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顧客リスト№57 『ヴァルキリーの競技場ダンジョン』

人間側 とある老観客と大会

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競技場内に誂えられた、荘厳にして巨大な点火台。そこにヴァルキリーの代表が、槍の先に灯した眩しいほどの『聖なる火』を差し入れる。


瞬間、その点火台を中心に、周囲へ燦然と輝く光が放たれる。 更には大きく燃え上がる聖火の中より、幾つもの光弾が上空へ。


それは空を、この『競技場ダンジョン』内の至る所を、真昼の如く明るく照らす。まさに神々の火というに相応しい。



来場者が歓声をあげ空を見上げていると、どこからともなく巨大な鳥のような飛行ゴーレムが。照らされた空のキャンバスを塗るように、スモークで大会のマークを描いていく。


それだけでも万雷の拍手を送るべき代物ではあるが、まだまだ終わらない。続いて、心に染み入り昂らせるような歌と音楽。更に、目を奪われるようなパフォーマンスが聖なる火を囲む。



今年もとうとう始まったのだな―。 勇士英雄を選び出す存在であるヴァルキリー達による、競いの祭典…。



そう、『ヴァリンピック』が――!












儂は、かつてこの祭典に参加し、ヴァルキリーよりメダルを賜った者。 ただ…膝に矢を受けたわけではないものの、もはや老いさらばえてしまった。


しかし栄誉の『ヴァルキリーメダル』は、未だ肌身離さずだ。儂の天命が尽きたとき、ヴァルキリー達が迎えに来てくれるだろうよ。


それまではこうして観客席から、新しき世代の活躍を見守ることを何よりの楽しみとしている。今大会においても素晴らしきメダリストが…勇士が誕生することを切に祈りながらな。




あぁ…この開会の儀を見ると、かつてのことを思い出す。あの日あの時、あの聖なる火の元で胸を勇ましく張っていた時のことを…。


皆が正しく清く競い合う―。そして互いを称え合う―。 なんとも素晴らしき『戦い』だった。





……だが、最近は…。『近頃の若い者は』と月並みな台詞なぞ言いたくないがな…。全く…。




…昔よりも明らかに、が多い。この祭典を、ヴァルキリーを侮辱するかのように、不正を働く者が目に見えて多くなっている。


理由は明白だ。競技の勝利者に与えられるヴァルキリーメダルは、それだけで豪邸が立つほどの大金となる。


それを聞きつけた不真面目な連中が、こぞって大会に参加してきているという訳だ。一攫千金を目指してな。






フン、『儂ら』を舐めるな。 この大会のために血の滲む努力を重ね続けてきた、儂ら『選手』を。


そんな思いつきで参戦するちゃらけた奴らなぞ、敵ではない。 歯牙にもかけず競り勝つだろう。




……と、言いたいが…。その馬鹿共も無駄に頭が回る。 正攻法で勝てぬならと、邪道に手を染めだしたのだ。


『ドーピング』―。 薬や魔法を使い、身体や道具を強化する技だ。 それが認められている競技はあるが…問題はそれが禁止の競技にも、平然と使用して参加していること。



勿論、それはルール違反。ヴァルキリー達も見つけ次第失格とし、外に放り出してはいる。…しかし、大金がかかったあいつらはへこたれない。



一瞬だけ発動する術式、検査が終わった後の隙を突いた詠唱、遠目からでは証拠が分かりにくい魔法……そんなあくどい手段を使いだしたのだ。



全く、スポーツマンシップの欠片の無い連中め。 ……そんな手間をかける余裕があるならば、その時間を修練に当てればいいものを!






しかもその方法は年々姑息を極め、中にはヴァルキリー達の監視を容易くかいくぐる者もいる。当然判明次第、メダルの没収や勇士判定の抹消が行われるが…。由々しき事態なのに変わりはない。


