21 / 32
第1章 Come in the Rain
20. 敗者の街
しおりを挟む
ぐらぐらと意識が揺れている。
他者に望まれた「俺」、苦しみ悶えすべてを恨む「俺」。どちらでもない「俺」……。
砕けた自我が再び形を取り戻していく。
……噛み合えば噛み合うほど、苦痛が俺の意識を苛む。
「……ローランド、さん……だっけ……。大丈夫……?」
白い指が頬を撫ぜる。
ローランド……名前……? 俺の……名前、だよな……?
自分のこともまだわからないのに、目の前の相手のことなんて、分かるはずがない。……でも、さっき、名前を知ったような気も……。
亜麻色の長髪が揺れる。あどけない顔つきの青年は、俺の頬に触れ、顔を覗き込んだ。
──ああ、可愛い子だ
「……ッ!?」
思わずその手を跳ね除け、距離を取る。
記憶の蓋がぐらつき、思い出したくもない声が思考を支配する。
「……どうした……の?」
──どうしたんだい、ローランド。……いや……
青年はきょとんと首をかしげ、呑気に近付いてくる。やめろ、来るな、来るな、来るな、やめ、嫌だ、嫌だ嫌だ、気持ち悪い、気持ち悪い、……怖い……
「触るなッ!!!」
視界から亜麻色が消える。人影が消える。……はぁ、はぁ、と荒い息が漏れる。痛みが、感情が濁流のように脳髄に氾濫する。
「お前も苦しめよ!! ぼく達が苦しんだ分だけ……ッ」
自分でない声音が喉から漏れる。俺の感情と混ざった「誰か」が、俺の肉体の外へ溢れだそうと暴れる「何か」が、俺の喉を、俺の声を支配する。
「……ごめん、なさい」
「ちが、謝るな、俺じゃな……う、ぐ、ゲホッ、ちくしょう……俺から離れろよぉぉぉおおおおッ」
痛い。苦しい。憎い。うらめしい。悲しい。つらい。怖い。寂しい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……俺は、俺はただ…………
「あの日々が……ロブが……ロッドが……兄さん達が……みんなが、大事だっただけ……」
意識が掻き消えていく。真っ白になって、痛みも、何もかもが消えていく。
俺は誰?
俺は何?
誰が俺?
何が俺?
わからない。わからない。わからない、から……
「は、はは、これで、もう……痛くない……」
なんでもいいや。
「……あー、やっぱり、分裂してるんだね……」
誰かの声がする。亜麻色の髪が、もう1人、近付いてくる。目の前にいる方より小柄なのはわかる。
「ブライアン、下手に触ったらダメだよ。……今、必死に治そうとしてるはずだから」
その声に、コクリとでかい方の亜麻色が頷く。
深海のようなディープブルーが俺を見つめる。どこかで会った気がする。……嫌な思い出がある気がする。
まあいいや。別に、大したことじゃないだろうし。
「……その状態でよく笑えるよね……」
「何が?」
「……んー、まあいいか。君、メールに「街」って書いてたでしょ。この空間に心当たりでもあるの?」
メール?
なんか、送ったっけ。……送った気もする。
街? この空間? どの空間?
尋ねられてる。困ってる。
……ああ、そうだな。困ってる人を助けるのは、当たり前だ。
いつも、してきたことじゃないか。
「地元に……敗者の街……って、噂があって」
俺の地元はロンドンの郊外、ビリングフォード……だったっけ。
元々貴族だった家系が住む街だけど……大体のが落ち目だから、こうも呼ばれた。
まるで敗者の街だ。
元々、その噂は違う色を持っていた。
敗者の街は、「存在しない街」だった。
──ロブ、悪さをしたら「敗者の街」に連れていかれるよ。
──ど、どんな街?
──とても怖い場所。悪い人たちがたくさんいるんだって。……だから、連れていかれる前に早く寝なよ。
いつまでも遊ぼうとする弟に、でまかせを言ったことがある。
そういう、何かと都合のいい街だった。
「……ふーん? その噂の「街」にここが似てるってことかな」
青年は考え込み、キョロキョロと周りを見回した。
「本当にそうかは……わからないけど」
「今は真実なんてどうでもいいよ。大事なのは……この現象に名前があること」
意味ありげに呟いて、彼はニヤリと笑った。
「……って、サワが言ってた」
「……意味は、わかってるの?」
「全然? まあこれから分かっていけばいいし、大丈夫でしょ」
…………。
まあ……自信がありそうだし……それでいいか……。
他者に望まれた「俺」、苦しみ悶えすべてを恨む「俺」。どちらでもない「俺」……。
砕けた自我が再び形を取り戻していく。
……噛み合えば噛み合うほど、苦痛が俺の意識を苛む。
「……ローランド、さん……だっけ……。大丈夫……?」
白い指が頬を撫ぜる。
ローランド……名前……? 俺の……名前、だよな……?
