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女神と海の至宝
第十九章 一人歩きする噂話
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「失礼します」
騎士団建物の自室で提出された書類を片付けている最中だったグレンの元に、ノックして騎士が敬礼し入ってくる。だが、そのどこか余所余所しい態度にグレンは、またか、と内心用件に当たりをつけつつ、視線を向けた。
「なんだ?」
「あの、アインが来てます。今日は一応、護衛たちを撒かずに馬車で街に来たようです」
「帰るときは衛兵も付けるから待つように伝えてもらえるか?」
またか、とぼやいたところでアイカがグランディ家を抜け出すのは日常茶飯事になっている。下手に見習い騎士になって、アルバの町を出歩く楽しさを知ってしまったのが運の尽きだろう。
ギルバートも何度か1人で街を出歩くのは危ないからやめるようにと注意したそうだが、その場だけでもアイカはごめんなさいと嘘で謝りたくないらしく、はっきり<嫌>と断れたのだという。
どんなに屋敷周辺を護衛で取り囲み見張ろうと、精霊に頼めば簡単に街に行くことの出来るアイカを止めるのは不可能だ。
となれば、せめて街に行くのを止めはしないから、護衛を必ず連れるようにする、というのがギルバートの妥協だったらしい。それと街に行く際は変装し、極力目立たないようにすることを条件に。
(あの人も大概アイカに甘いからな。この前はラグナにも行って、いつかこの調子で他国に散歩に行ってきたとかいうことにならなければいいが)
考えた途端にありえそうだと、グレンは気が滅入ってくる。
「かしこまりました。ですが、その……アインは休んでなくて、大丈夫なんでしょうか?」
「何がだ?」
歯切れの悪い騎士にグレンは顔を上げる。
「噂じゃアインは、その……なんていうか……」
「ハッキリ言え」
「ギルバート様の、お子を身篭られているという噂が……」
「子供?」
寝耳に水である。もしアイカが本当に身篭っているなら、喜ぶギルバートが自分にも秘密にするとは考えにくく、妊娠初期の安定してない身であれば、どんなにアイカが嫌だといっても身体を大事にして屋敷で大人しくするように説得するだろう。
「どこでそんな噂を聞いた?」
「噂っていうか、ラグナから帰るときにはその噂で港は持ちきりだったし、パーティーを口元を抑えて途中で抜けたのもつわりなんじゃないかって……アルバにもその噂が広まってるので本当なのか自分達も判断つかなくて……」
所詮は噂だったのだと、しどろもどろに騎士が取り繕う。
けれど噂だと思っていても、内容がたかが噂と流せない。アインが子を本当に身篭ったとなれば、その子がいずれカーラ・トラヴィスの王になるかもしれないのだ。そんな大事な身体で、軽々しく街を出歩いて大丈夫なのかと不安になる。
「やっぱりデマだったんですよね?でなかったら1人であんなにお気楽に出歩いたり……」
「アインを決してこの建物から出すな。俺が送る」
恐らくギルバートもこの噂を知らないのだろうとグレンは推察した。運がいいのか悪いのか、ギルバートは今、セルゲイに呼ばれ王宮へ行ってしまっている。であればグレンも念のため噂の真偽を確認しなければ。
「か、かしこまりました!」
慌てて騎士が部屋から出て行くと、グレンは途端に顔を俯かせ脱力した。
(なんて噂が流れているんだ……)
デマだとしても、この手の噂は静まりにくい。
しかし、ふと思いついた考えにグレンの表情は一変した。
(いや、これは千載一遇のチャンスだ)
神と人が交わって子を為すのが簡単ではないことは、既にココから話を聞いている。おまけにギルバートは別としてアイカの方は、この国がどれだけギルバートに子を望んでいるか全く知らないだろう。
結婚前に子が出来ることを貴族の間でははしたないと倦厭されがちだが、ギルバートの子となれば話が違う。次代の王を身篭ったかもしれないのに、非難する者がいるとすれば、それこそ周囲から顰蹙を招く。
(この噂を機に、アイカにギルバート様の子を身篭るということを意識してもらい、ギルバート様に本気を出してもらうのは?)
