上 下
4 / 53
本編

3 収穫祭① 前編

しおりを挟む
 

 季節はひと巡りして秋の収穫祭。

 娯楽の多くないバストーヴァでの祭は、盛大なものになる。今年は特に賑やかだ。なんと言っても、天候に恵まれ作物の出来が良かった。領地全体に明るい雰囲気が広がっている。
 収穫祭の夜には領内のあちこちの広場で夜通し松明が焚かれて、人々はその炎を囲むのだ。
 もちろんバストーヴァの城でも。
 中庭には軽やかな音楽と、酒に食べ物。暮れかけた夜を照らす松明のまわりに、徐々に男女が集まり踊り始める。
 レティレナ達領主一族が顔を出すのは、子供達も許された宵の口あたりまで。祭りの本番はもっと夜が更けてからだが、そちらは子供や領主は参加しない完全な無礼講になる。

 皆の手拍子に囲まれ、輪の中で楽しそうにファリファと踊るランバルトを睨みながら、レティレナは少し離れた腰掛けでひとり膝を抱えている。
 さっきまで従兄が側に居たのだけれど、今はひとりぼっち。

 生活の場を王都としているザーク叔父とその一家は、年に数度バストーヴァを訪れる。収穫祭もちょうど滞在時期。
 叔父のひとり息子である従兄のタンジェは、初めて連れていってもらった王都の舞台の一幕をレティレナ相手にそらんじて、興奮気味に語っていた。お姫様に魔女に妖精、怪物までが登場する。騎士を主人公にした冒険物語だ。けれどその騎士の姿がランバルトに似ていると言い始めたものだから、レティレナの気分は急降下。タンジェの話は面白いのに、これじゃあ台無し。

「それなら兄様たちだって、城の他の騎士だって主人公に当てはまるわ。みんなとっても強くて頼りになるのよ。べつにランバルトじゃなくてもいいじゃない」
「だめだめレティ。あの物語に出てきたのは高貴な騎士なんだ。レティの兄様たちやバストーヴァの騎士はほら、なんていうか――垢抜けないだろ? みんな口を開けて大声で笑って唾を飛ばすし、言葉もちょっと訛ってる。それにいつも強引に僕を馬に乗せようとするんだ」
「最後のは、馬に乗れないタンジェが悪いのよ」

 兄達は従兄を一人前にしたいのだ。二歳下のレティレナだって一人で馬に乗れるのだから。遊びに来る度に、彼を馬に慣れさせようとする。バストーヴァは王都と違って、馬がないと移動もままならない。
 レティレナの指摘にタンジェがさっと目を逸らした。遠乗りをする時、いつも誰かの鞍に相乗りさせてもらうのが格好悪いとは思っているらしい。

「とにかく! 王都に居るような本物の騎士や紳士は、野蛮で下品な笑い方なんかしないし、女性や子供の嫌がることなんてしないんだ。例えばいきなり抱え上げて括りつけるみたいに馬に乗っけて、そのまま馬の尻をひっぱたいたりとか! 助けてくれたのはランバルトだけだったんだよ。やっぱり王都出身の騎士は違うね」

 タンジェはそう言うと両腕を組んで、うんうんと一人頷いている。それではタンジェは騎士ではなく姫役になってしまうけれど、そこはいいのだろうか。
 馬の乗せ方で弁解するなら、兄達があてがう馬は葦毛と決まっていた。葦毛の中でも年を取って毛の色が白くなった馬。その中でもおとなしい気性のものをあてがっていた。
 一応配慮はしているのだ。一応。
 兄達は良く言えば豪快、悪く言うと大雑把なので、タンジェの言葉にも一理ある。けれど、そもそもランバルトが助けたってところが面白くないし、最近叔父に似て、バストーヴァをド田舎扱いするタンジェにもカチンとくる。

「兄様だって落ちたらちゃんと受け止めてくれるわよ、多分。あの気取った胡散臭い騎士のどこがいいのよ」
「これぞ騎士様って感じじゃないか。それに漂う高貴な雰囲気!」
「そんなの気のせいでしょ。高貴なんじゃなくて、澄ましてて感じが悪いの」
「そう思うのは仲が悪いからだろ。ゲイルが父上と母上に話しているのを聞いたけど、レティはずっと悪戯ばっかりしてるんだって? 相変わらずお子ちゃまだよねー」

「子供じゃないわっ。馬だってひとりで乗れるし、夜の風の音だって怖くないもの」

 この地域は季節の変わり目、強風が吹く。
 それは誰かの悲鳴やうなり声のように聞こえて、もっと小さい頃は従兄と二人、怯えたものだ。
 今はもう、そんなことない。ないったら、ない。

「ふぅん。じゃあ、高いところは平気になった? 僕がランバルトを呼んできてあげたときは、泣いていたじゃない」
「あっ……れは! タンジェだって木の下で泣いていたでしょう!?」

 苦い思い出だ。
 毎日一生懸命悪戯に勤しんでいたというのに。
 近くに居た男の人がたまたまランバルトで。
 一番早く駆けつけたから。
 彼が木から下りられないレティレナを受け止めたのだ。
 まさに一生の不覚。
 レティレナに対する禁句。そっちがそう来るなら、レティレナだって容赦しない。

「なによ。ランバルトが物語の騎士なら、タンジェは冒頭に出てきた魔女に潰されて窯の中に入れられるカエル役ね。グエッって変な声を上げて、潰されて内臓から緑色の体液が……」
「ひっうえぇっ」

 タンジェは口を押さえて城の方に駆けて行ってしまった。
 彼のカエル嫌いは筋金入り。一番下の兄とレティレナの二人がかりで、城に来る度に毎日一匹ずつカエルをプレゼントしていたのがきっかけ。レティレナが贈ったカエルが飛び跳ねて、タンジェにキスをしてしまったのだ。ファーストキスをカエルに奪われ動転したタンジェは全力でカエルを手で払い、それが壁に叩きつけられて……あとは言わずもがな。
 彼の声変わりする前のボーイソプラノの悲鳴が城中に響いたのは、もう何年も前の話。
 さすがに気の毒だから、いつもはカエルの話題は避けるのに。つい従兄への加減を間違えてしまった。

 そんなわけで自業自得のレティレナは、ひとりで膝を抱えて、収穫祭の松明を眺めていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

森でオッサンに拾って貰いました。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。 ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

処理中です...