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序章 前日譚
18. 愚者の哭き声
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……おーい、大丈夫かい?
カミーユ、さっきから静かだけど……生きてるかい? いや、死んでるのは知ってるけどね!
「……視えた……。なんか、接続した……。さっきの出来事が、違う視点から見えた…………」
呆然と呟きながら、カミーユは虚空を見つめている。
さては頭が大丈夫じゃないね、うん。
もしかしてショートしてるのかい? ほら、あらゆる人間の、しかもむき出しの自我に触れすぎたから……。
「視える、あらゆる人の心象が情景になって脳髄に直接氾濫して……本当に自分が自分でなくなりそう……。なに、この経験……最高に興奮する……!!」
ああ、うん、楽しそうでなによりだ。
どうやら、キミの自意識が意味不明なほど強いせいか、ある程度は客観視できるようだね。
……しかし、今のは……少なくとも、今までとは違った。
明らかに、「語りかけてきた」感覚がある。
「あ、僕の首が落ちた。……ええー……傍目にはこんなふうに見えるんだ……うわー……」
カミーユはまだ回想……? の世界に入り込んでいる。
ふむ……だが、これは……
自意識が弱い相手なら、どうなってしまうのだろうね?
***
カミーユさんと言葉を交わし、ある程度の状況は掴むことができた。……カミーユさんも俺も、生と死の狭間に存在していると言っていいだろう。
正確には、覆せない「死」を前にして、「生」を幾許か延長させた、と、言うべきか。
助けを求めていた魂の気配は、ほとんど感じとれないほど微弱になっている。
どうにか感覚を手繰り、辿り着いた先には見覚えがあった。……片腕の男が、ぎょっとしたように俺を見ている。
「レヴィ……?」
その銀の髪と、金の瞳を知っている。……本音を言うなれば、会いたくない相手でもあった。
隣に金髪の男が立っている。……顔立ちは少々違った気もするが……
俺は、その存在を忘れたことなどなかった。
「おや、初めまして」
「……貴様は……」
「……ん? 僕は、キース。キース・サリンジャー」
キース・サリンジャー……と、有り得ない名を奴は名乗った。その上「初めまして」と口にし、俺に握手を求める。
……馬鹿な。
初めまして、だと?
思わず喉から嘲笑が漏れた。
そうか、貴様にとっては「その程度」の出来事だったか。
キース・サリンジャー。
ふざけた名前だ。
貴様が正義の代名詞を名乗るなど、笑わせる。
──時は来た。
裁きの時だ。
復讐の時だ……!!
激情が増していく。
持て余した憎悪が形となるかのように、黒い霧が身体から溢れ出す。
視界が暗闇で満たされる。
「……ぐ……ぅッ」
忘れるものか。いや、忘れた方が穏やかでいられる。
赦すものか。いや、赦さなければ俺は罪を犯し続けるだろう。
逃がすものか。いや、逃がさなければ自らも囚われ続けるだろう。
だが、
「赦さない……殺す……殺してやる……!」
制御できないほどの衝動が、身体の底で暴れている。
味わえ
俺の……辛苦を、屈辱を、無念を、孤独を、悔恨を、絶望を……
等しく、いや、それ以上に味合わせてやろう……!!
「ぐ、ぅ、は……ぁ、はぁ……」
溢れ出た憎悪が形を成し、離れていく。
……他者の怨念にすら共鳴し、制御できなくなっていく。
「……ま、待て……」
この怒りに抗えないのなら、
この呪詛を抑えられないのなら、
……もういっそ、身を委ねてしまうか。
「……ッ、いいや、いいや……!! 俺は抗ってみせよう……!! たとえ……たとえ、決して、呪う前に戻れないとしてもだ……!!」
唇を噛み締め、己の殺意を押さえ付ける。
「復讐は行う。……だが……見境なく憎悪を振りまくものか……俺は……俺は、必ず正当な手段を手に入れる……誰にも文句を言われない方法で……復讐を続け……この……この、世界の、益にもしてやろう!!」
ドロドロと溢れ出た「俺」の感情が、にたりと嗤った。
人の形を成し、得体の知れない質量を持って、俺に向かい合う。俺を嘲笑う。
──面白い。
やってみるがいい。
消えることのない「俺」を律し続けられるものならなぁ……!
視界が開けると、銀髪の男……アドルフさんは、腰を抜かして呆然としていた。
金髪の男……キース・サリンジャー……いや、コルネリス・ディートリッヒは、がくりと膝を折り、頭を抱えた。
「違う、違う、違う、違う……っ! 僕は間違ってなんかない!!!」
悲痛な叫びがほとばしる。
確かに奴は「キース」だ。……コルネリスの愛称はケースだが、最近はキースと呼ばれる場合も多い。
だが、奴が行ったのは正義などではない。
……奴は、浅はかな私刑を行い、道を違えた殺人鬼だ。
その罪過を、俺は忘れない。……絶対に、赦さない。
身が軽くなる。まるで記憶までもが抜け落ちたかのように、感情が冷えていく。
そのまま、俺の意識は白ずんでいく。
……が……完全に途絶える前に、ようやく、探し人を見つけた。
「……そこに、いたのか……」
金髪が色を変えていく。
茶色の瞳が色を変えていく。
茶色の髪、青い瞳。
虚ろな表情で、彼は、笑った。
「……なんで、俺ばっかり……こんな……」
笑ったまま、彼は、確かに怨嗟を紡いだ。
表情が別人のように移り変わる。
「ああ、くそ、ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな……!!! ……俺と同じ目に遭うがいい……!!」
……後半の言葉は、「俺」の悪意そのものだった。
「僕は間違ってない! 僕は正しいことをしたはずだ!」
その主張はコルネリス。……奴はどこかに消えたのか、姿が見えない。
「なんだってんだよ……! 別に俺だけじゃねぇだろうが!」
その自己弁護はアドルフさん。
……当の本人は部屋の隅で何か恐ろしいものを見たかのように悲鳴を上げ、あらぬ方向を見つめ続けている。
「……おい、しっかりしろ。名前を言えるか」
俺は、確かにあの尊い魂を救わなければと誓ったのだ。……見捨ててはおけない。
「……おれ、の、なまえ……?」
ごぽり、と青年は血を吐き出す。
不安定に揺らぐ瞳から涙が流れ落ち、血液と混ざってぼたりぼたりと顎から滴る。
「おれ、ぼく、わたし、なまえ……?」
ターコイズブルーの瞳が光を乱反射する。
乱れた軍服が、赤く、赤く染まっていく。……彼自身から溢れ出した血が、床まで赤く染めていく。
「……ッ、受け入れるなッ」
思わず肩を掴んだ。……このまま、自我を破壊し尽くされ消えていくことを、見過ごせるものか。
「いいか、怒れ、抗え!!その権利があなたにはある!!……救いを求めろ……ッ!!」
ターコイズブルーの瞳が、一瞬、焦点を合わせ、青年の表情が苦悶に歪んだ。
「……痛い……痛い痛い痛い痛い痛いいたいぃいいい……ッ、あぁぁあぁあああああああああぁぁあぁッ!!!!!」
そして、吼えた。
魂の限りを尽くし、彼は、哭いた。
あまりにも愚かで、
あまりにも無知で、
あまりにも純真な、
あまりにも善良な魂の慟哭|《どうこく》が、暗澹に響く。
やがて肉塊がどさりと音を立て、血の海に沈むまで、救いを求める哭き声が止むことはなかった。
カミーユ、さっきから静かだけど……生きてるかい? いや、死んでるのは知ってるけどね!
「……視えた……。なんか、接続した……。さっきの出来事が、違う視点から見えた…………」
呆然と呟きながら、カミーユは虚空を見つめている。
さては頭が大丈夫じゃないね、うん。
もしかしてショートしてるのかい? ほら、あらゆる人間の、しかもむき出しの自我に触れすぎたから……。
「視える、あらゆる人の心象が情景になって脳髄に直接氾濫して……本当に自分が自分でなくなりそう……。なに、この経験……最高に興奮する……!!」
ああ、うん、楽しそうでなによりだ。
どうやら、キミの自意識が意味不明なほど強いせいか、ある程度は客観視できるようだね。
……しかし、今のは……少なくとも、今までとは違った。
明らかに、「語りかけてきた」感覚がある。
「あ、僕の首が落ちた。……ええー……傍目にはこんなふうに見えるんだ……うわー……」
カミーユはまだ回想……? の世界に入り込んでいる。
ふむ……だが、これは……
自意識が弱い相手なら、どうなってしまうのだろうね?
***
カミーユさんと言葉を交わし、ある程度の状況は掴むことができた。……カミーユさんも俺も、生と死の狭間に存在していると言っていいだろう。
正確には、覆せない「死」を前にして、「生」を幾許か延長させた、と、言うべきか。
助けを求めていた魂の気配は、ほとんど感じとれないほど微弱になっている。
どうにか感覚を手繰り、辿り着いた先には見覚えがあった。……片腕の男が、ぎょっとしたように俺を見ている。
「レヴィ……?」
その銀の髪と、金の瞳を知っている。……本音を言うなれば、会いたくない相手でもあった。
隣に金髪の男が立っている。……顔立ちは少々違った気もするが……
俺は、その存在を忘れたことなどなかった。
「おや、初めまして」
「……貴様は……」
「……ん? 僕は、キース。キース・サリンジャー」
キース・サリンジャー……と、有り得ない名を奴は名乗った。その上「初めまして」と口にし、俺に握手を求める。
……馬鹿な。
初めまして、だと?
思わず喉から嘲笑が漏れた。
そうか、貴様にとっては「その程度」の出来事だったか。
キース・サリンジャー。
ふざけた名前だ。
貴様が正義の代名詞を名乗るなど、笑わせる。
──時は来た。
裁きの時だ。
復讐の時だ……!!
