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第十一章 代償行動

代償行動(1)

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 学校の最寄り駅を抜けて三分ほど歩いたところにある少し広い公園。
 時計の針は五時半を超えて太陽は沈みかかっていた。
 僕はその公園のベンチで一人待つ。
 公園入り口の自動販売機で買ったホットコーヒーを、ちびちび飲みながら。

 僕を包む冬の空気は冷たくて、コートの襟に首を沈めた。
 さっきまで公園に遊ぶ子どもたちがいた。
 でも僕と入れ違いで帰っていった。だから僕は今、公園で一人だ。

 幾本もの街灯が広場には立っていて、その頭部が光っている。
 西の山々に沈みゆく落陽と、灯る街灯がバトンタッチをするように冬の公園を照らす。――それは昼と夜を繋ぐ黄昏らしい照明だった。

 黒いスマートフォンを手元で開く。僕の大切なスマートフォン。
 これ一つでいろんなことが出来る。誰かに連絡したり、ゲームをしたり。
 高画質な動画も撮れて、映像作品を作るのにも欠かせないアイテムだ。

 僕はこのスマートフォンでいろいろなことが出来るようになった。
 だから僕はこのスマートフォンで――大人になった気でもしていたのかな?

 スマートフォンを前方に掲げる。横に倒して画角に公園の景色を収めた。
 カメラを西に向けると山々の間に落ちていく夕日が映る。
 そこからゆっくりと南を経由して、東へと向かう。
 途中で画面の中に駅前のショッピングセンターが入ってくる。
 そして東方向へ到達すると、カメラの液晶画面にスタイルの良い女性が写った。
 グレーのチェスターコートを羽織り、暖かそうな白いハイネックニットを着た女性。
 
「――どうしたの? 悠木くん。私をこんなところまで呼び出すなんて」

 黄昏の中に立つ真白香奈恵は、相変わらず綺麗だった。

「会いたくなったからですよ。色んな意味で。――迷惑でしたか?」
「迷惑だなんて言っていないけど? むしろ嬉しいわ。――金曜日までお預けって言うのは、私もなんだかつまらない気がしていたから」

 美しい長髪の女性は、そう言って僕の隣に腰を下ろした。

 ――彼女はここにたどり着いた。
 僕は自分がどこで待っているのか、詳細な居場所なんて教えていないのに。
 それはEL-SPYの力。彼女が僕のスマホに埋め込んだ発信器。
 もともとは僕が香奈恵さんを従わせるために持ち込んだ魔法だったのに。
 結局この関係は何なんだろうか? EL-SPYという鎖が定める二人の関係。
 この双方向接続は僕らを主従関係以上の何かに変えているのだろうか?

「今日はあの娘はいないの?」
「――明莉ですか? 明莉はまだ学校にいると思います」

 真白先生とのセックスは終わったのだろうか?
 生徒指導室で行われていた教育は、この上なく重みのある生徒指導だった。
 ――きっと僕にとっても、明莉にとっても。

「悠木くんは、あの子のことが好きなのよね?」
「ええ、そうですよ。幼馴染で、今は仮初の恋人です」

 幼馴染は幼馴染に過ぎず、偽装恋人は偽装恋人に過ぎない。
 さっきだって明莉本人が言っていたのだ。真白先生のことが好きなのだと。

 ――どうしてこうなった? どうしてこうなってしまった!?

 春の盗作事件から転がり落ち始めた僕らの高校生活。
 気がつけば幼馴染は部活顧問の肉棒を咥えていた。
 そして僕はその部活顧問の奥さんと性的関係を持っている。

「――私はあの子、嫌いだな」
「……香奈恵さん」
「あの子は私から夫を奪ったのよ? 悠木くんの心さえ今も奪っている。あんな年端も行かない女の子の……何処がいいの? 何処が魅力的なの?」

 香奈恵さんは公園のベンチの上で僕との距離を詰めてくる。
 右隣に座った彼女の肩が僕の右肩に触れる。
 コート越しに彼女の膨らみを感じた。

「――好きだっていう気持ちは、理屈じゃないんですよ。多分」
「またそんな青臭いことを言って――って、悠木くんは青臭いんだよね。青春時代を生きているんだもんね。……私と違って」

 憂いを含んだ瞳は公園の向こうを眺める。

「そうですね。僕は青春時代の真っ只中にありますから。――あるはずですから」

 先輩の流言に翻弄されて学校での居場所を失い精神を病み、片思いをしていた幼馴染を教師に寝取られ、十歳年上の人妻と初体験を経験する高校生活を青春と呼べるのならば、これもまた一つの青春――青臭く春めいた時間なのだろう。

「――それはもうアラサーになりつつある私へのあてつけかしら?」
「そうじゃないですよ。香奈恵さんは若いですし、綺麗ですし、まだまだ青春の中にあっても良い人だと思いますよ?」
「ありがとう! 悠木くんは恥ずかしい褒め言葉でも遠慮なく言うよね? 嬉しいけれど」
「事実ですからね」
「ふふ。――じゃあ、私と明莉さんは……どっちが綺麗?」

 香奈恵さんは僕の顔を下から覗き込んで尋ねた。
 その瞳の奥はくすんでいて、何を考えているのかわからなかった。

「綺麗さ――だけなら香奈恵さんかもしれませんよ? 美人だし、スタイルも良いし、大人っぽくて」
「あ……本当? 明莉さんのことを盲目的に好きな悠木くんから、そう言ってもらえるとは思っていなかったから、ちょっとビックリ」
「――それでも僕が好きなのは明莉ですけどね」
「それは分かっているわよ」

 風に煽られて顔の上に掛かった長い髪を彼女は左手の指先でかき上げた。
 左耳にかける。そして下唇を噛んだ。

「彼女の魅力って何なのかしら――? あの人も悠木くんも、結局あの子を見ているのよね?」
「さあ、なんでしょうね? 僕にとって明莉は唯一無二の幼馴染だし、他のあらゆる女の子とは別格の存在なので、魅力だとかそういうのはよく分からないですね。どこが好きって聞かれたら――全部としか答えられないですよ。月並みですけれど」

 ずっと一緒だったのが明莉で、初めて好きになったのも明莉だったから。

「――そういう意味ではなぜ真白先生が明莉のことを好きになったのかわかりません」
「――全部可愛いから、とかじゃないの?」
「それは僕にとっての明莉であって、自分の好きな幼馴染が、他人の目に必ずしも同じように映るわけではない、ということくらい理解しているつもりですよ。僕はそこまで盲目な人間じゃないですから。でも――だからこそ真白先生がなぜ明莉と付き合っているのかは分からないんです」

 ――考えたことがなかった。
 なぜ真白先生は明莉と付き合っているのか? なぜ明莉は真白先生と付き合うようになったのか?
 初めは真白先生が女子生徒のうちの一人として明莉のことを騙して、彼女に性的行為を強いているのだと思った。だけどこの間のやりとりを経て、もしかしたら違うのかもしれない――とも思い始めた。

「――私に魅力が無いのかな? だからあの人のことを繋ぎ止められない。きっと私に魅力が無いから、私を捨ててあの子へと逃げたのね」
「それは考えすぎじゃないですか? 香奈恵さんは魅力的だし、素敵な女性だと思いますよ」
「――本当に?」
「ええ、本当ですよ」
「じゃあ、悠木くんは、――私じゃ駄目なのかな?」
「え――?」

 どういう意味か? と尋ねようとした僕の唇を――香奈恵さんの唇が塞いだ。
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