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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』

四十九話 「RD事変 其の四十八 『ダマスカス反攻②』」

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「ダマスカス軍、なおも展開中です」
 マレンがダマスカス軍の動きをモニターする。一八に分かれた部隊、ゼッカーが東西一つずつ潰したので計一六の部隊が現在も市街地を覆うように展開している。

「戦力としてはたいしたことはないが…気になる動きだ」
 ゼッカーはバイパーネッドを操作しながらランバーロ司令室の巨大ディスプレイを見つめる。

 その動きも気になって一つの部隊と戦闘をしてみた。結果としては圧勝であったので戦力的にはさして障害になるものではないと判断する。が、ダマスカスの動きにはやはり違和感があった。

「たしかに。ただの防衛ライン形成というわけではなさそうですな」
 フレイマンも長年の経験からダマスカスの動きが普通とは違うことに気がつく。

 防衛ラインを築くには戦力が分散しすぎているし厚みもない。本気で壁を作ろうとする動きとは明らかに違う。陽動、あるいは何かの作戦行動の最中だと考えるのが妥当である。

「ホウサンオーも前に出ました。こちらも仕掛けますか?」
 フレイマンは攻勢を提案する。敵が何をしようともその前に潰してしまえば問題はなくなる。

 アピュラトリスはいまだフィールドを展開しているので侵入される恐れはない。ならばガガーランドたちを使って一気に勝負を決めるのも手である。

「この状況では難しいかな。ガガーランドも興奮してきているようだ。彼は加減を嫌うからね」
 ゼッカーは提案に難色を示す。プランの中にはいくつかの【最悪のケース】が想定されたものもある。

 その中の一つが【各国首脳の全滅】である。

 戦場であるからには何が起こっても不思議ではない。特に火焔砲弾などは威力も強く、誤射で味方に当たれば相当な被害となる。一方、こちらは上位バーンという戦術兵器すら上回る人的兵器を投入している。

 このように今回の作戦では双方ともに危険なものを扱っているのだ。もっと言ってしまえばアナイスメルやマザー・モエラは物理的な破壊以上の害悪が存在するものである。それらが暴走すれば最悪以上の状況も起こりえる。

 ただし、ラーバーンにとってもっとも最悪の状況とは、これが【ただのテロ】で終わってしまうことを意味する。それでは意味がない。これはただ憎しみを増長させるためだけの行為ではないのだ。それによって火が燃え広がらねばならない。

 そのために五大国家は健在でなくてはならない。少なくとも首脳陣の全滅だけは避けねばならない。ここでの出来事を鮮明に覚えておいてもらわねばならないからだ。

「ザンビエル、預言はどうなっている?」
「現在、変更はありませぬ」

 ゼッカーの言葉にザンビエルが静かに頷く。ザンビエルの預言はほぼ百パーセントである。それが【確定】されている間は。

 しかし、未来が不確定であるのは間違いない。どんなに予想や展望が間違いないと訴えていても最悪の場合はこれが変わってしまうこともある。

 未来は創造力によって確定される。それは想像力とも言い換えることができ、思い描いた未来を作るためには強い意思と、それを実行する行動が必要である。当たり前といえば当たり前。なにせこの星そのものが星神の想像力によって生み出されたものだからだ。

 しかし、かつての旧時代がそうであったように予定が狂うことも大いにありえる。今の人類は本来想定された未来の中でも不確定のルートに入ってしまった。可能性は無限だからこそ未来も限定的な意味において無限なのである。

 偉大なる女神たちによって星は修復されはしたが、まだ人類が本来のコースに立ち戻っているわけではない。今この瞬間において、これだけの殺し合いをしているのだ。到底成功などとは言えない有様である。

 ザンビエルの預言にしても十番目のバーンの出現は記されていない。これ自体は、より大きな流れの中においては些末なことなのだろう。が、こうした不確定なことは往々として起こるものであるので警戒は解けない。

(それでも未来は変わらない。今のままならば…ね)
 ゼッカーは自らが生み出した流れがいまだこちらにあることを再確認する。それは預言があるからだけではない。ゼッカー自らが強い意思をもって臨んでいるからである。

 ラーバーンの人間の誰一人として油断している者はいない。どのような事態にも対応できるように各々が最善を尽くそうとしている。今の流れは彼ら全員の強い意思が生み出した結果なのである。

「ルイセ・コノ様、百十五階層を突破しました」
 そしてマレンからの報告。ここにきてルイセ・コノの深度がさらに高まったようだ。百十階層の突破を契機にして恐るべき勢いでアナイスメルの深部に潜っていく。それは深海。いや、星空を駆ける天馬のごとくである。

「まだ見つからないのか? コノのやつもたいしたことねーな。このままじゃどれくらいかかることやら」
 パルルがゼッカーの頭をヒレで叩きながら、依然として進まない【捜索活動】を揶揄する。

「彼女にできないのならば誰にもできないさ。我々は待つことが仕事だ」
 コノは間違いなく最高のダイバーであるし、すでにアピュラトリスが封鎖されている状況では援護もできないので任せるしかない。

「というか本当にあるのか? そんな【都合のいいもん】がさ。なかったら洒落じゃすまないぞ」
「さて、私にとっても専門外のことだからね。ないと困る、かな」

 今回、ラーバーンが仕掛けた作戦の目的。もちろん全世界の金融システムの奪取および破壊が目的であるのだが、真の目的はただ一つ。アナイスメルの【本来の能力】を解放することである。

