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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』

四十八話 「RD事変 其の四十七 『ダマスカス反攻①』」

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 西側のバイパーネッドも一般市民に砲撃を開始。まだ郊外なのでさほど数は多くないが、次々と殺戮を繰り返していく。一度枷が外れた悪魔にはもう躊躇など存在しない。ただただ愛する者を殺すだけの機械と化す。

 その光景を作戦室に移動したカーシェルとバクナイアは静かに見ていた。怒りはある。自国でこのようなことを許すなど、施政に携わる者でなくても当然感じてしかるべき感情であろう。

 その証拠にバクナイアの視線は、まるで親の仇を見るかのごとく厳しいものであった。自分が優れた武人だったならば今すぐに飛び出したい気分である。しかし激情に身を任せることは無意味。それどころか相手の思う壺でしかないことを知るからこそ、彼らはこうして静かに見ているのだ。

「相手の様子は?」
「現在【雛鳥】に気がついた様子はありません」

 カーシェルの言葉に女性オペレーターのクレア・コマツバラ伍長が緊張気味に答える。ここは会議場から地下の直通通路を使って移動した先、ダマスカスの第三軍事ドックに併設された司令室である。

 この第三ドックは陸軍が使用する車両や戦艦などを格納するスペースであるため相当な広さを持っており、地下五階までの格納庫をすべて使えばダマスカスが保有する戦力の四割は収納できるほどに巨大である。

 ただし、現在は軍縮を進めているところであり、古い兵器から順に定期的に廃棄しているため、このドックがすべて使われたことは近年では一度もない。これはダマスカスがまだ戦力を拡充させていた頃に造られた、軍縮派からすれば駐車場にも使えない忌むべき「負の遺産」なのである。

 今回は陸軍の戦力を総動員したため一時的にこのドックが使われたが、所詮それだけの価値しかない場所だ。カノン砲台や弾薬を除けばここに残されている戦力は予備でしかなく、使えるものは戦車と廃棄目前の旧式MGくらいである。小型戦艦もあるにはあるが、この状況では役に立たないだろう。

 スタッフたちも若輩者ばかりである。クレア・コマツバラ伍長もその一人であり、実際の作戦でのオペレートが初めてであるので表情も仕草も硬い。

 まったくもって非常事態。

 いくら軍の力を重視しないダマスカス軍とはいえ、これはあまりにも酷い有様である。まさかこんな状況で国家の命運を決める作戦に出なくてはならないとは、まさにお笑い草。

 それでも作戦は必ずや成功させなければならない。どんな手段を使っても雛鳥を無事親鳥のもとへ届けねばならないのだ。むろん雛鳥とは、今回の作戦の肝であるヘインシーのことで、正確に言えば【彼を乗せたMG】を指す。

 この作戦の正否は彼がアナイスメルに干渉できるかどうかにかかっている。いや、それすらも楽観的な物の考え方でしかない。ヘインシーは「絶対に解除できる」とは言わなかった。「そうできる可能性がある」と言ったにすぎない。嘘を言わない彼だからこそ、この差は実に大きなものである。

 カーシェルたちはともかくアナイスメルの天文学的な奥深さを聞かされたバクナイアは、ヘインシーが明言しない理由がわかる気がした。塔の管理者と呼ばれるダマスカス最高のダイバーである彼でさえ、今現在アナイスメルに進入している相手と対峙するのは難しいのだろう。それは彼自身も認めていることである。

 がしかし、バクナイアは希望を抱いていた。

(まったくもって信じられないが、彼は今【喜んでいる】らしいからな)
 バクナイアには到底理解できないが、ヘインシーはこの現状に喜びの感情すら持っていたようだ。

 立場上、当人は大声では言わない。だが、ヘインシーの目は死んでいなかった。それどころか生き生きとしていてキラキラ輝いていた。この会議に出席するために塔の外に出たときなど、まるで死んだ魚のような目をしていたものである。彼のような天才は自分の興味があること以外に対しては基本的に無気力なのだ。

 では、興味があることならば?

 死んだ魚の反対、文字通り水を得た魚となる。

 バクナイアたちは今の彼しか知らない。実際に塔での仕事ぶりを確認することはできないのだが、彼はダマスカスの象徴である富の塔の実質的な支配者である。それを考えただけでも彼の能力が飛び抜けて高いことは容易に想像できるだろう。

 その彼が手段を講じる。かなりリスクがあるとはいえ、決死の覚悟で挑むのだからヘインシーは何があっても絶対にアナイスメルに侵入するだろう。誰のためでもなく自分のためにだ。

 国家の防衛を預かるバクナイアには、このような非常事態が楽しいなどというあまりにも異なる価値観に閉口せざるをえないが、それだけ期待が持てるともいえるのだ。

 だが、彼は武人ではない。陸に揚がった魚は、それがどんな強力な個体でもお手上げである。魚の主戦場である知識の海にまで連れていく必要がある。それがバクナイアたちの仕事なのだ。

