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顧客リスト№19 『ケンタウロスの高原ダンジョン』

人間側 とある騎馬部隊の疾走

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「うっしゃ、このトンネルを抜ければ『高原ダンジョン』だ。テメエら、召喚獣と盾の準備は出来たか?」

とあるトンネルの前、俺は連れてきたクランの面々に檄を飛ばす。なにせここから先は隠れられる場所は少なく、そもそもそんな暇が無いからだ。


ここ『高原ダンジョン』は名の通りほとんどが高原で出来ているダンジョンの上、棲んでいるのはケンタウロス。普通の鎧装備で侵入すれば忽ち見つかり追いつかれ、あっという間に矢だるまにされ復活魔法陣送り。

そのせいか、基本的に冒険者はここに来ない。来てもちょっと入ってちょっと素材を取っていくだけだ。それなら許されたりするが…。

ハッ!そんな女々しいことして何になる。冒険者を名乗る以上、魔物から略奪しなけりゃあな!

それに、ここにあるのはそんじょそこらじゃ獲れない素材の山々だ。ケンタウロスの弓矢に、その素材となる木材。連中が育てている農作物や生えている薬草も、あまり市場に出回らない物ばかり。

特に『ホースキャロット』なんてのは馬を使う騎兵や馬主がこぞって欲しがる代物だ。

更に更に、手間こそかかるがケンタウロスの毛や蹄は速度アップの御守りや装備、強い弓の弦、敏捷のポーションの素材とかになる。まさに黄金で出来た高原だ。 綺麗な景色?そんなもの何になる。


だがだが、ケンタウロスは強い。そこで俺が対策として講じたのが、『召喚獣に乗り、バリアや盾を活用しながらの電撃戦』だ。

ヒーラーや重戦士、魔法使いとかは全員留守番。ここに居るのは軽装の戦士や盗賊、弓兵達。そして召喚士だけ。勿論、持ってくるアイテムは最小限。

そして、その召喚術士が呼び出す召喚獣はケンタウロスに対抗し馬。まさに騎兵部隊。これで準備は…。ん?

「おい、なんで鹿を召喚した?」

「回復アイテム持ってき忘れちゃって…もうMPが無くて…」

「馬鹿か…」





「オラァ行くぞぉ! 攻撃を考えるな、自分の身を守れ! 素材を盗ることだけに集中しろ!」

「「「しゃあああああっ!」」」」

ピシャンと馬(一匹だけ鹿)を叩き、一斉にトンネルへと。暗い道中を駆け抜け、ダンジョン内へと突き進む。

あっという間に出口にたどり着き、バァッと明るい陽射しが照り付け一際涼しい風が顔を撫でる。さあ、略奪の時間だ!



「そういえば…なぜいつもこの時期に挑むんですか?」

と、俺の横に寄ってきた鹿乗り召喚術士がそう聞いてくる。意外と鹿、早いな…。まだケンタウロスには気づかれていないし、教えといてやるか。

「空見て見ろ。高いだろ」

「へ? はぁ、澄み渡った青空ですけど…」

「この空模様が続くようになる季節は、連中の食欲が増す時なんだ。ようは太って比較的鈍重になる。素材も一番質が良くなるのが今だ」

「なるほど! つまり、天高く馬肥ゆる…」

ヒュッ スコンッ!

「あきっ!?」

瞬間、変な音と召喚士の変な声が聞こえる。ハッと見ると、頭に矢が突き刺さっていた。しまった…!もうバレたか!

「全員盾を構え散開しろ! 行け行け行け!」

ゴロロロンと落馬ならぬ落鹿する召喚士を横目に、全員に号令をかける。ったく、召喚士の奴早々に死にやがって…復活費用高いんだぞ…!

まあ最低限の仕事は果たしたから良しとするか。さぁて、費用分稼いでやるぜ!






俺を乗せた馬は草原を駆け抜ける。パカラッパカラッという蹄の音、そして―。

キィンッキィンッ!
「「待て―!」」

盾に矢が弾かれる音と、追ってくるケンタウロスの声。

クソッ、やっぱり矢が雨のように襲い掛かってくるな…。だが、盾さえあれば問題ねえ。

あいつらの弓の腕はうちの弓兵を容易く凌ぐが、一つ弱点がある。それは、今俺が乗っている馬だ。


ケンタウロスも馬鹿じゃない(いや馬ではあるが)。足、即ち乗り物を狙えば俺らを仕留められることは知っている。

以前巨大な狼や鳥の召喚獣で侵入した際は、たちどころにそちらを狙い撃たれあっという間に全滅してしまった。

どうにも上手く行かず、なかばやけくそ気味に馬を召喚し挑んだ時だったんだが、そこで思わぬことが起きた。なんと矢の攻撃が一切馬に向かなかったのだ。

…まあその分俺らに集中し刺さって、すぐ殺されちまったんだが。


どうやらケンタウロスの連中、召喚獣とはいえ自身と同じ身体を持つ馬には弓引けないらしい。ありがてぇ限りだ。乗り物を守る必要が無くなった今、自分の身さえ守ってしまえば完璧ガードの完成となる。

後はただひたすらに逃げ、ケンタウロスを撒くだけ。召喚獣だからスタミナも抜群だから、先にケンタウロスの方がへばっちまう。

そうすれば後は奪い放題。笑いが止まらねえ!







