上 下
191 / 223
閑話⑫

アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑪

しおりを挟む


……い、いや! いやいやいやいや! うん! やっぱり見間違い! きっと見間違い! いや絶対見間違い! きっとバエル家召使が、社長の宝箱に似た色の宝箱をそこに置いたのだろう! なんでかはわからないし意味わからないけど!


その証拠に、ほら! こうして目を瞑って擦ってみれば……――



   ―――ギィ……バタン



扉の閉まる音が。やっぱり予想通り、召使の誰かに決まっている! そうだ、きっと両手が塞がっていたから、一旦床に箱を置いて扉を開けていたに違いない!! 


その証拠に、擦り終えた目を開いてよくよく見直してみれば――!


「――……つっ!」


い……! ううん、!  いないけどいる!! いるけどいない!!  いないけどいるしいるけどいない!!!


違う、混乱して我を失っている訳ではない! 混乱はしてるんだけど! つまり……召使はいない、けど……宝箱はいる!! 扉をバタンと閉じた、部屋の内側に! !!!


ということは……つまり……! 召使があの宝箱を置いてそっと出ていったわけじゃない限り……! あれに魔法がかけられていて自律移動してるとかじゃない限り……! あれは間違いなく――!


「しゃ……!」


「? どうかいたしましたの、アスト?」


――っう……! 変な声を上げてしまったから、ルーファエルデに問われて……! えっといや……!


「う、うん、なんでもない……!」


「???」


うぅ……自分でもわかるくらいに目が泳いでしまった……! ルーファエルデも首を捻っちゃったし……! 下手に勘づかれて部屋入り口を見られてしまったら……! こ、こうなったら――!


「いや……実は、私もちょっとミミックをよく見かけていて! 例えば…ケット・シーの運営しているにゃんこダンジョンとか!」


今の話題を逆利用! 知名度が高めのダンジョンを挙げて! こうすれば私と派遣会社はちょっと引き離せるはずだし――!


「マ? ニャオウさまんトコにも? でもそれ、超わかるかも★」

「ケット・シーだもんね~。そりゃ~箱大好きか! ミミックも箱大好きだし!」

「ふふっ、相性抜群ね。 ……久しぶりに行きたくなってしまったわね」

わたくし、そこへ訪れたとこはないのですが、話だけは聞いておりますわ。様々な猫を撫で放題だとか! 正直、興味がございまして…! メマリア、宜しければ――」


上手くいった! 話がミミックへと戻ったし、それどころかダンジョンそのものへと焦点が移動し始めた! メマリアとルーファエルデなんて一緒に遊びに行く話まで始めた! 


これは僥倖、このままいけばミミックの話は自然消滅するかも……――。


――っと、そうだった! それよりも社長…社長の宝箱は!? さっきのまま床にちょこんと落ちていれば良……――!?



「――っ消……!!!?」







また声をあげそうになり、慌てて口を抑える……! また気づかれるとこだった……。皆は……よかった、話に熱中しているみたい……!


って、それどころではない! 社長が……社長の宝箱が!!! 先程落ちていた、もとい、いた場所から消失している!!!?


もしかして、最初から私の見間違いだった……? そういえば誰も、この部屋の扉が開いて閉まったところに気づいていない……。一応、私に聞こえるほどの音がしたというのに。許可なくしての入室禁止なこの会の参加者なのに。今回その指示を出したホストのルーファエルデすら。


……もしかして、幻聴や幻覚の類……? 私、幻影をみていた……? 崖っぷちに追い詰められて、ありもしない幻を見ていた……? 救いの手が欲し過ぎて、心の奥で社長に助けを求めていた……?


そういえばなんだか身体、夢を見ているみたいにふわふわしている気もするような……? 逃げ場がなくなっていた故の精神的反応なのだろうか? ……確かに、それほどまでに切羽詰まっていたかも。


よし、なら深呼吸をしよう。窮地は脱した……多分だけど。なら、社長に頼らなくともなんとかなるはず。せーの、すぅっ……――ん?



「―――げホッ!!?」



「わわっ!? どーしたのアーちゃん!?」

「お菓子喉に詰まったん? お水お水……」


急にむせ返った私に驚き、対応してくれるベーゼとネルサ……! いや違う……別にお菓子は食べてない……! ただ深呼吸をしていただけ……!


なのにむせ返ってしまった…咳き込んでしまった……!! だって……だって……! あそこに!!


悪魔星デビルスターが描かれた円卓に腰かける、ルーファエルデとベーゼの間に……!! 正しくは、その間の先の壁付近に!! つまり――私の視界の正面に!!!



!! 社長の宝箱が、いる!! さも最初からそこにあったかのように、まるで家具の一つの如く、ちょこんと設置されている!!!!?



幻なんかじゃない!! 間違いない!!! あれ絶対、社長っ!!!!!







「ん~??? アーちゃん、何見てるの~?」


――しまっ……! 見つめ過ぎた! ベーゼが私の視線に気づいて、振り返って……! 


「あれ、宝箱? こんなのあったっけ?」


っ…! 気づいてしまった!! マズい……ルーファエルデもそちらを見て――!