自分のこともまだわからないのに、目の前の相手のことなんて、分かるはずがない。……でも、さっき、名前を知ったような気も……。
亜麻色の長髪が揺れる。あどけない顔つきの青年は、俺の頬に触れ、顔を覗き込んだ。
──ああ、可愛い子だ
「……ッ!?」
思わずその手を跳ね除け、距離を取る。
記憶の蓋がぐらつき、思い出したくもない声が思考を支配する。
「……どうした……の?」
──どうしたんだい、ローランド。……いや……
青年はきょとんと首をかしげ、呑気に近付いてくる。やめろ、来るな、来るな、来るな、やめ、嫌だ、嫌だ嫌だ、気持ち悪い、気持ち悪い、……怖い……
「触るなッ!!!」
視界から亜麻色が消える。人影が消える。……はぁ、はぁ、と荒い息が漏れる。痛みが、感情が濁流のように脳髄に氾濫する。
「お前も苦しめよ!! ぼく達が苦しんだ分だけ……ッ」
自分でない声音が喉から漏れる。俺の感情と混ざった「誰か」が、俺の肉体の外へ溢れだそうと暴れる「何か」が、俺の喉を、俺の声を支配する。
「……ごめん、なさい」
「ちが、謝るな、俺じゃな……う、ぐ、ゲホッ、ちくしょう……俺から離れろよぉぉぉおおおおッ」
痛い。苦しい。憎い。うらめしい。悲しい。つらい。怖い。寂しい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……俺は、俺はただ…………
「あの日々が……ロブが……ロッドが……兄さん達が……みんなが、大事だっただけ……」
意識が掻き消えていく。真っ白になって、痛みも、何もかもが消えていく。
俺は誰?
俺は何?
誰が俺?
何が俺?
わからない。わからない。わからない、から……
「は、はは、これで、もう……痛くない……」
なんでもいいや。
「……あー、やっぱり、分裂してるんだね……」
誰かの声がする。亜麻色の髪が、もう1人、近付いてくる。目の前にいる方より小柄なのはわかる。
「ブライアン、下手に触ったらダメだよ。……今、必死に治そうとしてるはずだから」
その声に、コクリとでかい方の亜麻色が頷く。
深海のようなディープブルーが俺を見つめる。どこかで会った気がする。……嫌な思い出がある気がする。
まあいいや。別に、大したことじゃないだろうし。
「……その状態でよく笑えるよね……」
「何が?」
「……んー、まあいいか。君、メールに「街」って書いてたでしょ。この空間に心当たりでもあるの?」
メール?
なんか、送ったっけ。……送った気もする。
街? この空間? どの空間?
尋ねられてる。困ってる。
……ああ、そうだな。困ってる人を助けるのは、当たり前だ。
いつも、してきたことじゃないか。
「地元に……敗者の街……って、噂があって」
俺の地元はロンドンの郊外、ビリングフォード……だったっけ。
元々貴族だった家系が住む街だけど……大体のが落ち目だから、こうも呼ばれた。
まるで敗者の街だ。
元々、その噂は違う色を持っていた。
敗者の街は、「存在しない街」だった。
──ロブ、悪さをしたら「敗者の街」に連れていかれるよ。
──ど、どんな街?
──とても怖い場所。悪い人たちがたくさんいるんだって。……だから、連れていかれる前に早く寝なよ。
いつまでも遊ぼうとする弟に、でまかせを言ったことがある。
そういう、何かと都合のいい街だった。
「……ふーん? その噂の「街」にここが似てるってことかな」
青年は考え込み、キョロキョロと周りを見回した。
「本当にそうかは……わからないけど」
「今は真実なんてどうでもいいよ。大事なのは……この現象に名前があること」
意味ありげに呟いて、彼はニヤリと笑った。
「……って、サワが言ってた」
「……意味は、わかってるの?」
「全然? まあこれから分かっていけばいいし、大丈夫でしょ」
…………。
まあ……自信がありそうだし……それでいいか……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる