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閑話⑧

我が社の日常:ひと夜ひと酔に人見ごろ②

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この会社を、畳む―。つまり、『ミミック派遣会社』を廃業する―。


私が口にしたのは、考えうる限りの最悪の想像。あってほしくない、悲しき結末。

と、カウンターの奥の方からカチャンと食器がぶつかる音が聞こえた。ポルターガイストたち、聞き耳を立てていたらしい。…耳、どこ?




いや、そんなこと気にしている場合ではない…!もしそうだったら、看板を下ろすのならば、ミミック達や、ラティッカさん達、ポルターガイスト達は…!


思わずごくりと息を呑む。―と、社長は……プスッっと噴き出した。



「あははははは! 違うわよ! そんなわけないじゃない!」







…なんだ、よかったぁ…。気づけば、酔いも消え去ってしまった。 わ、変な汗もかいてる…。

そんな汗を拭いつつ安堵の息を吐いていると、社長はとろんとした瞳で、こちらに語り掛けてきた。


「…そうやって頑張ってたけど、最初の頃は上手くできなくてね。素材の見極めとか、ワープ魔法陣の設置とか、取引や契約の書類とか…」

自身の宝箱にぺしゃりともたれるようになりつつ、愚痴る社長。本当に大変だったのだろう。

「ラティッカを連れていったり、魔王やオルエみたいな知り合いに魔法陣設置をいちいちお願いしてたけど、それだと色々迷惑かけてたし、効率悪すぎだし…。魔法を覚えようにも、私には才能ないし…。そうこうしている間に書類はどんどん山になっていくしぃ…」

あぁ、とうとう箱の中に消えていってしまった。大丈夫かな…。ちょっと覗き込んで…。


「そんなときに来てくれたのが、アスト。あなたなのよ!」


ひゃっ!いきなり飛び出してきた…!!





「あ。ごめんなさい…。脅かしちゃった…?」

椅子の上でわたわたする私を触手で止めてくれながら、社長は謝ってくる。私が落ち着いたのを見て、話を続けた。


「あなたが来てくれてから、どれもこれも上手くいくようになったわ。あなたの魔眼で素材の相場は即座に分かるし、魔法も使いこなしているから色々やってくれるし、書類なんてすぐに片付けてくれる」


そう面と向かって褒められると、やっぱりとても嬉しい。役に立ててるようで何より…


「何より、人柄よ。優しいし、思慮深いし、見下さないし、頭も回るし、動けるし、怒るところは怒ってくれるし、必要な時は仕切ってくれるし、ミミック達との仲も最高に良いし…」


ん…? 嬉しいのだけど…褒めすぎでは…?


「そして、可愛い。髪サラサラだし、肌すべすべだし、顔綺麗だし、スタイル良いし、無茶も聞いてくれるし、一緒にいると癒されるし、笑顔が素敵だし、時折みせる無邪気なところも良いし…」


「ちょ、ちょっと…! も、もうその辺で…!」

まだまだ挙げたりなさそうな社長を慌てて制する。そんな褒め殺ししてくるなんて…!


「そうやって、顔赤くして照れちゃうとこもね♡」


うっ…! 社長、にへりと笑いながらトドメを刺してきた…! 









酔いが醒めたと思ったら、今度は酔いに呑まれたかのようなカラダの熱さ。火照ってきちゃった…。


社長、どうしてそんなに私を褒めちぎってくるのだろうか。なにか私を堕とす必要とかあるのだろうか。炬燵の設置時期の延長とか。

綻んでしまったままの顔は戻せずも、心でちょっと気を引き締める。そして社長の次の言葉を待つ。すると―。


「…ほんと、アストはこの会社になくてはならない存在なの。…ううん。私にとって、あなたは、何者にも代えがたいパートナー」


…どうやら何かの無心ではなさそう。お願いする時の猫なで声ではなく、先程よりも感極まったような、そして寂しそうな雰囲気も漂っている声。

何が言いたいのだろうか。更に真意を探るため、私は社長をじっと見つめる。…と、社長は、少し震えるように口を開いた。


「……だけど…アストは、あくまで雇われ秘書。いずれ、帰っちゃうんでしょ…。『アスタロト』の家に…!」







真に迫った、泣きかけの口調。多分、それが伝えたかったことなのだろう。バーを貸し切りにまでして、場の雰囲気とお酒に背中を押してもらう必要があったほどの。

しかしそれでもすぐには切り出せず、会社や自身の過去とかで回りくどく包み隠した、本当に聞きたかった質問。




…――あぁ! そう言えば正式に名乗ったことはなかった。


私のフルネームは、“アスト・グリモワルス・アスタロト”。…苗字から、察せる人は察しているかもしれない。


そう、魔界大公爵として名を馳せる、かの最上位悪魔族が一柱。アスタロト家の……娘である。



言ってしまうと『大貴族のご令嬢』ってやつ。自分で言うのもなんだかだけど。とはいえ、全く気にしなくていい。

今の私は、ミミン社長の秘書。それ以上でもそれ以下でもないのだから。


…え? そんな令嬢が、なんでここにいるのか? 端的に言えば社会経験。なにせ私、ミミック的ではない意味…普通に使われる意味での、『箱入り娘』だったのだから。

ま、その辺はまた今度詳しく。今はそれより―。






「先にお聞きしますけど…。私の両親から『辞めさせろ』的な連絡が来たんですか?」

顔色を窺うようにそっと、問い返してみる。すると社長は小さく、首を横に振り振り。それを見た私は…。

「ふ…っ。ふふっ…。ふふふふ…! あははははっ…!」


さっきの社長に負けないほどに、笑ってしまっていた。涙出るほどに。



「な、なによ…!」

ちょっと拍子抜けしたように、呆け気味の顔を浮かべる社長。私は涙を払い、込み上げる笑いを抑えながら手を振った。

「いえいえ…! ふふっ…。そんなことで悩んでいたんですか…。ふふふっ…!」

駄目だ、抑えきれない…! だって、だって…!


