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女神と宝石
第三章 女神の住処は池の底 ※
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「やぁっ……んっ、……ぁ…はな、し、……んぁ……」
死んだ筈の自分に何が起こってるのか、アイカは全くわからないまま、全く見ず知らずの男に濃厚な口づけをされていた。逃げ出そうにも抱きしめる男の力は強く、逞しい体はどんなに暴れてもビクともしない。
それどころか口を塞がれて息が出来ず、酸素不足も相まって体力がどんどんなくなっていってしまう。
やめてほしいと懇願するために開いた口に、温かく滑ったものが入ってきて、逃げる自分の舌を簡単に捕まえられてしまった。
(これって、もしかして舌?うそ?わたし、男の人に舌を入れられてキスしているの?)
ファーストキスだというのに、吐く息ごと食べられてしまいそうなほど激しいキスに、次第に頭がぼーっとしてくる。
冷えきっている身体に男の体温が酷く暖かい。絡めた舌は火傷しそうなほど熱い。目の前に迫る男と瞳がかちあうと、うっすら満足そうに男は紫雲の目を細めて微笑む。
角度を変えて何度も唇を貪られ、アイカは次第に暴れる体力もなくなっていく。
(なにこれ……苦しいのに……頭がぼーっとして、温かくて、何も考えられなくなっちゃう……)
角度を変えるたびに、自分より身長の高い男の唾液が流れこんできて、否応なく飲み込むことしかできない。どうにか倒れこまないように男に縋るのが精いっぱいなのに、縋る男の体は筋肉に覆われ逞しく、抱きしめられた場所から男の温かな体温が伝わってきて、ずっと抱きしめられていたいような気持ちになる。
しばらく唇を貪っていた男の手が顎から離れ、首筋を伝い、濡れたワンピースが張り付いた胸の頂きを摘まんだ。チクリとした甘い痛みに全身がぞわりと戦慄く。
「やだぁ……触らないで……離して、お願いっ……」
「好きだ、愛している、俺のものになってほしい」
自分を見つめながらうっとりと男は胸を揉みながら耳にささやき、首筋に顔を埋めてきた。大きな掌が無抵抗な胸をやわやわと揉み、耳にささやいた口が次は耳たぶを甘噛みしてくる。
男の人にキスをされるのも、胸を柔らかく揉まれるのも、耳を甘く食まれるのもアイカは初めての経験で、体が委縮してしまい男にされるがままだった。はぁはぁと呼吸が乱れる中、だんだんと苦しさが遠くなっていって、今度は男に触れられる部分から別の何かが広がっていく。
低いオブラートの美声が耳のすぐそばで「気持ちいいか?」と囁いてきて、
(気持ちいい?これが?怖い、私どうなるの?この男の人に好きに抱かれちゃうの?やだよ怖いよっ)
全てが未知の感覚で、男ではなく自分自身がこわくなった。自分はどんな風に男に作り替えられてしまうのか。
――愛花!念じて!自分の前に壁ができるって強く思って!!
突然頭の中に響いた声に驚く。
――大丈夫!愛花ならできるから、強く思うだけでいいんだ!
また声が頭の中に聞こえる。自分の体に夢中になっている男に、この声は聞こえていないのか、また口づけしようとしてくる。
(だめ!私から離れて!!)
頭の中に聞こえてきた言葉通りに、男と自分の間に壁ができるイメージを強く念じた。瞬間男にすがりついていた両手が熱くなり、目の前がカッ!と光が瞬いた。
目の前に光る壁が出来て、強引に抱きしめていた男が驚き離れた。
――そうだよ!はやく池の方に逃げるんだ!次は池の上を走るイメージで!そして池の真ん中で
還りたいって思うんだ!
(池の上を走る!?そんなことできるわけないじゃない!私忍者じゃないのよ!?)
――出来るよ!愛花はもう<女神>なんだから!
女神?頭の中に響く声が言った言葉に、自分に何が起こったのか走馬燈のように記憶が思い出されていく。
(そうだ!わたしは!)
驚き戸惑う男を振り払うように腕から逃れて、聞こえた声の通りに水の上を走るイメージをする。
(ほんとだ!私、水の上を走ってる!)
自分で驚きながら、後ろをわずかに振り返れば、男が自分を追ってこようとして数歩池の中に足を入れて立ち止まった。男は池の上を走れないのだ。
ならば最後は、
(お願い!池の中に還りたいの!)
