻して、クレヨンを得た私はお絵かきが楽しくて、お仕事はあまり進んでいないのが現状だ。
それであっても付添人の紳士たちは、そんな私を咎めたことはないのだ。
付添人は半分子守り。遊んでもらっていたことに私は大人になってから気づくのであった。
「ねぇ、リボンくん。シャーベットはもうたべた?」
「とても美味しく頂きましたよ。レベの……メレンゲの入ったものでした」
「わたくしも、きのうたべました。おいしかったですね~」
体ごと傾けての『ね~』に、照れながら付き合ってくれるリボンくん。
うはっ、尊くて鼻血出そう。
「きょうも、もしかしたら、おまめのなにかが、できあがってくるかもしれません。たのしみです」
取りかかるのは豆乳アイスクリームから。
黄ヤギの乳が不足気味なので、新しいお菓子は豆乳で試作することになったのだ。
チギラ料理人はその前段階の、豆乳生クリーム用の脂肪分を分離させている。
もう黄ヤギの生クリームで何かと心得ているだろうから私は黙って待機するのみ。分離具も魔導具に……はっ、そうだ。ミキサー描かなきゃ。忘れてた。
◇…◇…◇
豆乳生クリームも黄ヤギの乳と同じで脂肪分の多い部分を使う。
冷やした豆乳脂肪、砂糖、バニラビーンズを泡だて器で混ぜて完成です。
動物性の生クリームに比べて固まりはゆるめなので、飾り絞りには向いていないのが残念なところ。
クリーミーにならなかったら氷水で冷やしながらやってみましょう。
駄目なら油を少しずつ加えながら混ぜる。それでも駄目ならレモン汁を入れて混ぜる。これでトロリとならないことはないはずだ。
んで、ここで注目! バニラビーンズ!
図鑑を見て興奮していた私の様子から、ルベール兄さまが気を利かせて手配してくれていたのだ! もうもう大好き!
バニラはティストームの南方にひっそりと自生していて、花は多少観賞用にはなっていたそうだけど、香料としては使われていないものだった。
今回は磨り潰したものを使うけどバニラエッセンスも作りますよ。バニラエッセンスは黍酒に漬けて数か月待てば出来上がります。黍酒を足していけばいいので、ひと瓶が一生ものになるのではないでしょうか。
これにはアルベール兄さまが『独占市場!』と息巻いていたけど、お菓子の香りですよ? そうは売れないでしょう……と笑ったら、ミネバ副会長までもが鼻息荒く首を振った。
そうか。香りはお金になるのか。だったら『シナモン』は?
シナモンはセイロンニッケイの木の皮だ。
花のつぼみが特徴的で、葉が縦線3本だけなのを覚えている。前世で昔は薬だったと聞いているから薬草課にあるかもしれない。今度ワーナー先生に聞いてみよう。
◇…◇…◇
工房の方から金づちで叩く音が聞こえてきた。
内皮の次の段階に入ったのね。順調順調。
実のところ、紙の製作も待ちの状態なのだ。
もうランド職人長のほうが詳しくなっているから、次の私の出番は本格道具を作る時かな?
おっ、叩く音の数が増えた。
聞き耳を立てると畑人たちを呼んで手伝ってもらっているようだ。これは思ったより早く出来上がるのではなかろうか。
泡だて器の音も重複して聞こえてきた。
凄い凄い。アイスクリームも今日食べられそう?
リボンくんに、そっと口元を拭ぬぐわれた。
よだれ、垂れてた?
豆乳アイスクリームは、豆乳、甘液、卵黄を泡だて器で混ぜて網で濾し、バニラビーンズを加えて火にかける。とろみがついたら火からおろして、冷やして、豆乳生クリームを加えて冷凍庫へ。固まり切る前に一度かき混ぜると口当たりがよくなります。
「姫さま、お待たせしました『豆乳マヨネーズ』と『搾りかす盛り』を作りましょう」
チギラ料理人、搾りかすとはあんまりな。
確かにおからは搾りかすだけど。最近似たようなこと言われたな………あぁ、家畜甘液。
「きょうは、おてつだいのひとが、たくさんきているのですか?」
どうも畑人以外も来ている感じがする。
「ランド職人長の弟子たちが来てるんですよ。自分の方も手伝ってもらいました。あ、会長の許可は出てますんで……あの、外に出した方がいいですか?」
これから厨房に行く私に、気を遣っている様子。
「だいじょうぶですよ。わたくしは、ひとみしり、いたしません…… みなさん、ごきげんよう」
リボンくんと手をつないで、お姫さまの入場です。
びっくりしちゃうのはお弟子さんたちの方ではないかしら。おほほほほ。
いかんっ! てるてるのままだった!
160
お気に入りに追加
1,798
あなたにおすすめの小説
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
転生した愛し子は幸せを知る
ひつ
ファンタジー
宮月 華(みやつき はな) は死んだ。華は死に間際に「誰でもいいから私を愛して欲しかったな…」と願った。
次の瞬間、華は白い空間に!!すると、目の前に男の人(?)が現れ、「新たな世界で愛される幸せを知って欲しい!」と新たな名を貰い、過保護な神(パパ)にスキルやアイテムを貰って旅立つことに!
転生した女の子が周りから愛され、幸せになるお話です。
結構ご都合主義です。作者は語彙力ないです。
第13回ファンタジー大賞 176位
第14回ファンタジー大賞 76位
第15回ファンタジー大賞 70位
ありがとうございます(●´ω`●)
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる