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第二章 男の娘と百合の園
第十二話 いちごちゃんが好きなもの
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男だとバレる危険性は、身体検査では全くなかった。何しろ、全て着衣で行なわれたのだ。聴診器も服の上から当てられた――思春期の女子への配慮である。
ただし、放課後になるまで、菊花は一冴と口を利いてくれなかった。
放課後になり、菊花と共に文藝部室へと向かう。
部室に着いたものの、扉には鍵がかかっていた。
少しして蓮が現れる。
「来たんだ。」
蓮は鍵を開けた。
部室に這入り、本棚のフックに鍵をかける。
「部室の鍵、職員室に這入ってすぐ左側にかかってる。来る前に確認したらいい。文藝部室の鍵があったら持って来て。先生に許可をもらえば大丈夫。」
「分かりました。」「ありがとうございます。」
やがて三年の二人――れんげと早月が現れる。
「来てくれたんだ」と早月は言う。「入部は決まった?」
はいと同時に答えた。
バッグから入部届を取り出し、早月に提出する。
「これで二人とも部員だね。」
入部完了を耳にし、れんげが立ち上がる。
「それじゃあ、二人とも、ちょっとこっち来て。」
流し台へ案内される。
棚を開けると、どさどさと菓子が流れ出た。
「ここにはお菓子が沢山あるの。好きに取ったらいいよ。私が常に買い溜めてるから。」
それから、流し台の使い方や紅茶の淹れ方を教えられた。
実際に紅茶を淹れる。蒸らしている途中、テーブルにカップを竝べたり、クッキーを出したりするよう言われる。二人がそれを終えたあと、れんげが紅茶を注いだ。
席に着くと、早月が口を開いた。
「じゃー、正式に入部したわけだから、何を書くか決めてもらおうか。少なくとも、今月中にはプロットを作って提出してもらうし。」
――やはりそうなるか。
期待に満ちた顔で、れんげは問う。
「部誌は読んでくれたかしら?」
菊花が答えた。
「ひとまず、去年の秋季誌を半分まで――。れんげ先輩の『乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど元から私の性格が「あそこまで」悪かった件』も拝読しました。」
「わあ、うれしい。面白かったかな?」
「難しくてよく分かりませんでした。」
そっか、と言い、れんげは肩を落とす。
菊花が余計なことを言わないうちに一冴も答える。
「私は、蘭先輩の『戀に先立つ失戀』を通して読みました。あと、早月先輩の『眼球風船破裂寸前』を。」
「おう、そりゃどうも! どうだった?」
「気ぃ失いかけましたよ。」
『眼球風船破裂寸前』を読んでいる最中、一冴は軽くめまいがしていた。採血のとき、注射器に充ちてゆく自分の血を見たような気分だ。
「そっか。これでも抑えたのにな――少なくとも伊藤潤二レヴェルには。――『激痛慟哭拷問地獄』の方は日野日出志を軽く超えちゃったけど。」
カップに口をつけようとして、れんげは固まる。ポットから離れた紅茶は、人の体温に近づきつつあった。
菊花は首をかしげる。
「でも、プロットなんてどうやって作るんですか?」
「まずは、自分の好きなものを見つけることだね。」
「好きなもの?」
「うん。自分が好きなものについては、誰もがよく喋るでしょ? 逆に、嫌いなものを書くのは禁物。世の中には、大嫌いな異世界転生を苦しんで書いて時間を空費した千石杏香って莫迦もいるしね。」
「うわあ――そりゃ莫迦ですねえ。」
一冴は眉をひそめる。『激痛慟哭拷問地獄』だの『人面瘡感染症』だの『眼球風船破裂寸前』だのを書いた早月は何が好きなのだろう。
「とりあえず、二人が好きなジャンルは何なのかな?」
私はミステリーです――と菊花は応える。
「横溝正史とか東野圭吾とか好きですよ。」
「ミステリーかあ。――書いてみたい?」
「はい、是非とも。」
れんげは少し心配そうに問う。
「でも、トリックなんて思いつけるの?」
「日常の謎なら思いつけると思います。」
「できるんだ! すごーい。」
「いちごちゃんは?」
「わ――私は。」
特定のジャンルに一冴はこだわらない。強いて言えば、ライトノベルをよく読む。
だが、好きな作品の名前を口にしかけ、思い留まった――あまり女子らしくなかったからだ。
――できるだけ女の子らしくすべきなんだ。
代わりに、無難な作家の名前を口にする。
「綿矢りささんとか桜庭一樹さんとかが好きですけど。『蹴りたい背中』とか。」
「なるほどね――。ともかく、好きなものを探すんだよ。そこから、書きたいものを見つけてゆくの。」
一冴は考え込む。
自分が好きなものは何だろう。
第二次世界大戦で活躍した戦鬪機・戦車。アニメや漫画。一部の主題歌・動画サイトで活躍する綺麗な声の歌い手・ボーカロイドに歌わせた様々な国の軍歌――受験勉強の最中は、それらをずっと聴き続けていた。
――男らしいものばかりだ。
書くならば、女性らしい小説を書かなければならない。
しかし、何を書けばいいのか。
趣味と言えるものはあまりない。むしろ女装が趣味だったほどだ。
にやにやと菊花は笑う。
「いちごちゃんが好きなものっていったら、だいふくねこじゃない?」
「うん――まあ。確かに好きだけど。」
『だいふくねこ』は子供向けの人形アニメだ。今、老若男女を問わずブームとなっている。
――周りの女の子、みんな観てるよ?