 絶対に必要とまでは言わないが、これがなくては非常に困る。とても困る。この機能があるかないかでラーバーンの今後の行動がかなり制約される可能性すらあるのだ。それは人類の進化の遅れを意味する。

 火は恐ろしい力である。制限なく広がってしまえば現在のシステムに大きな影響を与え、最悪の場合は【世界の強制力】が働くことになる。それすなわち【ラーガ〈昇華する者〉】の誕生であり、【王の中の王】の誕生を意味する。

「我々の役目は、その最悪の段階に至る前に地上世界を粛清することにある。これは緊急の課題だ」

 ゼッカーははっきりと公言する。

 この状況で王の中の王が降臨したら人類は終わりだ、と。

 おそらく【彼】は、この現状をけっして見逃さないからである。あらゆる手段を使って星を守ろうとするだろう。そうなればもはや大人と子供。太陽人たる彼とこの星の人間とではそれだけの差があるのだ。もはやどうにもならない。だからこそラーバーンが動かねばならないのである。

「ただ、その過程でリスクが最大限に高まれば予定が前倒しにならないとも限らない。そこにも気をつけないといけないのだよ。そのために今探しているものが必要なのだ」
「発破をかけないと駄目だし、やりすぎても駄目か。なんだかパルルたちは中間管理職みたいだな」
「事実そうさ。我々の不始末で上司を引きずり出すわけにはいかないからね」

 パルルの言葉はラーバーンの特性をストレートに言い当てている。この不安定な世界を生み出したのは幼き新人類、いわば末端の部下の不始末。それに対処するのが課長あるいは部長である、より進化した人間たちである。そのさらに上にラーガが存在し、そのまた上には女神たちがいる。

 事が部長レベルで片づけば言うことはない。しかし、もう手の施しようもないほどに悪化していれば、その計画自体を凍結あるいは破棄しなければならなくなる。それを行うのが最終的な星の責任者たる女神であり、その直属の部下たちであるラーガたちである。

 ラーガそのものは人の可能性の一つであり、誰にでもラーガになれる可能性がある。

 なぜならば彼らは【神人しんじん】。

 人間としてかつての神々と同レベルまで進化した輝く存在なのだ。それはマリスの光が開花した自然な結果でもある。

 ただし、光の性質を忘れてはいないだろうか?

 光とは正義の力。正義と悪、光と闇は同じでありながらも対になるものである。両者は時にグラデーションとして交わるが、強烈なコントラストになることもしばしばある。

 正義は悪を許さない。
 光は闇を好まない。
 不純なものは排除しなければ光の世界には到達できないのである。

 王の中の王の降臨は預言されているものである。いずれ来たるであろう黄金の時代の人類の指導者に相応しい太陽の王なのだ。しかし、その誕生はしかるべき時期に行われなければならない。土壌が汚染されていれば種は正常に芽吹かない。

 ラーバーンはいわば農夫。王が輝く花を咲かせるために豊かな土壌を生み出す忠実な従者である。もしずさんな管理をして土壌を壊すことにでもなれば王の怒りを買うことになるだろう。

「いつの時代も中間管理職はつらいということさ。そのためにコノには期待している」
「あいつに命運を託すのか…正直ギャンブルだな」

 猫娘である。気ままな猫である。コノはザンビエルと一緒に加入したので古参のメンバーともいえるのだが、コノの気まぐれさを知っている者は若干の不安を感じてもいるのも事実であった。

「コノなら大丈夫さ。彼女も特別だからね」
「そりゃ特殊だろうけどさ。まっ、ゼッカーがそれでいいならパルルもいいけどな」

 カタコトの時は感情表現がほとんどなかったが、今こうして饒舌になってみるとパルルは意外とサバサバした性格のようである。それが誰の性格を元にしているのか、果てはパルルという自我そのものなのかはわからないが。

「ちなみにパルル、君はどのあたりにあると思うかい?」
「なんだ、パルルに聞いてわかるわけがないだろう。パルルはエスパーじゃないぞ」
「君も賢人とは縁あるものだ。何かわからないかな?」
「無茶ぶりだな、おい!」

 パルルは所詮パルルである。それに期待するほうがおかしいのだが…、パルルという存在が存在たりえる理由は世界にとっても非常に重要な要素である。

 アナイスメルは賢人の遺産の中でも最上級のものとされている【秘境】だ。正直にいえばルイセ・コノであっても前情報が限られている状態ではかなり心許ない危険な場所。実際に入ってみないとわからないことも多いのである。

 そこでパルルの出番である。

「いや、おかしいだろう。ないものを要求したって生まれたりしないぞ」
「そこをなんとか頼むよ」
「だから無茶ぶりーーーー!」

 そう言いながらもヒレをパタパタさせて「あー」「うー」唸りながら、ものすごく小さな声で答える。

「たぶん…百三十階層だな」
 ものすごく適当である。勘である。そもそもこの金魚、おたまじゃくし的な何かに勘があるのかすら疑わしいのだが。

「ふむ。賢人ならばそれくらいは要求してくるか。マレン、そう仮定した場合の時間は?」
「申し訳ありません。ここまできますと予測は不可能です。次元が違いすぎてこちらとは法則が異なるのです」