「敵MG、第十三隊の射程に入ります。西側も第四隊と接触間近」
 コマツバラが状況を報告。展開しているダマスカスの部隊と悪魔が操るバイパーネッドとの距離が接近。

 ダマスカス軍は東と西に九つずつ、西に第一部隊から第九、東に第十から第十八部隊、計一八の部隊を展開させている。

 東側の第十三部隊はMGと戦車隊の混合部隊であり、その数はおよそ三十。MG六、戦車二十、装甲車両四の編成で、第四部隊も似たような編成である。

 幸いながらMGは予備のハイカランが用意できたので戦力的には十分な部隊である。普通の戦闘ならばこの部隊だけでも遭遇すればかなりの脅威となるだろう。

「距離を取って牽制しつつ移動。細かい判断は任せるが激しい戦闘は避けろ」
 ただし、今回はまったくの逆。バクナイアの指示はまるで虎を発見した野犬のような反応であった。その支持は現場で指揮を執っているアシェットンに迅速に伝わる。

 アシェットン陸軍少佐、四十六歳。メイクピークのようなバリバリの武闘派というわけではないが、海外での実戦経験もある優秀な指揮官の一人である。

 現在、陸軍は壊滅的なダメージを受けており、短時間で指揮系統が回復する見込みはない。首都防衛外周部隊には彼以上の経験を持つ人材もいるが、今すぐ指揮を執れる佐官クラス以上の人間は彼しかいない状況であった。

 アシェットンは急造部隊にしては上手く動かしているようで、相手側からは目立たないようにビルや施設を壁として利用しながら部隊を展開させていた。

 しかし、それらの行動は当然マレンによって監視されているうえ、都市部に移動を始めたバイパーネッドとはどうしても距離が近くなる。ゼッカーもすでにダマスカスの部隊を捕捉しており、五機のうちの二機が第十三部隊に向かっていく。


「散開はするな。固まって動け!」
 アシェットンは闇雲に部隊を広げず、密集した状態で動かすことを選択。火力を集中させてバイパーネッドの動きを封じる作戦に出る。

 ゼッカーのバイパーネッド二機は工場のような建物群を盾にして銃弾を避けつつ、隊を挟むように左右に分かれる。その左右のバイパーネッドに呼応して必然的に部隊の火力は二つに分かれていく。そうなればもはやバイパーネッドにかわせないほどの弾幕ではない。

 左右から銃弾をかわしながら急接近したバイパーネッドが、地雷を撤去した時のような高速の動きでハイカランの胴体をソードで切り裂く。正直、バイパーネッドは火力には優れていてもジンクイーザほどの馬力はない。本来のソードの使い方は切り刻むものであり、一撃で切断するものではないのだ。

 だが、一刀両断。

 ラピスラズリによって強化されたバイパーネッドの一撃は凄まじく、ハイカランは防御しようとした腕ごと胴体を真っ二つにされてしまう。

 まず先頭の一機。この後、普通ならば距離を取るか外側から一機ずつ排除していくのだが、ゼッカーが取った戦法は至ってシンプルなものであった。

 一機倒したことで開いた部隊の穴に強引に侵入。自ら密集した空間に強引に押し入ったのだ。その姿は満員電車の中に手を入れて押し入る会社員のようである。これが普通の会社員と違うのは、両手にソードが装備されていること。ゼッカーはそのままソードを押し開く。

 相手のまさかの強引な戦いに虚を突かれ、両脇を固めていたハイカラン二機は何の防御もできないままに吹き飛ばされる。ただ、強引に踏み込んだのでダメージは完全ではなく、二機とも腕はちぎれたものの戦闘不能には陥っていない。すぐさま体勢を立て直してマシンガンを構える。

 寝ていればよかったのに。

 直後の光景を見た人間は思わずそう呟いてしまうだろう。バイパーネッドは二機の闘争本能に刺激されたように瞬時に二つのガトリングガンを百八十度に開き、体勢を整えたハイカランをロックオン。相手がマシンガンのトリガーを引く暇さえ与えずにコックピットに弾丸を叩き込む。

 その破壊力は車に対して行ったものよりも遙かに強大。跳弾などすることもなく、すべての弾丸はMGを貫いてそのまま背後のビルすら貫通していった。

 だが安心してほしい。それで恐怖を感じられるのは、その一部始終をすべて見ることができた者たちだけ。ガトリングガンを放った瞬間にはすでにバイパーネッドは移動しており、敵陣背後にいた戦車たちを薙ぎ払っていた。彼らは目の前のMGが倒されたことを意識した瞬間には、もう殺されていたのだ。

 ああ、悪魔はなんと慈悲深い。相手にあえて痛みを与えるなどということはしないのだ。彼がしているのは、ただの【間引き】。植物に集まった害虫を淡々と処理する植木屋のようなものである。

 見つけた青虫はハサミでちょん切る。それが何百もいるのならば、いちいち嫌悪することも楽しむこともしない。ただただ仕事である。悪魔の仕事は人を殺すことなのだから。

「逃げろ! 少しでも離れろ!」
 そう叫ぶアシェットンの命令に従える者は、第十三隊にはもういない。もう一方に回り込んだバイパーネッドも同じように行動し、瞬く間に排除を完了させていたのだ。