儂も長年この大会を見守ってきた。だから、どんな輩が違反行為をするかはある程度見極められる。


それを活かし違反者の拿捕を手伝おうと、顔見知りのヴァルキリーに申し出もしたのだが…。思わぬ返答があった。



『今回より面白い対策をとったから、安心して観戦してほしい』とな。 ふむ…。かのヴァルキリーの言う事だ。信用すべきだろう。



はてしかし…どのような対策だろうか。 この目でそれを見ることができれば楽しかろうが…。


…いやいや。楽しいなんて口にしては駄目だな。不正は無いに越したことはないのだから。










―さて、そうこうしているうちに開会の儀が終わってしまった。暫しの余韻に浸りたいところだが…。腰を上げ、移動するとしよう。


なに、いくら老いたと言えども歩行に問題はない。これこそ昔取った杵柄というもの。


では何故、足早にどこぞに向かおうとしているか…。 まあ、それは着いてのお楽しみだ。








――よしよし、到着した。 早く来た甲斐があった。この短距離走競技場の観客席には、儂以外の姿はない。


耳に入るのは下で準備を急ぐヴァルキリー達の声と、その動く音のみ。 ほとんどを静寂で満たしたこの空気が、たまらない。



……さっきは勿体ぶった言い方をしてしまった。なに、何のことはない。 儂が個人的に、この『事前準備中の競技場』が好きなだけだ。



此処に居ると、昔を思い出す。これから競い合うことを予見させる、雄々しいまでの静けさを。それに負けぬように、ひたすらにストレッチをしていた時のこと。


そして…刻一刻と時は過ぎ、観客が一人また一人と入ってくるたびに、引き締まってゆく身の感覚を。 ふふ…老いた身体とはいえ、身体の芯が沸々と沸き立ってくる。



この雰囲気を味わえるのは、この瞬間のみ。だからこそ、急いで来たという訳だ。ここで1人で目を瞑り、今と昔を繋ぎ想うというのも、楽しみの一つでな。


それにもうそろすれば、かつての儂と同じ、武者震いをさせた選手たちがここへ…――




『On your mark...』



―む、ヴァルキリーの声。 もう誰かしらが来たようだ。そして、最後の調整として走ってみるらしい。


体力を温存し、柔軟に勤しむ者。逸る気持ちを抑えきれず、身体を温めだす者。 ふっ…儂の時も、居たとも。


その点に関しては、今も昔も変わらない。 スポーツマンの…いや、勇士のさがなのだろう。




『Set...』



―用意合図がかかった。数瞬後には、構えている選手が全員、弾かれたように飛び出す。


そしてその最後の合図は、ヴァルキリーが持つ盾と武器が打ち鳴らされる衝撃音。 さぁ、あの音が響き…―。



『よーい、どんっ!!』








――はっ……?  えっ……!?!?  なんだ、その…子供のかけっこのような掛け声は…!?


目を閉じていた儂は慌てて目を見開き、競技場内を見下ろす。 幾ら本番ではないとはいえ、少々戯れが過ぎる…!



―――そう眉を潜めようとしたが…その眉は別の意味で、深くしわ寄ってしまった。怒りではなく、物事の異様さに…。



何故ならば……『宝箱』が…………複数個並んで、疾走していたのだから……。









「ごーるっ! 電気ボルトのような速さで!」


……更に、妙ちきりんなことが…。 ゴールポイントまで辿り着いた宝箱の蓋がパカリと開き、中から女魔物が姿を現した…。


軽く白い粉を被ったようなその女魔物は、斜めに天を指すような、弓を引くかのような決めポーズを。更に遅れてゴールした宝箱も、蓋がパカリと…。



…なに…!? 中は、牙や触手や、小動物の類…!? あれはいったい…? 総じて、粉まみれな見た目になっているが…―。




――!!なんということだ……!あの宝箱達が走っていたトラックの道筋に…白線が…! 一切歪むことなく、…だと…!?