池の中央まできて、強く願う。すると池の中心が僅かに隆起し、自分を吸い込むように水の中へ誘い入れてくれたのである。水の中だというのに息苦しさは全くなく、むしろ水の流れに身を任せる気持ちよさだけがあった。
流されたどりついた先は水晶で囲まれた洞窟で、何もしなくても青白く光って幻想的な雰囲気を醸し出していた。
洞窟の一番奥は大きく開けており、中央に大きな台座が置かれ、天井が吹き抜けていることで見上げれば揺れる水の波紋と共に、満月の光が差し込んでいた。
時折魚が泳ぐ魚影が見えるということは、ここは確かに池の底なのだと分かる。
そして不思議なことにびしょびしょに濡れていたワンピースはいつのまにか乾いていて、体に張り付くことはない。
「なんてきれいな場所なの・・・・」
思わずため息が漏れる。
こんな世界は映画か小説、漫画の中にしかないと思っていたのに。
「やぁ、愛花。さっきは災難だったね!」
誰もいないと思っていた場所で、いきなり名前を呼ばれて驚いたけれど、声の主を見つけて思わず笑顔になる。
「あなた!私がトラックに引かれそうになっていたのを助けた猫ちゃんね!」
見覚えのある三毛柄の猫が台座の上にちょこんと座って、愛嬌たっぷりにぽりぽり頭を掻く。
「結局ボクも死んじゃって愛花にはお詫びのしようもないよ」
「そんなことないわ。結果はどうあれこうしてまた会えてるじゃない」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「でもどうして貴方はここに?」
「それはね、愛花が人間から女神に転生するとき、せっかくの縁だからってあの時現れた女神様が人間のころに最後に助けようとしたボクも一緒に転生させててくれたんだ。ついでに女神の召使いとして、愛花とは会話できるようにもしてくれた」
「そうだったのね。実はひとりぼっちで寂しかったから、また逢えてうれしいわ」
ゆっくり台座の方へと歩みより、柔らかな毛並みの両前足に手を差し入れて抱きかかえる。
二人でトラックに引かれて死んで、二人で一緒に転生して。不思議な気持ちだった。
「そういえば、貴方名前は?」
「ないよ。だって元はただの野良猫だからね」
「だったら名前を付けてあげるわ!うーんっと、……ココって名前はどうかしら?」
「ココ?うん!今からボクはココだ!」
にゃーと鳴いているけれど、その鳴き声に込められた歓喜の言葉が伝わってくる。
腕にココを抱いて、台座に腰をかける。少しひんやりして、でも腕の中に抱いているココの温かな体温と相まってちょうどいい。
「さっきは助けてくれてありがとう。ココが助けてくれなかったら、私、知らない男の人にきっと今もされるがままだったわ」
ココの毛並みを優しくなでながら、自分に起こったさきほどまでの出来事を思い出す。
(交通事故にあって死んでしまい、女神様が輝いて眩しくて気を失って、意識が戻ったらいきなり池の真ん中なんだもの。あのへんな男の人が助けてくれたけど、いきなりキスしてきたり胸を触ったり、絶対変態ね。
おまけに会ったばかりなのに、好きだとか愛してるとか信じられないわ。それに舌まで……、耳も噛まれちゃった……。)
男にされたことを思いだしたら、急に恥ずかしくなって顔が熱くなっていく。
「偶然にしても、アレは災難だったね。愛花が女神として生まれた直後に人間に見られるなんて。でもここには普通の人間は来れないから安心していいよ」
腕にすりすりと顔を寄せてくるココの首元を撫でつつ
「生まれた直後?私はさっき女神として生まれたの?」
「そうだよ。そこの水晶に映る自分の姿を見てごらん」
ココに促されて立ち上がり、傍にあった水晶をのぞき込む。
「これが、私……?」
水晶に映ったのは薄いピンクを帯びた長い銀髪に、同じ銀のまつ毛に縁どられた大きな金の瞳。白く小さな顔だちは西洋の人形のようだ。自分を女神として転生させた女神本人を、少し幼くしたような容姿。
飾り気のないシンプルなノースリーヴのワンピースを着ているせいで、細い二の腕があらわになっている。
「でも、なんか私の姿、幼くないかしら?私、死んだとき19歳だったのよ?でも今は15、6くらいに」