 マレンいわく、すでにルイセ・コノが到達した階層には時間の概念が相当希薄になっているという。こちらも概念的になってしまうが、本来世界に時間は存在しない、と考えることもできる。

 時間とはそれを感じる者によって大きな差が存在し、一瞬を数秒に感じたり、逆に一時間をあっという間に感じたりすることもある。そこには多大な個人差がある。

 これを時計というものを使って観測しているわけだが、本質的には【状態の変化】を見ているにすぎない。もちろん、その状態の変化を時間だと定義すれば時間は存在するのだが、それを体感するのは現在という【今】である。

 過ぎ去った過去も、これから来るであろう未来もこの瞬間の中だけに存在する。逆に考えると現在という今がなくては過去も未来も存在しえないのである。

 と、こんな話をしてしまうと先に進まなくなってしまうのだが、ルイセ・コノがいる次元において時間というものは限りなく存在しないに等しいのである。

 彼女がいる世界は半ば霊の世界、霊域である。たとえば愛の園と呼ばれる高級霊界に赴いた人間と、今この地上世界にいる人間との時間の感じ方は大きく異なるという。

 当人は二週間かそこらしか経っていないと思っていたら、地上では四十年経過していた。ということも多々ある。この場合、地上の人間から見れば向こうの時間の流れは遅くなっており、向こうから見れば地上の時間が速くなったように思える。

 たとえば楽しい時間は一瞬で終わる気がする。時間のことを気にせずに楽しんでいるからである。時間があると定義しても、これだけの【感覚の違い】が生じるのである。

 霊体自体は不死の素材、神の粒子によって造られているので、生命が永遠に死なないことを理解すれば時間は存在しないに等しいのである。少なくとも時間というものと密接に関わっている地上の人間からすれば想像も難しいが、意識の世界とはそういうものなのだ。

 つまり、どれだけかかるかなど、到底わからないのである。

 これも逆に考えると、【一瞬で終えてしまう】かもしれないのだ。現在訪れている次元の環境条件と彼女の意識レベルおよび技量の問題によって変わってくるのである。

 今、彼女の意識はゼッカーがジュエルを使って拡大している感覚を遙かに上回る速度で働いている。地上の人間には途方もない情報量に見えても、解放された意識にとっては些細なことも多い。

 肉体の束縛から解放された霊とは、スーパーコンピューターすら凌ぐ存在となる。なにせ魂の膨大な情報すら扱えてしまうのだ。その体験、感情のすべてを網羅できるものと、そもそも比べてはいけない。

 なので、結局「わからない」ということになるのである。

「やれやれ、また振り出しに戻った気分だね」
 ゼッカーもそれは理解していたが、気休めでも三十分とか言ってほしかったので若干うなだれてしまう。当初はもっと下の階層にあると思われていたが、まだコノが発見できないとなればさらに下層、より高次元の領域に存在していると見るべきなのであろう。

「百三十階層か。賢人も人が悪いね」
「おいおい、パルルだぜ? あまり信用するなよな」

 パルルが自虐的にそう言う。子供たちに遊び道具にされ、パルルの自尊心はズタズタなのである。自分で自分を信じられない哀しい存在である。

「それでも何かにすがりたいのは私の弱さかな」
「平気でダマスカスに攻め込んでいるやつの台詞じゃないけどな」

 と、一人と一匹がじゃれている間に事態が動く。

「ダマスカス軍に動きがあります。ご注意ください」
 マレンがダマスカスの変化を察知。分かれた部隊が集結してゼッカーのバイパーネッドに向かってきているようだ。東と西、それぞれで同じことが起こる。

(何かのカモフラージュのようにも見えたが…この状況で向かってくるか)
 ここでゼッカーの中にわずかな躊躇が生まれる。ダマスカス軍が一見すれば無意味な動きを見せていたことで、何か裏があるのかと勘ぐり始めていたところであった。

 それがこうして向かってくるとなると疑念が揺らぐ。今までダマスカス軍が行っていた無意味な行軍は【軍事的なもの】なのか、と。

 もしリュウの提案が承諾されていなければ、ゼッカーは【その可能性】に気がついたかもしれない。そうなれば当然、リスクを承知ですべての戦力がダマスカス側に向くこともありえたのだ。ここもまた歴史において重要なターニングポイントであったといえる。

「これは…珍妙な」
 フレイマンがダマスカス部隊の動きに目を見張る。ハイカランを主軸とした部隊がゼッカーのバイパーネッドを大きく半包囲した。ここまではいいだろう。

 ただし、【街を背にしているのはバイパーネッド】のほう。

 つまりダマスカス軍はアピュラトリス側に背を向けて陣取ったのである。この瞬間、フレイマンが言う実に珍妙な陣形が出来上がる。

「…面白い策を取ってきたね」
 ゼッカーも予想していなかったことである。通常何かを守るときは、当たり前だが守るものを背にするだろう。眼前の狼から娘を守りたいなら父親は【立ち塞がる】はずだ。

 だが、この構図では、狼の目の前に娘、狼の背後に父親がいることになる。これはおかしい。これではまるで娘を囮にしているようなもの。狼がその気になれば娘の命を奪うこともたやすいわけだ。