…まさか…。今の疾走は、白線引きのためだと言うのか…? いやそもそも、あの魔物?は一体…。






「おー!凄いっすね~! 私達でも、こんな綺麗な白線を引くのは手間っすのに!」


儂が首を捻っていると…先程スタート合図を出したヴァルキリーが、謎の魔物達の元へ。

すると代表して女魔物が、一旦箱の中に引っ込んで……白粉を綺麗に落として(!?)再度出てきた。



うち会社の訓練で良くやってますから! こういう系なら、なんでもござれ!」


「いやそれでも、さっきやってたような『ハンドルを取り外した整地ローラーに入って地ならし』なんて、できるとは思いませんすよ…!」


「えへへ! ここでの一連のお手伝い、うちの『訓練道具倉庫』とかで遊んでる子ならお茶の子さいさいですよ~!」



……和気藹々と会話をする、女魔物とヴァルキリー…。 儂にはよくわからないが…とりあえずあの謎魔物は、ヴァルキリー達の手伝いをしているということらしい。



なれば、訝しむ必要もないが…。 前の大会では、一切見なかった魔物だ。口ぶりからしても、今回が初参加のよう。


……もしや、あの魔物が…? ふと頭の端に浮かんだ推測を捻じっていると―。背後より、聞き覚えのある声がかけられた。





「おや、こちらに居られましたか。 先の提案、誠に感謝いたします」


「おぉ…!これはシグルリーヴァ殿…!相変わらずお美しい御姿で。 儂はまだ、寿命が尽きませんで」


現れたのは、先程聖なる火を扱っていたヴァルキリーの『シグルリーヴァ』殿。 儂の顔見知りと言うのも、彼女のことだ。



「ふふっ。お褒めの言葉、有難うございます。 ですが、決して死に急ぐことはしないでください。勇士たる貴方様の到来を、私達はいつまでもゆっくりとお待ちしています」


「そう言っていただけると、感激の極みでございます。 …ところで…」


礼もそこそこになってしまったが…。儂はそう切り出す。そして…競技場を指さした。



「シグルリーヴァ殿が仰っていた『面白い対策』とは…。よもや、あの魔物のことで?」


「えぇ!よくお分かりに!彼女達は『ミミック』という魔物です。 隙間や穴あるところに潜むという魔物ですが…それを活かしてもらい、違反者対策を」


「ほうやはり…! して、どのような…?」


「それは―、見ていただければわかるかと。 既に開催している種目がありますので、そちらへご案内いたしましょう」


無邪気な悪戯っ子の如き表情のシグルリーヴァ殿は、儂に浮遊魔法をかけ手を引き、空を駆けてくださる。


死した魂となった際も、同じように招いてもらえるのだろう―。しかし今はそれを体験できた喜びよりも、ミミックとやらの『対策』が気になって仕方がない…!











「ここは…?」


シグルリーヴァ殿に連れられやってきた競技場は、大きく開けている作り。そして…縦に長く、選手を包むような形の網柵。 なるほど、理解した。


『アレクサンダー選手、勢いをつけ鉄球を振り回します。そして…投げた! 良い放物線だ!』


実況が示す通り。ここは競技の一つ、『ハンマー投げ』のステージ。 今まさに、そのハンマー鉄球が空を…。おぉ…!全て新記録級だ!メダル間違いなしだろう。



「丁度良かった。次の選手が、私達が怪しいと睨んでいる者です」


儂が観戦に熱を入れてしまっていると、シグルリーヴァ殿が1人の選手を指し示す。ふむ…ははぁ…確かにあれは、不正をやらかす顔つきだ。


儂らに睨まれていることなぞ露知らず、その選手は肩をそびやかし、鉄球を手に。…既に、少々重そうに持っているが…。



「どの競技にも言えることですが、怪しいからと言って挑戦を拒むことは致しません。勇士となる可能性を奪いたくありませんので」


投擲位置へと入っていく選手を見つめつつ、そう口にするシグルリーヴァ殿。と、軽く溜息を。


「事前検査で弾ける違反者ならばまだ良いのですが、問題は瞬間的に詠唱、発動する魔法等を用いる者。特にこういった種目は目が届きにくくなります」


確かにこのような種目では、真横で判定を見守るわけにもいくまい。現に今も、担当ヴァルキリー達は離れた位置で審判をしている。


「そして、そういう者は往々にして痕跡を上手く隠します。故に、現行犯で確保する必要があるのですが…―」



シグルリーヴァ殿がそこまで説明を挟んでくれたその時―。怪しい選手は鉄球を振り回し始める。


あの動きは…十中八九、不正を働くだろう。全く…それならば魔法使用有りの競技に出れば良いものを。


最も、そちらだと取るに足らない程度の代物なのか、こちらで確実にメダルをもぎ取ろうとしているのか。どちらにせよ……。





……ん?待て…。 今しがた、シグルリーヴァ殿は何と言った?『現行犯で確保する』と?


