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第九章 恋に先立つ失恋

第二話 影なびく花

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翌日の朝。一冴が食堂へゆく途中のことである。

二階から降りてくる蘭と顔を合わせた。

隣には彩芽もいる。

蘭は頭に白いショーツをかぶっていた。

「おはやうございます――いちごさん。」

やや低くも軽やかな声と、元伯爵家の気品を感じさせる優雅な動き。頭にかぶったショーツには小さなふりふりがつき、ほんのりと花柄が透けている――まるで、破れた障子に貼った花柄の和紙が午後の陽光に浮かび上がっているように。

蘭を前にして、一冴は目を離せなくなった。いつも通りの姿なのに、蘭という存在がなぜか今日は際立っている。

「お――おはようございます。」

返事をすると同時に劣等感を覚えた。

蘭を前にすれば、自分は少女の出来損ないでしかない。

「さあ、食堂へ参りませう。朝は短いのですのよ。」

栗色の髪を朝陽の中に燦と輝かせ、ゆっくりと蘭は食堂へ向かう。

背後から見た蘭の頭は、まるで尻のようであった。

蘭の姿は、食堂でも注目を集めていた。寮生の全てが、その優雅なたたずまいに羨望のまなざしを送っている。先日までの蘭とは何かが違う――しかし何が違うのか、誰にも分からないのだ。

やがて、菊花が現れた。

普段は蘭を敬遠している菊花でさえも、不思議そうなまなざしを向けた。

しかし、やがてそっとささやく。

「蘭先輩、パンツかぶってない?」

言われてみて、一冴は初めて気づいた。

あまりに動作が優雅すぎて気づかなかったのだが――蘭はショーツをかぶっているではないか。

食事が終わり、蘭はトレーを返却口へ返す。

朝美が近づいて来たのはそのときだ。

「あの――鈴宮さん? 頭に、パンツをかぶってません?」

言われ、蘭は小首をかしげる。

そして、頭へと手をやり、何かに気づいた顔となった。

「ごめん遊ばせ。」

それだけ言うと、自分の部屋へ向けて颯爽と帰っていった。
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