部屋で1人、らしくもなくニヤリと笑み、グレンはアイカを屋敷に送り届けるべく立ち上がった。
▼▼▼
「そういう事じゃったか。女神が存在するのであれば精霊の女王がいても不思議ではなかろう。しかし、将軍も立て続けに面白いことと出くわすのう」
ギルバートの報告を楽しそうに聞いているのはカーラ・トラヴィス現国王のセルゲイと、王女マリアだ。ラグナの早朝に港に現れたクリスタルの船の噂の経緯をギルバートから受けている。
だが、場所は謁見の間ではなく、庭園でお茶を飲みながらであるため、変に畏まることもなく至ってリラックスした報告になっている。
「アイカは別として、正直ゼシルとは会いたくなかったですね」
知らなかったとは言え、あやうく殺されかけた時のことを思い出し、ギルバートはげんなりとした顔になった。女王というだけあってゼシルは気位が高く、自身への非礼を許さない。アイカから預かった指輪がなければゼシルの氷に身体を貫かれ、今頃アルバは喪に伏していたことだろう。
「しばらく外遊を続けるディアーノにくっついて世界を回るそうですが、どこで気まぐれを起こすかさっぱり検討もつきません」
「じゃが、アイカ殿と交友があれば我がカーラ・トラヴィスに敵意を向けることはまずなかろう」
「どうでしょうね。別れ間際、アイカに精霊の加護を与えたようで、普段から周囲の精霊たちがアイカを守っているようですが、人の目には精霊は見えません」
逆に言えば、精霊たちが守っているのはアイカだけなのだ。カーラ・トラヴィスに加護を与えたわけではない。
(それでも1人でふらっと街に出るアイカを、精霊たちが守ってくれているなら、こちらとしては助かるのは確かだ)
街へ出たがるアイカを止めるのは不可能だ。街を出るときはせめて護衛を必ず付けるようにと言ってあるが、そこに精霊たちもアイカを守ってくれるなら心強い。
「女神と結婚するとなると、何かと将軍を心配する声が来そうじゃが、そちらの方の懸念は大丈夫か?わしに出来ることがあれば遠慮せずに頼ってよいのだぞ?」
セルゲイが急に矛先を変えてきた話題は、ギルバートも少なからず考えている懸念だった。軍はギルバートが掌握している。王宮での権力争いも、ギルバートに堂々と懸念を提言するような者は少ないだろう。
血筋、貴族としての階級、実力、すべてギルバートが抜きん出ている。
「アイカの正体が女神であると公に言うわけにはいきません。となりますとアイカは後ろ盾のない、身元不明の者となります。それに小言を言う者が出てこないとは限らないでしょう」
王妃となる者が身元不詳の者でいいのか?と。
であればどこか身分のしっかりした貴族の養女にするか、他は愛人や側室にして、身元確かで力のある貴族令嬢を王妃にしてはどうかと提言しようとする小賢しい者が出てくることは十分に考えられる。
「しかし私はアイカ以外、指一本触れる気はないですよ。王妃になりたいと自ら言ってくるなら話だけは聞きますが、それは確認しますね」
隣に座るだけのお飾りの王妃になりたいのか?と。子を為すことのない王妃になりたいのかと。だが、話は聞いても結局はギルバート自身にアイカ以外を隣に座らせる気はさらさらない。
だいたい、女神を妻にするのに、王妃を別に立てるなど神に背く行いだ。
ギルバートが頼めば、アイカを養女にしたいと考える貴族も、腐るほどいるだろう。王妃となる女性の義父となれば権力が自然と増す。本人がどれだけ謙虚にしていようと、その者に取り入ろうとする輩は出てくる。
しかしこれも論外だ。人が女神を養女になど愚かでしかない。
「すべてを逆手に取ります。アイカは身元不詳のままで。その方が神秘性を増すでしょう」
「問題が解消するのであればもう何も言うまい。それで、将軍はいつ頃結婚するつもりかのぅ?子が出来たとなれば、目立ちだす前に早めに式を挙げておいたほうがよかろうて」
何気なくセルゲイの言う言葉に、ギルバートは固まる。
「子とは何のお話しですか?」
「私も、アイカ様がギルバートお兄様のお子を身篭られたとお聞きしたのですが、違うのでしょうか?」
それまで黙ってセルゲイとギルバートの話を聞いていたマリアが、セルゲイの話に遠慮がちに補足を入れる。
初めて聞く話に、飲んでいた危うく落としかけた。
「アイカが俺の子を!?」
ぎょっとしてギルバートが聞きなおす。
声を荒げたギルバートに、マリアは驚き口元を両手で抑えつつ、訂正をいれる。
「や、やはり根も葉もない噂でいらっしゃったのですよね。お兄様が自らおっしゃったわけでもないようでしたし、周りの早とちりですわ」
「噂?誰がそんな噂を…」
「誰がといいましょうか……お兄様がラグナに行かれた際のパーティーで、アイカ様が口元を抑えて途中退室されたとか……。イエニのディアーノ王子が出席されているパーティーでの途中退席も、ご懐妊でしたら致し方ないでしょうし……」
(あれか!あれは単にアイカを貴族たちからの奇異の目から遠ざけるためであって)
そんな意図は全く無かったのだと言ったところで、噂はセルゲイとマリアの耳にまで届いているのだ。この調子では噂はアルバ中に広まっていると見ていい。
元からギルバートにずっと子を望まれていたところにアイカが現れ、意図せず偶然が重なったことが噂に拍車をかけたかもしれない。
(だいたいアイカは普通に抱くだけでは子は身篭らないんだぞ?)
アイカ本人がそれを認識しているか分からない。しかし女神は本人が相手の子を望まない限り、子を宿すことはない。
「その話は自分も初めて聞いたもので……。後でアイカにも確認してみますが……」
ラグナに戻ってからは抱く抱かないに関係なく、毎日野菊の間でベッドを供にしている。少なくとも今朝もアイカに子を身篭ったという様子や兆候は見当たらなかった。
ギルバート自身、初めて聞く話に困惑しているのは本当だ。しかし、噂であってもアイカが本当に自分の子を妊娠していることを想像するだけで
(マズイな。アイカが身篭るということはアイカが俺の子を望んでくれたという証拠であって……嬉しいとかいう次元じゃないぞ……)
セルゲイとマリアの前だというのに、顔が赤面するのを抑えられなかった。
騎士団建物の自室で提出された書類を片付けている最中だったグレンの元に、ノックして騎士が敬礼し入ってくる。だが、そのどこか余所余所しい態度にグレンは、またか、と内心用件に当たりをつけつつ、視線を向けた。
「なんだ?」
「あの、アインが来てます。今日は一応、護衛たちを撒かずに馬車で街に来たようです」
「帰るときは衛兵も付けるから待つように伝えてもらえるか?」
またか、とぼやいたところでアイカがグランディ家を抜け出すのは日常茶飯事になっている。下手に見習い騎士になって、アルバの町を出歩く楽しさを知ってしまったのが運の尽きだろう。
ギルバートも何度か1人で街を出歩くのは危ないからやめるようにと注意したそうだが、その場だけでもアイカはごめんなさいと嘘で謝りたくないらしく、はっきり<嫌>と断れたのだという。
どんなに屋敷周辺を護衛で取り囲み見張ろうと、精霊に頼めば簡単に街に行くことの出来るアイカを止めるのは不可能だ。
となれば、せめて街に行くのを止めはしないから、護衛を必ず連れるようにする、というのがギルバートの妥協だったらしい。それと街に行く際は変装し、極力目立たないようにすることを条件に。
(あの人も大概アイカに甘いからな。この前はラグナにも行って、いつかこの調子で他国に散歩に行ってきたとかいうことにならなければいいが)
考えた途端にありえそうだと、グレンは気が滅入ってくる。
「かしこまりました。ですが、その……アインは休んでなくて、大丈夫なんでしょうか?」
「何がだ?」
歯切れの悪い騎士にグレンは顔を上げる。
「噂じゃアインは、その……なんていうか……」
「ハッキリ言え」
「ギルバート様の、お子を身篭られているという噂が……」
「子供?」
寝耳に水である。もしアイカが本当に身篭っているなら、喜ぶギルバートが自分にも秘密にするとは考えにくく、妊娠初期の安定してない身であれば、どんなにアイカが嫌だといっても身体を大事にして屋敷で大人しくするように説得するだろう。
「どこでそんな噂を聞いた?」