 これを【挟撃】と呼ぶのか、いささか疑問である。なにせ相手はたったの二機なのだ。数では十五分の一にすぎない。それに対して何もできずに第十三部隊は壊滅。なるほど、やはり【種族が違う】のだ。所詮野犬など虎にかかれば愛玩動物にしかすぎなかった。それだけのことなのだろう。

「バカな! こんなにあっさり…! なぜこうも好きにやられるのだ!」
 指揮を執っているアシェットンはあまりの光景に言葉も出ない。地の利はこちらにあると思っていた。ゼルスセイバーズがそうしたように、ある程度準備を整えれば対応できると考えていたのだ。

 事実、アシェットンが採った戦術はそう悪いものではない。そもそも単機で一個小隊(MG六機程度)を相手にするのは難しい。ゲリラ戦で奇襲を仕掛けるか、時間をかけて一機ずつ潰していくのが常套であろう。

 逆に小隊側としては陣形を固めて相手に付け入る隙を与えず、じっくりと時間を稼げばよいという考え方は【有り】である。最悪は味方が攻撃されている間に他の機体で攻撃してしまえばよい。

 今回でいえば、先頭のハイカランがやられたならば、その隙をついて二機のハイカランが両側から攻めればよかったのだ。なにせここはホームタウン。地の利を生かしてじっくりと守備を固めれば、いくら相手がバイパーネッドとはいえそう簡単に打破はできないはずであった。

 しかし、ここに集まったラーバーンの兵たちは一騎当千の者たち。ゼッカーもまた序列のない主席という立場であるが、その実力は上位バーンに匹敵する。

 その猛者に対してこの数では、やはり問題。何より質に問題があるのだ。ただ一本の刃とてそれが達人のものならば、いくらベニヤ板の盾を集めたところで何の意味も持たないのだ。一撃で割られてしまうのは自然な結果である。

 とはいえ、それにしても少しばかり異常に感じる。当人自らが乗っている単機ならばMGという特性を考えればそう不思議ではないが、それが十機である。同時に十機操作しながらこれだけのポテンシャルを引き出すというのはいささか腑に落ちない。

 それもそのはずである。今回使ったものはジーバ・ラピスラズリだけではない。このジュエルは感覚の拡大と共有が主な能力であるので、さすがのゼッカーであってもそれだけで十機すべての機体を完全に強化するのは難しい。

 それを可能にするもう一つの要素が、【コレ】。

「おいおい、調子に乗ってるな。ゼッカー」

 声はゼッカーの頭の上、空中から聴こえる。それはなんと形容すればよいのだろうか。【サッカーボール大の金魚】のようなもの、と呼べば想像できるだろうか。

 いや、色の黒さから【おたまじゃくし的な何か】と形容したほうがよいのか意見が分かれるところかもしれない。素材はまるで金属のようで機械的。形は小学生が夏休みの自由研究の工作で造ったかのような凸凹があるので、なんとも奇妙な金魚である。

 その金魚がしゃべりながらゆっくりとゼッカーの頭の上に舞い降りる。

「あんまり無茶するとバイパーネッドでも壊れるぞ。まったく、この格好つけが」
 金魚こと、パルルがゼッカーの頭をヒレ?で叩くと、あの頃より長く伸びたルシアンブロンドが揺れる。

「パルル、私の頭の上で産卵はしないでくれよ」
「機械は産卵しねーよ! というか、どうしてそう思った!?」

 当人いわく機械なのだが、そのあたりはけっこう怪しいものである。パルル自身も自分が何であるかはあまり気にしていないようだが。

 パルル。

 その存在の位置づけはラーバーンの中でも非常に難しい。ゼッカーやザンビエルはその正体についてある程度理解しているが、他の人間からすればただのしゃべる黒い金魚でしかないからだ。

「ヨハンはもう落ち着いたのかな? またぐずられると困るのだがね」
「あいつならもう寝たよ。能力以外は普通のガキだからな」

 マルカイオにいじられてぐずっていたヨハン。彼の黙示録は非常に危険な能力なので、落ち着くまでの間、パルルに面倒を任せていた。どうやらヨハンは疲れたのか眠ってしまったらしく、これで彼による作戦失敗の可能性は消えることになった。それにゼッカーは安堵する。

「君は子供に人気があって何よりだ。私では遊び相手はできないからね」
 そういえば先日はミユキとマユキの遊び相手をしていたので、パルルは子供たちにとっては貴重な遊び相手らしい。

 だが、当のパルルの意見は違う。

「違うんだ! あれは遊びじゃない! 遊びという名の虐待だ! あいつらパルルを殺す気なんだ! もう子守はやだよ!」
 切実である。少なくともパルルにとっては死活問題だ。当人いわく機械であるが、弾力性があるので蹴るとまさにサッカーボールのような感触がある。