「女神になった愛花の容姿は、精神年齢が影響するからね、生まれたばかりなことを考えたら、少し幼くなってしまうのは仕方ないさ」
言外に自分の精神年齢が低いと言われたようで納得いかないが、そこは深く考えても仕方がないかと受け入れることにする。
兎に角、今の自分は本当に女神として転生したらしい。
「ねぇ、ココ。女神っていったい何をするの?ずっと二人で池の底にあるこの洞窟で過ごすわけじゃないわよね?」
この場所は綺麗で好きだが、だからとずっとここに座っていても何もすることがなく退屈だろう。
「なんでも。愛花はもう女神なんだ。愛花がやりたいことをすればいいんだよ。さっき男に襲われているとき、ボクが教えたら愛花は光の壁が作れたし、水の上も走れただろう?」
「できたけれど、だからって」
「女神はね、願う気持ちを具現化できる力があるんだ」
「気持ちが力になるの?でも、力があるからって何をすれば……」
急に言われても何をすればいいか、咄嗟には思いつかない。
悩む自分にココはまたみゃーと一鳴きして
「だったら愛花は人間だったときやりたいことはなかった?死んで未練は何もない?」
「人間だったときやりたかったこと?」
問われて何を自分はやりたかっただろうと思案する。高校を卒業して大学生になったら思いっきりバイトやサークル活動を楽しみたかった。新しい友達もできて、素敵な彼氏もつくって一緒に夏祭りやクリスマスを過ごしたかった。
でもそれはこの世界では叶いそうにない。
他にはないかと考えてみたら、ふと自分を襲おうとした男が思い浮かんだ。
中世というよりはファンタジー小説の中に出てきそうな軍服衣装を着込んだ男。
「ねぇ、この世界ってもしかして騎士とかいたりするかしら?」
「もちろんいるよ!」
「だったら私、騎士になってみたいわ」
ファンタジー小説の中で敵と華麗に戦い、お姫様を守る騎士。もちろんお姫様も好きだけれど、物語に出てくるお姫様はいつも退屈そうで屋敷から抜け出すばかりだった。
だったら外を自由に出歩き、自らを鍛え、剣をふるい、王に忠誠を誓う騎士になってみたい。
「なれるかな?」
「なれるさ。女神である愛花がそう願うなら、その願いは必ず叶うんだ」
「嬉しい!」
言いながらぎゅっとココを抱きしめる。
転生してさっそくやりたいことができた喜び。
「じゃあ、転生する前に渡された指輪があるよね。あれを出してごらん?あの指輪は女神の証。女神の願う力を強化する力があるんだ」
「指輪って?」
「ほら、死んで魂で空に浮いてるとき、女神様が愛花の指にはめてくれただろ?」
ほら、と言われてもココを抱く自分の両手には指輪らしいものははまっていない。
「ど、どうしよう……ココ、私指輪はめてない……」
「え!?無くしたの!?落としたの!?」
そこでようやくココと二人して、女神の証であるという指輪がないことに気が付いた。
確かに幽霊だった自分の手に女神は指輪をはめてくれた。それは覚えている。
けれど、そこから指輪がどうなったのか記憶がない。
記憶を順々にさかのぼり、ふと思い出す。
「あ!!」
「どうしたの?思い出した!?」
「さっきの男の人!」
女神として転生してからわずかな時間だったが、男に捕まっているとき暴れる手を何度か男に掴まれ握りしめられた。あの時はとにかく逃げることしか考えられなくて、指輪のことにまで気が回らなかった。けれど落とすならあの時しかない。
「もしかしたらさっき男の人に襲われているとき、落としちゃったのかも……」
「えええ?まさか地上に!?」
驚くココに、しょぼんと顔を俯くばかりだ。
女神として大事な指輪をさっそく落としてしまうなんて、なんてことだろう。
「仕方ない。今夜はあの男が待ち伏せしているかもしれないから、また明日の夜探しにいこう。昼間は明るいけど人が出歩いていて姿を見られる危険がある」
「そうするわ………。見つかるといいのだけれど……」
またあの男に遭遇するのは、できるだけ避けたい。
それにもう今日は沢山出来事がありすぎて、頭がパンクしそうだったりする。
(本当に私、これで女神としてやっていけるのかな?)
胸の中は不安しかなかった。
死んだ筈の自分に何が起こってるのか、アイカは全くわからないまま、全く見ず知らずの男に濃厚な口づけをされていた。逃げ出そうにも抱きしめる男の力は強く、逞しい体はどんなに暴れてもビクともしない。
それどころか口を塞がれて息が出来ず、酸素不足も相まって体力がどんどんなくなっていってしまう。
やめてほしいと懇願するために開いた口に、温かく滑ったものが入ってきて、逃げる自分の舌を簡単に捕まえられてしまった。
(これって、もしかして舌?うそ?わたし、男の人に舌を入れられてキスしているの?)
ファーストキスだというのに、吐く息ごと食べられてしまいそうなほど激しいキスに、次第に頭がぼーっとしてくる。
冷えきっている身体に男の体温が酷く暖かい。絡めた舌は火傷しそうなほど熱い。目の前に迫る男と瞳がかちあうと、うっすら満足そうに男は紫雲の目を細めて微笑む。
角度を変えて何度も唇を貪られ、アイカは次第に暴れる体力もなくなっていく。
(なにこれ……苦しいのに……頭がぼーっとして、温かくて、何も考えられなくなっちゃう……)
角度を変えるたびに、自分より身長の高い男の唾液が流れこんできて、否応なく飲み込むことしかできない。どうにか倒れこまないように男に縋るのが精いっぱいなのに、縋る男の体は筋肉に覆われ逞しく、抱きしめられた場所から男の温かな体温が伝わってきて、ずっと抱きしめられていたいような気持ちになる。
しばらく唇を貪っていた男の手が顎から離れ、首筋を伝い、濡れたワンピースが張り付いた胸の頂きを摘まんだ。チクリとした甘い痛みに全身がぞわりと戦慄く。
「やだぁ……触らないで……離して、お願いっ……」
「好きだ、愛している、俺のものになってほしい」
自分を見つめながらうっとりと男は胸を揉みながら耳にささやき、首筋に顔を埋めてきた。大きな掌が無抵抗な胸をやわやわと揉み、耳にささやいた口が次は耳たぶを甘噛みしてくる。
男の人にキスをされるのも、胸を柔らかく揉まれるのも、耳を甘く食まれるのもアイカは初めての経験で、体が委縮してしまい男にされるがままだった。はぁはぁと呼吸が乱れる中、だんだんと苦しさが遠くなっていって、今度は男に触れられる部分から別の何かが広がっていく。
低いオブラートの美声が耳のすぐそばで「気持ちいいか?」と囁いてきて、
(気持ちいい?これが?怖い、私どうなるの?この男の人に好きに抱かれちゃうの?やだよ怖いよっ)
全てが未知の感覚で、男ではなく自分自身がこわくなった。自分はどんな風に男に作り替えられてしまうのか。
――愛花!念じて!自分の前に壁ができるって強く思って!!
突然頭の中に響いた声に驚く。
――大丈夫!愛花ならできるから、強く思うだけでいいんだ!
また声が頭の中に聞こえる。自分の体に夢中になっている男に、この声は聞こえていないのか、また口づけしようとしてくる。
(だめ!私から離れて!!)
頭の中に聞こえてきた言葉通りに、男と自分の間に壁ができるイメージを強く念じた。瞬間男にすがりついていた両手が熱くなり、目の前がカッ!と光が瞬いた。
目の前に光る壁が出来て、強引に抱きしめていた男が驚き離れた。
――そうだよ!はやく池の方に逃げるんだ!次は池の上を走るイメージで!そして池の真ん中で
還りたいって思うんだ!
(池の上を走る!?そんなことできるわけないじゃない!私忍者じゃないのよ!?)
――出来るよ!愛花はもう<女神>なんだから!
女神?頭の中に響く声が言った言葉に、自分に何が起こったのか走馬燈のように記憶が思い出されていく。
(そうだ!わたしは!)
驚き戸惑う男を振り払うように腕から逃れて、聞こえた声の通りに水の上を走るイメージをする。
(ほんとだ!私、水の上を走ってる!)
自分で驚きながら、後ろをわずかに振り返れば、男が自分を追ってこようとして数歩池の中に足を入れて立ち止まった。男は池の上を走れないのだ。
ならば最後は、
(お願い!池の中に還りたいの!)