「『杞憂』のようなものですよ、社長。 ぷふっ…!」







「というか何を今更、そんなことで頭を悩ませてくださってるんですか。私を秘書として雇ってから、そこそこ経ったでしょうに」

ようやく笑いが収まり、私はやれやれと肩を竦める。社長はちょっと恥ずかしそうに身体を箱にひっこめ、顔の半分だけ出しながら呟いた。


「…だからよ。 最近、あなたの正体に感づくお客さんも多いじゃない? それで、急に不安になってきちゃって…。アストってアスタロト家の息女だから、いつかうちを辞めて、アスタロト家に帰るんだなって…」


なるほど。確かに最近、よく聞かれる気がする。魔力の大きさとかで気づかれるパターンが増えてきた。別に隠しているわけじゃないから良いんだけども。

しかし、それだけでそう不安になるとは…。ちょっと過敏すぎる気がしないでもない。



まあともかく、社長を不安にさせたままではいけない。慰め、を伝える必要がある。

「はい社長、ちょっと失礼しますよっと」

羽も使い、よいしょとバーカウンター内の社長に手を伸ばす。箱ごと掴むと、椅子に戻り自身の膝の上に。

「はい、ぎゅーーっ」

そしてそのまま、社長をぎゅっと抱きしめる。背中も優しく擦ってあげながら、声をかけてあげた。


「大丈夫ですよ、社長。杞憂です。私は簡単にはいなくなりませんから」








「…確かに、いずれは帰るでしょう。これでもアスタロトの名を継ぐ者ですから。いつかは爵位継承しますし、誰かと婚姻するかもしれません」

その事実を伝えると、社長は腕の中でピクリと震える。それをよしよしと宥め、続けた。

「ですけど、それは暫く先の話です。ずっとずっと、ずーっと。魔族の寿命は長いんですから、その分世代交代もゆっくりなんですよ。先代魔王様だって、任期、かなり長かったでしょう?」


問いかけに、社長はこくりと。ちょっと冗談交えてみよう。


「というか、私なんてまだまだ赤ちゃんのようなものです。おぎゃばぶです。まだまだ世間知らずです」

あ、ちょっと笑ってくれた。もう大丈夫そうかな。なら、あと一押し。


「この先、私にどんな『ルート』が待ち受けているのかはわかりません。ですけど、もう心は決まっているんです」


そして、ちょっと社長の耳に、口を近づけて―。


「まだまだ社長の隣に寄り添わせていただきますよ。こんな楽しい居場所、他にはありませんから!」









「……っ…! ぅ~~……。 ぅ~~…!」

社長、私の胸に顔を埋めたまま、くねんくねん。悶えている様子。耳真っ赤。ちょっとはいつもの仕返しできたかな。

…なんか、恥ずかしくなってきた。誤魔化すために、ちょっと話を戻す。


「それにしても良かったです。両親から『辞めろ』って連絡が来ていなくて」

「来てたら…どうしたの…?」

ようやく顔を少しあげ、こちらを上目遣いで訪ねてくる社長。そんな彼女に、私は言い切る。

「もし来ていたら、とりあえず問い質しに行きます。そして、取り下げさせますよ。…実家、半壊するかもしれませんね。譲る気はありませんから」

「…ふふっ。やり過ぎよ、それ」

思わず笑みを零す社長。さっき、私の笑顔が綺麗と言ってくれたが…それは社長も同じ。

いつも天真爛漫で快活な社長には、笑っている顔が相応しいもの。









「…さて! 恥ずかしいところ見せたわね。ちょっと飲み直しましょうか!」

照れ隠しをしながら、ぴょいっと隣の席に飛び移る社長。いつもの調子に戻ってくれたみたい。

「ごめんね皆! もう出てきていいわよー!」

社長のそんな声を合図に、奥からバーテンダーポルターガイストたちが戻ってくる。どうやら貸し切りの札も外すらしい。ちょいちょいと指示を出した社長は、声を小さくし、私に再度の謝罪を。

「…ごめんねアスト。変な愚痴を言っちゃって」

「お気になさらず!私は社長のパートナーですから。 寧ろ嬉しかったですよ、頼って貰って」

「やっぱり優しいわねぇ、あなたは…。好きよ」


そんな会話の後ろからは、静かにバーに入ってくるミミック達の音が。 ポルターガイスト達も、注文を取りに動き出した。

これで、元通り。いつもの。いつもの









「あ、そうだ!」


と、社長。さっき作ったジョッキカクテルを飲みながら、思い出したかのように手を打った。


「ようやく魔王がokくれたわよ。あんの恥ずかしがり屋、私とオルエ二人がかりで説き伏せてやったわ!」

「え! ということは…!」

「そ! 直接アストと会ってくれるって! 私達との飲み会の場でだけど」




「へ…? 正直そっちの方が有難いのですけど…。良いんですか?」


流石に魔王様と、一対一で面会するなんて畏れ多い。だから、嬉しい条件なのだが…。

すると社長は、ふふーんと笑った。


「寧ろあの子からの頼みなのよ。恥ずかしいからって。じゃ、その日まで、なるたけ魔王のイメージを崩しといてね」


……??? どういうこと…???
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