 それが好評なのかヨハンには引きずり回されたうえに強く引っ張られたり、ミユキたちには蹴鞠けまりの道具として愛用されていた。昨日は料理ごっこと称してフライパンで炒められそうになったのは今でも激しくトラウマである。

「ははは、カエルに進化しなかったからよかったじゃないか」
「笑いごとか!? 意味がわからない! きぃいい! 憎らしい! ゼッカーが代わりに焼かれればいいのに!」

 ゼッカーの頭の上で顔?を真っ赤にして激高するおたまじゃくし的な何か。こういう反応が楽しくて子供たちにもいじられているのだろう。

「子供は嫌いだ! 残酷だもの! 次会ったら羽をむしられる!」
「それくらいよいではないか。どうせまた生えるだろうに」
「おい、フレイマン! なんたる口だ! じゃあ、お前のヒゲをむしり取ってやろうか!」

 パルルが口を挟んだフレイマンの無精ヒゲにまとわりつく。うざったいのでフレイマンは手で押しのけた。

(まったく、なぜこんなに流暢になったのだ?)
 一年前のパルルはカタコトでしか話せなかった。一度は機能を停止していて静か、というよりはまったく動かなかったが、復活してからというもの雄弁に語るようになってしまった。

 おそらくはザンビエルが補助装置として組み込んだジュエルの影響なのだろう。ただし、こうした言語機能の大半はパルルそのものが【蓄えた】ものである。それがより高度な出力機能を得て自由に表現できるようになったと思われた。

 パルルの能力、【魂の記録〈メモリー〉】。

 文字通りさまざまな情報を記録できる能力であるが、これがただの記録媒体と違うのは、あらゆる情報をコピーできるからである。それは能力そのものもそうだし、人格や魂の性質までコピーして再現することが可能である。

 むしろメモリーという能力を持った結果として、パルルは【生きている】といえる。

 このような容姿であるが、この謎の存在は紛れもなく知的生命体なのである。彼?彼女?がいつから自我を持ったのかはわからない。それでもコピーを繰り返すごとにパルルは魂と呼べるものを形成していったのだ。

 それがおそらく【太陽の花嫁】の力によって完全に定着した。かつてアリエッサ・ガロッソが持っていたブライダル・ペリドットと呼ばれるジュエル(の欠片)と融合した結果、パルルの人格はほぼ人間のそれに近くなったのだろう。

 そう、今のパルルにはかつての彼女のデータも蓄積されている。彼女の残滓とも呼ぶべき存在であり、ある意味において彼女の一部そのものであるともいえる。その気になれば彼女との思い出をすべて再現することも容易である。姿形を完全に再現して。

 しかし、ゼッカーはパルルのメモリーを一度もその用途で使っていない。それは悪魔にとって唯一の慰めであるが同時に苦しみにもなりえるからである。すでに彼は痛みの中で日々を暮らしている。これ以上の痛みを与えるのは酷というものだろう。

(パルルは我々には必要な存在だった。これも賢人の意思…、いや世界の意思か)
 唯一ガネリアから持ち出せたのはゼッカーの愛機であるガイゼルバインと戦艦ランバーロ、そしてパルルだけである。

 もしかしたら、その中でパルルはもっとも価値があるものかもしれない。パルルを見るだけでゼッカーは悪魔としての役割を鮮明に思い出すのだから。ただし、アリエッサはけっしてそのことを望んではいなかった。それだけはフレイマンにも断言できることである。

「まったく、パルルをもっと大切にしろよな。グレるぞ。失踪するぞ。うp主失踪するぞ、おい!」
「わかっているさ、パルル。今の私があるのも君のおかげだ。ただ、今は少し重要な局面だから集中してくれると嬉しいのだが」

 ゼッカーが再び頭の上に戻ってきたパルルを撫でるとジーバ・ラピスラズリが輝きを増した。正確に言うなればバルス・クォーツとパルルが共鳴現象を起こしたのだ。

 バルス・クォーツの名は星の記憶。パルルのメモリーとは性質上は同類であり、原因はわからないが強い共鳴現象を起こすのである。

 パルルの能力はコピー。単体ではわずかな出力しかできないが、ゼッカーのクォーツやラピスラズリ、その他の媒介があれば力を拡張できるのである。

 パルルはゼッカーの能力をコピーして、各バイパーネッドに転写。単独では難しい十機同時の完全制御ができるのは、まさにパルルあっての神業であった。そのようなバイパーネッドを止めることなど至難の業。ダマスカス部隊は完全に対抗手段を失い戸惑っていた。


「少佐でも厳しいようだな」
 カーシェルはいつものごとく平静に状況を見つめていた。

 アシェットンはけっして無能ではないが相手が悪すぎる。それも仕方がない。武闘派の筆頭であるメイクピークすら圧倒的な力の前に敗れたのだ。切り札を失った今のダマスカス軍が、あの化け物たちに対抗できる手段は非常に乏しい。

「せめてバードナー中将がいれば再編も進んだのですが…」
「彼の安否は不明のままか?」
「残念ながら戦死の可能性が高いかと」

 悪魔の映像はメイクピークたちが主軸で、呂魁の戦いはあまり映っていなかった。独自に取得した映像によって呂魁が大破したところまではわかっているが、バードナーの安否はわからない。

 実際は何者かがバードナーを連れ去ったのであるが、ダマスカス軍では混乱が続いていたために詳細な情報は得られなかった。また、仮にその動きがわかっていてもバードナーがいないことには変わりがない。結局は代役を探すしかないのだ。

「やはり敵は無視して陽動に徹しますか?」
 バクナイアは交戦を半ば諦めてそう提案する。闇雲に向かっていっても勝ち目がないのは明白である。それならば雛鳥が到着するまで離れて牽制するにとどめるのも手である。

 ただし、この案には一つだけ捕捉が必要である。結果として市民が犠牲になっても、という言葉を付け加えねばならないだろう。これは苦渋の決断でもある。

 さらに敵がエリアを拡大していけば相手に選択肢を多く与えることにもなり、市街地に甚大な被害を被る可能性もあるのだ。しかし、一番重要なことはヘインシーを届けることである。それはダマスカスにとって最大の利益であると認めねばならないだろう。

(最悪だな。本当に最悪な決断だ)
 バクナイアは自己嫌悪すら感じていた。いつしか国防という言葉は国のシステムを守ることと同義になっていたのである。システムを守るために本来の趣旨である国民を守るという義務を放棄しなければならないのだ。

 なんという矛盾。なんというパラドックスであろうか。それでも結果として多くの国民を守ることになる。システムとはそのために存在しているのだ。八割の人間を生かすために二割を犠牲にしなければならない。

「…致し方ないか」
 カーシェルから見ても現状はそれしかないように思える。あとはいかに気取られないようにするか。そのあたりの問題だけだろう。

「では、少佐に指示を…」
 とバクナイアが命令を出す直前、一人の男が予想外の口を出す。

「おじさん…、じゃなくて長官殿。具申よろしいでしょうか」

 バクナイアは、それが誰なのか視線を合わせなくてもわかった。自分のことを「おじさん」などと呼ぶ人間など本当に少数なのだから。

 まっさきに目に入るのが特徴的な燃えるような赤い髪。完全なるレッドから若干黄色がかったトマトレッドへとグラデーションがかかっているが、染めているのではなく生まれつきの完全なる地毛である。

 その赤い髪を後ろで軽く結わいているので、今はオールバックのような髪型になっている。そこにたくましい骨格の良さと百九十センチという長身が加わるので、もしラフな格好をしていれば傭兵と見間違える風貌である。

「中尉、作戦行動中だぞ。後にしなさい」
 バクナイアは手を挙げたその男、リュウ・H・ホムラ中尉を若干嫌そうに見つめながら注意する。

 バクナイアにはなぜ彼がここにいるのか理由がいまだにわからないでいた。記憶では陸軍のパイロットをしていたような覚えがあるが、そういえば技術士官に転職したいとか言っていたような気もする。

 どうやら彼の望みは叶ったようで、身分と階級を表す記章は中尉のものであるが、腕には技術局を示すカンカーリアの花の刺繍が施されている。

 技術局、正式名称【ダマスカス軍特殊兵器技術開発特務局】。主に新技術の開発を行う軍の特殊機関である。ゼルスセイバーズが扱っていた試作MGだけでなく、振動剣や隠雷、轟砲といったものを開発したのもこの機関である。

 技術局は性質上非常に秘匿性の高い組織なので、同じ中尉でも技術中尉という肩書きは一つ上の階級に扱われるほどダマスカスでは地位が高い。というのも、軍縮によって効率化が尊ばれる昨今の情勢の中、生身の兵士や時代遅れでコストばかりかさむ旧兵器の削減が最優先課題だからだ。

 ダマスカス軍も軍隊の重要性は知っている。力あってこそ今のシステムを維持できるのだ。ただ、コストを下げつつ戦力は維持したいのが本音である。そのためには新技術開発は必須であり、現在は技術局に多大な投資を行っているところであった。

 技術開発には金がかかる。人手もかかる。一見すればよりリスクが高くなりそうなものである。

 が、一番のコストは【人間】、つまり兵士である。

 兵士は人間。損傷しても簡単には治せないうえに退役軍人には慰労金や退職金、特別年金なども支給しなくてはならない。育てるにも時間と金がかかるし、哀しいかな、何より現在のダマスカスでは募集してもなかなか人材は集まらないのである。

 傭兵を雇うにしても金がかかる。新技術も輸入すれば数倍の値段がかかる。となれば必然的に自前で技術力を上げるのが一番の解決方法となる。技術局の台頭もまた立派な軍縮政策なのだ。

「どうしてお前がここにいるんだ。技術局とは管轄が違うだろう」
「やだなー、人手が足りないっていうから整備に駆り出されたんですよ。それにほら俺、一応【優秀な】パイロットだし」