池の中央まできて、強く願う。すると池の中心が僅かに隆起し、自分を吸い込むように水の中へ誘い入れてくれたのである。水の中だというのに息苦しさは全くなく、むしろ水の流れに身を任せる気持ちよさだけがあった。
流されたどりついた先は水晶で囲まれた洞窟で、何もしなくても青白く光って幻想的な雰囲気を醸し出していた。
洞窟の一番奥は大きく開けており、中央に大きな台座が置かれ、天井が吹き抜けていることで見上げれば揺れる水の波紋と共に、満月の光が差し込んでいた。
時折魚が泳ぐ魚影が見えるということは、ここは確かに池の底なのだと分かる。
そして不思議なことにびしょびしょに濡れていたワンピースはいつのまにか乾いていて、体に張り付くことはない。
「なんてきれいな場所なの・・・・」
思わずため息が漏れる。
こんな世界は映画か小説、漫画の中にしかないと思っていたのに。
「やぁ、愛花。さっきは災難だったね!」
誰もいないと思っていた場所で、いきなり名前を呼ばれて驚いたけれど、声の主を見つけて思わず笑顔になる。
「あなた!私がトラックに引かれそうになっていたのを助けた猫ちゃんね!」
見覚えのある三毛柄の猫が台座の上にちょこんと座って、愛嬌たっぷりにぽりぽり頭を掻く。
「結局ボクも死んじゃって愛花にはお詫びのしようもないよ」
「そんなことないわ。結果はどうあれこうしてまた会えてるじゃない」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「でもどうして貴方はここに?」
「それはね、愛花が人間から女神に転生するとき、せっかくの縁だからってあの時現れた女神様が人間のころに最後に助けようとしたボクも一緒に転生させててくれたんだ。ついでに女神の召使いとして、愛花とは会話できるようにもしてくれた」
「そうだったのね。実はひとりぼっちで寂しかったから、また逢えてうれしいわ」
ゆっくり台座の方へと歩みより、柔らかな毛並みの両前足に手を差し入れて抱きかかえる。
二人でトラックに引かれて死んで、二人で一緒に転生して。不思議な気持ちだった。
「そういえば、貴方名前は?」
「ないよ。だって元はただの野良猫だからね」
「だったら名前を付けてあげるわ!うーんっと、……ココって名前はどうかしら?」
「ココ?うん!今からボクはココだ!」
にゃーと鳴いているけれど、その鳴き声に込められた歓喜の言葉が伝わってくる。
腕にココを抱いて、台座に腰をかける。少しひんやりして、でも腕の中に抱いているココの温かな体温と相まってちょうどいい。
「さっきは助けてくれてありがとう。ココが助けてくれなかったら、私、知らない男の人にきっと今もされるがままだったわ」
ココの毛並みを優しくなでながら、自分に起こったさきほどまでの出来事を思い出す。
(交通事故にあって死んでしまい、女神様が輝いて眩しくて気を失って、意識が戻ったらいきなり池の真ん中なんだもの。あのへんな男の人が助けてくれたけど、いきなりキスしてきたり胸を触ったり、絶対変態ね。
おまけに会ったばかりなのに、好きだとか愛してるとか信じられないわ。それに舌まで……、耳も噛まれちゃった……。)
男にされたことを思いだしたら、急に恥ずかしくなって顔が熱くなっていく。
「偶然にしても、アレは災難だったね。愛花が女神として生まれた直後に人間に見られるなんて。でもここには普通の人間は来れないから安心していいよ」
腕にすりすりと顔を寄せてくるココの首元を撫でつつ
「生まれた直後?私はさっき女神として生まれたの?」
「そうだよ。そこの水晶に映る自分の姿を見てごらん」
ココに促されて立ち上がり、傍にあった水晶をのぞき込む。
「これが、私……?」
水晶に映ったのは薄いピンクを帯びた長い銀髪に、同じ銀のまつ毛に縁どられた大きな金の瞳。白く小さな顔だちは西洋の人形のようだ。自分を女神として転生させた女神本人を、少し幼くしたような容姿。
飾り気のないシンプルなノースリーヴのワンピースを着ているせいで、細い二の腕があらわになっている。
「でも、なんか私の姿、幼くないかしら?私、死んだとき19歳だったのよ?でも今は15、6くらいに」