――あんたも話を合わせるために観た方がいいんじゃない?
菊花からそう言われたため、一冴も観はじめた。最初は軽く見てかかっていたのだが、どういうわけか嵌っている自分がいる。
「ただ、あれと同じものを作れるかって言われると――」
れんげが軽く笑う。
「シュールすぎるよね。脚本家の頭おかしい。」
菊花は首をかしげる。
「れんげ先輩が言いますか?」
ふっと、一冴は気づく。
自分が好きな者は蘭だ。
そして、蘭の小説を読んでいるとき、異様な胸の高鳴りを感じた。男性の全く入らない恋愛の世界――それと同じものを書きたいという気持ちが湧いてきた。
「――蘭先輩と同じものを書いてみたいです。」
早月は目をまたたかせた。
「つまりは――百合?」
一冴は少し後悔する。今の自分は女子なのだ。
「まあ――そうなるかもしれませんが。」
「けれど、何か題材あるの?」
「ないこともないですけど。」
「へえ。」
そして、ふっと一冴は気にかかった。
「そういえば、蘭先輩、遅いですね。『戀に先立つ失戀』の感想を伝えたかったんですが。」
「ああ。蘭は生徒会の仕事があるから、あんま来られないの。火曜日や金曜日によく来るけどね。」
そうですかと言い、一冴は視線を落とした。
ただし、放課後になるまで、菊花は一冴と口を利いてくれなかった。
放課後になり、菊花と共に文藝部室へと向かう。
部室に着いたものの、扉には鍵がかかっていた。
少しして蓮が現れる。
「来たんだ。」
蓮は鍵を開けた。
部室に這入り、本棚のフックに鍵をかける。
「部室の鍵、職員室に這入ってすぐ左側にかかってる。来る前に確認したらいい。文藝部室の鍵があったら持って来て。先生に許可をもらえば大丈夫。」
「分かりました。」「ありがとうございます。」
やがて三年の二人――れんげと早月が現れる。
「来てくれたんだ」と早月は言う。「入部は決まった?」
はいと同時に答えた。
バッグから入部届を取り出し、早月に提出する。
「これで二人とも部員だね。」
入部完了を耳にし、れんげが立ち上がる。
「それじゃあ、二人とも、ちょっとこっち来て。」
流し台へ案内される。
棚を開けると、どさどさと菓子が流れ出た。
「ここにはお菓子が沢山あるの。好きに取ったらいいよ。私が常に買い溜めてるから。」
それから、流し台の使い方や紅茶の淹れ方を教えられた。
実際に紅茶を淹れる。蒸らしている途中、テーブルにカップを竝べたり、クッキーを出したりするよう言われる。二人がそれを終えたあと、れんげが紅茶を注いだ。
席に着くと、早月が口を開いた。
「じゃー、正式に入部したわけだから、何を書くか決めてもらおうか。少なくとも、今月中にはプロットを作って提出してもらうし。」
――やはりそうなるか。
期待に満ちた顔で、れんげは問う。
「部誌は読んでくれたかしら?」
菊花が答えた。
「ひとまず、去年の秋季誌を半分まで――。れんげ先輩の『乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど元から私の性格が「あそこまで」悪かった件』も拝読しました。」
「わあ、うれしい。面白かったかな?」
「難しくてよく分かりませんでした。」
そっか、と言い、れんげは肩を落とす。
菊花が余計なことを言わないうちに一冴も答える。
「私は、蘭先輩の『戀に先立つ失戀』を通して読みました。あと、早月先輩の『眼球風船破裂寸前』を。」
「おう、そりゃどうも! どうだった?」
「気ぃ失いかけましたよ。」
『眼球風船破裂寸前』を読んでいる最中、一冴は軽くめまいがしていた。採血のとき、注射器に充ちてゆく自分の血を見たような気分だ。
