オープンシーズン ~妖精姫は今日も預かりの騎士にいたずらを仕掛ける~

アルカ

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本編

18 天使と人形

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 丘に向かう途中、今にも泣き出しそうな空模様を見て、レティレナとタンジェ、フローレンスの三人はピクニックを諦め、馬車で一回りして城に帰るルートに変更した。

 馬車の中は話題に事欠かず、終始お喋りの花が咲いていた。
 王都で流行っている舞台の話題。今流行している悲劇ばかりの演目と、時世の関係。バストーヴァにやってくる旅の一座の起源に関する考察。タンジェの軽やかな語り口と、フローレンスの造詣の深さ。二人とも、レティレナが分かりやすいように解説もしてくれる。

 フローレンスとの会話は楽しかった。
 わずかな時間で、タンジェと同じように彼女の友人になれたような心地がするくらいに。
 成人して王都を訪れたら、フローレンスとタンジェと一緒に劇場に行く約束だってした。
 レティレナは、城に戻ったらフローレンスを引き留めて、明日の誕生日まで滞在してくれないか、一緒にこのまま城でお茶をしないかと、誘うつもりでいる。そうしたらきっと、彼女の隣に上手く座れなかったタンジェだって、勇気を出してフローレンスをダンスに誘えるかもしれない。

 話にすっかり夢中になって、景色にはあまり目を向けてはいなかった。

 知っている道とは違う気がしたけれど、そもそも馬車の道をレティレナはほとんど知らない。裏門からの道なんて余計に。
 ランバルトや兄に同行させてもらうときには、馬で通える道を使う。過保護すぎると思うけれど、兄達もランバルトも年頃に成長したレティレナを、外にはあまり出してくれないのだ。
 城下だって、髪を結うようになってからは殆ど訪れることが出来なくなった。裏の森を遊び場にしたのは、そんな事情もあった。
 知っている景色が見えてこないのは、そのせいかと思っていた。
 けれど、さすがにもうそろそろ城に到着してもいい頃合い。
 暗い窓の外の曇天も、更に暗く夕方へと傾き始めてる。
 タンジェの言うとおり、フローレンスと話していると日があっという間に傾いてしまうわねと納得しながらも、心の中で首をひねる。

 ――この道は、本当に城に続いているのかしら。

 馬車の揺れと多弁なタンジェの声。居心地は良いはずだった。
 そのはずなのに、レティレナの中の漠然とした違和感が、ときどき本能をかすめてざわつく。それが澱のように積み重なって募る。

 隣でタンジェがフローレンスとの出会い、彼女の境遇を熱心に語っている。
 話の主役フローレンスはずっと微笑みながらも、絶妙なタイミングでレティレナに話題を振る。
 その手腕は見事だ。しっかりとレティレナを観察している。

 そんなやり方を、どこかで経験した気がする。
 気はするけれど、それが何時なのか思い出せない。

「フローは親族達に妻である権利を巻き上げられてしまったんだ。酷いだろう。それでも母国に戻ってきて、今では小さな劇場を所有しているんだよ。すごいと思わない?」

「ええ、本当に」

 ――それが真実なら。

 冷静に考えると、フローレンスの出自は物語じみていた。
 まるで、彼らがさっき盛んに話題にしていた演目のように。
 後ろ盾のない妙齢の女性が、経営を行い財を成すなんて、余程の才覚と運に恵まれても難しい。
 強力な援助者パトロンを持つか。
 それとも。

「ねえレティ、フローに会って聞いてみたいことがあるって言ってなかった? 聞かなくていいの」
 タンジェが思い出したように話を振る。

わたくしに? 何でもおっしゃってください」
 フローレンスが扇を開いて口元を隠す。その動作は相変わらず隙もなく美しい。

「それではお言葉に甘えて。どうして成人した途端、未婚だと外出もままならなくなるのに、結婚をすれば全てが許されるのかしら? そういうしきたりとだけ言われて、叔母様も教育係も、誰も納得する理由を教えてくれないの」

「いや、だってそれは」
 隣のタンジェが慌て出す。

「まあまあ! ふっ……うふふふっ!」
 フローレンスが声を上げて笑う。とても喜色の滲んだ笑い方だった。
 さっきまでの淑女然とした、それでいて親しみやすい姉のような姿とは違う。
 レティレナは、何かいけない場所に踏み込んでしまったのだろうか。自然と肩が強張る。

「フロー?」
 タンジェが訝しみ声をかける。

「――ああ、本当に。レティレナ姫は無垢な天使でいらっしゃるのね。最近の王都では、嫁ぐ前に火遊びを覚える令嬢だって少なくはないのに」

「火遊び、ですか?」
 首を傾げるレティレナに、フローレンスが優しい声で続ける。

「レティレナ姫には関わりのない、下劣な遊びですわ。タンジェ様から随分とお転婆だと伺っていたので心配していましたけれど。やっぱり貴女は出会った時のとおりの天使ね。安心なさって? これから、私がすべて貴女に教えて差し上げますから」