 リュウは名目上はMGの整備士でもあるのだが、今現在も現役でMGのパイロットもしている。陸軍のパイロットではなくなったのでハイカランに乗って防衛部隊として出るということはしないが、新しく開発されたMGなどのテストパイロットとしては貴重な人材と評価されていた。

 テストパイロットに必須の条件は、語弊を伴うことを覚悟でいえば、ただただ【丈夫なこと】である。

 たとえばタオが行ったドラグ・オブ・ザ・バーンの実験などはあまりに非人道的であり、テストパイロットには常に危険がつきまとっていた。実際にロキを犠牲にしている。

 それは極めて例外だとしても、やはり試作機は性能をチェックするためにリミッターを外すことが多い。そうしないと耐久限界値が割り出せないからだ。

 もし陸軍から借りた兵士を死なせては、軍縮で関係が冷え込んだ両者の関係がさらに冷え込むし、傭兵を雇ってしまえば機密漏洩の問題が生まれる。なので、リュウのような健康で頑強なパイロットは技術局にはありがたい人材なのである。

 彼は陸軍時代に機体の不具合による爆発に巻き込まれたことがある。他のパイロットならば死亡、よくて重体といったところだっただろう。だが、彼はほぼ無傷であった。その代わり着ていたパイロットスーツがボロボロになってほぼ裸の状態だったので、「俺はストリッパーじゃないんだけどな」と笑っていたくらいである。

 そんな男なのだから転属試験は即合格であった。当然、勤務先は新型MG開発部門である。そして、ここにテストパイロットのリュウがいる。そのことでバクナイアはピンときた。

「もしかして、お前がアレのテストパイロットだったのか?」
「そうそう。そういうこと」

 そのバクナイアの言葉に満面の笑みでリュウは頷く。

「バック、知り合いかな?」
 その様子に興味をそそられたカーシェルがバクナイアに尋ねる。バクナイアとはそれなりに長い付き合いであるが子供がいるとは聞いていないので、当然子供ではないだろう。それにしては仲が良さそうに見えたので気になったのだ。

「ええ、まあ。こいつはホムラさんの孫ですよ」
「ホムラ…というと、あのホムラ技術大尉かな?」

 ホムラという姓はさほど多いほうではない。その中でバクナイアと関連があるホムラという名前で思い浮かぶ人物は一人しかいなかった。

 かつてバクナイアが陸軍にいた頃、機体整備士として鬼軍曹と呼ばれていた男、ロウシュウ・H・ホムラ。階級は軍曹ではなかったのだが、あまりの厳しさに誰もが恐れおののいた職人肌の「とっつぁん」である。

 戦車だろうがMGだろうが関係ない。粗雑に扱おうものならば言葉よりも先にスパナが飛んでくるなど日常茶飯事である。立場では上であるはずの教官でさえ、彼の前では直立不動を崩さなかったという半ば伝説化された老整備士である。(最終的な階級は技術大尉)

 ロウシュウは、バクナイアというよりは妻の激情鬼と馬が合ったようで、酒飲み仲間として家族ぐるみの付き合いがあった。ロウシュウはすでに死んでしまったが、その息子でありリュウの父親はバクナイアの後輩としても交友があり、リュウもまた子供がいないバクナイアにとっては甥っ子のような存在であった。

「こいつがいるとは知らなかったのですが、どうやらアレの調整をしていたようです」
 アレとは、すでにアミカたちに引き渡した超高性能の特機型MGのこと。本来使われる予定ではなかったもので、あくまで調整を目的にここに移送されたものである。

 技術局としてはあわよくばエルダー・パワーの人間を乗せて数値を測定したいという思惑があったのも事実。ただ、それがこのような形で実現するとは想定外であった。

「ほぅ、あれのテストパイロットか。ならば、なかなかの腕前なのだろうね」
 好奇心旺盛なカーシェルは一度実験段階の機体に乗ってみたが、正直あまりの出力に数秒で吐き気を覚えたほどである。それでも怪我をしなかったのは、さすが紅虎の弟子というべきかもしれない。

 その機体のテストができるほどなのだから、リュウもまた見た目通りの屈強な男なのだろう。

「俺なんて頑丈なだけで腕はそれほどでも…いてっ!」
「おい、敬語くらい使え」

 思いきりタメ口で話すリュウの頭をバクナイアが殴り飛ばす。一応カーシェルは大統領である。いくら庶民派のカーシェルであっても普段ならば対話することも難しい存在なのだ。

「いてて…。殴るこたぁないだろうに」
「申し訳ありません。礼儀を知らないやつで」
「いやいや、かまわないさ。どうせ非常時だ。誰も気にはしないだろう」

 リュウはあくまでオマケ。陸軍防衛隊が壊滅し人手が足りなくなったので来たにすぎない。あの機体とて、ゼルスセイバーズが敗れなければ本来は出番はなかったものだ。そもそも非常時でなければこうして出会うこともなかっただろう。それもまた縁である。