 では、父親は諦めて自分だけ助かろうとしたのか。娘を犠牲にすれば時間を稼ぐことができると判断したのだろうか。

 否。そうではない。
 その証拠に父親からは【勝気】が視えていた。

「本気…のようですな」
 フレイマンがダマスカスから発せられる気勢を感じ取る。これは明らかにさきほどとは異なるものだ。

 ゼッカーのジーバ・ラピスラズリの感覚もダマスカスに宿る今までとは違う質を感じ取る。残念ながら今までの質は【弱気】であった。それも仕方がない。奇襲とはいえあれだけの防衛部隊が一蹴されたのだ。自信を失うのも当然だろう。

 しかし、今感じられるのは正反対のもの。彼らはようやくにして意欲的に相手を倒そうと意気込んでいる。さきほどまでの最初から防ぐ気質から、徹底的に攻める気質へと変化した変わりようは異常であった。

「さて、どうするか」
 ゼッカーには二つの選択肢がある。

 一つ目は街に突入してより多くの市民を虐殺すること。
 二つ目は街を諦めてダマスカス軍を迎え撃つこと。

 どちらにもそれなりの価値がある。市民を殺すことは心理的圧迫感を与えることになり、怒りにせよ焦りにせよ動揺を生み出す。いくらハブシェンメッツが統率しても、一般の兵士たちの動揺は隠せない。数の少ないラーバーンにとって、それらの隙は大きな助けになるだろう。

 ダマスカス軍も戦力としては侮れない。彼らが包囲作戦を取るならば、それを叩いておくことはユニサンやオロクカカにとっては価値あることである。ケマラミアの負担も減らすことになるだろう。

 ただし、今になって相手が攻勢に出るということは、ダマスカス側が勝機を見いだしたことを意味する。相手が無策で挑んでくるとは思えない。

 そして、ゼッカーがまず取った行動がこれである。


「…動かないな」
 バクナイアはバイパーネッドが動きを止めたことを確認すると、信じられないという顔をする。まさか本当にこうなるとは思わなかったのだ。

 それも当然のこと。こんな馬鹿げた作戦を考える者も、それを採用する者も普通はいないのだ。ただ市民を守ろうとする軍人では気がつかない発想である。

 ただし、それに気がついた者、リュウにとってはバイパーネッドが止まったことは当たり前のことであった。

(こんなにも早く見抜かれるか。さすがだね)
 ゼッカーが動かなかったのは、リュウの立てた作戦を見抜いたからである。ジーバ・ラピスラズリの力で感覚は増大していたが、見抜いたのは彼が持つ慧眼ゆえである。

 それはゼッカーもバイパーネッドというものを熟知しているからにほかならない。

 リュウがこの作戦を立てる前、バイパーネッドという兵器を何度も入念に観察していた。まず思ったのが「コンセプトがはっきりしている」ということ。そうでなければ、あのような独特なフォルムの機体は生まれないだろう。

 その特徴から導き出された結論はこうである。それは実に技術屋らしい考え方であった。

「あの機体の武装は三つ。両腕のソードと両肩のダブルガトリング、両腰のダブルキャノン。ゼルスセイバーズの交戦データから、おそらく自爆装置もあるはずだ」

 リュウはMG開発に携わっている人間である。MGの見方が普通のパイロットとは異なっている。その彼が着目するのは、まず【弾倉】である。

弾帯だんたいがないところを見ると、まず圧縮弾倉なのは間違いない。そうだな…肩を見る限りじゃ二十ミリ弾あたりが四千発ってところか。キヤノン砲のほうは十数発かな」

 リュウは今までのデータからバイパーネッドの【残弾】を予測する。

 MGを見ればすぐにわかるが、通常の弾倉、マガジンをもちいる武装は少ない。MGはいわば人間を大きくした存在なので、もし普通の弾薬を使うとなれば巨大なリュックサックが必要となってしまうだろう。それではMGの機動性が失われてしまい、使い勝手が悪い兵器になってしまう。

 そこで生まれたのが【圧縮弾倉】である。

 これは化合弾倉とも呼ばれており、圧縮した原料をその場で化合して弾丸を生成する、というものである。これによって弾丸そのものを携帯する必要性がなくなり、MGの機動性は維持されることになる。

 たとえれば濃縮ジュースのようなもので、何倍にも濃縮することで小さいスペースでより多くの量が運べるようになるのと同じである。現在のMG、ある程度しっかりしたものには圧縮弾倉が採用されている。

 ただし、これには弱点もある。まずこの弾倉自体が非常に高価なものであり、まだまだ発展の余地があるという点。高品質のハイカランにも完全な形では搭載されておらず、実弾に頼らねばならないことも多い。そのためにハイカランには武器換装システムがあるのだ。追従している車の一部はハイカランの武装を運ぶためのものなのである。

 次の弱点は、弾丸を生成する必要があるのでそのための時間が必要になること。リロードに一定の時間がかかることである。また当然、圧縮された材料がなくなってしまえばもう撃つことはできない。

 リュウが言った四千発という量は、ゼルスセイバーズとの交戦記録と現在オロクカカが操っている機体から得たデータからの推測で、最低でも四千発というわけだ。

 これにしても現在ダマスカスが有している圧縮技術を遙かに超える量である。可能ならば破壊した機体からサンプルを奪いたいと思うくらいであるが、自爆するのでそれも難しいだろうか。