 その声はまるで酔ったように甘く、艶を漂わせていた。
 言うと同時に、フローレンスは車内の紐を引く。御者への合図。
 すぐさま馬車が止められ、扉が開かれる。
 職務には不似合いなほど鍛えられた御者の男が、無言でタンジェの腕を掴んだ。

「え! うわっ。フロー?」
「殿方の耳にこれ以上お入れするには、少し障りがありますもの。わたくしがレティレナ姫と二人きりでお話しいたします。タンジェ様は、少し外してくださらないかしら」

 御者とタンジェが揉みあう扉の隙間から見える景色は、レティレナの見慣れたものではなかった。違和感を切り出せないうちに、どのくらい城から離れてしまったのだろう。

「タンジェ」
「レティッ!」

 伸ばしたレティレナの腕は、空を切る。
 フローレンスがレティレナの腹に腕を回し、彼女の身体を車内に引き込んだのだ。一瞬の浮遊感と重力を感じてのち、フローレンスの膝上に抱え込まれた。容赦のない強引なやり様に、本能的な危機感と寒気が襲う。

「離してください。今から城に戻れば、タンジェと私への無礼は不問にします」
 背中越しに精一杯の威厳を持って睨みつけると、フローレンスのベール越しの瞳が愉快そうに細まった。

「ふふ、嘘ばっかり。もう随分城から離れました。掌中の玉を奪われて、バストーヴァの領主が不問になどするわけがないではありませんか。いくら伝手を頼っても、いくらお金をばら撒いても、辿り着けるのはサリデ卿どまりという過保護ぶりですもの。その肝心のサリデ卿も、意外に頑固で困りました。ご子息相手に三文芝居を打つ羽目になってしまったわ。本当に、貴女は手に入れ甲斐のある天使ね、レティレナ姫」

 ハスキーな声で、フローレンスが歌うように饒舌に告げる。

「フロー? さっきから何を言ってるんだよ。三文芝居って」

「もちろんタンジェ様、貴方との出会いからの全てについて、ですわ」

「劇場の壁際の廊下で偶然ぶつかったのは」

「なかなかいらっしゃらないので、その前にお一人間違えてぶつかってしまいました」フローレンスがころころと笑う。

「どこの夜会でも会ったことがないのは、外国から戻ったばかりだからと君は言ったよね」

わたくし、実はこの国から出たことはありません。大型客船というものに、一度は乗ってみたいのですけれど」

「夫に先立たれた寡婦だというのも」

「そもそも結婚をしておりませんもの。亡くしようがありませんわね」

「じゃあ、フローレンス・フェザーというのは」

「素敵でしょう? フェザーなんて、天使を手に入れるにはぴったりの名だと思いません? 以前適当につけたのですが、きっと運命なのでしょうね」

 質問する度に色を無くし、膝折れ、今にもぐずぐずに崩れてしまいそうなタンジェ。かたやフローレンスは淑女の笑みを絶やさない。

「僕の脚本を面白いと言って読んでくれたのも、時が経つのも忘れて舞台の話をしたのも、あれも全部嘘だと言うの」

「早く扉を閉めて。縛って後ろに乗せておきなさい」

 タンジェの最後の問いにフローレンスは答えず、溜息を吐くと御者に声をかける。
 泣きそうなタンジェの気持ちを代弁するように、ポツポツと地面には大粒の雨が落ち始めた。
 そんな彼とレティレナを遮るように、馬車の扉は無情に音を立てて閉じられる。

「タンジェ? タンジェってば!」

 扉に向かって叫ぶレティレナの耳元に、フローレンスが唇を寄せる。

「しぃっ。大人しくしてください。あんまり大げさに暴れると、不本意ですが、タンジェ様の扱いが少し乱暴になります」

 耳元に寄せられた吐息に、寒気が走る。
 近すぎる距離が気持ち悪い。
 腕がほとんど無意識に、はね避けようと動いた。
 後ろにはらった手に、フローレンスの帽子とベールが引っかかる。
 するとベールは飴色をした精巧なかつらと絡まり、一緒に車内の端まで飛んでいった。

 帽子と偽物の髪の下には、金色の髪。
 肩まで伸びた、女性にしては短く、男性にしては少し長めな髪。それが薄暗い馬車の中で鈍く輝く。
 ベールの取り去られた瞳の色は、凍る青。
 作り物の人形ような整った容姿。

 タンジェの話してくれた舞台に出てくる自動人形のよう。
 レティレナは、初めて会った二年前・・・の時にもそう思った。

「ガーシュ・アイロニー伯爵」

「ごきげんよう、わたしの麗しの天使レティレナ姫。こうして再度まみえる日を、どれだけ待ち望んだか」


 怯むレティレナに、アイロニーは片側の口角だけを上げて、今度は紳士らしく笑って見せた。

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