「それで、何か言いたいことがあるのかな?」
 カーシェルはリュウに意見を促す。彼がバクナイアに何を提言したいのかにも興味があったからだ。

「大統領、こいつの話なんて聞いても仕方ありませんよ」
「おじさん、そいつはひでぇな。俺だって一応じいちゃんの弟子なんだぜ」
「こういうときだけ弟子面しおって。ロウシュウさんがいたらスパナでぶん殴られているぞ」

 紅虎の弟子ほどではないが、ロウシュウの弟子という言葉には強い力がある。なぜならばロウシュウはただの整備士ではない。言うなればダマスカスのMG工業の発展に大いに寄与した人物なのだ。

 ロウシュウの本当の生まれはグレート・ガーデンであり、そこでの彼の本業はMG開発技術者であった。しかし四十年ほど前、ダマスカスとグレート・ガーデンとの間で技術交換が行われ、ダマスカスからは新素材の提供、グレート・ガーデンからはMG技術の提供が行われた。

 その時に派遣および移住してきたのがロウシュウたちである。彼らは技術局に新たにMG開発部を生み出し、当時はまだ未熟だったダマスカスのMG技術を発展させることに成功する。その技術力は今でも高い水準であり、現在生産されているMGのベースにもなっているほどである。

 ロウシュウは自分たちの技術を惜しげもなく若い研究者に教え、彼らはロウシュウの弟子として今も新しい研究に精を出している。つまり呂魁やゼルスを筆頭として、ゼタスTⅡもハイカランもロウシュウたちのおかげで生まれた兵器なのだ。それを考えると功績はあまりに大きい。

「まあ、俺の意見なんて言ったところで状況が変わるわけじゃないと思うけどさ…それに怒るかもしれないし」
 バクナイアに殴られた痛みはないが、怒られるのは嫌なものである。リュウとてあえて藪をつつきたいとは思っていない。ただ、思いついたことは言いたい性分なので、妙にそわそわしてしまうのだが。

「かまわない。言ってみたまえ。意見は何事も言ってみるものだし聞いてみるものだ。それで損をするわけではないからね」
 これもカーシェルの優れた点の一つ。相手の話は聞いておいたほうが得、という考えである。

 人間は自尊心が邪魔をして否定されることを嫌がるものだが、人それぞれ着眼点が異なるのは当然である。

 実のところ物事とは数百メートルの巨大な岩のようなものだ。東から見た人間は東側の意見を述べ、西から見た人間は西側から見た意見を述べる。

 それらが異なっていても、あるいは正反対の意見であっても同じ岩を見ていることには違いない。互いの視点から見ればどれも正しいのである。ただ一度にすべてが見えないので、その時々で意見が異なるにすぎない。

 リュウもまた幼い頃より祖父や父親の仕事を見て育ったのでMGに対する造詣は深い。さらに自らMGに乗っていることもあり、搭乗者の視点からMG戦闘を見ることができる強みがある。そこにカーシェルは興味があった。

「んー、妙案ってわけじゃないんですけどね…。それじゃ、遠慮なく」
 カーシェルに促され、リュウは頭をさすりながら少しだけ様子をうかがうように意見を述べた。


「…というわけなんだけど、どうかな?」

 リュウの説明はそれほど難しくはなかった。もともと扱える戦力は限られている。新しく何かを投入する案は現実的ではない。

 となれば、提案できるのは【運用面】しかない。

 しかし、その意見が述べられた時、バクナイアが珍しく声を荒げた。

「お前、本気で言っているのか!!」
 バクナイアの表情は嫌悪と怒りに満ちていた。彼がこうなるのは事前にわかっていたのでリュウとしては意外ではないが、やはり気持ちのよいものではない。

(そりゃそうだよな…真面目だからな、おじさんは)
 リュウにとってバクナイアは尊敬する人間の一人である。正義感も強いし機知に富み実行力もある。面倒見もよく人望も厚いうえに上司(大統領)に対する忠誠心も強い。奥さんにまったく頭が上がらないこと以外は理想の人間と言っても差し支えないだろう。

 そんな彼が怒るのは至極当然。

 リュウが発した言葉、その提案とはあまりに刺激的であったからだ。おそらく軍人ならば誰もが怒ることであり、きっと軍人でなくても気分を大きく害することなのだから。

「リュウ、これは軍人将棋とは違うぞ! 実際の命がかかっているんだ!」
「そんなことはわかってるよ。でもさ、あちらさんはきっと助けてはくれないぜ?」

 あちらさんとはルシア軍のこと。ハブシェンメッツは必死に動いているが、住民の保護まで手が回らないのも事実である。

 結局、ハブシェンメッツは陣を崩さなかった。いや、崩せなかった。ナイト・オブ・ザ・バーンが攻勢に出たことで獲物を仕留めることに集中するしかなくなったのだ。この段階で全体の包囲網を解くことは自殺行為である。

