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第一章 箱使いの悪魔

番外編.ソウルの過去 其の一

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 ーーこれはソウルが悪魔と呼ばれる男と邂逅する以前の物語ーー

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〈霊峰山【アポカリプス】の麓〉

「ぐっ……うあああああああああっ!!」
「はぁ……何度言わせれば気が済みますの? この実験は声を出しては意味が無いと言っているんですのよ? 虫けらのあなたにはそんな事もわかりませんこと? その耳障りな音をわたくしに聞かせないでくださる? 不愉快ですわ」

 その日、俺は【白銀の羽根】幹部の魔術師である【ミランダ】に連れられて帝都の裏手にある神代とされる山岳地帯にある森に足を踏み入れていた。ミランダからは簡単な任務への同行と言われ、実際にその森には野草採集の依頼が入っていた事もあって……数々の疑問を感じていた俺はそれらを全て棚上げして浮かれていた。
 何故、このギルドにそんなお使い任務が入っていたのか。何故、それを幹部であるミランダがわざわざ受けたのか。何故、未だに石ランクで荷物持ちしかした事のない俺がその同行人に指名されたのか。
 初めてミランダとの二人だけの依頼任務というだけで、それらを些末に扱ってしまった自分を恨んだ。魔術を少しだけでも扱った事のある自分を怨んだ。魔術を扱った事のある者なら……ミランダを崇拝せざるを得ないから。この女性が如何に魔術師として万能であり、孤高の存在であり、優れているかを身に沁みてわかってしまっていたから。指名されて浮かれてしまった自分を呪った。
 その性格と気性を、本性を、現時点ではわかっていなかったから。
 そんな依頼は名目だけ、これはミランダの魔術の実験に過ぎない。俺はその実験台に指名されたのだ。

「はぁ……はぁっ……はぁ……」
「はぁ~~……あなたの役立たずさは周知の事実であったものの……ここまでとは思いませんでしたわ。かの剣聖と同郷でありながら恥ずかしさや惨めさというものがありませんの? あなたが【白銀の羽根】に在籍していること自体がギルドの評価を著しく貶めているのですわ」

 そう、俺が低いステータスでこのギルドに入る事ができたのは幼なじみであり剣聖と呼ばれる存在であり、ギルドマスターである【サクラ】による所謂コネでしかなかった。
 かつて村を襲った【最悪の竜 エンダードラコン】を退け、皇帝に見初められ村を出たサクラの後を追うようにして数年後たどり着いた【白銀の羽根】で俺はサクラと再開し、そのままギルドへの入門を薦められた。今にして思えば一本調子で少なからず舞い上がってしまった俺も悪いのかもしれない。
 所属当初はあのサクラの推薦ともあって一目置かれていた俺でもそのメッキは一瞬にして剥がれ落ちた。何もできないーー何の能力もないーーそんな俺を周囲は当然腫れ物として扱った。国家指定ギルドに舞い込む依頼に俺が単独でこなせるようなものは一つもなく、ギルドの評価を落とさぬように俺をカバーできる幹部の同行は必須条件となった。それを煩わしく感じるのは当然なのかもしれない。

「良いですこと? あなたが除名されないのは単に剣聖ーーギルドマスターの恩恵でしかないのですわよ? あの強すぎる剣聖には誰も逆らえないのですわ……何よりあの神とも言える存在……全てが完璧の美しさであるサクラ様の威光をあなた如き汚物が汚すなどあってはならないのですわ。殺されないだけありがたく思うのですわね、理解できましたらその汚らわしい口を閉じてわたくしの魔術を浴びなさい。あ、あなたが触ってしまったその杖は差し上げますわ。もう汚くて触れませんもの……それに掴まり案山子のように動くんじゃありませんことよ」

 ミランダは俺にかける言葉と時間が勿体ないと言わんばかりに口早にまくし立てる。どうやら俺の弁を聞くつもりは一切ないらしい。

「もう少し調整する必要がありますわね……弱者(ゴミ)に声をあげさせずに精神のみを傀儡とする魔術……この調整ができれば……しかし殺さないようにするとはこれ程までに面倒なものですのね。けれどわたくしは諦めませんわ。やがて魔獣や弱者なぞ存在しないーー真に美しいものだけが存在できる世界を創り上げるまでは」

 そして、俺はそれから数え切れない程に実験に付き合わされる。その名目上の依頼達成の給金(はしたがね)を生活資金にしながら。味のしないスープや固いパンを齧りながら、悔しさを噛みしめながら。砕け散りそうな精神(こころ)を守るためにーーその場しのぎである激情に身を委ねて自制心を保ちながら。

(確かに……俺は何もできない……皆にとっちゃ足手纏いのいない方がいい存在なのかもしれない………だが)

 それがこんなことをされてもいい理由には決してならない。

(今に見ていろ……いずれ)

   ーー【お前も抵抗できない弱者に変えてやる】ーー
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