「女神になった愛花の容姿は、精神年齢が影響するからね、生まれたばかりなことを考えたら、少し幼くなってしまうのは仕方ないさ」
言外に自分の精神年齢が低いと言われたようで納得いかないが、そこは深く考えても仕方がないかと受け入れることにする。
兎に角、今の自分は本当に女神として転生したらしい。
「ねぇ、ココ。女神っていったい何をするの?ずっと二人で池の底にあるこの洞窟で過ごすわけじゃないわよね?」
この場所は綺麗で好きだが、だからとずっとここに座っていても何もすることがなく退屈だろう。
「なんでも。愛花はもう女神なんだ。愛花がやりたいことをすればいいんだよ。さっき男に襲われているとき、ボクが教えたら愛花は光の壁が作れたし、水の上も走れただろう?」
「できたけれど、だからって」
「女神はね、願う気持ちを具現化できる力があるんだ」
「気持ちが力になるの?でも、力があるからって何をすれば……」
急に言われても何をすればいいか、咄嗟には思いつかない。
悩む自分にココはまたみゃーと一鳴きして
「だったら愛花は人間だったときやりたいことはなかった?死んで未練は何もない?」
「人間だったときやりたかったこと?」
問われて何を自分はやりたかっただろうと思案する。高校を卒業して大学生になったら思いっきりバイトやサークル活動を楽しみたかった。新しい友達もできて、素敵な彼氏もつくって一緒に夏祭りやクリスマスを過ごしたかった。
でもそれはこの世界では叶いそうにない。
他にはないかと考えてみたら、ふと自分を襲おうとした男が思い浮かんだ。
中世というよりはファンタジー小説の中に出てきそうな軍服衣装を着込んだ男。
「ねぇ、この世界ってもしかして騎士とかいたりするかしら?」
「もちろんいるよ!」
「だったら私、騎士になってみたいわ」
ファンタジー小説の中で敵と華麗に戦い、お姫様を守る騎士。もちろんお姫様も好きだけれど、物語に出てくるお姫様はいつも退屈そうで屋敷から抜け出すばかりだった。
だったら外を自由に出歩き、自らを鍛え、剣をふるい、王に忠誠を誓う騎士になってみたい。
「なれるかな?」
「なれるさ。女神である愛花がそう願うなら、その願いは必ず叶うんだ」
「嬉しい!」
言いながらぎゅっとココを抱きしめる。
転生してさっそくやりたいことができた喜び。
「じゃあ、転生する前に渡された指輪があるよね。あれを出してごらん?あの指輪は女神の証。女神の願う力を強化する力があるんだ」
「指輪って?」
「ほら、死んで魂で空に浮いてるとき、女神様が愛花の指にはめてくれただろ?」
ほら、と言われてもココを抱く自分の両手には指輪らしいものははまっていない。
「ど、どうしよう……ココ、私指輪はめてない……」
「え!?無くしたの!?落としたの!?」
そこでようやくココと二人して、女神の証であるという指輪がないことに気が付いた。
確かに幽霊だった自分の手に女神は指輪をはめてくれた。それは覚えている。
けれど、そこから指輪がどうなったのか記憶がない。
記憶を順々にさかのぼり、ふと思い出す。
「あ!!」
「どうしたの?思い出した!?」
「さっきの男の人!」
女神として転生してからわずかな時間だったが、男に捕まっているとき暴れる手を何度か男に掴まれ握りしめられた。あの時はとにかく逃げることしか考えられなくて、指輪のことにまで気が回らなかった。けれど落とすならあの時しかない。
「もしかしたらさっき男の人に襲われているとき、落としちゃったのかも……」
「えええ?まさか地上に!?」
驚くココに、しょぼんと顔を俯くばかりだ。
女神として大事な指輪をさっそく落としてしまうなんて、なんてことだろう。
「仕方ない。今夜はあの男が待ち伏せしているかもしれないから、また明日の夜探しにいこう。昼間は明るいけど人が出歩いていて姿を見られる危険がある」
「そうするわ………。見つかるといいのだけれど……」
またあの男に遭遇するのは、できるだけ避けたい。
それにもう今日は沢山出来事がありすぎて、頭がパンクしそうだったりする。
(本当に私、これで女神としてやっていけるのかな?)
胸の中は不安しかなかった。
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