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第一章 箱使いの悪魔
#005.■番外編マインside
しおりを挟む悪魔の従者となった天使『マイン』には悩みがあった。
それは決して口には出せない──出したとしても絶対に御主人であるソウルの耳には入れてはいけないこと。
復讐を誓い、一心に突き進もうとしているソウルをこんな些末な事で悩ませたくはない。
心優しい御主人であればきっと自身の事を心配して相談に乗ってくれるだろう……だから、間違ってもその悩みを吐露してはならない。自分のことで煩(わずらわ)せたくないからだ。
「ソウル様、どこかお痒い箇所はございませんか?」
マインはソウルの背中を洗いながら物思いにふける。
たとえ、その『悩み』がソウルと一緒に入浴する事で更に浮き彫りになっていたとしても。
この至福の一時はマインにとって何にも代えがたい幸せの時間であった。
(嗚呼、ソウル様……なんて逞(たくま)しいお背中……こうしてソウル様とご一緒する事で悩みなどどうでも良くなってしまいます……)
一年前、ソウルに命を救われて一年間苦楽を共にしたマインにとって……ソウルは父親のようでもあり、心からの愛情を向けるべき異性にもなっていた。
彼女にとってはどちらも初めて感じる種類情愛でありつつ、それが恋心であることにもうっすらと気付いていた。
ソウルも自身の事を大切に思ってくれているとそう感じる事ができた、こんなにも大切にされた経験など彼女には無かったから。
だが、初めての恋心を知ったマインにはソウルから向けられている愛情が果たして、『娘』としてであるのか『異性』としてであるのか判別できなかった。
そういったものを判断するべき経験や知識も持ち合わせてはおらず、おとぎ話の物語などでしか『恋愛』を知らない彼女にとっては初めて経験する様々な感情に理解が追い付いていかなかったのだ。
故にこの一年間……彼女は様々な方法を試していた。
恥ずかしいが一緒に入浴しようとしたり、寝る時も必ず抱きついてみたり、必要以上にいつも距離を近づけてみたり。
(しかし……ソウル様は冷静にいつもマインを窘(たしな)めました……ソウル様がマインを異性として見てくれているならこうも冷静でいられるものなのでしょうか……?)
やはり、自分は『娘』としてしか見られていないのだろうか──それはそれでとても幸せな事ではある。島(ネザー)では町のみんなが良くしてくれて、まるで『家族』のようだった。その失われた『家族』を再び得る事ができたのだからこれ以上を望むのは欲張りであろう──とマインは自身を諭した。
(だけど……マインは知ってしまいました。『恋』というものを。ソウル様といると落ち着くし落ち着かない、安心できて心臓が高鳴る、矛盾するような感情を……)
マインは『男性』であるソウルと『女性』である自分を意識しだすようになっていた。
そして、求めるようになってしまった。
自分を『女性』として見て欲しいという欲求が生まれ出したのだ。
十四才になったばかりの年頃の少女、不遇であったこれまでの生い立ちからの反動でそうなったとしても誰も彼女を責められないだろう。
寧(むし)ろ、普通の少女が望むような事をできるようになった事は喜ばしい事とも言える。
「いつも洗ってもらってばかりで悪いから次はマインを洗ってやろう」
ソウルからの突然の提案にマインの心臓は跳ね上がった。
そして、いつも通りに慌てて拒否をした。
ソウルを浴室から見送ったのち、彼女は床にヘタリと座り込んだ。未だに心臓が鳴り止まない胸を両手で抑え、紅くなった顔を隠すように下を向いて呟く。
「……また拒否してしまいました……ソウル様は不愉快に思われていないでしょうか……でも、無理なのです……だって……そんな事されたらマインはもう我慢できません………お風呂にご一緒するだけでも……身体が熱くて……おかしくなりそうなのに……ソウル様に身体を洗われるなんて……考えただけで……」
熱くなった身体に冷めた湯をかけ、少し冷静さを取り戻したマインは湯槽に浸かり、自分の身体つきを眺めながら再び考え込んだ。
「しかし、ソウル様はやはりマインを娘としてしか見ていないのですね……やはり、原因はこれでしょうか」
そして、話は原点に戻る。
マインの現状の『悩み』、その原因となっているものに自身の手で触れた。
「胸がもう少し大きくなれば……一年前からあまり成長していません。一体どうすれば大きくなるのでしょうか……」
きっと、もう少し胸が大きくなればソウルはマインの事を女性として見てくれる──その日までマインは『従者』としての自分と『女性』としての自分を共有しつつ、慎重且つ大胆にソウルに迫ってみようと計画するのであった。
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