ということは…それが見極められる位置に『対策』を…『ミミック』を配置せねばならない。ヴァルキリー達より近く、それこそ選手の目と鼻の先ほどに。


しかし…そのような場所は見当たらない。選手の周囲には、反対側が透けている網柵と鉄球しかない。ならば、どこに…。


『さあ大きく振り回し…おっと?急に勢いが増して…? っと、そのまま投げ――』


儂が虱潰すように探していている間に、くだんの選手は大回転。そして手を離し――




『「は…!?」』






……実況と、儂の声が被ってしまった。 いや、儂らだけではない。観客席からも同じ声が。更に…―。


「ぬぁああああっあああっ!?!?!?」


――選手の、悲鳴と狼狽が混じった声。それもそのはずだ…。なにせ……そやつ……。



……投げ飛ばした鉄球に捕まったかのように、共に空を舞っているのだから……。









「やはり、不正をしていたようですね」


予想通り、と笑うシグルリーヴァ殿。しかし儂は、丁度着地した鉄球と選手にしか目がいかなんだ…。


む…? あの位置にヴァルキリーはいなかったはずだが…いつの間にか現れている。そして、選手を拘束している…。 



むむ…!? 鉄球が…綺麗半分に!?







「えー…。只今、ヴァルキリー様より伝達が。『身体強化魔法行使による違反行為を確認したため、当該選手を確保、失格とする』とのことです」


実況の報告を受け、ざわつく観客席。複数名のヴァルキリー達に捕らえられ、連れていかれる選手。そして割れた鉄球の…中に……あれは!?


「『ミミック』…!」


「ご明察です。鉄球の中に、ミミックと審判役のヴァルキリーを潜ませていたのです」





さらりと答えらしき代物を教えてくださるシグルリーヴァ殿。……ただ……。……はぁ…???


「ミミックの力を借りることで、鉄球の重さや重心、安定度等はそのままに鉄球内に潜伏。 近場での目視確認と魔力流動察知、そして先程のように荒業ながら即確保することが可能となりました」


「…いや、シグルリーヴァ殿、そうは仰りますが…。鉄球の大きさは、片手でも持てるサイズ…。どうやってその中に、ミミックとヴァルキリーを…?」


解説をしてくださる彼女には悪いが、儂はそう問いかけてしまう。 まだミミックはそういう魔物だとしても…ヴァルキリーは人間大…。入るわけが…。


「どのような仕組みかは私達でも推測不能でして…。ミミックの特性としか。 ただ、この大会のために、一流のミミック達を派遣して頂けました」



少し恥じらうように語ってくださるシグルリーヴァ殿…。……特性?派遣…? 


……儂が年老い、理解力が低下した…という訳ではない…のだろうな…。












「では、今度はこちらの競技場へ」


更にシグルリーヴァ殿に案内して貰い、別の場所へ。 ここは…水泳場のようだ。



…いやしかし…。まさか砲丸投げや槍投げ、円盤投げに至るまで…道具が軽く改造され、ミミックが仕込まれているとは…。


暇を見て、その道具類を触らせてもらったが…。確かに何一つ違和感がなかった。変わらぬ使い心地、投げ心地。 そして、シグルリーヴァ殿が中に引き込まれるのも目にした…。


どれもこれも俄かに信じがたいが…儂が引退してから、技術(?)が進化したということにしよう。 …そうでもしなければ、儂、狂い死にでもしそうだ…。



 バシャンッ!