「あったかもしれませんわ。この部屋はかけております魔法の都合上、お父様お母様も会議等でよく用いておりまして。お気に召されたインテリアが増えていることは間々ございますの」


「流石バエル様、部屋の良いアクセントとなる素敵な逸品ね」


――ん!? んん!?!? ルーファエルデ!? メマリア!? えっ……えぇっ!? なんでそんな、さも最初からそこにあったかのような反応を!? 絶対にそんなの無かったでしょう!?


「それで、あの宝箱がいかがいたしましたか?」


えっ!!? ちょっ……ルーファエルデ!? え……そ、その……!!


「い、いや……え、えと……! そ、その宝箱に見覚えが……っ!」


……って!!! バカバカバカバカ、私のバカ! 焦り過ぎて考えうる限り最悪の一言を発してしまった!! そんなこと言ってしまったら――!


「ということは……もしかしてあれも例の職人の方の作品かしら?」

「え! マジ興味あんだけど★ るふぁちん、ちょっと見てい~い?」

「勿論ですわ~! どうぞ皆様ご存分に!」

「やった! へ~! すっごいキレ~!! アタシも欲しいな~!!」


ほらぁっ!! 皆揃って社長に、もとい社長の宝箱に注目を! ネルサとベーゼなんて立ち上がって傍まで行って、しげしげと!!


もし蓋を開けられてしまったら、中に社長がいるというのに! 社長、なんでそこにいるのかわからないですけど…! その時は前にネヴィリーアスタロト家メイドへやったみたいに、箱の中で隠れきってくださいよ!? 出てきたら承知しませんからね!!?


「良いなぁ~~! これ、開けてみてもいいのかな~?」

「ん~どうなんかな。バエル様のものだし、見るだけがマナーちゃう?」


あっ、と思っていたらベーゼ達は触らずに鑑賞を終えてくれた…! よかった……! それに、ルーファエルデが社長宝箱をミミックだって見抜かなくて本当によかった……!!


……いや、というよりは社長のミミック潜伏能力のほうが上回っているのだろう。だって『初めからそこにあった』かのように思わせる自然さを醸し出しているんだから。流石社長、さすしゃちょ……――。




――そんなことよりっ!!! なんで社長がここにいるの!? バエル家の、女子会会場に!? そりゃあ社長のこと、忍び込もうと思えば何処へでもなんだろうけど! 


来る前あれだけ探したのに居なかったということは、もしかして別ルートでここへ!? 何の意味があって!!? そう……! 、ここに!!?


「……あの部分……カッコいいよね……――!」
「マジね★ 超お洒落だし……――」


前回社長が我がアスタロト家に潜入してきた際は、一応確固たる目的があった。けど今回は違う。この女子会は私の完全プライベート! 割って入ってくる意味も理由もない!


それを裏付けるように社長、私が『今回はついて来ないでくださいね』と釘を刺したら、『勿論よ! 女子会楽しんでらっしゃいな!』と送り出してくれたのだ。まあ前回のことがあったから全く信用できず、あれだけ念入りに探していたのだけど!!


「……それでいて格式高さも……遊び心も感じられるわ……――」
「見事な芸術品……美術館ダンジョンに飾られていてもおかしくは……――!」


そしてやっぱり、現れた! 本当、何のため!? 一体何故この場に? 何か考えがあって? 私に明かせない何かが……?


でもそれならわざわざ隠れて登場し、わざとらしく私の視界に入ってくる訳がない……! 矛盾しているもの! じゃあ…意地悪してる? 私を掻き乱しに来てる? 


「……だし、やっぱ欲しいかも~……――」
「さりげなく……置いておくだけでも映えるわね、あれは……――」


まあありうるかもしれないけど……の割には静か。もっと大暴れしていてもおかしくない気がする。そもそも社長がそんな悪戯目的でここまで来る? 何の利もないのは明白だし……。となるとあり得るのは……バエル様に会いに来る用事があって、そのついでとか? う~~ん……。


いっそのこと一度ベーゼやネルサみたいに近づいて、皆に気づかれないように問い詰めれば何か白状するかもしれない? ……いやでも、ルーファエルデやメマリアを出し抜ける気がしない。


「‥…えぇ、残念ながら入手手段はお父様お母様に聞かなければ……――」
「それもそっか~――あ★ じゃああっすんに直接……――」


それにどう言い訳して見に行けばいいか……。本当にラティッカさん、じゃなくて例の職人製の箱か見極めるとか? でも私の魔眼鑑識眼を使えば良い、とか言われたらご破算だけど……う~~~ん…………どうすれば――……どうやって――……どうにかして――……!!!



「――ね、あっすん! どう? やっぱ無理?」







「……へっ? えっ? 何が?」


急に声をかけられ、捻っていた頭をその方向へと。するとネルサが――。


「だからあの宝箱インテリア、あーし達も欲しいなって★ だから例の職人さんに作って貰えないかな~って! 魔法の宝箱みたいに難しい品じゃないから…やっぱダメぽ?」


「うーん…難しいかも。あれ最高傑作品って言っていたから……。下手に集中されて他の箱作りに支障がでると困るし……」


そう答え、急ぎ彼女へと移していた視線を社長がいる方向へと戻す。正直、内心それどころではない。なんとかして社長を…………ん? 私今、何て言っ――て!?!?!?