激情が増していく。
持て余した憎悪が形となるかのように、黒い霧が身体から溢れ出す。
視界が暗闇で満たされる。
「……ぐ……ぅッ」
忘れるものか。いや、忘れた方が穏やかでいられる。
赦すものか。いや、赦さなければ俺は罪を犯し続けるだろう。
逃がすものか。いや、逃がさなければ自らも囚われ続けるだろう。
だが、
「赦さない……殺す……殺してやる……!」
制御できないほどの衝動が、身体の底で暴れている。
味わえ
俺の……辛苦を、屈辱を、無念を、孤独を、悔恨を、絶望を……
等しく、いや、それ以上に味合わせてやろう……!!
「ぐ、ぅ、は……ぁ、はぁ……」
溢れ出た憎悪が形を成し、離れていく。
……他者の怨念にすら共鳴し、制御できなくなっていく。
「……ま、待て……」
この怒りに抗えないのなら、
この呪詛を抑えられないのなら、
……もういっそ、身を委ねてしまうか。
「……ッ、いいや、いいや……!! 俺は抗ってみせよう……!! たとえ……たとえ、決して、呪う前に戻れないとしてもだ……!!」
唇を噛み締め、己の殺意を押さえ付ける。
「復讐は行う。……だが……見境なく憎悪を振りまくものか……俺は……俺は、必ず正当な手段を手に入れる……誰にも文句を言われない方法で……復讐を続け……この……この、世界の、益にもしてやろう!!」
ドロドロと溢れ出た「俺」の感情が、にたりと嗤った。
人の形を成し、得体の知れない質量を持って、俺に向かい合う。俺を嘲笑う。
──面白い。
やってみるがいい。
消えることのない「俺」を律し続けられるものならなぁ……!
視界が開けると、銀髪の男……アドルフさんは、腰を抜かして呆然としていた。
金髪の男……キース・サリンジャー……いや、コルネリス・ディートリッヒは、がくりと膝を折り、頭を抱えた。
「違う、違う、違う、違う……っ! 僕は間違ってなんかない!!!」
悲痛な叫びがほとばしる。
確かに奴は「キース」だ。……コルネリスの愛称はケースだが、最近はキースと呼ばれる場合も多い。
だが、奴が行ったのは正義などではない。
……奴は、浅はかな私刑を行い、道を違えた殺人鬼だ。
その罪過を、俺は忘れない。……絶対に、赦さない。
身が軽くなる。まるで記憶までもが抜け落ちたかのように、感情が冷えていく。
そのまま、俺の意識は白ずんでいく。
……が……完全に途絶える前に、ようやく、探し人を見つけた。
「……そこに、いたのか……」
金髪が色を変えていく。
茶色の瞳が色を変えていく。
茶色の髪、青い瞳。
虚ろな表情で、彼は、笑った。
「……なんで、俺ばっかり……こんな……」
笑ったまま、彼は、確かに怨嗟を紡いだ。
表情が別人のように移り変わる。
「ああ、くそ、ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな……!!! ……俺と同じ目に遭うがいい……!!」
……後半の言葉は、「俺」の悪意そのものだった。
「僕は間違ってない! 僕は正しいことをしたはずだ!」
その主張はコルネリス。……奴はどこかに消えたのか、姿が見えない。
「なんだってんだよ……! 別に俺だけじゃねぇだろうが!」
その自己弁護はアドルフさん。
……当の本人は部屋の隅で何か恐ろしいものを見たかのように悲鳴を上げ、あらぬ方向を見つめ続けている。
「……おい、しっかりしろ。名前を言えるか」
俺は、確かにあの尊い魂を救わなければと誓ったのだ。……見捨ててはおけない。
「……おれ、の、なまえ……?」
ごぽり、と青年は血を吐き出す。
不安定に揺らぐ瞳から涙が流れ落ち、血液と混ざってぼたりぼたりと顎から滴る。
「おれ、ぼく、わたし、なまえ……?」
ターコイズブルーの瞳が光を乱反射する。
乱れた軍服が、赤く、赤く染まっていく。……彼自身から溢れ出した血が、床まで赤く染めていく。
「……ッ、受け入れるなッ」
思わず肩を掴んだ。……このまま、自我を破壊し尽くされ消えていくことを、見過ごせるものか。
「いいか、怒れ、抗え!!その権利があなたにはある!!……救いを求めろ……ッ!!」
ターコイズブルーの瞳が、一瞬、焦点を合わせ、青年の表情が苦悶に歪んだ。
「……痛い……痛い痛い痛い痛い痛いいたいぃいいい……ッ、あぁぁあぁあああああああああぁぁあぁッ!!!!!」
そして、吼えた。
魂の限りを尽くし、彼は、哭いた。
あまりにも愚かで、
あまりにも無知で、
あまりにも純真な、
あまりにも善良な魂の慟哭|《どうこく》が、暗澹に響く。
やがて肉塊がどさりと音を立て、血の海に沈むまで、救いを求める哭き声が止むことはなかった。
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