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本編
1 レティレナとランバルト
しおりを挟む「ランバルトなんて、大っ嫌い!」
城の廊下を踏みつけるように進みながら、少女はぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
結ばれていない金の髪が、背中で麦の稲穂のようにふわふわと揺れる。不機嫌に結ばれた唇は春の花のピンク色。深緑の瞳に怒りを滾らせた少女は、お淑やかとは正反対の大股で裏庭にたどり着くと、両足を振って靴をぽいっと脱ぎ散らし、土の上を裸足で踏みしめた。
「姫様、レティレナ様。お待ちください」
世話係が眉を八の字にしながら靴を拾い、幼い主の後を追う。
また今日も少女――レティレナは、仇敵との攻防に(一方的に)敗れ、癇癪を起していた。
ありふれた、バストーヴァでの日常風景である。
・・・・・・・・・・
レティレナは騎士のランバルトが嫌いだ。
辺境の地であるバストーヴァ領にランバルトがやって来たのは、秋の収穫祭の直後。レティレナが誕生日を迎えて十歳になったばかりのときだった。
領主である兄預かりの騎士として、わざわざ王都からやってくるなんて、彼には何か事情があったのかもしれない。
けれど、幼いレティレナにそんなことは関係ない。
少し癖のある豊かな黒髪と大人びた灰色の瞳をした騎士は、全体的に黒っぽい格好をしていた。髪が黒ければ、愛馬も黒。外套まで黒かった。黒ってちょっとかっこいい! と、幼い子供の背伸び感覚で思っていたレティレナには、まさにおあつらえ向きな黒さだった。
城内の若い娘や屈強な男達、そんなすれ違う人々の視線にまったく物怖じせず、ゆったりと笑みを刷いたまま門をくぐる姿は、落ち着いていて素敵だった。
世話係の話だと末の兄の一つ年上なだけなのに、浮ついてない。格好良い。優しそう。
城の窓から初めて彼を見たとき、レティレナは遊び相手が増えると喜びさえしたのだ。
それがレティレナとランバルトの出会い。
――新しいお友達(玩具)が増えたと思ったのに。
レティレナの期待はぬか喜びに終わった。ランバルトはレティレナの遊び相手には加わらなかったのだ。
彼はいつも儀礼の最中のような洗練された、けれど他人行儀な立ち居振舞いを崩さなかった。それは領主に対しても、幼いレティレナに対しても、他の人々に対しても全然変わらない。彼女はここでようやく眉をしかめた。
どうやら新入り騎士は、愉快なお友達ではないらしい。
ランバルトが連れているのは惚れ惚れするような黒毛の牡馬。
レティレナは一人で馬に乗れる。だから、彼の馬に乗ってみたいと思うのは自然なことだった。
けれどランバルトは貼り付けた笑みのまま拒否をした。やんわりと丁寧に、しかし断固として。
レティレナが小首を傾げてお願いをすると、この城では大抵のことが叶うものなのに。断られると惜しくなる。厩舎に居るどの馬より良馬に思えてきた。……兄より良い馬に乗るなんて、気に入らない。
装飾の美しい武具一揃えと立派すぎる馬を伴った、いつまでも他人行儀な青年。
しかもまだ十七歳でなりたての騎士のはずなのに、城に特別に一室を与えられているなんて。
こうなるともう存在自体が色々と癇に障ってきた。
そして、決定的に嫌いに傾いたのは、世話係であるファリファの厚意を軽くあしらったから。
ファリファが騎士達に手作りの焼き菓子を差し入れたとき、ランバルトだけは手を付けず、受け取りもしなかった。あの張り付けた笑みで、断固として拒否したのだ。
ずいぶんと、失礼すぎやしないだろうか。
「どうしてファリファは怒らないの。せっかく作ってあげたのに、受け取りもしないなんて! 失礼だわ」
「きっと甘い物はお口に合わないのですわ。誰にでも、好みはございますでしょう?」
おっとりと笑んで、それでいて少しだけしょんぼりしながらファリファが口にする。
レティレナは四男一女の末っ子として生まれた。
母はレティレナのお産の後に熱を出して亡くなり、領主だった父は彼女が生まれて一年もせずに崖崩れに巻き込まれて亡くなった。
それからは若くして領主を引き継いだ長兄が、父親代わりで後見だ。男所帯の中で彼女は少々粗っぽく、そして時には過剰な程甘やかされて育った。
長兄のゲイルとは十五歳差、最も年の近い四番目の兄とだって六歳差。兄達は年の離れた彼女を可愛がってはくれるけれど、女だからと一緒の遊びには連れ出してくれなかったし、若い領主となったゲイルはいつも忙しそうだった。
だから自然と世話係の中で一番年若いファリファに懐いている。
裸足になったり裏の森に行こうとしても、他の世話係のように高い声を上げて止めたりしない。兄達のように連れていってくれると言いながら、留守番をさせたりしない。
ファリファはいつだって手を繋いで、虫が苦手なのにおっかなびっくり外遊びに付き合ってくれるのだ。
「こんなにおいしいのに」
「可愛い姫様のお口に入って、菓子だって本望ですわ」
「私が食べちゃったこと、みんなには内緒にしてくれる?」
「ふふっ。もちろんですとも」
ファリファが、口元に付いた菓子の粉を指で優しく払ってくれる。彼女の手も眼差しも、いつだって温かくて優しい。
お腹に収まったのはランバルトのために用意された焼き菓子。
これはレティレナの好物。
好きな人と好きな菓子を貶された気がして、彼女の幼い闘争心に火が点いた。
外から来た軟弱な騎士なんて、何人いたってバストーヴァの騎士の足しになんてなるものか。
一緒に城で暮らすなんてやってられない。
そもそもレティレナは城と領地の人々から、『妖精姫』と名を付けられるほどのお転婆。
この大陸ではちょっと困った不思議なことがあると、妖精が引き合いに出される。靴が片方見つからなかったり、作ったはずの菓子が一つだけ消えていたり。そういう時、人々は妖精の悪戯だと言って笑うのだ。
見た目だけは社交界で天使と称された母そっくりの、輝く金の髪と深緑の瞳。透けるような白い肌に、人形に例えられるほどの整った顔立ち。
けれどすぐに窮屈な靴を脱ぎ捨て裸足で駆け回り、二つ年上の従兄だって遊ぶ度に喧嘩で泣かせるほど気が強い。物事に向かう姿はまっすぐだけれど、頑迷で意固地。最後はいつも力技。子供ながらににんまりと黒い笑みを浮かべて悪戯ばかりをする。
天使の娘は、その可憐さと手のつけられないお転婆ぶりに、領地の人々から妖精姫の渾名を頂いてしまっていた。
「決めた。ぜったいに、ランバルトを追い出してやるわ!」
妖精姫は握りこぶしを作って固く誓う。思い込んだら一直線なのだ。
そんなこんなでレティレナは、ランバルト追い出し作戦を開始した。
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