 かといってダマスカスの民を見殺しにしたいわけではない。やれることはやっている。それゆえに、これ以上彼に求めるのは頼りすぎであろう。

「ここは俺たちの国だ。他人様に頼りすぎってのはどうかと思うぜ」
「それはそうだが…」

 これは誰もが思っていること。特に軍人ならば存在意義を問われていると言っても過言ではない状態である。その者たちが誰であろうとテロリストである以上、ダマスカスが負けることがあってはならないのである。

「それにルシアはかなり【絞って】やがる。今のままじゃそれも駄目になっちまうよ」
「絞る…? どういうことだ?」

 バクナイアはリュウの言葉の意味を量りかねて尋ねる。そんなバクナイアをよそにリュウの目は戦場の意図を的確に見抜いていた。

「今、あそこではとんでもねえことが起こっているんだよ。ここにいてもバチバチくるくらいだ」
 戦場を駆けめぐる意図が交錯して激しい奔流となっている。何も見えない人間には緊迫感としてしか感じられないが、それが視える人間にとっては実際に大きな力同士がぶつかっているのがわかるのだ。

 たとえるならば幾多のフェイントが交じり合うボクシングの試合。しかもヘビー級の一撃必殺の拳を持つ人間同士が素手で殴り合っているような喧嘩ファイト。

 お互いに持つ力が強いがゆえに強烈なストレートパンチがなかなか出せず、ひたすら牽制しあってチャンスを狙っているような状況。見る側も心臓が止まりそうなほど緊張する恐ろしい様相である。それがリュウには視える。感じられる。

「ルシアの指揮官が誰なのか知らねえが、相当やばいやつだ。もちろん相手もかなりやばい。言っちゃ悪いが、こりゃアシェットン少佐程度の出る幕じゃないな」
 所詮リュウは技術中尉でしかないので会議で何が話されたのかも知らないし、作戦の全貌など知る由もない。突然やってきたバクナイアたちが与えた最低限の情報と現在起こっていることを統計して導きだしたにすぎないこと。

 それでも一つだけわかることがある。
 普通の人間では、あるいは常識的な人間ではこの場に対応することすらできない、と。

 アシェットン少佐は通常の戦場では優秀な指揮官であろう。だが、この場において彼という【常識人】では相手のフェイントすら読むことができないのである。レベルが高すぎてあまりにも変則的な戦いになってきているからだ。

「さあ、決断の時だ。乗るのか乗らないのか、すぱっと決めてくれよ」
 リュウはそう言うとコインを取り出して弾いて見せた。裏か表。人間には決断しないといけない時があることを彼は知っているのだ。もし決断しなければ他人が作った奔流に流され、すべてを失うことも。

(なかなか面白い男だ。彼には【資質】があるかな)
 カーシェルは本気のリュウの目を見てそう評価する。資質とは、カーシェル自身も上手く言葉にすることは難しいが、なにかこう、予感や期待のようなものである。

 人間にとってこれは非常に重要な要素である。というのも社会の八割以上の人間がこうしたものとは無縁であるからだ。

 資質がなくても生きてはいける。さまざまな仕事に就けるしクリエイティブなことだってできるだろう。だが、資質がなければ本当の意味で重要な役割はこなせないのである。

 品性であったり、慧眼であったり、圧倒的に人を惹きつける人間的魅力であったり、資質は多岐にわたるも実際にそれを得ている人間は非常に少ない。カーシェルもまた資質のある人間であった。そうでなければ紅虎が目にかけることはなかっただろう。

 残念ながらバクナイアはそうした人物ではなかった。リュウが尊敬するように実際それだけの能力と人望がありながらも資質がない。だからおそらく、今のキャリアが彼にとっての限界なのだろう。それはそれで尊いものであり貴重なものだ。彼がいなければ不可能だったことは多いのだ。

 ただ一方リュウにはそれがある。英雄が英雄を知り、王が王を引き寄せるように資質ある人間は資質を持つ者を見分けることができる。事実、リュウは同じく資質ある者、ハブシェンメッツと悪魔との衝突が視えているのだ。目で見えなくとも感じている。わかるのだ。

 このままでは失敗する、と。

 相手は悪魔。常識人が考えた猿知恵など簡単に見抜かれてしまうのだから。

「いいだろう。好きにやらせてみよう」
「なっ、本気ですか?」
「バック、どう繕っても同じだよ。我々もまた犠牲を強いている。この状況を作ったのは私たちだよ」

 上に立つ者は責任を取らねばならない。それが愚者の悪質な感情による妨害でなければ、与えた損害は紛れもなく彼らの失態なのだ。

 メイクピークもバードナーも駒にすぎない。彼らが駒であることを受け入れるのは最後に責任を取る人間がいるからである。すでにこうして予備戦力にすら負担をかけている現状はダマスカスの上層部が招いたこと。リュウの意見が過激だからと否定する資格はないのである。

 最後に決めるのはいつでも責任者の務めなのだから。

「それに私もやられっぱなしは嫌いなんだ。これ以上、姉さんの前で恥を掻きたくないからね」

 そしてカーシェルは決断したのだ。【勝つ道】を。
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