「また消え……っ!?!?」







ほんのちょっと目を離していた隙に、社長がまたいなくなっている! ――でも、幻覚じゃないのはわかっている! どこかに…どこかに……――っ! ベーゼの横、ティーカートの影で何かが動いた!!


(いた……!)


ベーゼ用のお菓子箱に隠れ、身を潜めている!? なんでそんなところに!? ベーゼがお菓子を取り出そうとしたら一瞬でバレるのに! なんで!!?


「……ん? 今アーちゃんなんて? ?」

「えぇ、そう言ったわね。例の職人の方の『本業』のこと、で良いのかしらアスト?」


「え…!? そうだけど――……!」


メマリアの問いにまともに答えてる暇はない! なんでそんなとこに社長が移動したのかわからないけど、なんとかしないと……っは!? またいなくなってる!?


今度は何処に……ルーファエルデの椅子の後ろ!? なんだかチラッて見えている! なんでそんな微妙な移動を!?


「はて……職人様の本業が箱作りとなると、何故魔法の宝箱が限定品ですの?」

「ん~~? あ★ もしかしてミミック用の宝箱がメインなんじゃね? ほら、これ魔法の宝箱売ってるとこ普通の箱も売ってて、ミミックでごった返してたって言ったじゃん?」

「あーそういうことか~! ね、そーなのアーちゃん?」


「まあ、そういうことで――……!」


ベーゼの確認へも、悪いけど適当に頷いといて……! だってルーファエルデの傍なんて一番危険なとこ! 何故わざわざそこに――うわ! 社長またいなくってる!!? 今度はどこ……――ネルサの足元!?!?


ちょっと社長、そこも危ない! ネルサが足をパタパタさせたらガンッてぶつかる! いやほら! 実際にパタパタさせて……わわっなんでそんな掠るか掠らないかギリギリのとこに位置どって!?


「……あれ、じゃ~アレじゃん? あっすんの師匠なミミックと、その箱職人さん、関係してたりすんのかね? まさかの同一人物系?」

「可能性はあるわね。でも、バサク殿級の武芸の腕を持ちながらそれほどの職人技まで備えているなんて考えにくい気がするけれど……」

「と言いますか……今しがたのアストの台詞、その職人様を管理している立場のような……? どうですの、アスト?」 


「う……うん……そんなとこで……――!」


ルーファエルデの伺いを急いで捌いて――っ!? 嘘、もういない!? ほんの少し気を取られた間に!? 次は……メマリアの背後!? 彼女の髪を蓋の上に乗っけてる!!?


「……話が少し戻るけれど、職人の方がミミックの箱作りに注力しているとするならば…それだけ需要があるということよね?」

「あ! さっきまでの話! 色んなダンジョンにミミック増えてるってヤツじゃない!? だからかな?」

「増えているのは確かですが、それは先程メマリアが述べておりました通り、警備役として雇われているような方々ですわ。 ……しかしこれほどまでのダンジョンに、となると…組織的なものかもしれませんわね。 例えば、どこからか派遣されているとか……――」

「――あっ!? 『ミミック派遣会社』!? えっ、マ!? そゆこと!? てかそいや、ダンジョンに居たミミックが入ってるヘンテコ箱、お店で見たかもしんない!!」


社長! よりにもよってメマリアの髪の下は駄目ですって! 彼女、髪を自在に操れるんですから! そんなことしたら感覚でバレるかも…うっ!? また消えてる! 瞬きしただけなのに!!? 今度は何処に――


――待った! さっきから社長…べーゼの影からルーファエルデの裏、そしてネルサの足元からメマリアの背後と、皆の傍に潜んでいる! ということは……もしかしたら次は私の近くに来るかもしれない!?


なら逃がさない!! どこに来る!? もう来ている!? どこにいる!!? 


「真相はどうなのかしら、アスト? ……アスト?」


ティーカートの裏!? 椅子の裏!? ――違う!


「……アーちゃん? どしたの? さっきからそんなきょろきょろして」


じゃあ机の下!? 椅子の下!? ――これも違う!


「あっすん? お~い? あっす~ん?」


まさか、まだ他の誰かのところに隠れて……いや、円卓の下を覗きこんでみても、何処にもいない……! じゃあ一体どこに――!


「アスト、少し落ち着いてくださいませ。 ……アスト?」


いや、こうなれば私の下をうろついた瞬間に捕まえて見せる! こうして足元を見ていればきっとわかるはず! さあ社長、いつ来る……! どこから来――……



「アスト!」
「アーちゃん!」
「あっすん!」
「アスト!」




…………………………――――――――――あっ

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

息抜き庭キャンプ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:958pt お気に入り:8

旅と温かな手

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:65

メロカリで買ってみた

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:10

梓山神社のみこ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:0

呪われた第四学寮

ホラー / 完結 24h.ポイント:1,533pt お気に入り:0

処理中です...