「そっか。これでも抑えたのにな――少なくとも伊藤潤二レヴェルには。――『激痛慟哭拷問地獄』の方は日野日出志を軽く超えちゃったけど。」
カップに口をつけようとして、れんげは固まる。ポットから離れた紅茶は、人の体温に近づきつつあった。
菊花は首をかしげる。
「でも、プロットなんてどうやって作るんですか?」
「まずは、自分の好きなものを見つけることだね。」
「好きなもの?」
「うん。自分が好きなものについては、誰もがよく喋るでしょ? 逆に、嫌いなものを書くのは禁物。世の中には、大嫌いな異世界転生を苦しんで書いて時間を空費した千石杏香って莫迦もいるしね。」
「うわあ――そりゃ莫迦ですねえ。」
一冴は眉をひそめる。『激痛慟哭拷問地獄』だの『人面瘡感染症』だの『眼球風船破裂寸前』だのを書いた早月は何が好きなのだろう。
「とりあえず、二人が好きなジャンルは何なのかな?」
私はミステリーです――と菊花は応える。
「横溝正史とか東野圭吾とか好きですよ。」
「ミステリーかあ。――書いてみたい?」
「はい、是非とも。」
れんげは少し心配そうに問う。
「でも、トリックなんて思いつけるの?」
「日常の謎なら思いつけると思います。」
「できるんだ! すごーい。」
「いちごちゃんは?」
「わ――私は。」
特定のジャンルに一冴はこだわらない。強いて言えば、ライトノベルをよく読む。
だが、好きな作品の名前を口にしかけ、思い留まった――あまり女子らしくなかったからだ。
――できるだけ女の子らしくすべきなんだ。
代わりに、無難な作家の名前を口にする。
「綿矢りささんとか桜庭一樹さんとかが好きですけど。『蹴りたい背中』とか。」
「なるほどね――。ともかく、好きなものを探すんだよ。そこから、書きたいものを見つけてゆくの。」
一冴は考え込む。
自分が好きなものは何だろう。
第二次世界大戦で活躍した戦鬪機・戦車。アニメや漫画。一部の主題歌・動画サイトで活躍する綺麗な声の歌い手・ボーカロイドに歌わせた様々な国の軍歌――受験勉強の最中は、それらをずっと聴き続けていた。
――男らしいものばかりだ。
書くならば、女性らしい小説を書かなければならない。
しかし、何を書けばいいのか。
趣味と言えるものはあまりない。むしろ女装が趣味だったほどだ。
にやにやと菊花は笑う。
「いちごちゃんが好きなものっていったら、だいふくねこじゃない?」
「うん――まあ。確かに好きだけど。」
『だいふくねこ』は子供向けの人形アニメだ。今、老若男女を問わずブームとなっている。
――周りの女の子、みんな観てるよ?
――あんたも話を合わせるために観た方がいいんじゃない?
菊花からそう言われたため、一冴も観はじめた。最初は軽く見てかかっていたのだが、どういうわけか嵌っている自分がいる。
「ただ、あれと同じものを作れるかって言われると――」
れんげが軽く笑う。
「シュールすぎるよね。脚本家の頭おかしい。」
菊花は首をかしげる。
「れんげ先輩が言いますか?」
ふっと、一冴は気づく。
自分が好きな者は蘭だ。
そして、蘭の小説を読んでいるとき、異様な胸の高鳴りを感じた。男性の全く入らない恋愛の世界――それと同じものを書きたいという気持ちが湧いてきた。
「――蘭先輩と同じものを書いてみたいです。」
早月は目をまたたかせた。
「つまりは――百合?」
一冴は少し後悔する。今の自分は女子なのだ。
「まあ――そうなるかもしれませんが。」
「けれど、何か題材あるの?」
「ないこともないですけど。」
「へえ。」
そして、ふっと一冴は気にかかった。
「そういえば、蘭先輩、遅いですね。『戀に先立つ失戀』の感想を伝えたかったんですが。」
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