 そう、自爆装置が搭載されていることからバイパーネッドはそもそも帰還を想定されていない造りのようである。すべての弾丸を撃ち尽くして最後までソードで抵抗し、もしまだ敵がいたら自爆して終わる。そんな想定で生み出されているようだ。

 ただし、疑問もある。

 主武装であるガトリングの二十ミリ弾は対MG戦闘を想定するとやや弱い武装である。弾数で圧倒することもできるが、どちらかといえば車両を破壊するのに適している。

 その証拠にガトリングの使い方はミサイルの迎撃や突破口を作る際の使用に限定されており、基本はソードを使っている。キヤノン砲は強力であるも弾数が少ないので、使いどころはさらに限定されるだろう。

 ここまで分析したとき、リュウは一つのことに気がつく。

「あれはな、人を殺すための兵器なんだよ」

 バイパーネッドは【対人戦闘】を目的として造られていた。MG開発に携わる人間ならばすぐにわかることである。

「だが、相手はこちらのMGを圧倒していたぞ?」
 バクナイアから見ればリュウの分析を信じないわけではないが、現状はさして変わらないように見える。相手がハイカランを圧倒できるのは確かなのだ。

「あれは動かしているやつの腕前がヤバいのさ。が、問題はそこじゃない」
 リュウにとってはゼッカーが凄腕かどうかは問題ではない。機体性能、機体のコンセプトというものには必ず意味があり、そこには必ず【限界】があるのだ。

「あれは支援機なんだ。本来単独で動くものじゃないはずだ」
 そう。リュウの見立ての通り、バイパーネッドは戦場においてはあくまで支援機である。これはバーンが操る特機の支援をすることで本来の性能を発揮するようにできているのだ。

 主に市街地での戦いにおいてバイパーネッドは性能を発揮する。今ゼッカーがやっているように露払いをしたり、市民を虐殺したりするのに適しているのだ。性能は恐ろしいが、そうとわかってしまえば対抗策はある。


(やはりな…)
 ゼッカーはハイカランが武装を「大盾jに変えているのを見て、自身が想像したことが現実であることを確信する。

(さすがダマスカスだ。いい素材を使っている。貫くのに百発以上は必要かな)
 的確に射撃して最低百発は必要な装甲である。しかもゼッカーは生粋の剣士なので射撃は得意ではない。AIによって補正しても苦手なものは苦手なのだ。それを考えればプラス五十発は必要だろう。

 ハイカランは弱い。

 などとは誰も思わない。

 そう思ってしまうのはナイト・オブ・ザ・バーンがあまりに強すぎるからである。あの化け物MGの腕力だからこそハイカランの大盾は簡単にひしゃげるが、バイパーネッドではそうはいかない。

 忘れてはいけない。このMGはオーバーギアではないのだ。あくまで戦気で補強するにすぎず、機体が持つ限界性能を超えることはゼッカーにもできないのである。


「ならば話は簡単。弾を撃ち尽くさせてしまえばいいんだよ」

 リュウは改めてそこを強調する。ここは相手にとって敵地。いちいち補給などしている暇はない。兵器にとって一番大切なのが補給であり、また一番怖いものが補給がないことである。

 相手もそれを承知でこうした【消耗品】を送ってきている。ならば消耗させてやるのが一番手っ取り早い撃退方法なのだ。

 しかし、そのやり方が問題。

 どうやって弾を撃たせるのか。その答えがバイパーネッドの目の前に広がっている。大盾を使う作戦自体は良いが、バクナイアが激高したのはこの点、【市民を消耗品として使う】ことである。

 弾を撃ち尽くしたバイパーネッドがいちいち逃げまどう市民をソードで倒すのは効率的ではない。できなくはないだろうが、ハイカランも常に攻撃のチャンスを狙っているのである。

 バイパーネッドが市民を攻撃すればダマスカス部隊も全力で倒しにかかる予定だ。数だけは勝っている。そこを単純に生かすのである。いくら強力な個体だろうが、背後から攻め続ければ倒せないことはない。所詮、相手は量産機なのだから。

 こうしてゼッカーが動かない理由は三つ出てくる。

 一つは背後から攻撃されるリスクを恐れてのこと。
 二つは市民虐殺自体には戦略的意味がないこと。
 三つはこれによって味方が不利になること。

 である。

 一つはすでに述べた通り。バイパーネッドとはいえナイト・オブ・ザ・バーンのような特機ではない。絶対的な力は有していないこと。

 二つ目と三つ目はほぼ同じ意味で、市民を攻撃してもハブシェンメッツは陣を解かないどころか、ダマスカスが逆に塔側への攻撃を開始する可能性すらあることである。

 そもそもゼッカーがこのような行動に出たのはルシアへの牽制が目的である。この段階で当初の目的は達成できなかったことは間違いない。せいぜい揺さぶり。動揺くらいなもの。ゼッカーがそれで満足するか否かという問題となる。

 仮にバイパーネッドが街での虐殺を続けるならば、それはそれでダマスカスにもメリットがあるのである。それだけ戦力を分散させることに成功し、さらにヘインシーたちの時間も稼げるのだ。