「噂っていうか、ラグナから帰るときにはその噂で港は持ちきりだったし、パーティーを口元を抑えて途中で抜けたのもつわりなんじゃないかって……アルバにもその噂が広まってるので本当なのか自分達も判断つかなくて……」
所詮は噂だったのだと、しどろもどろに騎士が取り繕う。
けれど噂だと思っていても、内容がたかが噂と流せない。アインが子を本当に身篭ったとなれば、その子がいずれカーラ・トラヴィスの王になるかもしれないのだ。そんな大事な身体で、軽々しく街を出歩いて大丈夫なのかと不安になる。
「やっぱりデマだったんですよね?でなかったら1人であんなにお気楽に出歩いたり……」
「アインを決してこの建物から出すな。俺が送る」
恐らくギルバートもこの噂を知らないのだろうとグレンは推察した。運がいいのか悪いのか、ギルバートは今、セルゲイに呼ばれ王宮へ行ってしまっている。であればグレンも念のため噂の真偽を確認しなければ。
「か、かしこまりました!」
慌てて騎士が部屋から出て行くと、グレンは途端に顔を俯かせ脱力した。
(なんて噂が流れているんだ……)
デマだとしても、この手の噂は静まりにくい。
しかし、ふと思いついた考えにグレンの表情は一変した。
(いや、これは千載一遇のチャンスだ)
神と人が交わって子を為すのが簡単ではないことは、既にココから話を聞いている。おまけにギルバートは別としてアイカの方は、この国がどれだけギルバートに子を望んでいるか全く知らないだろう。
結婚前に子が出来ることを貴族の間でははしたないと倦厭されがちだが、ギルバートの子となれば話が違う。次代の王を身篭ったかもしれないのに、非難する者がいるとすれば、それこそ周囲から顰蹙を招く。
(この噂を機に、アイカにギルバート様の子を身篭るということを意識してもらい、ギルバート様に本気を出してもらうのは?)
部屋で1人、らしくもなくニヤリと笑み、グレンはアイカを屋敷に送り届けるべく立ち上がった。
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「そういう事じゃったか。女神が存在するのであれば精霊の女王がいても不思議ではなかろう。しかし、将軍も立て続けに面白いことと出くわすのう」
ギルバートの報告を楽しそうに聞いているのはカーラ・トラヴィス現国王のセルゲイと、王女マリアだ。ラグナの早朝に港に現れたクリスタルの船の噂の経緯をギルバートから受けている。
だが、場所は謁見の間ではなく、庭園でお茶を飲みながらであるため、変に畏まることもなく至ってリラックスした報告になっている。
「アイカは別として、正直ゼシルとは会いたくなかったですね」
知らなかったとは言え、あやうく殺されかけた時のことを思い出し、ギルバートはげんなりとした顔になった。女王というだけあってゼシルは気位が高く、自身への非礼を許さない。アイカから預かった指輪がなければゼシルの氷に身体を貫かれ、今頃アルバは喪に伏していたことだろう。
「しばらく外遊を続けるディアーノにくっついて世界を回るそうですが、どこで気まぐれを起こすかさっぱり検討もつきません」
「じゃが、アイカ殿と交友があれば我がカーラ・トラヴィスに敵意を向けることはまずなかろう」
「どうでしょうね。別れ間際、アイカに精霊の加護を与えたようで、普段から周囲の精霊たちがアイカを守っているようですが、人の目には精霊は見えません」
逆に言えば、精霊たちが守っているのはアイカだけなのだ。カーラ・トラヴィスに加護を与えたわけではない。
(それでも1人でふらっと街に出るアイカを、精霊たちが守ってくれているなら、こちらとしては助かるのは確かだ)
街へ出たがるアイカを止めるのは不可能だ。街を出るときはせめて護衛を必ず付けるようにと言ってあるが、そこに精霊たちもアイカを守ってくれるなら心強い。
「女神と結婚するとなると、何かと将軍を心配する声が来そうじゃが、そちらの方の懸念は大丈夫か?わしに出来ることがあれば遠慮せずに頼ってよいのだぞ?」