「あぁもう…早い…!」
「くっ…」

気づけば追ってきていたケンタウロスは息切れして足を止めていた。矢も振ってこない。こうなりゃこっちの番だ。さてさて、どうしてやろう。

倉庫に押しかけ弓を奪ってやろうか、それとも人参を盗んでやろうか。ぐへへと思案しながら走っていた時だった。


「おーい! 大変だ!やべえぞ!」

焦った声で俺を呼んだのは、散開した他メンバー数人か。既に何か盗んできた…といわけではなさそうだな。バッグに何も入っていなさそうだ。

「どうした?」

盾を構えつつ馬の速度を調整しながら、そう聞いてみる。すると、そのメンバーの1人は悔しそうな表情で答えた。

「それが…ケンタウロスの連中、どこからかミミック連れてきやがった!」





「ミミックだと!?」

馬鹿な…ここにはケンタウロスしかいないはず…。いつの間に…。眉を潜める俺に、メンバー達は次々説明し始めた。

「倉庫で弓とかを盗ろうと宝箱を開けたら仲間がバクンと…!」
「畑に置いてあった木箱から触手が…!」
「薬草拾おうとしたら岩に擬態したミミックがいたんだ!」

どうやら、今この場にいるメンバー以外は全滅らしい。やられた…! 

いくらケンタウロスから逃げ切れても、素材を回収するときには馬から降りなければいけない。その隙を狙われたということか…!

武器を碌に持ってきてないのが仇となった。いや、持っていても対処できたかは怪しい。普段暗い洞窟の中にいるはずのミミックがこんな開けた高原にいると誰が思うか。

「あの…これ…」

と、歯噛みする俺にメンバーの1人が何かを恐る恐る差し出す。

「『ホースキャロット』です…一本しか盗れませんでしたけど…」

…人参一本じゃ金の足しどころか腹の足しにもならねえ…。





いかんいかん、気を抜いちゃあいけない。ここは敵地ど真ん中だ。それに、まだ金儲けの方法はある。

「向こうに疲労したケンタウロスがいる!残った全員でとっ捕まえるぞ!」

聞く限り、素材がある場所にはミミックが設置されている様子。行ったところで同じ穴の狢になることは目に見えている。

ならば標的変更、生きてる奴から素材を剥ぎ取っちまえば良いだけだ。それならミミックなんて関係ねえ。

「よっしゃぁ!やってやろうぜ!」
「根こそぎ毛を刈り取ってやる…!」

そうやる気を取り戻したメンバー達を連れ、俺は馬を回し来た道を駆け戻った。



「いたぞ! まだ休んでやがる!」

ダカラッダカラッと一際疾く馬を走らせ、標的である二匹のケンタウロスへと迫る。

「「来たっ!」」

芝生の上にちょこんと座り休んでいたその雌ケンタウロス達は急ぎ立ち上がり、逃げ始めた。しかし、疲れているせいか足が遅い。

あ?それだけじゃないのか? 二匹の馬の方の背中に何か鞍みたいなのがくっついてる。いや、鞍というよりかは箱。何かの荷物か? そのせいで足が遅くなってるのか?