 現在は互いに時間を必要としている奇妙な状態。

 それをどちらも知らないだけにすぎない。これらは市民を見捨てるという選択肢によって生まれた逆転の発想である。

(しかしそれにしても一瞬で見破るか、普通?)
 リュウは一瞬でこちらの策をすべて見通した、姿も名前も知らない存在、ゼッカーに対して恐怖を感じる。

 リュウにしてもすぐにこの作戦を立てたわけではない。ある程度分析する時間が必要だったのだ。それを一瞬で見抜く段階で、今対峙している相手が極めて危険な存在であることがわかる。

(場違いなのは俺のほうかもしれないな)
 ハブシェンメッツとゼッカーとの勝負に割り込んでしまった居心地の悪さ。名人同士の打ち合いに、ちょっとかじった素人が口を出す気まずさは相当なものである。

(だが、頭が良すぎるのが仇となったな。あんたが馬鹿でなくてよかったよ)
 これは相手が有能であるからこそ効果がある戦術である。先が見えるからこそ止まってしまうのだ。

 少なくともこの瞬間だけは虐殺が止まるのである。
 ならばやる価値はあるだろう。

「さあ、俺と勝負するかい。旦那よ!」


 ゼッカーもリュウの挑戦的な気質を感じていた。姿は見えずともしっかりと感じることができる。荒々しく、彼の髪の毛のように真っ赤な闘争心。そこに宿るは怒りに似た想い。

(この気質はジェイドに似ているな。いや、それよりもっと気丈か)
 ゼッカーは上位バーンであるジェイドを思い出す。炎の気質を持つ意味では両者は似ている。だがリュウは、もっと剛胆かつ勝負師のような気丈さを持ち合わせていた。

「面白い。私を試そうというのか。立場が逆になったな」
 自分はハブシェンメッツを試したのだ。ならば今度は試される番になっても文句はなかった。

「私の選択はこうだ」

 ゼッカーの決断は早かった。即座にバイパーネッドを二手に分け、東西で二機ずつが街の方角へ、三機は塔側に陣取ったダマスカス軍へ向かう。

「これならば君たちはどうするかな」

 ゼッカーの選択は実に単純明快である。選択肢が二つある以上、二つとも実行してしまえばいい、というもの。バイパーネッドが東西に五機ずついるのだから、こうして分業にしてしまえばよいのだ。加えて街に向かうバイパーネッドはダマスカス軍を誘うかのように蛇行しながら移動する。

「少佐、敵機が街に向かいました! このままではまた!」
 その情報は現場の指揮官であるアシェットンにも届く。これが危険な状況なのは誰の目にも明白。いくつかの部隊が反応しそうになったのでアシェットンは命令を繰り返す。

「追うな。これは命令だ」
 アシェットンも追いたい気持ちはあった。しかし、すでに部隊を一つ潰されていることが幸いした。普通に戦っても勝てない。それを痛感したからこそ耐えることができたのである。

(ほぅ、追ってこないか)
 ゼッカーは最初の交戦からアシェットンならば追ってくると思っていたので、少々意外であった。

 当然、これは罠である。

 彼らが街に行ったバイパーネッドを追えば、その背後を三機のバイパーネッドで突いて各個撃破するつもりだったからである。そうして攪乱しつつ戦力を削っていく予定であった。が、相手は乗らなかった。

「だが、どこまで耐えられるかな」
 ゼッカーとしては二機のバイパーネッドは捨て駒にしてもかまわないのだ。どのみちここからではホウサンオーたちの援護はできない。このまま弾がなくなるまで市民を虐殺し、最後は自爆させても一向に問題がない使い捨ての道具である。

 こうしてゼッカーは何度も相手を誘うような動きをする。あえて遠回りして焦らしているのだ。

 だが、乗らない。
 リュウの作戦はバクナイアから出ているのでアシェットンは従うしかない。

「なるほど。相当場慣れしているな。こりゃしばらく戦争がなかったうちの軍隊じゃつらいわけだ」
 それを見ていたリュウはゼッカーの戦闘経験値の高さを敏感に察する。動きを見れば敵が常に戦いの中に身を置いてきたことは簡単にわかる。どのような状況になっても即座に対応できるのがその証拠だ。

 さらにこちらを罠にはめようとしている。最初からバクナイアが釘を刺しておかなかったら、飛び出した部隊があったかもしれない。その結果はおそらく一方的な破壊となったに違いない。

「助かったよ。甘く見てくれて」
 リュウはゼッカーの迅速な選択に感嘆しつつも、つい本心が口からこぼれる。

 リュウは内心ヒヤヒヤしていた。もしゼッカーが片方にすべての戦力を向けたら到底勝ち目はなかった。だが、あまりに頭が切れるがゆえに【戦術的】な行動を取ってくれた。場慣れするがゆえに感情よりも効率的な動きを取ってくれたのだ。

 これこそがダマスカス側の唯一の勝機。

「おじさん、作戦通りに!」
「本当に大丈夫なんだろうな、リュウ!」
「俺だってバアちゃんが街にいるんだ。命張るぜ!」

 リュウの祖母も街で暮らしている。まだ距離はあるが、このまま戦火が拡大すればどうなるかわからない。MGの銃弾や砲弾は十キロくらいは軽く飛ぶ。相手がMGならばいざ知らず、生身の人間くらいなら簡単に殺せてしまえるものなのだ。

