オープンシーズン ~妖精姫は今日も預かりの騎士にいたずらを仕掛ける~

アルカ

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本編

13 収穫祭② 後編

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「やっと話が出来ますね」
 踊りの輪が動き出して、ダンスがはじまる。
 先手をとって口を開いたのはランバルト。

「まあ。今まで私が避けてたみたいな言い方」
「違うんですか?」
「祭りの前で忙しかったの。それに今晩だってランバルトが目立たないから、目の前に来るまで気づかなかっただけよ」

 みえみえの強がりだ。
 本当は祭りの間中、気がつくとレティレナは背の高い黒髪の騎士を見ていた。その度視線をはがすのに苦労した。

「……変なの」
 ランバルトの肩口に向かって、思わず本音を呟く。
 顔を上げなければランバルトとの身長差で視線は交わらない。だからレティレナはずっと、肩辺りを見つめながら踊っている。
 それでもいざ踊り出してしまうと、一年のブランクも、仲違いも飛び越して、吃驚するほどしっくりとくる。ステップには何の影響もない。

「踊り続けて五年ですから」
 ランバルトが苦笑いで応じて、彼女をくるりと回転させる。
 ターンの時の息もしっかりと合う。彼が相手なら、目を瞑っていてもきっと踊れる。最初の数年はヒールを履くようになっても、手ほどきを受ける子供のたどたどしさがどうしても抜けなかった。
 けれど今は――互いの身体が誂えたようにぴったりとくる。

 兄達や従兄とも同じくらい踊ってるのに。こんな風に、一つの独楽のように綺麗には回れない。

 身体がポカポカしてきて、気分もだいぶ上向いてきた。
 さっきまでしきりに主張していた胸の痛みが、ランバルトの手を取った途端、どこかに飛んでいる。
 楽しさに引っ張られて感情が左右されるのは、レティレナの幼さの証拠。それでも仲違いする前に戻ったような雰囲気に、何も変わっていないのじゃないかと錯覚する。

 周りは騒がしくて、音楽は間近に聞こえる。混ざった喧噪にくるくる回りながら、二人で溶けてしまいそう。
 ――このままうやむやに、喧嘩も溶けてしまわないかな。

 顔と身体が自然に寄る。互いの服越しに体温が伝わる気がした。きっと松明が放つ熱のせいに違いない。
 近すぎる距離にどぎまぎしながら顔を上げると、すぐさま灰色の瞳に視線をばちりと囚われる。
 踊っている最中から、強い視線を感じていた。ランバルトは目を合わせるのを待っていたのだ。
 きっとまたお説教がはじまる。そんなのって、ない。
 だから今度はレティレナが先に口を開く。

「いくらお説教したって、あの時のことは謝まらないんだから」
 勝利するには先制攻撃と決まっている。
 びしっと言い切ってみた。

「おや、強気ですね」
 ランバルトの片眉が面白そうに跳ね上がった。どうやら今晩は、レティレナの言い分を聞く余裕があるらしい。
 そのいつもの調子にほっとするけれど、同時に調子が戻ったランバルトの姿が面白くない。

「だって悪戯じゃないんだもの。悪戯と決めつけられるなんて、不愉快よ」
 意図していないのに悪戯と取られるなんて心外だ。迷惑がられているとしても、それとこれとは別。
 ランバルトへの悪戯には、いつも気合を入れて身体を張り、全力で取り組んでいる。
 ここはきっちりと主張したい。レティレナの悪戯美学だ。
 顎をあげて言い放つと、ランバルトは目を細めた。

「突然の口づけが悪戯じゃないなら、何だって言うんです」
「そのくらいご自分で察したらいかがかしら。女性の気持ちにはお詳しいんでしょう。淑女に大人気の騎士様ですもの」
「何のことです?」
 まるで本当に心当たりがないように聞き返されて、イラッとする。ついさっきまであんなにたくさんの女性と、軽やかに踊っていたじゃないか。

「ランバルトが踊ったご婦人全員・・に返していた手の甲へのキスより、ずっといけないことだとでも言うの? そっちの方がよっぽど――」
 破廉恥だと言いそうになって、口を閉じる。

「全員でしたか?」
 大の男が首を傾げたって、可愛くなんかない。

「全員よ。この間曾孫が生まれたバリシャー夫人にだってキスしてたじゃない」
 騎士が淑女の手の甲に口づけたって、別に破廉恥とは言わない。
 レティレナのキスだってもちろん違う。
 親愛のあかしなのだから。

「祭りの間、ずっと俺を見てたのですか」
「見てない。あなたなんて目立たないから気づかなかったもの」
「なるほど」

 頬に熱が上るのを自覚して、レティレナの目が潤む。
 悔しい。淑女の仮面はとっくにどこかに転がっていってしまった。
 しかもランバルトは笑いを堪えている。
 屈辱的である。
 何故こんなにも、レティレナは子犬のようにキャンキャンとランバルト相手に吠えているのか。
 最初は仲直りをするつもりだったのに。
 結局、気持ちは暴走していつも口からとんでもない形になって溢れる。喧嘩腰の言葉は、十歳の頃と変わらないときっと呆れられているだろう。