なんか妙だなと眉を潜める俺を余所に、メンバーの1人が舌打ちをした。

「チッ…! あいつら髪と尾っぽ、小さく纏めてやがる。追い抜き際に引き抜いてやることは無理っぽいぞ」

「どうせ蹄も貰っていくんだ。仲間と合流される前にとっ捕まえよう。おい、誰か投げ縄を持ってるか?」

考えるのを止め、指示を出す。すると、弓兵が名乗りを上げた。

「任せなぁ! 馬上で弓を打つのは出来ないが、縄投げんのなら楽だ! はいやっ!」


縄を取り出し、速度を上げていく弓兵。ぐるぐると縄の輪を頭の上で回しながら、遅くなっていたケンタウロス達に一気に近づいた。

「ほらよっ!」

ヒュンっと空を切り、縄は一匹のケンタウロスの顔へと…! が、その時だった。

パカンッ
「いよーっと!」

突然ケンタウロスの背の箱が開き、中から何かがにょーんと出てくる。そして縄を空中でキャッチしたではないか。

「何だあれ…!?」

テンガロンハットを被っているが、どう見ても魔物。だって手を触手のように伸ばしてんだから。

「もーらい!」
グイッ

「うおっ…!?」

その箱に入った魔物は掴んだ投げ縄を力づくで引っ張る。呆気に取られていた弓兵はそのまま落馬させられてしまった。

「さあ攻勢に出ましょう! ひーーはーー!」

奪った縄をヒュンヒュン振り回しながらそう宣言する謎魔物。するとケンタウロスはくるりと方向転換、俺達の方に怒涛の勢いで迫ってきた。

これはヤバい。馬の回転は間に合わない。急ぎ盾を構え横を通り過ぎる形で避けようとするが…。

「これももーらったっ!」

「はっ…? ちょっ…!?」

交差し際、謎魔物が放った投げ縄がメンバーの1人の盾に絡みつく。瞬間、それはもぎ取られてしまった。そしてその隙を突き…。

スコンッ!

ケンタウロスが放った矢が盾を奪われたメンバーの脳天にクリーンヒット。あっという間の早業で討ち取られてしまった。おいおいおい…!なんだそりゃ…!

ただでさえケンタウロスは馬と人が合わさった騎兵のようなモンなのに、もう一人乗っているなんてズリぃぞ…!

しかも箱に隠れてるなんて、近づかなきゃわかんねえじゃねえか。畜生、騙された…!盾を持っていてもあんな風に奪われちまうんじゃ接近できない。もはや逃げるしかない…。


パカラッパカラッ!

「しまった…!」
もう一匹いるのを忘れてた。ガード出来るか…!?

パカラッパカラッ…

「あ…?」

何だ…?弓を射るでもなく盾を奪うでもなく横を通り過ぎてった…? まあいい…助かった。一旦撤退を…。

ちょんちょん

「なんだ! 邪魔を…」

は…?今誰に肩を突かれた? この馬には、俺以外乗っていないんだぞ…!? 


俺はゆっくりと振り向く。そこには…先程までケンタウロスの背にあった箱がちょこんと乗り移ってきていた。そしてその中には女魔物が。

「正面見なきゃ危ないよ」

…やっとわかった。こいつら、上位ミミックじゃねえか…!




「おりゃっ」

「ぐえっ…」

あっという間に馬から引きずり降ろされ、芝生に転がされしまう。気づけば残っていた面々もとっ捕まっていた。

そんな俺達の前に、二匹のケンタウロスと二匹の上位ミミック。その全員が顔を見合わせ、同時に叫んだ。

「「「「恋路の邪魔と女性の髪を勝手に切ろうとするやつはケンタウロスに蹴られて死んでまえっ!」」」」

ドガガガッッ!









――――――――――――――――――――――――――――――――

「おー! きりもみ回転からの頭から地面突き刺さり。これは高得点ですねぇ」

ケンタウロスに蹴られ吹き飛んでいった冒険者を見やりながら、テンガロンハットを被った上位ミミックは拍手。帽子を被っていない方の上位ミミックはぐぐっと伸びをした。

「一件落着と。 よいしょ」

彼女は自身が乗っていたケンタウロスの背にジャンプし飛び乗る。そして鞍の上に箱をカチリと嵌めこんだ。

ミミック派遣会社箱工房特製、『ミミック専用鞍』。要は馬に着ける鞍を改良し、箱を取り付けられるようにしたものである。何も知らない物が見たら、ただ馬が荷物を運んでいるだけにしか見えない。

これでケンタウロスはいつでもミミックを運べるようになった。更に元が箱のため、作物や薬草収穫の入れ物兼お手伝い役にもなる。



「あ。何か落ちてる」

と、テンガロンハットを被ったミミックが手をにょいっと伸ばし地面に落ちていたものを拾い上げる。それは人参だった。

「あいつらホースキャロット一本だけ盗んでたみたい。どうしま…」

ミミックが振り向くと、彼女が乗っているケンタウロスと、もう片方のケンタウロスがその人参をじーっと見つめていた。

「……」

右へひょい。左へひょい。ミミックが人参を動かすたびにケンタウロス達はそれを追う。更にはじゅるりと涎を浮かべ始めた。

「…止めておいた方が良いよ」

その様子を見ていたもう片方のミミックが忠告するが、テンガロンハットを被ったミミックはにんまりと笑う。

そして手を再度触手にし、ケンタウロスの顔正面、手がギリギリ届かない位置にブランとぶら下げた。

「「―!」」
ドドドドドッ!

瞬時に反応したケンタウロス達はそれを追いかけるように走り始める。馬が目の前にぶら下げられた人参を追うように。





「あ゛あ゛あ゛あ゛! もうしません゛ん゛!」
…なお少し後、正気を取り戻したケンタウロス達により、人参をぶら下げたミミックは暫く引き回しの刑に処されていた。

やっぱり傍から見たら馬が荷物を引きずって走っているようにしか見えない絵面ではあったが。
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