(その前に叩かせてもらうぜ)
 リュウはこの瞬間にすべてをかける。勝負に出た以上は最後まで諦めるにはいかないのだ。


「動いた! 各部隊は命令通りに動け!」
 アシェットンの命令でダマスカス軍も同時に動き出す。その動きはゼッカーが動くのを待っていたかのごとく迅速であった。

 アシェットンはこのような機知を必要とする場では後手に回るが、部隊指揮官としては有能である。特に運用という面では優れた資質があり、これだけの数の部隊を完全に統率した手腕は見事であった。

 ゼッカーの動きを先読みしていたこともあり、その運用は見事にハマる。

 まず半包囲していた部隊の中から、三機のバイパーネッドに向かってトラクターが突っ込む。速度はせいぜい時速六十キロ程度でMGに当たったところでどうということはない。バイパーネッドが軽く車線を越えてしまえば、それはただ無意味な行為。

 しかし当然それが目的ではない。トラクターはバイパーネッドに到達する途中で爆発炎上し、道路を塞ぐように止まる。ちなみにこのトラクターはハイカランの武器換装用のために追従してきたもので、すでに換装を終えているので用済みである。

 バイパーネッドはさらに迂回移動。今度はそこに先回りしたハイカラン隊が大盾を持って、こちらも車線をすべて潰すように立ち塞がる。

(目的は封鎖か)
 バイパーネッドの機動性を封じようとしているのは明白である。

 ゼッカーの腕前で細かい動きを可能にしているだけであって、もともとバイパーネッドは機動性が高いわけではない。狭い箇所に封じ込めてしまえば動きもかなり制限できる。相手の狙いは悪くない。

「だが、それは弱点でもある」
 封鎖とは、文字通りすべてに楔が打ち込まれてこそ意味がある。その一つでも崩れてしまえば効果はない。

 逃亡犯が封鎖地域から出てしまえば野放しになるように、むしろ逆に封鎖しようとしたほうが身動きが取れなくなることも往々にしてある。また、盾を持つということは遠距離からの射撃がないことを意味する。それならばそれでやり方はいくらでもある。

「こちらの弾切れを狙っているのが見え見えだね」
 バイパーネッドは相手の思惑に乗らず、ハイカランに近づいていく。ソードで斬るためだ。

 たしかにバイパーネッドのソードは相手を圧倒するものではないが、普通のMGが侮ってよいものではない。実際に最初の遭遇戦でゼッカーは相手をソードで倒しているのだ。

 しかし、ダマスカス軍も理解している。
 MGというものが、なぜ魔人機と呼ばれるのかを。

「すべての気迫をもって挑め!!」
 ハイカランから圧縮された戦気が噴き出るのをゼッカーは見た。その気迫は今までのものとは違う、まさに決死の覚悟。戦士の生きざまが垣間見える。

 ハイカランは最新鋭の量産機。当然、乗っているのは陸軍から選抜されたエリートたち。彼らはアピュラトリス防衛には参加していなかったが、仲間たちがやられる様に激しく心を揺さぶられていた。

 そして今は自分たちの街が攻撃されているのだ。
 この想い、この怒りをぶつける場所を探していたのだ!!!

 バイパーネッドが高速移動からの踏み込み斬り。二本のソードから繰り出される豪快な一撃。さきほどはこれでハイカランは真っ二つであった。

 が、悪魔の刃は大盾に食い込んだものの切断するには至らない。

(盾にまで戦気をまとっているのか。戦気の質も高いな)
 ゼッカーは刃を受け止められたことを冷静に分析していた。

 ハイカランに搭載されているジュエルモーターの還元率は、他の高性能機と比べれば高いほうではない。せいぜい二十パーセントあればよいほうだろう。

 これは単純にいえば、パイロットの能力が高くてもMG自体の性能は二割り増しにしかならないともいえる。ただし、戦気の質が上質であれば上乗せが期待できるのである。MGが【魔人】の名を冠する理由がここにある。

「押し斬る!!」
 ゼッカーはそのまま連撃。一気に押し切るつもりである。戦いにおいて一番重要な場面が最初の斬り合いである。ここで負ければ流れが掴めない。

 戦場において優劣などないに等しい。
 勝負を決めるのは一瞬の気迫で流れを掴むか否かである。

 バイパーネッドの斬撃が盾に襲い掛かる!
 二度、三度、四度斬られた盾は抉られて次第にボロボロになる。

「ここで貫く!」
 ゼッカーの渾身の一撃。これが直撃すれば盾ごと相手を吹き飛ばせるはずである。一度穴をあけてしまえば一気に中に突入してかき回すことができる。勝負はここでつく。

 だが、ここでゼッカーの予想しない動きをハイカランが取る。
 ハイカランは剣圧に対して下がるのではなく一歩前に出た。

 そして最初に持っていた大盾を斬られる勢いそのままに捨て去り、背後に隠していたもう一つのシールドを絶妙のタイミングで取ると、そのままバイパーネッドに突っ込む。

 ゼッカーは瞬時に応戦。盾を取り替える隙を狙ってソードがハイカランの装甲を捉えるも、相手は間一髪シールドを使ってギリギリ防ぎながらカウンターアタックを仕掛ける。

「うおおおおお!」
 完全なる捨て身の一撃。守っていると思わせてからのフェイントを交えた反撃の一撃であった。それにはさすがに対応することはできず、バイパーネッドの上半身をシールドが思いきりかち上げる。