セルゲイが急に矛先を変えてきた話題は、ギルバートも少なからず考えている懸念だった。軍はギルバートが掌握している。王宮での権力争いも、ギルバートに堂々と懸念を提言するような者は少ないだろう。
血筋、貴族としての階級、実力、すべてギルバートが抜きん出ている。
「アイカの正体が女神であると公に言うわけにはいきません。となりますとアイカは後ろ盾のない、身元不明の者となります。それに小言を言う者が出てこないとは限らないでしょう」
王妃となる者が身元不詳の者でいいのか?と。
であればどこか身分のしっかりした貴族の養女にするか、他は愛人や側室にして、身元確かで力のある貴族令嬢を王妃にしてはどうかと提言しようとする小賢しい者が出てくることは十分に考えられる。
「しかし私はアイカ以外、指一本触れる気はないですよ。王妃になりたいと自ら言ってくるなら話だけは聞きますが、それは確認しますね」
隣に座るだけのお飾りの王妃になりたいのか?と。子を為すことのない王妃になりたいのかと。だが、話は聞いても結局はギルバート自身にアイカ以外を隣に座らせる気はさらさらない。
だいたい、女神を妻にするのに、王妃を別に立てるなど神に背く行いだ。
ギルバートが頼めば、アイカを養女にしたいと考える貴族も、腐るほどいるだろう。王妃となる女性の義父となれば権力が自然と増す。本人がどれだけ謙虚にしていようと、その者に取り入ろうとする輩は出てくる。
しかしこれも論外だ。人が女神を養女になど愚かでしかない。
「すべてを逆手に取ります。アイカは身元不詳のままで。その方が神秘性を増すでしょう」
「問題が解消するのであればもう何も言うまい。それで、将軍はいつ頃結婚するつもりかのぅ?子が出来たとなれば、目立ちだす前に早めに式を挙げておいたほうがよかろうて」
何気なくセルゲイの言う言葉に、ギルバートは固まる。
「子とは何のお話しですか?」
「私も、アイカ様がギルバートお兄様のお子を身篭られたとお聞きしたのですが、違うのでしょうか?」
それまで黙ってセルゲイとギルバートの話を聞いていたマリアが、セルゲイの話に遠慮がちに補足を入れる。
初めて聞く話に、飲んでいた危うく落としかけた。
「アイカが俺の子を!?」
ぎょっとしてギルバートが聞きなおす。
声を荒げたギルバートに、マリアは驚き口元を両手で抑えつつ、訂正をいれる。
「や、やはり根も葉もない噂でいらっしゃったのですよね。お兄様が自らおっしゃったわけでもないようでしたし、周りの早とちりですわ」
「噂?誰がそんな噂を…」
「誰がといいましょうか……お兄様がラグナに行かれた際のパーティーで、アイカ様が口元を抑えて途中退室されたとか……。イエニのディアーノ王子が出席されているパーティーでの途中退席も、ご懐妊でしたら致し方ないでしょうし……」
(あれか!あれは単にアイカを貴族たちからの奇異の目から遠ざけるためであって)
そんな意図は全く無かったのだと言ったところで、噂はセルゲイとマリアの耳にまで届いているのだ。この調子では噂はアルバ中に広まっていると見ていい。
元からギルバートにずっと子を望まれていたところにアイカが現れ、意図せず偶然が重なったことが噂に拍車をかけたかもしれない。
(だいたいアイカは普通に抱くだけでは子は身篭らないんだぞ?)
アイカ本人がそれを認識しているか分からない。しかし女神は本人が相手の子を望まない限り、子を宿すことはない。
「その話は自分も初めて聞いたもので……。後でアイカにも確認してみますが……」
ラグナに戻ってからは抱く抱かないに関係なく、毎日野菊の間でベッドを供にしている。少なくとも今朝もアイカに子を身篭ったという様子や兆候は見当たらなかった。
ギルバート自身、初めて聞く話に困惑しているのは本当だ。しかし、噂であってもアイカが本当に自分の子を妊娠していることを想像するだけで
(マズイな。アイカが身篭るということはアイカが俺の子を望んでくれたという証拠であって……嬉しいとかいう次元じゃないぞ……)
セルゲイとマリアの前だというのに、顔が赤面するのを抑えられなかった。
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