 レティレナは口を噤んだ。
 ランバルトは灰色の瞳にじっとレティレナと松明を映して、面白そうに黙ったまま。
 中途半端な言葉の続きを待っているのだろう。
 ダンスの音楽と祭りの声は混ざって煩いくらいなのに、彼一人の沈黙がレティレナの鼓動を早める。

 耐えられずに口を開いたのは、やっぱりレティレナの方。祭りを彩る炎と暗闇は、五年前と同じく彼女を素直にさせる不思議な魔法。

「元気付けたかったの。だって兄様たちは喜んでくれたし。……それってそんなに悪いこと?」

 これじゃあ本当に言い訳だと、言ってから激しく後悔する。いつもの悪い癖で唇を噛もうとして――ここが公衆の面前であると思い出して引き結ぶに留めた。

「悪くなんてありません。けれど悪戯じゃないのなら、余計に止めなければ。レティレナ姫はこれから社交の場で踊った相手すべてに頬への口づけを返すのですか」
「そんなことするはずないじゃない! ランバルトだからよっ」
 つい大声を出してしまう。

「悪戯じゃないのにですか」
「悪戯じゃないのも、悪戯も、ランバルトだからだもの」
「俺だから。……じゃああんなことするのは俺だけ」

 レティレナは、ぷいと視線を逸らすことで肯定した。
 大きく息を吸ったきり、ランバルトはそのまま黙った。

 今度の沈黙は苦しくならない。
 何故かランバルトが余裕を失ったから。さっきみたいに面白がってレティレナを観察する雰囲気じゃない。
 ダンスに集中したように見えて、実は全然集中してない。
 だってステップを二回も間違えた。

 今まで一回だって間違えたことのない男が。

 戻した彼女の視線は、彼と交わらない。
 逸らされてる。さっきまでのレティレナのよう。
 ランバルトの方が動揺している。
 きっと彼女の言葉に。
 いつだって上手で大人で敵わないと思わせるランバルトが。

 唐突に、この場の主導権が移った。ランバルトからレティレナへ。理由は説明できなくても、彼女の本能がそれを感じ取る。

「ふふっ……」
 口からは勝手に笑いが漏れた。
 とっても楽しい。だいぶ前に振舞われた酒が効いてきたのだろうか。
 今こそランバルトの頬にキスを送りたい気分だ。
 それは悪戯だけど悪戯じゃない。

「私の勝ちね」囁くようにそう言えば。
「別に勝負なんてしてなかったでしょう」と、ランバルトの声。
 いつものやり取りが嬉しい。

「でも。そうですね、俺の負けです。やっとこうして目を合わせて笑い合える……良かった」

 良かったというランバルトの低い声の響きに。
 もう一度囚われた視線に。
 胸の中心から震えが広がった。
 溜息のような低い声が心の中をかき混ぜて、落ち着かない気分にさせる。
 一瞬踊っていた事が抜け落ちて、足が止まってしまった。慌ててステップを再開したけれど、途端に上げられた口角と、おあいこだとでもいう楽しそうなランバルトの瞳。彼女の頬にまた熱が集まる。
 レティレナは焦って早口でまくしたてた。
 そうしないと何か別のことを――言いたくないのに伝えたいことを口走ってしまいそうで。

「じゃあ今度があっても、もう怒らないでね」
「いえそれは」
 眉を寄せた姿に隙なんて与えてやるものか。

「だって膝の上に乗っても怒らないのに、おかしいじゃない。悪戯は叱らないのに、悪戯じゃないことでお説教なんて理不尽だわ」
「膝に乗るのももう……いえ。俺はいいです。我慢すればいいだけだ。でも、他の人にやっては駄目です。これは譲れません」

 我慢という言葉が、なんだかぐさりときたけれど。どうして嬉しくて楽しい気分なのに、同時に落ち込んでるかなんてわからない。わからないから混ぜっ返しておく。

「兄様達は? モスは駄目?」
「それは他人じゃないでしょう。ふざけてます?」

 そもそも他の人になんてする気はないのに。
 もっとからかってみたかったけれど、ランバルトの目が思いのほか真剣だったから。

「いいわ。でもランバルトだって、次はがみがみ怒ったら駄目よ」

 目を細めて笑うと、ランバルトの頬が引きつった。

「やっぱり次があるんですか……」
「さあどうかしら」

 そう笑って、近づいていた身体を半歩離していつものダンスに戻った。

 これまでのレティレナだったら、許可ももらえたことだしと、嬉々としてからかう材料の一つにする。
 けれどもう、実際にはそんなこと軽々には手を出せない。
 今はそうじゃなくても、次は嫌われるかもしれない。
 気づいてしまったから。
 存在だけでも迷惑をかけていると知ってから、本気で彼に嫌われるのが怖いのだと。


 ランバルトのことが嫌いじゃないどころか、たぶんきっと――。

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