「ぬっ…!」
 感覚的には卒倒レベルの衝撃である。もし本当に乗っていたらかなり危なかっただろう。しかしそこはバイパーネッド。四本の足を持つこの機体は安定性に優れるため、なんとか踏みとどまる。

「押し込む!!」
 ただ、相手もそれを見逃しはしない。続けて押し込んでくる。

「だがそれでも負けぬよ」
 ゼッカーは至近距離からキヤノン砲を発射。爆音が響く中、両者はもつれるようにしながらも距離を取る。続けてガトリングガンを撃つが、これらは両側のハイカランの大盾で防がれる。

「大尉! ご無事で!?」
「大丈夫だ! それより押し込め!!」

 ゼッカーの攻撃を受け止めたハイカランに乗っていたのは、ショウゴ・伊達だて陸軍大尉。伊達のハイカランは腰の部分が中破しながらもシールドのおかげでかろうじて助かる。

 それよりもダメージが大きいのはゼッカーのほう。物理的ではなく精神的に深手を負ったといえる。

(撃たされたか。気迫で負けたな)
 ソードで打ち勝つつもりが、予想外の反撃に反射的にキヤノン砲を撃ってしまった。これが狙ってのものならば問題ないが、正直相手の気迫勝ち、ゼッカーの負けである。

 この段階で流れはダマスカス側に移る。

 伊達の命令で大盾を持ったハイカランが一斉に押し寄せてくる。ゼッカーは突破を諦め、ガトリングで牽制しながら待避。勢いに呑まれることを嫌ったのだ。

「やった! 押し返したぞ!!」
 それによって兵士たちが沸くのは当然。これはダマスカスの一般兵がラーバーンを相手にした初めての勝利なのである。この意味は大きい。特殊部隊でなくても彼らが一致団結すれば対抗できる。一度そう悟れば必要以上に相手を恐れないで済むのである。


「こら、ゼッカー、なさけないぞ! ガイゼルバインがなければ何もできないのかー!」
 パルルからの叱責がゼッカーに落ちる。ガイゼルバインはゼッカー専用の特機。性能はナイト・オブ・ザ・バーンに匹敵する。当然、バイパーネッドとは比べられない。

 が、今回の勝敗はそうしたものではない。

「面目ないね。だが、けっして油断はしていなかった。相手の気迫が勝ったのだよ」
 ゼッカーも淡々としているが、しっかりと気迫を乗せていた。集中もしていた。たしかに慣れない同時操作をしていたのは言い訳になったかもしれないが、単純に相手の気迫が勝ったのだ。

 時にMG戦闘では性能差すら超えて勝敗が決することがある。
 人の心を体現する道具。これが魔人機というものなのである。

「それだけお前がたるんでいたからだぞ!」
「わかったよ。戒めるとしよう」

 そう言いながらもゼッカーはダマスカスの底力に注意を払っていた。

(さすがは常任理事国。いまだ眠れる虎ではあるが、目覚めれば怖いな)
 ダマスカス軍は過小評価されている。兵士自身も今は自分たちを必要以上に低く見てしまっているが、潜在能力はけっして他国に引けを取るわけではない。

 さきほどの戦闘でも、ゼッカーと一対一で渡り合うことができる武人がどれほどいるだろう。しかも不利な状況から押し返すのだ。その気迫や、並ではない。

「良い教訓になったよ。私も一介の武人でしかないとね」
 ゼッカーは自身を押し返した伊達に賛辞を送る。今は戦局を優先するので難しいが、武人としては再び剣を交えてみたい相手であった。


「ふー、防ぎきったか」
 ショウゴ・伊達は損壊したハイカランを捨て、安堵の表情で外に出る。額から頬にかけて大きな傷があるが、これは今付いたものではない。かつての戦いで負ったものである。

 彼も今年で四十七歳。軍人として若い兵士とともに戦うのもそろそろきつくなってきた。しかし今は疲労感が心地よく、懐かしい気持ちである。後退したバイパーネッドは部下や他の部隊が追い込んでいるので、自分の役目は果たしたといえるだろう。

「コウタの分はきっちり返してやらんとな」
 コウタ・メイクピークが若い頃、伊達の部隊に配属されたことがある。今は大佐である彼もまだ若いヒヨッコであった時代だ。

 当時のメイクピークは自身の才能に溺れていたところがあった。そのおごりを粉砕したのが伊達である。自慢の剣技でも伊達の防御を崩せずに、メイクピークは自身の未熟さに気がついた。

 今のメイクピークとゼルスセイバーズがあるのも伊達のおかげであろう。その防御力が今になって生きるとは人生とは不思議なものであるが。

「それにしても化け物だ、ありゃ。次は騙せる気がしないな」
 大盾に隠れてもう一つの盾を隠すトリック技は伊達の得意技である。メイクピークも最初は思いきり引っかかって鼻を骨折させたことがある。まさに相手の鼻柱をへし折ることにかけて伊達は優れた資質を持っていた。

 しかし、あのレベルの相手に通用するのは一度きりだろう。才能の違いは明白で、戒めたゼッカーが全力で挑めば伊達が叶う道理は何一つない。

 それでも防ぎきった。気迫で勝った。

 一度でも勝てることを知れば、人々は希望を持つ。


 これこそが今後ダマスカスに求められるものであった。

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