―と、痛む頭に心地よい、涼やかな水音が。水泳競技が始まったようだ。


「こちらにも、ミミック達は潜んでいるのです」


儂の横で微笑むシグルリーヴァ殿。どこにいるか当ててみろと言う事らしい。 ふむ…まあ…先程の流れからして…。


「あの、コースロープ…。そのフロートの中ではないでしょうか?」


「ご慧眼です!」


儂がプールに張られた仕切りロープを指さすと、シグルリーヴァ殿は頷いてくださった。 ふと、その瞬間―。


「がばば…! ごぼぼぼ……」


麻痺を食らったような声と共に、独走していた選手が溺れだす。するとやはり、横のコースロープからひょっこりとヴァルキリーが姿を現し、違反選手を回収していった。


…そして…微かに見えたのは…ウミヘビの類だろうか。すぐさまフロート内に引っ込んでいったが…。水棲のミミックもいるのだな…。



「…因みにですが、シグルリーヴァ殿。 あのロープが無い競技の場合は…?」


「勿論、対策済みです。例えば…飛び込み台の中であったり、それこそプールの底の邪魔にならない辺りに箱を沈めて潜んだり、です」


……なんという…なんという…。儂が唖然としてしまっていると、シグルリーヴァ殿は更に提案をしてくださった。


「宜しければ、他の競技場へもお連れ致しましょう。 まだまだ彼女ミミック達は、潜んでいるのですから」














……もう……もう……疲れた……。 数多のミミックを見過ぎて、頭が…。現役時代に感じた疲労感を上回った気すらする…。


彼女達、どこにでもいる…。アーチェリーの弓の中、高跳びの着地クッションの中、ラケットのグリップの中、舟の奥、自転車サドルの中、鞍の中、バトンの中、あん馬の中、重量挙げのバーベルの中…。


更には各種球技の球の中、ステージの障害物の中、様々な防具類の底、試合場の床下などなど……。無論、普通に観戦している分には気づくことができないほどに潜匿せんとくしている。





――こういう大会ではよく、実力が上手く発揮できなかった時の言い訳として『魔物が潜んでいる』という言葉が用いられるのを知っているだろうか?



要はありもしない存在への責任転嫁だし、参加している魔物選手たちに失礼な台詞だ。……と、思っていたのだがな…?




……まさか本当に、至る所に『魔物ミミック』が潜んでいるとは……誰も思うまい。



ただ、彼女達が襲うのは不正者のみ。責任転嫁どころか感謝をしなければいけないのが、違いだな。








そんなミミック達を一通り目にし、説明を聞き、ようやく最初にいた短距離走の競技場へと舞い戻ってきたのがつい先ほど。


シグルリーヴァ殿は仕事が控えているということで別れ、今は儂1人。いやはや…疲れつつも楽しい時間ではあった。


既にここの観客席はかなり埋まっており、選手たちも顔を並べている。 ふふ…この空気も、やはり好ましい。




そういえば…この短距離走でもミミックの見張りはあるのだろうか。他競技に比べれば、あの魔法によるドーピングがしにくいはずだ。


なにせ賞味10秒あるかないか。中途で詠唱する暇もない。それに審判役のヴァルキリー達は、トラックのほぼ真横で睨みを利かせている。


―ッハ…!もしや…スターティングブロックにか…! 走り出すまでの数瞬を警戒して…。 なら上手くいけば、ミミック達の活躍を見ることができるやもしれない。



…む。だが…今から走る選手の面々は、総じて公明正大なる様子。不正なぞ働く気はない。



それは…少々残念かもしれないな。…………儂は何を言っている! 不正が無いのが一番良いのだろうが!





『On your mark...』



む…! 競技場内に響き渡ったのは、先程も聞いた…そして長年聞き慣れた、準備合図。千寿は人魔問わず全員、スターティングブロックに足をかけだす。



『Set...』



続いて、用意合図。揃って、身体を昂らせる。 皆スポーツマンシップに則り真剣に競い合う気迫が、観客席にもひしひしと伝わってくる。


儂も、固唾を飲む。 そして――!



 ギャリィンッッッ!!




先の時とは違い、今度こそ正しいスタート合図が響き渡る。刹那、構えていた選手面々は、己が全力をフルスロットルで…―!




――む?? それと並行するように、選手を逃さぬように、トラックの横で何かが走っている…?…なっ…!




…あれは…宝箱!! そして、先程も目にした女魔物が…ミミックが、身体を出している!!





しかも、重そうな魔導機材サイドカメラを抱え、先頭選手と全く同じ速度で疾走しているのか…!? は、速い…!!



そのまま…ゴール…! ミミックが撮っていた映像は……全くブレていない…。 地面を滑るように走ることで、そのようなこともできるのか…!!



それに…選手面々が息切れしている中、彼女は全く疲れている様子が無い……全盛期の儂に匹敵するかのような速度だったというのに……。



ミミック…なんという魔物だ…。なんという…なんという……。




…もう儂、なんも言えねぇ……。



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